今回のテーマは「権利の主体」か・教研2日目

目が覚めると9時です。今日も9時から走ろうと思ってたけど、まったく無理ですね。そんな時はすっぱり諦める。
で、10時に入室して、10時半開始です。
今日はなぜかレポートしなきゃなりません。20年くらいレポート出してますが、提案県になるのは3回目くらいかな。もっとも提案県じゃなくても発言しまくってますが(笑)。
しかし、大分の支援学校のレポート、すごい。ガチの本気が伝わってきます。しかし、これができるところまで社会が変わってきたんだなぁ。いや、これをしなきゃならないし、してもバッシングできないところまで社会が劣化したのか。
で、わたしのレポートは3本目。分科会全体の最後です。ドキドキ(笑)。
で、レポート開始。今回のタイトルは「トランスジェンダー生徒交流会からの発信2022」です。と言っても、ふだんと同じ内容で、エピソードが加わるだけです。ただ、そのエピソードが大切です。それこそが子どもたちの生の声ですからね[1]ここではエピソードはわたしによって取捨選択され、加工されてるって話は度外視しましょう(笑)。てことで、10分間のレポートの最後は、おなじみの「子どもたちは支援・配慮の客体ではなく権利の主体である」です。
で、いろいろ質疑応答があったり意見交流があったりするわけですが、中にこんな意見が出てきたりして…。
「権利を主張されても、それを教員が受けとめたときに困る。だから権利ばかりを主張するのはどうか。道徳教育では権利と義務・自由と責任はセットで教える」
えーと…。瞬間脳みそが沸騰しましたが、幸いこれは午後の論議にまわることに。
てことで、昼ごはんは今日も燃料補給。コタツから出たくなくなったので、ちょうどいいです。
で、午後の論議。
「権利を主張するのは、その権利が、多数者にはすでに与えられているにもかかわらず、少数者には与えられていないからです。だから、権利の主張は正当なことで、そこには義務は発生しません。それは自由も同じです。誰かに対する義務は発生しません。もしも義務が発生するとしたら、それは自分の発言や行動に対してです。つまりその義務は自分に対して発生するってことです」
わかってくれたかなぁ。合理的配慮のことを話してるんだけどなぁ。このあたりは共同研究者の方もいろいろ話されましたね。
そんなこんなで総括討論に移行しますが、個人的には総括討論モードに入ってたので、もう話す中身はないぞ(笑)。それでも、なんかいろいろ話して、最後に共同研究者の話。
えーと、名指しです。せっかくわたし
「今の自分があるのはたくさんの出会いのおかげです。それは人や知識です。なかでもインクルーシブ教育と教育社会学との出会いが大きいです。ただ、そういう出会いをするためには時間が必要です。だから、勤務時間を守りましょう」
って言ったのに
「いつきさんの人権感覚の鋭さ」
とか言われて、いや、「そんなんないし」と(笑)。
で、お待ちかね、寺町さんの話。わかりやすいわー。ていねいで謙虚です。
「39年間生きてきて、いま、もっともジェンダーがわかりません」
と。それでも、論議の中で使われた概念なんかをきっちりと説明されて、さすがやなと。
今年の教研も終了。退出ボタンを押したら終わりです。寂しいなぁ。ふだんだったら、帰りに「飲もう」ってなるんだけどな。
まぁいいや。おふろに入って、ビールだビール。

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1 ここではエピソードはわたしによって取捨選択され、加工されてるって話は度外視しましょう(笑