なんていう意味深なタイトルをつけてみましたが…。わたしがそんなややこしいことを考えることなんてあるはずもないわけで(笑)。
ただ、最近遭難所で「立ち位置」のことが少し話題になって、ずいぶんと考えさせられました。なかでも、「玖伊屋を運営しているいつきがGIDっていうのはどうよ」みたいな話があって、正直言って「きびしいなぁ」とか「でもなぁ」とかいろんな考えが頭の中を駆けめぐりました。
で、わたしの考えをまとめるための補助としていくつかのキーワード(キーセンテンス)をこれから数日かけてメモしておこうかと。
月: 2006年6月
これで最後だ…
今回取材に来た新聞社は4社。まだ記事が出ていなかったのが「読売新聞」でした。どううやら、日曜日に出たのかな?検索をしたら出てきたので、一応記事をゲットしておきました。こちらです。と言いたいのですが、どっかにいってしまった。また、見つけたらアップします*1。
とにもかくにも、これですべて出そろいました。少々騒がしい1週間でしたが、無事すんだかな。
それにしても、マスコミの力は大きいです。いろんな人から「読んだよ」というメールをもらいました。あと、生徒たちからも「読んだよ」とけっこう言われました。
なんだかんだ言っても、これで全面的カムアウトです。これまでは、「なんとなく」というか「歩くカムアウト」という状態だったけど、はっきりしたというかすっきりしたというか。ただ、既存の言葉に依拠せずに、できるだけ「自分」という存在からはずれないように伝えていきたいなとは思います。
でも、いずれにしろ静かな毎日がもどってくる、と思う(笑)。
*1:見つけたのでリンクはっておきます
合宿の朝
とりあえず、習慣で6時に目が覚めるのはしゃーないです。でも、今日はもう少し寝坊をしたい。なので、7時まで強制的に2度寝にチャレンジです。無事2度寝に成功して、7時に起き出して、まずは朝食づくりです。
昨日の朝、家でつくって成功したサラダ*1とプレーンスクランブルドエッグ・トマト味のスクランブルドエッグあたりをつくってみました。それにしても、卵10個分をフライパンでつくるのはきつかったですね。
朝ご飯を食べて、昨日の会議の続き。2日目ということなのか、日頃のストレスがたまっているのか、ちょっといらつき気味の人もいたけど(笑)、わかるなぁ、その気持ち。で、会議も終了。
栄にいって昼ご飯を食べて、無事名古屋の2日間が終了しました。あとは、帰ってお風呂に入って、ご飯を食べて寝るだけです*2。
お茶会
抜け出した理由は名古屋でお茶会の参加のためです。
いくらふだんネット上でコミュニケーションをとっていても、やっぱりリアルで会うこととは比べものになりません。なので、会議の人たちに「交流会がある」といって抜け出すことにしました。
現地に到着すると、某掲示板の管理人&お茶会主催者とか、黒くてカーカー鳴く人とか、白くてふさふさした人とか、しょっちゅう会っている気がする人とか、いろんな人がいました。はじめのうちはちょっと出方を探っていたのですが、隣に座られた人がとても味のある方で、だんだんとリラックスをしてきました。
それにしても、この店、オーダーをかけてからものが出てくるのが遅いのなんのって。コップの中にまだ半分くらい残っている状態で次のオーダーをかけても、ぜんぜん間にあいません。おかげさまで、飲み屋でくだを巻く関西のおっさんのモードに入ってしまいました。名古屋の人たちは、それでもねばり強く待っておられるのですが、これって、やっぱり地域差なのかなぁ…。
で、別に飲み放題でもないんだけど2時間でお店をたたき出されて、2次会へ。会場は近くにあったカラオケです。もっとも、だ〜れも歌わないですけど。とりあえず場所を確保して、自己紹介をして、ダラダラしゃべってという感じ。なかなか脱力していていい感じです。もっと長くいたかったんだけど、会議の人たちの合宿所に合流しなくちゃならないので、ここらでおいとま。みなさん、ありがとうございました。
合宿所にもどったら、再び飲み。かなーりしんどかったけど、ポチポチと飲みながらよもやま話をしていました。そのうち、マジでしんどくなって横になると、そのまま爆睡状態の一歩手前です。こりゃだめだということで、別室のふとんの中にもぐり込んで、そのまま爆睡でした。
名古屋へ
それはおまえやろ!
今日は、全学年一斉の人権学習の時間。1年生は「障害者問題」、2年生は「ジェンダー」、3年生は「就職差別」についての学習です。
人権学習が終わって帰ってくる人たちを職員室で待っていました。けっこうみなさん楽しそうに帰ってこられて、正直ホッとしました。ジェンダーにかかわる話がちょっと心配だったんですけど、ある人は「時間が足りなかった〜。でも、いろいろ話ができたし、これはあくまでもきっかけですもんね」。うれしいなぁ、よぅわかってはるわぁ。ある人は「生涯賃金の話の時に「先生のところは奥さんの方がたくさんもらってんやろ」っちゅう質問があってなぁ「はい、年功序列です」と答えてん」。ええなぁ。人権学習って、結局は自分たちの生活を語ることやし、テーマはあくまでもネタやと思うんですよね。
やる前はしんどいけど、やったあとはそれなりに充実した時間になるのが人権学習のおもしろいところなんですよね。
で、
とそこへもう一人。「ぜんぜんやった。こんなんやるのムダや。こんなプリント捨てよ」と、えらいおかんむりです。この人です。鬱陶しいので、別のところに用事があるフリをして職員室をいったん出ました。で、時間を見はからって再び職員室へ。「どない?」と聞くと…。
「あの人ね〜、ムダにしたのは自分なんだっていうことにぜんぜん気づいていないね〜」。そうなんですよ。別に、自分の考え方と教材が食い違っていたら、自分の考え方を言えばいいんですよ。ここの教員の考え方を抑圧するんでは人権学習とは言えませんから。たとえば極論ですが「差別は社会に必要だ」という主張をする教員がいたとして、その教員が人権学習の時にその話をしてもかまわない。大切なのは、その時に教員という権力を振り回さないこと。生徒や他の教員とタイマンをはること。
「反差別」という思想は、天から降ってきたものじゃないです。「痛い!」と思った人間が*1少数ながら声をあげ、「そんなん痛いと思うのはおかしいわ」「んなこと言うても痛いもんは痛いねん」というようなやりあいをする中で出てくる、ダイナミックなものだと思うのです。だから「正しさ」なんてありません。じゃなくて、「自分はどう生きるのか」ということを考え・実践することを通して、変化していくことなんだと思うのです。
一番ムダな時間を過ごしたのは、実は一緒に時間を過ごすことを余儀なくされた生徒たちだったんだと思うんだけどなぁ…。
*1:これは、必ずしも「当事者」とは限らないことは、こちゅかる子さんのコメントhttp://blog.ituki-d.net/20060613#c1150470130の通りです。
スランプ、ちょっとずつ脱出気味か?
続いてそのクラスで授業にはいりました。「こないだな、机蹴ったやんかぁ。あれな、あの日暑うてイライラしてたんもあったんやけどな、あの後、めっちゃ落ち込んだんやわ。もう、あんなんイヤやねん」とかいいながら授業をいていたんですが、同じように暑い今日なのに、なんとなくクラスが落ちついています。なんでだろう。授業が終わってからも、生徒たちとの雑談に時間がかけられます。ちまきをかじっている生徒がいたので、わたしのひとかじり。んまい!わたしが前に住んでいたあたりのちまきです。柔らかい状態から少し固くなりはじめたちまきのざらざらとした舌触りがいいですね。「もっと固くなったら素揚げするやんか」と、通の生徒は言います。
こんな感じだったら、スランプから脱出できるかなぁ。
それにしても騒がしい日々
朝、学校に行くと副校長とばったり会いました。「今度は、京都新聞や。大きく出てるで〜」めっちゃうれしそうやんか。
そういえば、今回の新聞報道一連については、情報を広げたのはコイツやがな。なにせ、月曜日に「洛南タイムスが取材に来るって言うてるから、不公平やし城南新報にも連絡したし」。夕方、「読売新聞も来たで」。えらいうれしそうな顔をしていました。ついでに言うと、火曜日には出張先に生徒からメールが来て「京都新聞が取材に来るらしいんですけど、いつがいいですか?」とのこと。洛南タイムスの記事を見て来たらしいんだけど、水曜日に学校に行ったら「あんじょうしたってや」とのこと。なんでも、教え子らしいです。
で、気になるのは教育委員会の反応。「なんかあったらどないしますの?」と聞くと「そんなもん、コンクールの取材に来て、内容を聞いて、それで記事にしてるんやからしゃーないやんか。そう言うたるわ」了解です。「あんたも、言いやすうなったやろ」その通りです(笑)。ほんまに隠すものがなくなりました(笑)。
で、事務室にあった新聞を見ると、でけぇ〜。
すでに情報はこことかこことかこことかここ(笑)とかに出ていますが、一応わたしもリンク先をば。あと、リンク切れに備えて、今回もこっそりコピーをしておきました。
校内をフラフラ歩いていると、あちこちで「先生、見たで〜」「全国行くんやなぁ、おめでとう」いろんな声が飛び交います。授業に行っても「そういえば、先生昔NHKに出た*1んやな」と、よー知っている生徒が言います。
あ、あれ、タイトルがほんとうは一部違うのよね。「悩む教諭」→「特に悩んでいない教員」です。
*1:これもコピーしてあります
緊急事態発生!
パートナーから、突然メール。「頭が痛い」。いや、単に偏頭痛持ちなんです。ところがしばらくして続報。「救急車呼んだ」。へ?!
そこから、急転直下、頭がフル回転です。救急車を呼んだ→早く帰らないと→下手したら入院→片道1時間以上かかる勤務でどうやって子どもたちとの生活をするか。
とりあえず、放課後予定していた補習はキャンセルです。教室に行って「すまん、パートナーが救急車で運ばれた。だから今日の補習は中止。来週やるし」。続いて、今日出席予定だった宴会に欠席連絡。その後、バタバタと用事をこなして、帰る準備。つっても、なかなか出られないんですけど。4時半頃ようやくなんとかなりつつあった時に「点滴打ってずいぶんマシになった。帰ってええよと医者が言った」とのメール。一安心です。
でも、かなり遠い病院まで搬送されたので迎えに行く必要があります。とりあえず、勤務時間が住んだら速効帰宅。迎えに行きました。
「マジで、入院と思ったわ」とわたし。「わたしもそう思た」とパートナー。ふと5年前の悪夢をふたりで同時に思い出しました。いろんなことがあったなぁ…。
で、お家に帰ってきて晩ご飯。サクッとつくった野菜炒めをおかずに、家族4人で「カンパーイ」。今日も4人がそろって晩ご飯が食べられること*1、本当に感謝です。
*1:実は、パートナーが倒れていなければわたしは飲みに行っていたから3人だった・笑
越えた一線
いままでわたしは学校ではほとんど「カミングアウト」ということをしてきませんでした。もちろん「ほとんど」なんで、した人もいるんですけどね。した相手っていうと、例えば管理職*1、信頼できる教員*2、なんとなく気のあう生徒*3あたりでしょうか。こういう人たちって、たぶん「トランスであるかどうか」ということよりも手前のところでのつきあいがあるんじゃないかと思うんです。なので、トランスであることを話しても、とくに何かが変わるわけじゃないんです。
この間のフジテレビの時に、特にカミングアウトをしていない理由として「「トランスジェンダーのいつき」じゃなくて、「一人の教員としてのいつき」のひとつの属性としてトランスジェンダーがある」という感じのことを言いましたが、たぶんそのことだと思うのです。
ただ、ここ1〜2年くらいカミングアウトをしても変わらない人というか、生徒たちが増えてきたなぁという気がします。なので、去年担当した生徒たちには、1年間かけてゆっくりとゆる〜いカミングアウトをしてきました。
ゆる〜いカミングアウトというのは、「わたしはトランスジェンダーです」という言葉を使わないカミングアウト。既存の言葉に頼らずに、自分の生きてきた軌跡や自分が考えていること、自分が見る風景を伝えていくことかなぁ。そんなことを通して「わたし」という人間を伝えることができればなぁと。その先に、もしかしたら「トランス」という言葉が出てくるのかもしれないです。
まぁ、ヒントは学校中のあちこちにちりばめてあります。『婦人公論』のコピーとか『セクシュアルマイノリティ』は保健室にあるし、『30人…』は図書室にあるし。22年勤務している学校ですから、卒業アルバムを見ればわたしの変化は一目瞭然。なにより、生徒たちの前に「物体(笑)」が存在しています。わかる生徒にはわかると思うのですが…。
で、今年。まだ時期は6月です。まだまだゆっくりと子どもたちとつきあう時期だなぁとは思っていたのですが、今日は火曜日に時間割変更で授業に行ってもらった振り替えが返ってきた授業があって、しかも暑くて気が乗らない日。そこにたまたまフジテレビのDVDがあるという*4、これまたなんだかなぁな状態です。そういや、あの番組には生徒たちも登場しているんですよね。
てことで、暑いさなかの5時間目。25分ほどビデオ鑑賞会にしようかと。生徒に見せるのははじめてです。ビデオはおろか、その他諸々の情報は、これまで一切クラスの中で自分からは見せていないんです。どんなことになるかなぁ。
で、前半は「2次関数の標準形変形の確認テスト」です。その後、DVDスタート。
まずは「性同一性障害」というタイトルを見た瞬間、生徒たちは大爆笑です。「なんや!そっち系やったんかぁ!」。そうかやっぱりわかっていなかったか。まぁええけど(笑)。思うつぼやんけ。ところが、Sさんの場面になると、一同シーンと水を打ったように静まりかえります。思わず、「なんでわたしの時は爆笑で、Sさんの時は静かになんねん!」とツッコミを入れました。すると「だって、知ってる人が出たら笑うやん」。ごもっとも。やがて、ウチの学校の校舎がうつります。「おー!うつったぁ!」続いて補習のシーン。「あ、あれ、◯◯ちゃんや!」「あれ、オレ!」と大騒ぎです。その後も、みんなで爆笑しながら*5、あっという間に25分の番組終了。
わたしからの〆の言葉。「まぁそういうことや。でも、番組見せたんは、君たちがはじめてで、まだこうやってクラスで見せたこと、一回もないねん」「ほな先生は、ウチらのことを信頼してくれてんの?」「まぁな」で、チャイム。
さて、片づけじゃ。