おまけ

夜はうちの母親がごはんを食べに来いと言っているので、家族で実家へ。こちらもなかなかおいしい料理が並んでいたのですが、さすがに疲れていたので、わたしは横になってしまいました。ごめん。
やっぱり移動がこたえるんだ…。10時頃には退散。家に帰ったら、爆睡です。
う〜ん、でも8月中にやらなきゃならないことが山のようにあるんだけどなぁ…。

オフ・2日目

朝の長湯は寒いくらいです。昨日は倒れ込むように寝てしまったのですが、とても心地よい目覚めです。
のんびりとコーヒーを飲んで、朝ご飯を食べて、久住の山並みを見て。
考えてみると、このあたりに住んでいる人って、すごくぜいたくですよね。普通はみなさん休息をとるためにわざわざ来られるのに、そこに住んでいるんですから。もっとも、その分の不便もあるんでしょうけど…。
久々にのんびりした朝を過ごしたら、お友だちの来るまで大分へ。途中、地場の野菜を売っている店に寄ったのですが、これがすごい。基本的にはなんでも100円です(笑)。でも、とうもろこしなんかは店の前の畑で朝とれたものですから、新鮮もいいところです。ぜいたくだなぁ…。
大分の町に着くと、友だちの知りあいのお店へ。昼ご飯だというのに、関サバ半身分のお刺身とか、ウニが一枚分出てきたり、すごい店です。お友だちが古くから知っている店だとかいうことですが、それにしてもすごすぎ。お友達の子どもも「鉄火丼」を頼んだら一面マグロでした。こういうの、京都では食べようと思っても食べられないです。やっぱり「そこでとれた」というのが大きいんですよね。山あり海あり自然ありの大分ならではの昼ご飯でした。ごちそうさまでした!
あとは、列車に乗れば自然に京都に着きますわ。てことで、2日間の「オフ」を堪能しました。ほんとうにありがとうございました〜>K村さん、G藤さん!

オフ

高座が終わると、お友だちが待っていてくれました。そのままお友だちの家まで移動です。途中、滝に寄ったり*1しながら、お友だちの家のある長湯へ。
「いつきさん、どこの温泉に入りたい?」「あ、ガニ湯がいいかなぁ」
なんでガニ湯かというと、これを思い出したからです(笑)。ただ、全身つかるほどの気合いもなかったので、足湯だけ。それでも、すごく気持ちよかったです。
あ、気持ちがいいのはお湯の問題だけじゃないんですよね、きっと。天気はいい。あたりにはトンボが飛んでいます。友だちと一緒に他愛のない会話を楽しんだり、海水パンツの子どもが「アチチ」とか言っているのを見ながらのんびりと過ごす時間は、ほんとうに久しぶりです。
友だちの家に着いたら、今夜の宴会の準備です。まずは、水餃子から。強力粉を練って練って。ニラを切って切って。続いて、カスのお好みの準備です。この間教えてもらったとおり、ちょっと大きめにざくざくと切ります。あとは、中力粉を溶いておしまい。
ちょっと休憩ということで、ながのの湯へ。わたしも同じミスをしたのはご愛敬と言うことでしょうか*2
のんびりお湯に浸かって友だちの家にもどると、宴会が始まりかかっていました。ぎょうざの皮ののばし方を子どもたちに見せて、あとは「包み」はおまかせ。わたしはひたすらお好み焼き屋さんです。なるほど、上からぎゅうぎゅう押さえつけると、全体に味がまわってなかなかいい感じです。
ぎょうざを食べて、お好みを食べて、友達がつくって下さった料理を食べて、軍鶏を焼いて、ビールを飲んで。そんな感じで夜は過ぎていきました。外は満天の星空です。

*1:上から滝壺を見ると、すごくこわかった(笑)

*2:わたしは水じゃなくて「リアルゴールド」を買ったけど(笑)

やはり2時間

今日の午前は高座。与えられた時間は2時間です。
やっぱ2時間だとずいぶんと楽に話ができます。なにより、大学時代のしょーもない話ができるのがうれしいです。もっとも、実際には大学時代の話って別にそんなに大切な話じゃなくて、単なるネタ話だったり延々とした前フリでしかないのですが、まぁ、「枝葉の部分」が、たぶん大切なんですよね。
てことで、無事終了。
あ、主催者の一人で昨日の交流会に出ておられた方、昨日の夜家に帰ったら締め出しを食らっていたとか(笑)

で、交流会(笑)

大分からは普通列車。なので、全車自由席です(笑)。乗車すると窓側はすべてつまっています。さて、どこに座ろうかと選んだのは、やっぱり女性(それも若すぎない)の隣です。お互いに適度な距離感を保ち続けると、すごく座っていて楽です。助かった。
で、9時過ぎにM重町到着。そのまま交流会へ。
それにしても、「こんな時間から交流会ってどうよ」と思っていたのですが、すでにみなさん適当に呑んでおられて、一番いい感じのところで合流だったみたいです。「なにか好きなものを」と言われたんですが、正直よくわかりません。とりあえず、見たことがないものを頼むのが流儀なので「リュウグウ」を頼んでみました。ふむ。ヅケの一種なんですね。ちょっと甘め。で、香りづけにごま油を使っているみたいです。お店によってはニンニクを入れたりもするそうです。魚はなんでもいいそうで、今日はカンパチだとか。これはなかなかいいです。他に、大分名物とり天なんかをつまみながらいろんな話で盛りあがりました。
結局交流会の終了は0時。おそくなってすみません。

で、長距離移動開始

延長できない理由は、先方さんにもあるけど、わたしにもあったりします。なにせ、15時半の列車に乗らないとえらいことになるんです。
なんとか予定の列車に乗って、京都駅へ。とりあえずチューハイを仕入れて新幹線に乗車。座席を見ると、すでにとなりでおばちゃんが伸びています。わたしは窓側…。てことは…。えらいこっちゃ…。まぁ、トイレに行くのは1回程度だし、2時間ほど我慢をすればなんとかなるのでまぁいいか…。で、小倉でソニックに乗換。座席を見ると、すでにおっさんが座っています。自分の指定席に座った瞬間、すごい臭い。タバコの臭いです。さては、1時間半ほどの禁煙に備えて、駅でたんまり吸ってきたな…。「フゥー」と大きな行きをするたびにタバコの臭いがして、もう吐きそうです。これはつらい…。早く大分に着いてくれ〜!

1時間半はむずかしい…

朦朧とする頭をコーヒーで覚醒させて、久しぶりのお風呂。さっぱりしたところで、出撃準備の開始です。
なぜか今日は昼からK岡市の夏季研で高座です。与えられた時間は1時間半。延長はなし。さてさてどうしたものか…。
とりあえずマクラの部分を大幅にスリム化して、エピソードを強引にへつって、時間を稼ぐしかありません。さてさてどうなるか…。
で、やってみると…。いや、しんどかったです。てか、それだけへつっても、たぶん本来ならば2時間必要ですね。最後のあたりをはしょることはしょること。なんとか3分オーバーで話し終えたのは奇跡に近いです。
あと、やっぱり「リターン」がないとしゃべりにくいです。ホールが広くてけっこう音が反射するので、自分の声が力なく返ってきます。でも、声に力を入れても意味がないのはわかります。これ、かなりしんどいです。まぁ、放送担当としては、かなり勉強になりますけどね。

役目があるようなないような・全外教大会2日目

長い長い準備の期間があった割にはあっという間の3日間。今日で全外教大会もおしまいです。今日は分科会。わたしの主たる役割は、昨日でほとんど終わっています。今日は「何かあった時のための要員」です。立ち上げの時は少し混乱をしたけど、それを過ぎるとあとは特にやることもなくダラダラとした一日です。でも、やっぱり2日間の疲れがとれていません。とくに、昨日の宿泊は心のリフレッシュにはなったけど、身体には最後の一撃を与えたみたいです(笑)。
しんどいなぁと思いながらも3時半にようやく閉会集会。交流会担当としてひとこと話をする時間をもらいました。

今回の交流会で、途中熱を出してしまったフィリピン人の生徒がいました。病院に行ったその生徒が帰ってくるのを待ちながら、みんなで「身体も熱を出したけど、きっと心も熱を出したんだろうなぁ」と話しました。
その生徒、集合の時はとても不安そうな顔をしていました。でも、「君以外にフィリピン人の子、10人いるよ」と話すと、一気に顔がゆるみました。そして、今日帰る時の顔は、はじけるような笑顔でした。
たった1泊2日でここまで変わるかという思いでした。こんな子どもたちの変わり目に、毎年出会えることの幸せを感じています。

話ながら思わず泣いてしまいました。どうも最近涙腺が弱くなってきたみたいです^^;;
あとは会場の片づけ→打ちあげです。
ほんとうに疲れていたので打ちあげが終わったらさっさと帰るつもりだったのですが、なんとなく今回交流会に初めてかかわってくれた若いスタッフの人と話をしているうちに、結局店の閉店時間までいてしまいました。
そのスタッフをしてくれた人も、たぶん、今回の交流会でひとつの転換点を迎えたんじゃないかなぁ。そういう意味では、交流会は子どもの変わり目であると同時に、わたしたちの変わり目にもなるんだろうなぁ。「集まること」って、すごい力をもっているなぁ。

そんなこんなで、家に帰ったのは結局は12時頃。久しぶりの家のふとんに倒れ込むように身体を投げ出したら、そのまますぐに寝てしまいました。

でも終わらない…

交流会は終わりましたが、一部の子どもたちは「後泊」をします。さらに、卒業生たちも交流をしたいとのこと。わたしとしてもクールダウンをしたいし…。てことで、東九条で雑魚寝合宿を企画していました。
生徒を引率している人たちはファミレスへ。卒業生たちは交流会で残った食材をつかって自炊。それ以外の教員は近くの焼肉屋でようやくまともな食事にありつきました。そういえば、わたしは昼ご飯食べてなかったよ。
気のあった人たちと一緒に大きな仕事を終えて呑むビールのおいしかったこと。単にビールがおいしいだけじゃなくて、いくつもの共通の話を話題があるので、話の中身もおいしいんですよね。身体は確かにクタクタに疲れていたけど、ほんとうにいいひとときを味わうことができました。
東九条の「いつもの場所」に帰ってもうひと呑み。話しているうちにだんだんと記憶が遠のきはじめたので、ここでようやくふとんにもぐっておやすみなさい…。

パネデとアピール・全外教大会1日目

続いて京都に移動。京都市内では、全国在日外国人教育研究集会が行われています。交流会はそこに合流して2日間の交流会の成果を発表します。また、その時間に先がけて、京都のとりくみの紹介のパネルディスカッションがありますが、なぜかわたしがそこでコーディネーターをしなくちゃならないことになっています。
ネックになったのは、甲良町から京都市内への移動です。はたしてパネルディスカッションの時間に間にあうかどうか。もしも交通事情などの関係で間にあわなければ、えらいことになってしまいます。まさに綱渡りです。
幸い特に渋滞もなく、少しトラブルはあったものの、無事料金所で子どもたちが乗っていたバスを追い越して*1全体会の会場に到着。子どもたちより後に出発して子どもたちを出迎えるという技をおこなうことができました。
到着して30分ほどしたところでパネルディスカッション。
問題は、わたしの頭の中は交流会のことでいっぱいだったために、パネルディスカッションの構想をまったく練れていなかったということです。いちおう打ち合わせは事前にしていたのですが、その時の内容も覚えていません。しょーがないので、生徒たちに「質問項目、なにやった?」と聞いて、その場でメモ。まぁなんとかなるか…。なにせ、パネラーは京都・在日外国人生徒交流会の卒業生たちですから、気心がしれているしそれなりに場慣れもしています。実際、いざパネデがはじまると、子どもたちの中から言葉があふれ出してきます。
パネデの中でおもしろかったのは、ジャマイカ出身の卒業生の話。「わたしは、ハーフじゃなくて混血なんです」。ジャマイカって、ほんとうに多民族な国で、その卒業生のルーツをたどるとあまりにもたくさんのルーツがあるとのことです。なので、「ルーツをたどることに意味がない」。振り返って自分の「発想」を捉え返してみると、かつては「(在日)朝鮮人=ある種の純血」にこだわり、その後せいぜいが「ダブル=ふたつ」あたりでとまっています。でも、その卒業生は「ふたつのルーツ」を軽々と越えたところにいるわけです。会場からは「マルチや!」というツッコミが入っていたみたいですが、聞こえませんでした。すんません(笑)。
パネデの最後で「まとめようかな」と思ったら、最後のパネラーにまとめられてしまったので、話のネタがありません。しゃーないので「しつこくしつこく誘い続けること。細々と出いいから交流会をし続けること。とにかく続けることが大切だと思いました」とわたしなりのまとめをした後「突然ですが終わります」とパネデの終了宣言。
で、いよいよ本日の公式プログラムの最後、交流会からのアピールです。会場の後ろから入ってくる100人を超える子どもたちの長い長い列を見ると、「よぅ集まったなぁ」とつくづく思いました。ステージの上に立つ子どもたちの多いこと多いこと。1993年に京都であった全国交流会を担当したのが、わたしと「全国」の出会いでした。そこから14年たって、ここまでたくさんの子どもたちが集まるようになったんだなぁと、ちょっと感慨深かったです。2日間の討論や活動の紹介を行って、会場カンパをつのって、アピール終了。控え室にもどって生徒実行委員長から終了宣言があって、ようやく今年の全国在日外国人生徒交流会が終了しました。
あとは、京都スタッフで最後の後かたづけをして、公式プログラムは終了です。

*1:ETCのおかげです♪