研修

なんでも今日、クロスベイスのフィールドワークがあるという情報をゲットしたので、急遽「研修願い」を出していくことにしました。「なんの研修?」って言われたら「一生研修」と答えるしかありません。
てことで、11時前に職場を脱出。ちなみに「鶴橋に研修に行く」というと、同僚から笑われました。いや、研修ですよ。
で、昼過ぎに鶴橋に到着。フィールドワークの案内人のためにお礼のお菓子を買って、待ち合わせ場所へ。ほどなく仕掛け人のKよぽんが到着。やがて本来の参加者のおふたりが到着。そして案内人のFぁよんさんが到着。4人が話しておられるところにスススと近寄ると、Fぁよんさんが驚いた顔で「いつきさん…」と絶句してくれたので、サプライズ成功です。
で、フィールドワーク開始。Fぁよんさんの案内ははじめてです。ワクワクします。
フィールドワークって、案内してくださる人によって全然違います。それは案内してくださる人の街の見方が反映されるからですね。
Fぁよんさんのフィールドワークは、ひとつは鶴橋で生まれ育ったということ、しかも一度「外」に出たということ、そして「若い」ということ。それだけでも、これまでのフィールドワークとはまったく違います。道中、さらにFぁよんさんの生い立ちなんかを聞きながら、「なるほどなぁ」と思うなど。家族のこととか「こじらせ方」とかもまた、街とのつきあいかたに影響を与えるんですね。とにかく、そこここにFぁよんさんのルーツを感じさせてもらえる街歩きでした。
そしてクロスベイスの事務所で、さらにクロスベイスの活動について話をしてもらいました。今、生野区の外国人の割合って、日本で第2位なんですね。ちなみに1位は占冠村なんだとか。となると、実質は1位かな。そして、コリアタウンというイメージとはまったく違って、多様な民族の人々が住んでおられるんだとか。となると、当然のことながら、その多様はルーツを持つ子どももたくさん住んでいるわけで、クロスベイスがターゲットとする子どものサポートも多様なルーツを持つわけです。
まぁでも、このあたりは「minamiこども教室」とも共通しますね。てか、大阪市や大阪府の状況なのかな。京都は…。少し様相が違うのかな。
子どもをサポートする時のFぁよんさんの感覚がいいです。中でも、子どもたちの自己決定権を徹底的に重要視する。だから、イレギュラーなこともまた起こります。それを含みこんでなお、自己決定権を重視する。大切ですね。学校にもっとも欠けているところやなぁと思います。
やがて学習サポートの時間が来ました。子どもたちがやってきて、勉強をはじめたけど、気がつくとなぜか「人生ゲーム」がはじまりました。子どもたちと遊ぶFぁよんさんの姿がいいなぁ。こんな顔をするんだ。
そんなこんなで、充実したフィールドワークが終了。
その後、Kよぽんと一緒に茂利屋へ。相変わらずの風景です。と、「もじゃもじゃさん」がお店に入って来られました。なんでも毎日来ておられるんだとか。常連さんたちの地元トークとか、どう考えてもチョソンハッキョの卒業生トークとかが聞こえる中を、おいしいお酒を呑んで、さぁ帰りましょう。
と思ったら、なぜかKよぽんのところにWか槻さんから連絡があって、なぜか十三へ。ここで、Nか川さんという方と合流して、おいしいお寿司をいただくなど。
そんなこんなで、メッチャごちそうを食べた研修の締めでした。

久しぶりはアカン

今日は朝イチ、リハビリ診察の日です。なので、朝は少しのんびり。ガッコに着いても、昼前の会議の時間までは特にやらなきゃならないことはありません。こんな日もあるってことです。
ちなみに、みんながこういう感じなわけじゃなく、入試の担当の人は今日は忙しいだろうと思います。逆に言うと、だからこそ、全体としてはのんびりモードにしないと、入試の担当者がえらいことになる。ガッコってのはそういうところってことです。
で、昼前の会議。うーん、なんかピリッとしないなぁ。グダグダと状況を説明しなくても、いろいろな手立てがあるんだから、それを使えばいいんですよ。逆に、それを使えなかったら、どれだけグダグダ説明してもアウトなんです。やるべきことは、この会議の前だし、もっと言えば学年末試験までです。
なので、「説明はこうすべき」って話をしたけどの、なんかみんなピリッとしない。たぶん不満なんだろうな。まぁみなさん、ウェットなのが好きなのかな。
午後は昨日が〆切だったゲンコを少し考えるなど。文字数が少ないのできついです。バサバサ切らないとどうしようもありません。なので、バサバサ切りました。少し意味がわかりにくいけど、しかたない。あとは校正のときになんとかしましょう。それでいいのかどうかは知らんけど。
ここで、ふと思い立って、久しぶりに走りましょう。
おべんきょ成果を書く時って、みなさん「円形脱毛症になった」とか「メンタル落ちた」とか「体力勝負でバナナと糖分」とか、いろいろ言われます。が、なぜかわたしはメンタルは落ちたけど、円形脱毛症になるほどじゃありませんでした。その代わり、こたつとトイレの往復しかしない時が長がったので、2kg太りました(笑)。2kgはたいしたことがないように思えるかもしれませんが、普段ならすぐにもとにもどるのに、もどらない。これは焦ります。
なので走りましょう。今日の目標は無理しない程度に30分。1kmを6分くらいでいきたいなと思ったけど、6分45秒でした。ダメすぎます。さらに筋トレがきつい。完全に身体がなまりきってます。やれやれ。春へ向けて走らなきゃならんなぁ。
夜は恒例の会議です。今日はなかなかリベラルな意見が出て、この場は知らず知らずのうちにこうなってきたというか、みなさん時代の流れをきっちり把握されているというか。最前線の人たちのすごさを知りました。が、Kうさんが先走ったので、そこについていこうとしたら、さすがにそれは却下されました。たぶんみなさん、合意はしてるけど「場としては時期尚早」ってことなのかな。場が場だから、個人の考えとはズレが出てくるのはしかたないか。

体調が絶不調につき

今日は「もうひとつ」の担当クラスの試験返しです。これですべてのクラスの授業が終わります。
こちらのクラスは学力差がすんごい大きいクラスです。簡単に言えば、0点から100点まで分布する感じです。ちなみに、同じコースのもうひとつのクラスは70点から80点あたりに固まってます。まぁ、わたしの担当クラスは「正規分布ってなんですか?」ってことです。
こういうクラスに出せる最後のメッセージはなんだろう。
「君たちのクラスはほんとうにたいへんだった。ただ、それは多様だからだ。きっともうひとつのクラスだったら、最後は飽きていた。多様な人がいる君たちのクラスを担当できて楽しかった。ありがとう」
にしました。
まぁ、座席は自由だったりして、メチャクチャと言えばそうなんだけど、でもまぁ、わちゃわちゃしていて、一年経つと「おもしろかったな」ってことなんですね。

それにしても、体調が悪いです。まぁそりゃそうです。二日酔いじゃないですね。寝不足ですね。とにかく座ってすらいられません。
それでも成績処理をして、ミーティングをして。なんとか定時までもたせて、1日終了。晩ごはんもあまり食欲がありません。ビールも1本飲むのがきついかも。それでも寝る間際にウィスキーをチビリ。
さぁ、今日は早く寝よう。

やっぱりやらなきゃ

今年度は会場を使えない関係で、ずっと開催できなかった「京都在日外国人生徒交流会」ですが、やはりやらねばならんだろうと。なにしろ卒業生がいるわけで、お祝いをしなくちゃなりません。
もちろん会場は使えません。ちなみに「橋を貸してほしい」と言ったのですが、それもだめでした。となると、最後の手段です。トイレだけ貸してもらって、河原でやるしかありません。
ということで、今日は河原で焼肉です。ちなみにタレは交流会のものがあるので、こいつを使いましょう。
昨日までは雨でしたが、今日は気持ちよく晴れてます。焼肉日和です。まずは乾杯から。そしてタレの由来を説明しながら肉を食べます。そうそう。せっかくなので鍋でごはんも炊きましょう。このタレの焼肉はオンザライスが最高です。

まぁ焼肉のときは難しい話はなしで、楽しく食べるに限ります。そんなこんなで、夕方まで楽しんで、いったん解散。
その後、チューハイを買い込んで、某所で二次会をするなど。なんかもう、飲みすぎちゃいました。これは明日がキツイだろうな。

30年ぶり

今日は北摂のとある街でお座敷です。なので、おにぎりをつくってもらって、阪急に乗ります。えーと、十三で乗り換えて、西宮北口で乗り換えて。西宮北口、いろいろなつかしいな。阪神・淡路大震災のときはここから夙川あたりまで歩いたなぁ。
で、乗り換えようと思ったら、線路が直角の関係になってます。そうだ、そういや西宮北口はかつては平面交差してたんだ。なつかしいなぁ。で、途中の駅でふと思いつきました。ここ、関学に用事があったときに来たな。
そんな感じで目的地へ。
機器のセットが終わったら、おにぎりをぱくついて、あとは待機です。と、「こんにちは」と声をかけられてびっくり。あなた、豊中の人じゃないの?と思いきや、住んでるのは別の街で、実家がここなんだとか。
そんなこんなで、お座敷開始です。今日はミッション4です。これ、あまりやってないから、どうなるかなぁ。まぁでも2時間もらってるからなんとかなるかな。
ミッション4は、ミッション1とミッション3を足したものです。当然中身を少し減らさなきゃなりません。でも、減らすのはなんだかなと思ってしまうので、そこの兼ね合いが難しい。さらに、少しいじったのでミッション3と流れがほんの少し違います。慣れないな。
さらに、みなさん、けっこうまじめな方なのかな。ウケてるのはわかりますが、笑い声が出てこない。てか、マスクしておられるから反応がわかりにくい。どうしたものかと思ったけど、なんとか2時間で話し終えることができました。
話し終えたら、企画された人が来られて「感動しました」とか言われて恐縮するなど。
と、ひとり前に来られてひとこと。
「わたし、30年前に担任してもらいました」
マジか…。名前を聞くと「あー」ってなりました。この年の卒業生です。なんか、いろんな思い出が蘇ってきます。
その卒業生さん、たまたま広報を見たら、たまたまわたしの名前を見つけたんだとか。ちなみに「目を閉じて聞いてたら、あの頃のままでした」って言われて、すこしうれしかったり。
そんなこんなで、今年度最後のお座敷終了。
京都にもどって、前のおべんきょ仲間と合流。本を返してもらうためなんですが、せっかくだからビールでも飲みましょうということで、「かめちゃん」へ。幸い席はあいてました。
とにかくカスのお好みとスジ肉炒めを頼みましょう。
相変わらずうまい!
ちなみに、前のおべんきょ場所、わたしが在籍していたコースがなくなるんだとか。寂しいなぁと思ったので、「年に一回、おべんきょ会をしよう」ということになりました。
そんなこんなで、のんびりした土曜日でした。

明るい職場

今日は担当クラスのうちのひとつの試験返しです。ということは、このメンバーと教室で対面するのはこれが最後です。と同時に、ほとんどの子らにとって、これが人生最後の数学の授業ということでもあります。2年生を担当するって、そういうことなんですね。
てことで、テストを返して、1年間の感想を書いてもらって、最後の5分はわたしからのコメント。まずは、近況報告です。そして「1年間、なんだかんだいって楽しかった。だからありがとう」です。授業が終わってみんなの感想文を読んでると、案外「雑談が楽しかった」というのがあって、今さらながらうれしかったり。
午後はゲンコを文字化するなど。
でも、職員室は相変わらずうるさい。ちなみに、大職員室は40人くらいの大部屋ですが、たぶん8人しかいないこの部屋よりも静かです。というか、うるささがどんどんひどくなっている。そして、そのうるささのほとんどが笑い声という、なんというか、褒め言葉としての「ひどさ」があります。
たぶん、1年間いろんなことを一緒に乗り越えてきたから、この明るさがあるんですね。
そうこうするうちに、ホワイトデーでもらったというケーキをみんなでわけわけする会がはじまったりして、わたしも混ぜてもらうなど。こんな日が来るとはなぁ。仲間に入れてもらってるんだなぁ。
で、定時に退勤。雨なので同僚が「駅まで送りましょうか」と言ってくれたりして、これまたうれしいです。
家に帰ってお風呂に入ったら、突然爆発音が。そうか、国際会議の最終日か。ということで、ベランダで花火を見たりして。
晩ごはんはパートナーの誕生日パーリーです。「手巻き寿司!」というパートナーの要望に応えて、豪華(当社比)な晩ごはんです。そんな感じで1日が終わりました。

採点の祭典→震災から10年

先週に担当教科の試験がありましたが、ずっとパタパタしてたので採点ができませんでした。唯一チャンスはおとついでしたが、おとついは若手教職員研修が盛り上がったので、採点する気分じゃなくなって、そのまま「梅が散らなかったメール」をもらったのでした。幸い、今日は試験返しのコマが入ってないので、今日を「採点日」と決めてました。
てことで、採点の祭典開始です。とはいえ、そこは数学です。ひとクラス1時間半で終わってしまいます。他教科の教員にもうしわけないです。
それにしても、学年末試験って、採点中に思わず声が出てしまいますね。
「なんで、下端ー上端にしてんねん!」
とか
「ふぁ?2を積分して、なんで2のまんまやねん!」
とかね。
面積の計算は2次方程式が解けないとできません。しかも、x^2の係数がマイナスになることが多いです。そうなるとできなくなります。
「しもた!ここでひっかかるか…」
って声が出てきます。
それでも採点を終えて、ノート点検→平常点の計算です。ここでまた、
「おわ!こいつ、プリントの日に限って欠席してるやん!」
とかいうことになったりします。
まぁ、波乱万丈なのが学年末の成績処理ってことです。そんなこんなで午後のはじめまでかけて、成績処理がすべて終わりました。
うーん、こいつらビミョーやな。みんな、トータルであと10点。各定期テストで、1問たくさん正解があればビミョーじゃなくなるんですが、あえてビミョーにもってきているとしか思えないほどにビミョーです。あとは成績会議しだいですね。

午後はリハビリ。新しい作業療法士さんは、肩にひねりを入れたり、上げる方向をビミョーに変えたり、バリエーションが豊富です。たぶん、前の作業療法士さんがひたすら腕を上げてストレッチしまくってくれたおかげで肩関節に余裕ができて、その土台の上にバリエーションがあるのかな。たしかに肩の可動範囲は広がってる気がします。もうひとがんばりするためには、自己練習が必要なのかな。サボってるからなぁ。

夜、ビールを飲みながらテレビを見ると、当然のことながら「震災から10年」特集です。
いつになく違和感があります。
例えば、阪神・淡路大震災の時ってこんなにいろいろあっただろうか。いや、テレビの特集はあったかもしれないけど、国が式典とかしただろうか。あるいは熊本大地震は?震災じゃないから無視?ことさらに東日本大震災に焦点化する背後になにがあるのか、とても気になります。
そしてもうひとつ気になるのが、↑みたいな感想を言わせない「空気」です。まさに「震災から10年」を追悼しなければならない「空気」です。
もちろんわたしは当事者じゃないのでわかりませんが、たぶん被災者の人や震災で大切な人を亡くした人って、「節目」で思い出すんじゃなくて、日々の生活の中で、ふとした時に「不在」を感じるんじゃないかと思うのです。それに対して、「節目」を設定することによる「震災のイベント化」は、そういう「日常感じる不在」を隠蔽してしまう。つまり、わたしたちが、被災者や震災で大切な人を亡くした人の「日常」に思いを馳せる想像力を奪ってしまう。そんな作用があるんじゃないかと思うのです。
そしてなにより原発です。原発を震災の「ひとコマ」にしてしまうことで、原発は相対的に扱いが小さくなってしまう。例えば「震災で亡くなった人」に焦点化することで、「人とは異なる」あるいは「構造的な」原発は相対的に扱いが軽くなる。そうやって、原発の問題を隠蔽していく。
そしてその先にあるのは「復興五輪」です。そういうプロパガンダの一環としての「震災から10年」というイベントであるように思えてしかたない。そしてそのイベントに、誰もが善意で参加する。参加しない人は「非国民」とみなされる。そうやって「正しい国民」が構築されていく。
なんか、そんな気がしてならない「震災から10年」の夜でした。

今年はほんとに滋賀だな→はじめての店

いろいろあった昨日から、一夜明けての今朝です。職場に着いて、同じセクションの人々や支店長・副支店長に「梅が散らずにすんだ」ことを報告。みなさん、喜んで下さいました。職場の理解があるって、ほんとうにありがたいです。それなしではできませんでした。
で、1時間目の試験カントクを終えたら職場を離脱。一度家に帰って態勢を整えて、向かうは滋賀県中部の町にある中学校です。ちなみに、この中学校に来るのは、今年度3回目です。一度目は4月の研修会でした。これ、全国一斉休校中だったので、「まさかの教職員研修か」と思ったけど、支店長さんの決断でした。2度目は夏休み前で、この時は3年生の子どもたちに向けて話をしました。そして今回は2年生のみなさん向けです。
なんでも、2年生は3年生とは違ってちょっとおとなしめだとか。てか、この人の芸に対しても反応が薄かったとのことなので、これは少々手強いです。
てことで、1時間のお座敷スタートです。はじめはやはり反応が薄めでしたが、途中から反応が返りはじめました。これはうれしい。ところどころで笑いをかみ殺していたりする風景が見られます。ただし、先週の1時間半のペースが頭に残っていて、30分刈り込まなきゃなりません。あちらこちらを少しずつ刈り込んでいきますが、やはりしょうもないネタは残しておかなきゃなりません。と、とあるネタで後ろに座っておられる近隣の小学校教員の方が爆笑されていたので、よしよし。
結局、今回も1時間5分くらいでお座敷修了。最後まで到達しなかったけど、まぁ「切るとこいっぱい」なので、よしとしましょう。

で、しばし支店長室で話。支店長さん曰く
「この中学校のみなさん、ほんとうに熱心でいい人なんですよ」
とのこと。なので、今回段取りして下さった教員の方に
「ただ、人権教育がもうひとつ伸びるためには、「悪い人」にならなきゃならないんですよね」
と言ってみるなど。その方、帰りの車の中で
「アクのある人って言われたい」
って言っておられたので、いいことです。

で、京都に帰ってどうしようかと思ったけど、もう一軒の角打ちに行くことにしました。
はじめて入る店はいつもドキドキしますが、お客さんが話しかけて下さったおかげで、スムーズに入れました。メニューを見たら、久しぶりに見る「きざみ」という文字が。思わず頼みました。

さらに、いつもの角打ちの常連さんがこちらでも常連さんで、お店の人と情報交換したり、はたまたわたしが行っている店のことも話して、おそらくいつもの角打ちの常連認定されたかな。その流れで、こちらの角打ちもこれから来られそうな感じがしました。
収穫大きいな。

出会い→梅は散らずにすんだ

今日の午前は山間の町に出張です。ここでそれぞれのガッコの子どもたちの情報交換。それにしても、小学校の教員の方がおもしろい。
なんでも、前に聞いた中学校のレポートをめぐって、「熱があるレポートでよかった」的なやりとりがなされていたとか。それに対して「熱があればいいんですか」と怒っておられます。つまり「熱はベースでしょう」と。そこにプラスしてとりくみがあると。で、「どう思われますか」と聞かれたので「クールにいこう」と答えました。まぁ実は「熱はベース」ってことなんですけどね。
それにしても、小学校のみなさんと話をしていると、生徒を「見とる」ことの大切さをあらためて感じさせられます。高校って子どもたちにそれほど深く介入はしないけど、「見とる」ことは必要だろうなと。
まぁそんなこんなで午前の会議終了。その間も「あるメール」を待っていましたが、来ない。まぁ午前だしな。
職場に帰って、おべんと食べて、しばし休憩。
その後、若手教職員の研修をするなど。本来はフィールドワークに参加してもらうつもりだったけど、今年はこのご時世なので中止になったので、代わりにわたしがレクチャーすることになりました。何をしようかと思ったけど、せっかくなので部落問題のスライドをすることにしました。すると、なぜか盛りあがるなど。おもしろいな。出会いだなぁ。この出会いは大切にしなくちゃ。この時のことを思い出しました。
で、しばしのんびりして、定時が来たので退勤。
すると、待っていたメールが来ました。
「承認されました」
の文字が。そうかぁ。よかった。ホッとしました。
ただ、もちろんとてもとてもうれしいです。そして、少しは解放感もある。でも、フルボッコ大会の日にも書きましたが、やはり達成感は1ミリもありません。それは、きっと通過点だからでしょうね。もちろん「」という返事に答えなきゃなりません。さらに、やりたいことがふたつあります。これらをしようと思ったら、まだまだおべんきょが足りません。そして、先人達のすごさがとてもよくわかります。
それにしても、いろんな人のお世話になって、「承認」まで来たなぁ。
家に帰って
「承認されたよ」
というと、みんなざわつきました。なので、急遽サイゼに行くことになりました。
と、センセからメール。
「誕生日でしたか。2重にうれしいですね」
思わず
「サイゼで赤ワインのマグナム頼みました」
と返すと
「ははは。そりゃたっぷりですね」
とお返事。センセもホッとされたんだろうなぁ。

59歳の誕生日はこんな感じでした。定年まであと1年か。この1年でやらなきゃならんことが、めっちゃたくさんあるなぁ。

特殊業務もつつがなく

今日は特殊業務の日です。もちろん、放送担当。たしか、一度はずされたことがあるので、35回めかな。慣れた仕事ではありますが、それでもそれなりに緊張はします。ただ、アナウンサーはかなり緊張する仕事なので、わたしの緊張が伝わらないようにしなきゃね。
てことで、今年も淡々と特殊業務をこなしました。
ちなみに、一番大変なのは復旧作業な気もします。コネクタを抜いたスピーカーのネジを外してコネクタ刺して、ネジを締める。まぁでも去年は左手でやったのが、今年は右手でできるのは御の字です。
京都の特殊業務は役があたってなければけっこう早く終わります。管理職も「早めに来た人は早めに帰ってね」って言ってるので、早めに帰りましょう。
帰り道、角打ちに寄ろうかと思ったけど、いつになく落ち気味なので、まっすぐ家に帰りました。少しゆらゆらしながら本を読んだけど、あまりにも足が冷たくなってきたので断念。
なんかだかなぁ…。