女子会の謎

今日は職場の同僚と私的女子会です。と言っても、わかばで肉を喰らう会でもあるんですけどね(笑)。
てことで、夕方京都駅に集合して、わかばへ。
で、おいしいお肉を食べたわけですが…。
んー
たぶん、女子会は、わたしには無理だな。うまく話せない。なんだろ…。うまく話せないんですよね。というか、話題を転がせない。なので、まぁないと思うのですが、たとえ女子会に誘われたとしても、行かないほうが身のためですね。それがよくわかりました。
ふだん一緒に呑みに行くのは、不思議なほど女性です。そして、とても楽しい時間が過ごせています。そういう女性たちと昨日の人たちは違うんだろうか。それとも、わたしと呑む時の女性たちはモードを切り替えているんだろうか。
もっとも、昨日のみなさんが、わたしが感じたようにわたしのことを見たかどうかはわかりませんけどね。

あ、でも、とても楽しい時間が過ごせたのは確かです。問題は、わたしが楽しかったように、他の人も楽しんでくれたかどうかってことです。

立ち続けること

今日は「京都・在日外国人生徒交流会」です。が、待てど暮らせど、誰も来ない。ま、理由はわかってます。広報が遅れたからです。てか、いつものリマインダメールも忘れてたし。
なんか、ダメですね。いろんなことがあるから、頭から飛んでしまってます。
てことで、2時間近く待って誰も来ないので、本日は閉店。こんな日もあります。てか、過去経験ないわけじゃない。こんな日があれば、いっぱい来る日もある。とにかく「場」を絶やさないこと。これは、大学時代に学生聖歌隊の先輩の姿から学んだことです。

てことで、おにぎりを仕入れて大阪へ。御堂筋線の中で激しく葛藤をしましたが、大国町で下車。「関西性教育セミナー第20回記念イベント「押されても、揺らいでも、立ち続けることの意味を問う」」に参加です。
到着すると、みなさんメッチャ驚いてはりました。まぁ「呑み会だけになるし」って言ってたのに、そりゃおどろきますわな(笑)。
会場に入ると池上千寿子さんがおられます。あいさつすると、「あたしの話、終わっちゃったのよ」とのこと。うぇーん(;_;)。
で、ひょいと前を見ると、なんと長谷川博史さんの姿が!メッチャ久しぶりです。
なので、こんなスリーショット。

で、セミナー再開。
ここからの3人の話がおもしろかった!
おかっちさんの名言「逆風があるから立ってられた」はなかなか沁みるものがありますね。野坂さんの学校にかかわる話もとても示唆に富むものでした。そして、ワールドワイドな東さんの話は、やはり元気が出ます。で、まさにこの3人にバトンを渡したのは、やはり池上さんなわけです。
てことで、懇親会。

なんかもう、ほんとに明日からの元気がもらえるひとときを過ごすことができました。
でもま、だからこそ、飲み過ぎなんだな(笑)。

しんみり?

今日は朝昼は某在日外国人教育関係の会議です。
ほんとうにここでわたしができることってなんだろうと、いつも考え込んでしまいます。なんの実践もないし、情報もないし、できることと言えば事務仕事。そんな事務局次長でいいのかと思うのですが、まぁ、人手不足だからわたしみたいなのでもいられるんでしょうね。
てことで、みなさんの圧倒的な実践と情報量に溺れながら(笑)、そこに座っていました。

で、夜は「全国在日外国人生徒交流会卒業生の会」。ところが、なんでも暴走機関車がぎっくり腰とやらで、なんかすごく静かな会になりそうな予感です。で、フタを開けると、やっぱり静か。
途中まで一対一で話。やがて何人か来たけど、なんかもう、静かです。
でも、こういうしっとりとした会もたまにはいいかもです。マジで「たまに」ですけどね^^;;。
てことだ、ワインを飲んでるうちに爆睡です。

はじめてのカムアウト

今日は1年間の最後の授業です。1年間の、毎週6時間の授業をしてきたクラス。ほんとうに濃密な関係になりますね。なんと言っても、生活集団と学習集団が一致した1年生を担当したのは、たぶん30年ぶりくらいです。なので、その中でできることや試したいことをいっぱいやりました。さらに、今年度はカウンターあり反安保法制ありという1年でしたから、当然いろんな話もするというものです。そんな話を受けとめてくれた子どもたちでもありました。
ほんとうに楽しい1年でした。授業ってこんなに楽しいものなんだって思わせてくれた子どもたちでした。
だから、この子らにはなにかを返したいってずっと思ってました。返せるものは、たぶん自分のことくらいかな。きっと、4月からずっと「質問」があって、でもその質問はしちゃいけないって気を遣ってくれていて、そのうちなんとなく質問は心の奥に沈んで別にどうでもよくなって、でもその「質問」は心の奥底にある。その「質問」に答えようかなって思いました。
でも、ビデオを見せるにはあまりにも短い時間しかありません。というよりも、ビデオを見せるのでいいのか?語ることから逃げてないか?っていう気持ちもあります。
なので、今年はほんの少しだけだけど、自分の言葉で話してみようかなと思いました。

まずは、この1年間楽しい時間を過ごさせてもらったことへのお礼。それから、教員になって7年目に担当したSという生徒のこと。「先生、なんでわたしを見捨てたん?」というSの言葉が、教員としてのわたしの原点であること。そこから赤点を出さないとりくみをひたすらしてきたこと。そんな話をしたあと、みんなに質問しました。
「君たち、4月からわたしにしたい質問、あったやろ?」
みんな、顔を見合わせて「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」って顔をしたり、ヘッドバンギングしたり。と、ひとりの子どもが質問。
「どうやったら勉強が好きになりますか?」
みんな「それー(笑)」って爆笑です。
「勉強きらいやからなぁ。でも、研究は楽しいよ」
って答えて、
「じゃ、質問ね。今からいくつか質問するから、「これ」って思ったのに手を上げてね。複数回答ありね」
「わたしを男だと思う人」ふたり。
「わたしを女だと思う人」けっこういるよ(笑)。
「どちらでもないと思う人」いるんかい!
「どちらでもあると思う人」これもいるんかい(笑)
「どひちゃんはどひちゃんって思う人」これもいるわ。
ということで、
「どれも正解ね」
って言いながら、5分ほど話。
その後、
「君たちと過ごした数学の時間について、感想書いてくれるかな」
ってお願い。みんな真剣に書いてくれました。
「授業には「うけさせられてる授業」と「うけている授業」があって、先生のは「うけている授業」。自由で強制しない感じ」って書いてくれた子がいました。その子「教えてあげてる感を出す先生が大嫌いだけど、先生はそんなことなかった」とも書いてくれてました。すごくうれしかった。他にも「生徒も声を上げていいんだってわかった」とか、なんか、もしかしたらいろんなことが伝わったのかもしれないなって気持ちになれました。
ちなみに、性別について書いたのがひとりだけで、それもまた「らしいな」と。

来年、この気持ちに引きずられちゃだめです。でも、今はこの気持ちに少しだけひたってもいいかな…。

笑いをのみこまなくても(;_;)

今日は大阪にある医療系の学校の教職員研修です。
にしても眠いです。行きの電車の中で爆睡してしまいました。そんな体調なので、とにかくテンションあげなきゃ。というよりも、時間が…。

そもそも2時間かかる話を「1時間半で」って言われるんですが、実は無理なんですよね。「いや、講演なんて1時間半やろ」って言われたら、そりゃそうなんですが、無理なものは無理なんです。
だって、例えば部落問題であれば「当事者ばなし」「結婚差別」「部落史」「A地区の実態調査より」みたいに、自分のフィールドに特化した話ができるし、例えば「部落史」の話の時に「当事者ばなし」は要求されない。同様のことは、在日でも障害でも、まぁ言えるかと。
でも、セクシュアリティの話になると、とたんに「基礎的な話をしていただいて、ご自身の話も、あ、できれば子どもたちのことも」って、幕の内弁当みたいなことを頼まれるんですよね。同じことを部落問題に置き換えると「あの人あの人あの人」の話を合体したような話にならざるを得ません。となると、単純に考えて4時間半〜6時間かかります。それを2時間に圧縮してるわけで、そこからさらに30分削るのは無理です。てか、30分削ると、中身がなくなるとかいう話もあるわけで。
まぁ、単純に知識の獲得だけであれば、本を読めばすむ話です。てか、そのほうが豊かで正確な内容が書いてあります*1でも、わたしに依頼されるということは+αを考えておられるんだろうし、わたしもそこしか話せない。それが「削れない30分」の中にあるんですよね。

なんてことを考えるヒマもなく、今日も2時間の内容を1時間半でしゃべるべく1.3倍速くらいのスピードで話し続けました。
いや、「笑い」には「間」というものが…。わかってるんですけど、そんなヒマはないです。なので、笑いが少ない。いや、そもそも「笑いのレベル」が低すぎるのか?そんなことはないです。笑っておられる。なのに、飲み込んでおられる。もしや…。
話し終えて、謎が解けました。笑っておられたのは京都出身者でした(笑)。たぶん、大阪出身者が笑わないところで笑ってしまう自分がわかっていて、なんか、遠慮しながらも、笑いがとめられなかったんでしょうねぇ。
最後は地元ネタで和やかに話あって、今日のお座敷も終了。

そのあと、友だちと合流して呑み。もちろん1軒ですむはずもなく、2軒目では1時間しかないのにワインボトルを頼んでしまう暴挙に出たり。
それでもなんとか終電には間に合って、無事帰宅。

*1:もちろん「ノウハウ本」を除く

抱負

2013年は「新たな半世紀へ」ってことで、「しでかしたろ!」って書いてました。たしかに、あんなことやこんなことを計画しましたね。2014年は「階段をひとつあがる」ってことで、「かなり勝負をかける」って書いてました。たしかに、2013年に考えたことを実行に移した年でもあるし、ほぼ1年後には「階段をひとつあがって」ました。で、去年は、とくに何も書いてなかったけど、たぶん「継承」ってのが頭にあったんだろうな。
さてと。今年だ。
真っ先に思ったのは「今考えていることを形にする」ですね。柳の下のどじょうは2匹はいません。が、やはりもうひとつやりたいし、やらなきゃ「次」がない。だから、今、埋めようとしてるひび割れを埋める。そのために、今年一年というか半年というか、力を投入したいな。去年のことを思えば、今ならまだ間にあいます。
あとは…。やはり「継承」かなぁ。おこがましいけど、「選択肢」を与えない社会のあり方をつくった上の世代のツケは背負わなきゃならんでしょう。とりあえず「選択肢」くらいはつくって、「こっちの水のほろ苦さ」くらいは知ってほしい。で、その「ほろ苦さ」にはまるヤツが出てきたらうれしいな。
そんな一年。

あれやこれや

それにしても、監督2連発はきついです。昔々の人は本を読んだり採点したりしておられたみたいですけど、コンプライアンスが叫ばれて隙間がなくなってしまった現在、かつて本を読んだり採点したりしてた人たちが「あんなことやっちゃいかん」とか言って、できなくなりました(笑)。てことで、試験会場に持っていけるのはペンと脳みそだけ。監督しながらやるのは「考える」ことです。ま、それはそれでトレーニングなのでいいかな。

で、採点。今回の範囲は少し攻めたので、きついだろうなと思ったけど、思いの外みんなできていてうれしかった。ま、沈没した子もいるけど、それはそれです(笑)。

で、いろいろ事務仕事をして帰宅。
家に帰ったらとりあえず確定申告です。もう、すべてできあがっていて、あとはパスワードを入れるだけというところまで、昨日進めていました。SCR3310が住基カード(;_;)をなかなか認識しなくて困ったけど、認識したところでそっとしておいて、すばやく入力。無事提出完了です。

で、晩ごはんはなぜかケンタッキー。なんでも、ケンタッキーのガラでスープをとるとおいしいとかで、ならば今日はケンタッキーにしようかと。
で、ケンタッキーのあとはワインを呑みながらチーズケーキ。
ま、なにげない一日が過ぎていきました。
さてと、54か(笑)。

午前も午後もムラ関係

今日の午前は「第二の故郷」の定例の会議です。内容は中学校の学力についての分析。
ジーっとグラフとデータをにらみながら、何が出てくるのかを考えて、「あぁ、なるほど、そうか」と。
とかくみなさん平均点とか正答率を気になさるのですが、わたしは少なくともテストの結果については点数分布が気になります。そしてできれば、その分布がどのように推移していくのかがわかれば、よりよい。
ちなみに、全国とか京都府のように母数が多くなると、当然0点〜100点まで分布します。ただ、これ、すべての学校に0点〜100点がいるのではなく、点数分布が低いところに固まっている学校もあれば高いところに固まっている学校もある。そんな、いろんな学校が混じり合って、全体の分布ができる。だから、当然「標準偏差」は、全国>京都府>学校となる。で、その学校の分布がどのあたりに位置づいているかは、平均点とか中央値を見ることでわかる。
今回のデータを見て感じたのは「学力が上がってきてる」ってことでした。いや、性格が悪いから、なんとかあら探しをしようとするのですが、まぎれもなく「下が切れてる」んですね。これはものすごく大きな変化です。
となると、今までの猛烈に勉強が苦手な子へのサポートはやめちゃいけないけど、その少し上の層をターゲットにしたとりくみをする必要が出てくる。逆に言えば、その段階に来たってことなんですね。
これ、「子どもの実態が変わった」なんて言葉では片づけられない大きな変化です。なんというか、25年くらいかけた、ものすごく地道なとりくみが実を結んでるんだろうなってことをあらためて感じました。

そんなことを考えながら、午後からはそこから山ひとつ隔てたムラのフィールドワーク。ここでは、古ーい友だちが、これまた地道なとりくみをしながら子どもたちを集めています。でも、そこのムラをきちんと歩いたことは、実はありませんでした。
一歩歩くとびっくりです。「未実施か?」と思わず感じてしまうほどの悪条件な場所に、今も人は日々の営みを続けておられます。が、「そんなん、引っ越したらええやん」とは言えない。引っ越すかどうかについては、それぞれの家のさまざまな事情があり、その事情は単に「その家」にまかされるのではなく、「地域」とからまっています。そして、その「地域」は地域単独では存在せず周辺地域ともからまっていて、しかもそれは歴史的にもからまっている。そうやって、「家族」や「個人」は存在している。
そういうことを、やはりムラ中を歩くとそこここから感じとることができます。
そして、説明を聞くと、それが立体的に浮き彫りにされてきます。
そんな中で、友だちの地道なとりくみはもちろん、地域の運動の行政の地道なとりくみが人々を助けてきたんだなって感じさせてくれるところもありました。
いや、とてもいいフィールドワークでした。
これからも、こことは細くともつながっていこう。

身体が思い出した?

昨日、布団の上に倒れたのが6時半頃。夜中の1時過ぎに一度目が覚めたけど、再び起きたのが6時前。てことは、11時間ぐらい寝ています。でも眠い。
とりあえず今日は特殊業務の日なので、早めに職場に行くべく車で出勤。
で、さっくりと特殊業務を終わらせたのですが、ダメです。
とにかく眠い。11時間以上寝たのにまだ眠い。早々に家に帰って、少しテレビを見てクールダウンして、9時半頃に再びふとんに潜り込んでみたり。
これ、もしかしたら、慢性的な睡眠不足に慣れてしまっていた身体が、いっぱい寝たことによって「睡眠不足じゃん」ってことを思い出して、睡眠不足を訴えるようになったのか?
とにかく、10時過ぎまで少しパソコンを触っていましたが、耐えきれなくて倒れました。

玖伊屋からのおたふく

朝起きると、まだ誰も起きていません。しかたないので、寝ました(笑)。
でも、そうこうするうちに起きて来た人もいるので、合流。これまたしかたないので、スクリュードライバーあたりを呑んだりして。にしても、しんどいというか、眠いというか。ダラダラしているうちに、どんどん時間が過ぎていきます。でも、みんなおたふくに行く気満々です。
てことで、12時ぐらいから片づけをして、1時ぐらいにようやくおたふくへ。
ここで、いつもの「月見とろろ」をすすりながら、いつもの「焼酎お湯割り濃い目梅干し入り」をすすります。
実は、今日は大阪に行きたいのですが、大阪はあまりに遠い。今の体調で大阪に行くと、帰ってこられるかどうか、帰ってきたとしてもどんな状態で帰ってくるのか、はたまた、帰るつもりがどこか遠いところへ行ってしまうことも考えられます。ということで、大阪行きは断念。
5時過ぎにおたふくはおひらき。バスに乗って家に帰ったのが6時過ぎ。そのまま着替えて布団の上に倒れたら、見事に寝てしまいました。