結局3連チャン

今日も午前中はHがしさんと一緒に2人会。
昨日の反省に基づき、今日は過去にしゃべった内容の中で、比較的なんとかなったものを探しました。まぁ、ネタは少ないけど、中にいろいろまぶしてあるからいいか、と。で、反応の方はというと、予想通り、ところどころウケながら、まぁ無難にこなしたという感じです。でも、最後に拍手がきたのが驚きました。
高座のあとは、Hがしさんと一緒にランチ*1。しばし反省会をしたあと、それぞれ、次の用事へと移動しました。

*1:会場横にあったラーメン屋

2人会1日目・死のロード(笑)最終コーナー

7月の中ごろ、Hがしさんから一通のメールが来ました。
「今度、ある場所で研修会があるんだけど、わたし一人じゃなんだから、一緒にやりません?」
はぁ?と思いましたが、まぁええかと。そう言えば、かつてT田林でKさんと一緒にやったこと、あったものなぁ。
てことで、今日がその2人会の初日です。ちなみに、午前午後のダブルヘッダー。事前の打ち合わせは一回やったものの、あのときはバタバタ&酔っぱらいだったからまともな打ち合わせになっていません。なので、今日午前9時に会場にて待ちあわせということになりました。
そこから逆算すると、起床は6時。7時過ぎの電車に乗ってちょうどいい時間です。にしても、6時か…。なんでお盆の最中に6時やねん…。とは思いながらも、引き受けたのは自分なので、しゃーないです。
開始30分前に合流。会場の前のドトールで軽く打ちあわせ。思わず「Hがしさん、さすがに綱渡り慣れてますねぇ」と言うと、「なんで、ぜんぜん大丈夫よ〜」と簡単に返されてしまいました。でも、研修会開始10分前に会場に行くのはそうとう綱渡りな気がするんだけどなぁ…。ま、それぞれのスタイルがあるからぜんぜんOKなんですけど。
で、バタバタしているうちに午前の部が開始。
まずはわたしから「漫談」を一席。ウケません(;_;)。
「では、10年前の写真を…。あ、ちがったこっちです」というネタも仕込んだんですが、ダメです。
それでも、途中からポツポツ笑いがとれるようになりました。まぁ、9時45分はじまりだからなぁ…。
その後、Hがしさんの全体を俯瞰した話に移行。さすがは研究者と同時にサポーターとしての長いキャリアを持っておられる方です。歴史的な経緯をはじめ、「当事者」の声をきちんと押さえておられます。そういうのをコンパクトかつ確実にプレゼンしていかれます。ま、ところどころ古い資料もありましたけど(笑)。
全体としてはすごく積極的に聞いておられたなぁとは思いながらも、個人的には少々敗北感を感じながら、午前の部は終了。昼休みを3時間はさんで午後の部です。
わたしはこの昼休み、近くでお昼ご飯を食べて、あとは控え室でイスをひっつけてウトウトしていたのですが*1、Hがしさんは「堂山で会議があるの」と飛んで行かれました。綱渡りだと思うんだけどなぁ(笑)。
で、午後の部。
午後はちょっと構成を変えてみることにしました。と、これがまた「ウケ」のためには大失敗。いや、みなさんすごく聞いて下さっているのはわかるのですが、個人的にはすごい違和感があります。結局、50分間ほとんど「笑い」のない漫談に終始してしまいました。ダメじゃん>自分。
で、後半はHがしさんの担当。今回は、ところどころわたしへの質問を交えながらの話です。ところ、ここでもつい「マジメ」な答えをしてしまって、ますますダメダメでした。う〜ん。
結局午後の部を聞かれた方にはほとんど笑ってもらえず終了。

ダブルヘッダーが終わったところで、まずは控え室で軽く反省会。
「あしたはどっちのパターンで行きましょう」
「う〜ん、午後のパターンは「ひとりの教員」としての話の感じで、けっこうよかったよ。午前の方はみなさんに笑ってもらって、それはそれでいいんだけど、「やっぱりセクマイはトークがうまい*2」みたいな感じにとられかねないし…。まぁ一長一短ね」
みたいな総括です。う〜ん、あしたはどっちだ?

その後、会場の向かい側にある焼鳥屋で反省会の続き。
実は、昼には
「わたし、今週末から1ヶ月出張なのよね。だから今日は呑めないの」
「じゃぁ、◯島さんでも誘って京橋で呑もうかなぁ」
などと言っていたのですが、結局
「1時間だけね、すぐ帰るから。ごめんね」
ということで、ちょこっと反省会。
社会福祉をやりながら、やっぱり自分のガンバリズムを認めざるを得ないのよね〜」
「でも、そういう不完全さが大切なんじゃないんですか?絶対的な正しさを持った人の語る言葉なんて魅力がないですよ」
みたいな話をしていると、あっというまに3時間が経過。
「引き留めてしまってすみませんでした」
と謝ると
「なにが?」
と平気な顔で返されてしまいました。この人も、結局「人」が好きなんだろうなぁ。

*1:除外診断(笑)

*2:マスコミが垂れ流している「オネエ」イメージそのままということかな

キャンプ2日目・死のロード(笑)もうわけわかりません

テントの中で下の子どもは回転するわ、夜中にしゃべる人間がおるわで、眠りが浅い朝です。8時過ぎにもそもそテントから出て、朝ご飯。なんしか、コーヒーが飲めたらいいです。
朝食後、みんなは近くにお出かけ。パートナーと母親はお買い物。上の子どもはスケッチ。下の子どもは…、ついていっただけですわ。
で、わたしは片づけ開始。
昨日の雨で地面は濡れています。その上にテントを張ったりブルーシートを敷いたりしたので、全体に濡れ濡れです。とにかく、干す。
片づけをしていると、あっという間に12時のサイレンが聞こえてきます。サイレント同時にみんな帰ってきました。
昼食のあとは下の子どもの川遊び。大人は「待ち」です。暑いです。1時間ほどがマンしたところで「帰ろ」と声をかけます。でも、子どもは「え〜」と当たり前の答えを返します。
「また連れていってあげるから」
「いつ?」
鋭いことを聞いてきます。
「今度の土日はあいているから連れていってあげる」
と、きちんと日を確定したところで納得したみたいです。やれやれ…。
家に着いたらザッと荷物を家に放り込んで、キャンプも終了です。

キャンプ1日目・死のロード(笑)何日目やねん!

あまりにも家族を放ったらかしなので「キャンプに行く?」と聞くと「行きたい」と答えが返ってきました。なので、今日〜明日は母親も連れてのキャンプです。
といっても、家から2時間かからずに行ける近場のキャンプ場なのでそんなにしんどくはないのですが…。
とりあえず午前中に準備&積み込み。昼ご飯を食べて出発です。
で、現地に着くと土砂降りの雨(笑)。サイトの確保だけして、あとは「待ち」です。まぁ単なる夕立なので、30分もすればあがりました。にしても、兵庫の鉄砲水って、こんな感じの雨からだったんだろうなぁ。まぁ、ここの川は川底とか自然のままだし、上流はほとのど手つかずのところだから大丈夫なんだろうけど、あの雨がそのまま川に流れ込んで増水したら、そらこわいわ…。
あとは、テントを立てて、タープをはって、ブルーシートを敷いて、炭をいこして、肉や野菜を焼くだけです。
にしても、やっぱりキャンプ場で食べるものはおいしいし、飲むものもおいしいです。そうそう、上の子どもが「ホットウィスキー用のお湯を沸かすバーナーの音が好き」って言ってたよなぁ。そのためにも、ホットウィスキーを呑むまで寝られないぞっと(笑)。

合宿3日目・死のロード(笑)っつぅかなんつぅか

朝、部員たちは苦しみながらも起きて、発声練習をしたみたいです。わたしはというと、3日目恒例の朝の掃除です。
午前は「番組発表」。初日に1・2年生を2グループにわけて、お題を与えて、ラジオドキュメントを作成させました。その作品の発表会です。それぞれの班が、限られた時間と限られた機材を使って、それでも予想以上におもしろい作品をつくってくれました。もしかしたら、今回の合宿の最大の成果のうちのひとつかもしれません。
午前の後半は、「機材講習」。こちらのほうは、現在プロをやっている卒業生から、放送機材を組む時の細かなノウハウなんかを教えてもらいました。これまたすごくよかったかな。問題は、それを覚えているかどうかだな。誰もメモをとっていなかったしorz。
で、昼から帰路につきます。学校まで機材を運んで、結局家に着いたのは午後7時。マジ、倒れそうです…。

合宿2日目・死のロード(笑)再開2日目

朝、部員たちは発声練習。でも、卒業生と顧問はお寝坊(笑)。
まぁ、合宿なんて、子どもたちが企画して、子どもたちがプログラムを考えて、子どもたちが実施するものですから、わたしが出る幕なんてないわけで。だから、別にいいんです*1
でも、さすがにそれではまずいので、発声練習の終わり頃から参加。子ども達といっしょにメディテーションのひとときも持つことにしましょう。
午前は「研究発表」。う〜ん。もう少しきちんとした内容がほしいなぁ。でも、研究することや発表することのトレーニングを受けていないからしゃーないか…*2
午後は、恒例の「山登り」。今回は、「山登り班」と「山歩き班」にわけることにしました。なにせ、年々ハードになってきていて、今年は無理な子はほんとうににっちもさっちもいかなくなると思われるコースなんで。
「山歩き班」は信頼できる卒業生2人にまかせます。わたしは「山歩き班」。昨日一度登っているとはいえ、やはりしんどいものはしんどいです。そうこうするうちに、ペースの違いから「ゆっくりコース」と「どんどんコース」にわかれてしまいます。わたしは「どんどんコース」の先頭*3。「ゆっくりコース」は、これまた信頼できる卒業生にまかせることにします。
「どんどんコース」は順調にピークを踏むことができました。今回、一部同じコースを往復することになるので、ピークからの帰りに「ゆっくりコース」と会えるかなと思っていたのですが、まったく来る気配がありません。ふと、頭の中をイヤな言葉がよぎります。と、ある卒業生が「わたし、もどりましょか?」と言ってくれます。ほんまに助かります。わたしは残った生徒をつれて下山開始。「山歩き班」との合流をめざします。で、合流地点に着くと…。いません。どないなってるねん。またまたイヤな言葉が頭をよぎります。しかたがないので、元気な部員をふたり、「山歩き班」がいると思われるところまで派遣します。で、ひとりには「会えたら報告にもどってくるように」。酷かもしれませんが、しゃーないです。
やがて30分ほどしてもどってきました。てことは、こちらは合流可能だな。とりあえず、「どんどんコース」全員を引き連れて「山歩き班」と合流。先に宿舎に返すことにします。さて、問題は「ゆっくりコース」ですわ。「山歩き班」と合流したあと、ふたたび下山口にもどります。と、「ゆっくりコース」の一部がいます。どうやら、「ゆっくりコース」はほんとうにおしゃべりを楽しみながらゆっくりと歩いていたみたいです。
まぁ、全員の無事が確認できたので、一安心。あとは宿舎に返すだけです。
それにしても、卒業生たちが大活躍ですわ。でもまぁいいんです。彼らをマンツーマンでつけることができるからこそ、安心して山を登れるんですわ。
夜は、恒例の「儀式」。今年も無事すんで、わたしの役目もほぼ終了です。
あとは、卒業生と現役生が交流しているのを確認しているうちに爆睡。

*1:と、あえて言ってみる

*2:って、旧学習指導要領を実現できていないというわけですわな。

*3:全体を見渡すためには、ここじゃないとどうしようもありません

合宿1日目・死のロード(笑)再開

朝、荷づくり開始。前の晩にやればいいのですが、疲れていてやる気が起こらなかった&ケンミンショーを見ていた関係で、やらずに寝てしまいました。
待ちあわせ時間には間にあいませんでしたが、そこは顧問の強さで集合場所をどんどん北へずらして、なんとか合流成功。そのまま一路、現地に向かいます。やがて、生徒とも合流。いよいよ合宿の開始です。
初日の午後は、子どもたちは機材講習だそうです。で、わたしは卒業生と一緒に、明日の午後のプログラムの下見。目指すは「頭巾山」山頂*1。登山口までは完全な林道です。完全に普通の車でそろそろと走ります。
で、登りはじめたのですが…。ひどい道です。単に尾根をひとつ直登するだけ道です。あとは、ひたすら尾根道をずっと歩き続けます。途中、思わず「帰ろうか」と話しあいましたが、それでもいくつかのピークを踏み越えながら、1時間半後には山頂に到着。それまでの疲れが吹き飛ぶような山頂の景色です。
でも、遠くでは雷の音がしています。危険です。山頂のすぐしたから、いきなりふもとの林道に降りる道があります。ここをまっすぐ降りて、林道着。あとは1時間ほど林道を下って車の置いてある場所に向かいます。しかし、途中でサルの呼びあう声は聞こえるわ、鹿の後ろ姿を見るわ、思いっきり自然を満喫させてもらいました。にしても、ひとりで歩くには怖い道ですね。
そうとうヘトヘトになりながら、それでも4時間のコースを3時間で踏破。
にしても、あしたもう一回か…。

夜は、恒例の卒業生との交流。なんだかんだとしゃべっていたら、気がつくと2時半。あしたもプログラムがあるし、寝よう…。

*1:もっとも、宿の方からは「危険だからやめておけ」と言われていたのですが(笑)

トラブル発生

せっかく昨日撮った「記念写真」、パソコンに転送しようと思ったら、いきなりデータが飛びました。てことは、この夏にパートナーが撮った下の子どものデータもダメなわけね。
でも、ファイルサイズを見たらデータそのものは残っているようです。てことで、まずは「完全復活」とかいうソフトでサルベージ。けっこうデータは残っていました。で、サムネイルは見えるのですが、ほとんど開きません。てことは修復ですね。
ネットで調べてみると、無料ソフトで修復できそうなのは、JpegAnalyzerのようです。とりあえずデータを開いてみると、1/3くらいのデータは、最後に無用なデータがくっつけられているみたいで、こいつを削除したらOKでした。
問題は、RSTの順序が違ったり、データが欠落している(みたいな)ものが残りの2/3。たしかに写真を見てみると、順番がぐちゃぐちゃになっています。ほとんどパズルみたいですね。
ま、jpegの勉強をして、コツコツ修復してみますか。

ドナドナ…

とうとううちのジムニー、ダメかもしれないという状態になりました。
だって、冷房が効かないのはまだしも*1、ターボの加給圧がおかしいのか、「ピコッ」とか言ってターボがきかなくなるんですよね。しかも、燃費が10kmいかない。
あしたで車検切れなので、とうとう乗りかえることを決断しました。
にしても、長いつきあいでした。
JA11が出てきたのが1990年。その時すぐに買った1型ですから、これで18年間のつきあいです。
ちなみに、パートナーと出会ったのが1990年で、結婚したのが1991年。子どもが産まれたのが1992年ですから、パートナー並みの長いつきあいなんですよね。
考えてみると、結婚を決めて、その記念に友だちがとってくれた写真はジムニーの屋根に二人で座っている写真だったよなぁ。2人家族→3人家族→4人家族になっても、ずっとずっとジムニーで走りまわっていたよなぁ。
てことで、きのう、家族でジムニーとの記念写真。そして今日はドナドナの日です。
車屋さんまでの40kmほどを、加給圧があまり上がらないように慎重なアクセルワークで走ります。まぁ、京都は南行きは下りだから楽ですけどね。
さて、次はジムニーのライバルパジェロミニです。といっても、2WDだけど(笑)。あ、人生で初の2WD車だなぁ。

*1:毎年修理&クーラーガス充填もそうとう金額的にしんどいです

で、恒例の…・死のロード(笑)・再開8日目

高座が終わったら、一駅ほど歩いて海を渡る橋のたもとにある高いホテルのビヤガーデンへ。と思ったのですが、天気が悪いので「ビヤホール」でしたが。
でも、こういうのいいかもしれません。だって、ダラダラと長い時間じゃなくて、2時間程度でサクッと終わるから、帰りの電車の心配もありませんからね。
で、ビヤホールを出たら2次会。突然帰りの電車が心配になります(笑)。
で、2次会もサクッと終わったと思ったら、突然観覧車に乗ることになりました。いや、単に2次会メンバーのうちの2人が「高いところはこわい」とカムアウトしたからなんですけどね(笑)。
で、高いところを堪能したところで、今日はお開き。しかし、みんなちゃんと家に帰れたんだろうか…。