シンポ「教員社会とダイバーシティ」とか

今日は午後から前のおべんきょ場所で、「教員社会とダイバーシティ」というシンポジウムがあります。
思い返せば、年度当初「相談があるんだけど」ということで、伊藤さん@前のおべんきょ場所のセンセから「シンポジウムをやりたい」という話を聞いていました。なんでも、今年度いっぱいで定年退職なんだとか。通常、退職記念の最終講義は、ご自身と研究のことについて話をされます。去年、「とったどー」の翌日にセンセの最終講義があったので行ってきました。ところが、伊藤さんは、いわゆる最終講義はしたくないと。いままでたくさんの、そしてさまざまなマイノリティ学生に出会ってきたけど、そうしたマイノリティ性を教員社会はないことにしてしまう。というか、教員養成系の大学もまた、ないものにしてしまう。そして、伊藤さんも「女性」というマイノリティ性のもと、ないものにされてきた経験がある。なので、そこを問うシンポジウムをしたいということでした。伊藤さんには修論指導でメッチャクチャお世話になったので、もちろん協力をさせていただくわけですが、役まわりはシンポジストなんだとか。まぁそりゃそうか…。ちなみに、わたし以外にM田さんとKムさんと3人がシンポジストとして登壇することになりました。
問題は、開催方法です。このご時世、どうなるんだと思ったのですが、対面でやるんだとか。すげぇな。しかも、いろいろな事情で来られない人のために配信もするんだとか。しかも、それを知ったのが金曜日の夜。マジかと思いました。なんでもwebカメラを使って配信とか言っておられたけど、それはダメでしょう。せっかくなので、スイッチャーを出さねば。
てことで、まずはおにぎりを握って、その後午前に職場に行って、いろいろ機材をピックアップして、シンポの会場である前のおべんきょ場所に向かいました。
到着したら、おにぎりをパクつきながらセッティング開始です。そうこうするうちに、おべんきょ仲間とか、京都の人権教育界隈の人とか、いっぱい集まってこられました。ここでクラスターが発生したら、人権教育が2週間ほどとまるな。なんだかんだごちゃごちゃしてるうちに、伊藤さんが
「はじめるよ」
と。へ?もう13時30分。
ということで、まずは基調報告から。なんでも、日本の教員養成系の大学で人権教育の講義はそれなりにあるんだとか。でも、何をやっているのか、その中身はわからない(笑)。ダメじゃん。そんな話から、教員社会にはダイバーシティがないという話。で、伊藤さん自身はマイノリティ学生といっぱい出会ってこられた。でも、それらの学生をうまく組織化できなかったことの反省が、このシンポにつながったという話。
んー、組織化はしてなかったかもしれないけど、つないでこられた気はします。だからこそ、M田さんは学生時代にうちのガッコのリビングライブラリで本になってくださったわけで。そう思うと、派手さはないけど、貴重な働きをされてきたよなぁ。
で、シンポジウム開始。お題は「自己紹介」「教員社会の構造的な問題」「人権教育に求めること」「教員養成系の大学や大学生に求めること」です。特に「教員社会の構造的な問題」お内容が多岐にわたります。例えば、カミングアウトとそれにともなうリスクとかマイクロアグレッションとか。むずかしいな。
わたしに関しては、ノンカムフルバレ&24時間ひとりパレードですからねぇ。カミングアウトすると、ひとつの枠に収められてしまいそうで、それがイヤなんですよね。その代わり、カミングアウトしてないから、生徒がわたしのことをどう考えているかわからない。なので、相手の「ふるまい」を観察しながら、相手がわたしのことをどう考えているのかを分析する。例えば、相手が間違った解釈をしていそうだったら、それをこちらのふるまいで修正する。そういうめんどくささがあるけど、でもその駆け引きはおもしろい。おもしろいけど、めんどくさい。
まぁこういう駆け引き、多くの人も実はやってるんだろうけど、その「振れ幅」みたいのは少ないのと、カミングアウトに対するリスクが小さいから、「そのものズバリ」のカミングアウトで修正が可能だったりする。でも、そうはいかないんですよね。あと、なによりめんどくさいのが、性別カテゴリーの特殊性なんです。つまり、ある人を見たとき、必ずいずれかの性別カテゴリーへと割り振る。そこにペンディングがないんです。だから、常に駆け引きをし続けないと行けない。で、それをしないと平穏な生活が得られない。
まぁそんなあたりの内容を、実例を交えながら話しました。
人権教育はむずかしいな。なにせ担当ですからね。だから、担任時代のことと、人権教育の担当としての話。まぁリビングライブラリか。あとは授業担当として雑談の話をしてみました。
教員養成系の大学に求めることは…。子どもを社会的な存在としてみることですね。必ずその子の行動の背後には、その子の生活や、その子を取り巻く社会が存在する。それが学校社会・教員社会の「ふつー」と往々にしてバッティングする。そうしたときに、教員が権力を持っているので、教員社会の「フツー」で断罪をしてしまう。そうならないようにするためには、ある子を見るときに、その子の生活や社会を常に意識することが必要。そんな話をしたら、〆で伊藤さん
「普通を問い直すことがダイバーシティ」
と言われたので、拾ってくださったのかな。
シンポジウムのあとは、しばしの休憩の後、伊藤さん自らがつくられたお宝映像の上映会。いい教員人生を送ってこられたんだろうなぁ。伊藤さんがおられなくなるのは寂しいなぁ。
で、最後に記念写真を撮って修了。さてと、機材の撤収だ。

ほんとうは打ちあげがあるはずだったけど、このご時世なので、また落ち着いたらやりましょうということで、今日は自主打ちあげをやりましょう。
てことで、シンポジスト+αでストーンズへ。
ここで、部落問題をめぐるネタが炸裂。
いや、かつて
「部落問題は根が深い」
みたいな話がよく出ていました。いや、今も出てるか。それに比べると、同性愛の話って最近出てきたみたいな感じで捉えられがちです。でも、考えてみたら、同性愛差別をめぐる話って、おそらく人類が誕生した瞬間から起こっていたんじゃないかな。例えば、ソドムの町の話とか、旧約聖書の世界の話ですからね。そんな話をしたら、M田さんが
「延喜式とか、西暦で言うと、せいぜいが3桁の話ですよね。メッチャ最近のことですよね」
とか言いはじめて、一同大爆笑です。
あー、いい夜が過ごせた。さてと、明日も朝寝坊ができないから、これくらいにしてくかな。