特殊業務の日

朝起きると、やっぱり「腰痛」。つっても「ようつう」っていうより「こしいた」程度ですけどね。よくはってます。まぁ、2〜3日で治るでしょ(笑)。
さて、今日は特殊業務ですね。
数年前までは、この日は「外部との連絡は一切ダメ!」ってなっていたんです。ところが、今はぜんぜん不問になっています。まぁしゃーないですよね。かつては、外部との連絡手段は有線電話しかなかったけど、いまやみんな携帯を持っている時代だし、ネットは常時接続だし、連絡手段を切りようがないです。ややこしい世の中になったものです。ここへもってきて、ユビキタスとかいいはじめたら、もっとややこしくなるんじゃないかなぁ。なにせ、わたしたちはともかくとして、「特殊業務のお客さんたち(笑)」が、自由に外部と連絡を取れるようになる可能性もあるわけで、もう、えらいことになりそうです。
ま、それはおいといて…。
わたしの役割、もう少していねいに言うと、タイムキーパーをキープする仕事になります。タイムキーパーはしゃべらないといけないけど、わたしはしゃべらなくてもいい。何ごともなければ、おそらく特殊業務の中で一番楽な仕事です。その代わり、いったんなにかことがあれば、下手すると始末書ものです。なので、さすがに緊張します。
それにしても、厳密に時間に拘束される仕事って、けっこうストレスが高いですね。もちろん、学校っていう職場は時間に拘束されて動いているんですけど、それほど厳密ではないところはやっぱりあります。ところが、今日の仕事は秒単位で時間をキープしなくちゃなりません。
でも、そんな緊張感も、特殊勤務が終われば一気に解放されます。しかも、それが普段より早いというのが、このギョーカイのおもしろいところです*1。あとは、雑務を淡々とこなして、定時にアガリ!担当の人にはゴメンやけどねm(_ _)m。

*1:だれかの日記で読んだな(笑)

腰痛(涙)

明日は特殊業務の日。なので、今日は授業は午前中まで。午後は特殊業務の準備があるので、生徒たちは学校に残ることはできません。
で、準備って何があるかというと、担当者は、そりゃたいへんですが、担当じゃない人たちはせいぜい会場設営と掃除くらいしかないんですよね。で、わたしはというと、担当じゃないので、掃除をすることにしました。つっても、長〜〜い廊下を端から端まで掃くというだけのことです。
ところがこれがしんどい。なにせ、わたしの掃除分担区域は1階の渡り廊下。当然地面から少しあがっただけのこと。上履きと土足の入り乱れるところです*1。てことで、砂がいっぱいあがっています。しかも、ゴミもけっこうあったりする。さらに、ネコのンコもあったりする*2。とんでもないところなんですよね。
でも、やりはじめるとトコトンやらないと、気がすみませんよね。で、かれこれ1時間ばっか頑張ってしまいました。のはいいんだけど、なんでほうきってあんなに短いねん。おかげさまで、あしたあたり腰にきそうやわ_| ̄|◯

*1:上履きの意味、ないじゃん!

*2:たまった砂のところをトイレと間違ってやがる!

卒業式

22年間ウチの学校にいるうち、卒業式の放送担当をしたのは19回。で、残りの3回は何をしていたかというと、担任だったので前に並んでいた、と。つっても、担任席から「ボリュームちょっとage」とか「ハウってる」とか適当に指示を飛ばしていましたけどね。いや、何かおこると、つい腰が浮いてしまうのがクセでして、この間もS賀県で話をした時、前に座っていりゃいいのに、ハウリングが出た瞬間アンプのところに走っていっていました。まぁ、ベストなのは、そんなコトしなくていいように事前にきっちり詰めておくということなんですけどね。
で、ウチの学校の行事の放送関係は、すべて生徒がやっています。わたしは横につくだけ。横についてボーっとしながら、要所要所で指示を飛ばす。これでいいんだと思うのです。何かあった時の責任は、横についているわたしがとるわけで、そのために横にいるわけです。こんなふうにボーっとしていると、生徒たちが勝手にいろいろ気をまわして、勝手にいろいろな行事の放送をやるようになりますから。
ま、そんなこんなでつつがなく卒業式も終わり。
担任をやっていないし、3年生の授業も担当していないしという教員にとっては、卒業式の日はヒマです。誰かがお別れのあいさつをしにくるわけでもないし*1、放送部の卒業生なんざ、これからもしょっちゅう会うだろうし。
なので、午後はのんびりと雑事をこなしました。

*1:来たけどね(笑)

普通の一日

朝、劇薬*1づくり。あっという間に終了。これだから数学の教員はやめられない。まぁ、他の科目5分の1ぐらいの時間でできるだろうなぁ。しかも、最近のソフトは数式を入力するのが簡単になったし。そういえば、TARO3の頃はたいへんだったわ。1/4上付とかなんとかやったり、罫線で分数をあらわしたり。凝りはじめると、行間を詰めたりなんだかんだとやるわけで、これがさらに高じるとTEXのはしるんだろうなぁ(笑)。その後、P1exe plusが出た時は、驚愕のまなざしで見たなぁ。もう、ものすごくきれい!同時期の松ver.5よりもp1のほうがよかった。windows全盛になって、p1はpublisherになって、どちらかというとDTPっぽくなったまま、いまはどうなったんだろう。あの数式描画の部分は今でも使いたいんだけどなぁ。
劇薬を仕込んだところで雑務が一本。授業に行って帰ってきて、程なく終了。表作成にTAROを使うもんじゃないですね。やはり、oOOのcalcのほうが圧倒的に楽できれいということがよくわかりました。てか、いろんなツールを細々使うのが結局いいんだと思う。なんでもかんでもひとつのソフト(ファミリー)でという囲い込みの発想は、ソフトの進化を阻害するなじゃないかなぁ。てか、これはソフトに限ったことじゃないんだろうな…。
てなことをやっていると、電話が一本。「今日、カギ閉め行きましたし」。忘れてた…orz。空き教室のカギ閉め当番。「ごめんなさ〜いm(_ _)m」「あ、いいですよ(笑)」。ほんまありがとう。
その後授業。昼は校門の立ち番。立ち番が終わったら、保健室で一息ついて、たまっている生徒と雑談。
で、自分の机のところに帰って、遅めのお昼ご飯を食べながらメールチェック。いろいろはいってるわ。ほとんどスパムやけど。nPOPを使ってガンガン削除した。あ、わたし宛のメールは、あきらかにスパムじゃないとわかるタイトルをつけて下さいね。「ずっと待っていました」とかいうのはダメですよ(笑)。
6時間目が終わったら、掃除。つっても当番が来ない。しゃーないので、そのへんにいる生徒と雑談。
その後、職員会議。まぁ、火種があるとおもしろい。
その後、某児童館で学習会。入試直前の中学生って、ほんとうに一生懸命勉強するなぁ。苦手な子は苦手な子で、精一杯誠実にやっている。その気持ち、高校に入っても忘れないでね。
1時間ほどで学習会も終了。あとはお家に帰るだけ。
途中、ふと思い出して「さいぼし」を探す。大手筋にある肉屋においているっていううわさを聞いたけど、閉まってた。あとは、S地区かなぁと思っていたけど、途中通るK地区にあるんじゃないかと思い、寄ってみた。まずは、肉屋さん。ムラ中ならどこにでもある品揃え*2が入ったショウウィンドウ。その向こうでは、焼肉をやっています。むっちゃええ臭い。ドアの外に立つと、店のお客さんが一斉にこっちを見ています。照れますやん(笑)。で、ここはなし。おばあちゃん曰く「予約してくれたら入るで」。2件目はよろず屋さんのような食料品店。店の外には鍋があっておでんが泳いでいます。ショウウィンドウを見ると、ここもムラ中ならどこにでもある品揃え。聞くと「生はないけど、冷凍やったらあるよ。さいぼしは火曜日に持ってきはんねん」てことで、とりあえず今日必要なので冷凍を買った。そうそう、I地区では「土曜日に売りに来はんねん」って言ってたなぁ。
帰りに整形外科によって被曝しようと思っていたけど、定休日。なので、そのまま家に直行。あとは、晩ご飯を食べて、子どもたちとおしゃべり→ラグビー観戦→爆睡。

まぁ、こんなんが平均的な高校教員の一日ですね(笑)。

*1:麻薬

*2:生レバとかアキレスとか

劇薬…

わたしは、毎年4月、最初の授業で「わたしの授業の受け方」というレクチャーを1時間ほどかけてやることにしています。ここでちょっと紹介。

  • 準備物

必ず持ってきてほしいものは、教科書とノートと筆記用具(できれば黒+3色程度)。
教科書は、まずは基本です。勉強するすべての内容が教科書に書いてありますし、問題も書いてある。で、わたしが黒板に板書する内容は、わたしがまったく教科書を見ないとしても、ほとんど教科書と一緒になります。ということは、よく必死で板書をうつす生徒さんがいますが、あれって実は無駄な作業なんですよね。どちらかというと、わたしの話を聞きながら、「ふんふん、ここをしゃべっているのか」と思ってくれたら、それで充分なわけです。で、教科書に書いてないことを話した時、はじめてそれをメモする。
ところで、その部分だけをノートにメモしても、前後の脈絡がないのでなんのことかさっぱりわかりません。なので、そのメモは教科書にすればいい、と。そうすると、1年経ったら世界でたった一冊の「君だけの教科書」ができあがります。ということで、教科書には必ず名前を書いて、なくさないようにしましょう。
じゃ、なんのためにノートを持ってくるのかというと、問題を解くためです。
よく教科書に答を書く生徒がいますが、あれはやめてほしいですね。というのは、教科書に答を書いてしまうと、「解答つきの問題」になってしまって、次に解こうという気が起こらないです。さらに、スペースが小さいので、「答だけ」の解答になってしまう。
なので、問題の解答は、ノートに書くようにしましょう。もしも解答があっていたら、きちんと「◯」をしましょう。もしも間違っていたら、きちんと「×」をしましょう。よく、まちがえた解答を消して正解を書く生徒がいますが、あれはあきません。もったいないです。自分がなにをまちがえたのか、それを分析して、次に活かすことで、「力」がつきます。生徒たちには「人間は失敗から学ぶ」とえらそうなことを言って煙に巻いておきます(笑)。

  • 授業のリズム

数学の授業にはリズムがあります。

  1. テーマの提示
  2. 解説
  3. 例と解答
  4. 問い
  5. 解答

「テーマの提示」はあっという間なので、これは必ず聞くこと。
「解説」は、より深く理解したい生徒が聞くものであって、「あかん、パニクッた!」と思ったら、とりあえず無視をしてもかまいません。
「例と解答」。これが一番大切です。とにかく「どうやって解くのか」ということがわからないと、どうしようもありません。
「問い」。必ずやりましょう。間違いをおそれないことです。体育の授業なんかだと「間違い」は時としてケガにつながりますが、数学はとっても安全です(笑)。とにかく、自分で問題に触れることが大切です。
「解答」。あった問題はどうでもいいです。間違った問題については、「どこで間違ったか」ということをていねいに分析しましょう。そのために、わたしは「ここでこういうミスをしがちだよ」とか「この中に、きっとこういう間違いをした人がいるんじゃない?」と分析の補助をするようにしますので、それを参考にして下さい。
これら5つのリズムが、簡単なテーマだとひとつの授業で2〜3サイクル。むずかしいテーマだと1サイクルあるわけです。とすると、「解説」とか「問いのあまった時間」なんかをうまく使うと、50分の授業の中で集中しなくちゃならないのは30分程度ということになるかと思います。逆に、その程度の時間だけを集中していればいいわけですから、数学の授業*1は楽なもんです。

  • わたしがやりたくないこと

これは生徒たちには基本的に言わないことですが、わたしがやりたくないことは「試験前日の補習」と「プリント学習」です。
いずれも、日常の授業をおろそかにしてしまうものです。
「試験前日の補習」は、当然おろそかにしますよね。だって、普段やらなくてもそこで教えてもらえばいいや。ということになってしまいます。なので、わたしは「試験前日」じゃなくて、できるだけ普段補習をするようにしています。逆に、その積み重ねがあれば、試験前日にやらなくてもいいということです。
もうひとつは「プリント学習」です。「プリント学習」をやると、生徒たちはだんだん教科書やノートを持ってこなくなります。そうすると、たとえば「問い」をやる時に「◯ページの◯番」と言うだけではダメで、黒板に問題を書かなくちゃならなくなります。そうすると、マジメな生徒はそれを写しはじめる。となると、ものすごく時間がかかります。ですから、どんどん授業が遅れだす。一方、やる気のない子は黒板を写すことすらしなくなります。すると、ますます時間があまってしゃべったり漫画を読んだりとなっていきます。必然的に、クラスが崩壊していきます。
それだけならいいのですが、わたしの時間だけじゃなくて、他の時間にもそれは飛び火していきます。「◯◯先生はプリントくれはった」とか「去年の先生はプリントくれはった」となります。こうなると、もうお手上げです。わたし個人の問題じゃなくて、学校全体の問題になります。なので、どこかでそれを防がないといけません。で、わたしは基本的には「よそはよそ、うちはうち」と言い放ってプリント学習はしないようにしています。
ところがですね、プリント学習をしないと、もう持たない時が来るんです。
生徒たちは、実は小学校の頃からプリント学習にならされています。「いよいよ勉強をしないと赤点の危機」という時になると、とりあえず勉強をしなくちゃならんなぁということで、とりあえず前を向きはじめるのですが、その時点では「どうしていいかわからない」ということになる。で、混乱したままあきらめて寝てしまうということになります。
こういう時のカンフル剤として「プリント」を出さざるをえないんです。これが悪循環を招くということはわかっているのですが、どうしようもありません。そして、この「プリント」は見事に効きます。
しかしね。このプリント。生徒たちから力を奪っていくものなんです。だから、使いたくない。
「プリント」は、授業をするものにとっては、劇薬*2です。

で、今、ある講座でとうとう使いはじめました。効果はてきめんですねorz。

*1:少なくともわたしの

*2:あるいは「麻薬」

ま、負けた希ガス…

ぜったいにやりたくないと思っていました。でも、あまりの圧力に、とうとう耐えきれなくなってしまいました。なので、ついやってしまいました。
いえね、たしかに「時代の趨勢」に身をまかせた方が楽なんです。そして、圧力に抗するのではなく、圧力に屈するのでもなく、圧力を受け流すことが、いろんな人にとって、「その場限り」ではあるけど、逆に感謝もされるのかもしれません。
でも、ほんとうにそれが「正しい」のか。そう考えると、「流れに竿さす抗う」と言われても、頑として自分の主義主張のままに生きていかなくちゃならないとは思うのです。
一度流されてしまうと、もう元の流れにはもどれません。あとは、不本意な流れのままで、とりあえずやりすごしていくしかないのです。
そうはわかっていましたが、とうとうやってしまいました。

続きを読む

出勤

6時起床。しばしここがどこかわからなかったけど、ホテルの中であることを確認。ふと横を見ると、トースターが飛んでいました(笑)。
あわててLOOXはスリープさせて、シャワーを浴びて、ホテルを脱出です。で、新幹線に乗って、一路京都へ。そのまま職場に直行です。
それにしても、普段と同じ時間に起きて、普段と同じくらいの時間に出勤を開始して、職場に到着したのがふだんより2時間ほどしか遅くない*1。って、どういうことよ。

*1:もちろん休暇を取っていますよ

でも、語る…

授業って、ある意味すごく自由な時間です。というのは、教室という空間の中で子どもたちと過ごす50分は、常にハプニングの連続だから、「予定通り」ということはあり得ないからです。逆に言うならば、そのハプニングを自分でつくることもできるわけです。
で、今日は1月17日。
もちろん、12年前の「あの日」のことを語らなくちゃなりません。
早朝、ものすごい揺れというか、衝撃を感じたこと。そこからはじまった一日。そして、地震のあとの最初の日曜日、パートナーの母親の反対を押し切って*1西宮まで毛布運びにいったこと。そこで見た風景。そこで聞いた音。自分にしか語れないことはたくさんあります。
やがて、地震による被害が「かたより」を持っていたことが明らかになります。その理由。その一方、かつて9月1日にあった「出来事」との大きな違い。
そんなことを、思いつくままに30分ほど語りました。
1年に1回だけ。生徒たちにとっては、もしかしたら一生に一回になるかもしれない。だからこそ、ていねいに、自分の経験と知ったことと思いとを語る必要があると思うのです。

*1:あの頃、余震が続いていたので、下手するとケガをしたり場合によっては死んでしまう可能性もあったんですよね。

淡々と仕事

今日は夕方から用事で遠距離移動があります。なので、そこまでにできることをどんどんやっておかないと、あとでえらいことになります。なので、ひたすら仕事仕事。