四条河原町マルイ前にて

みなさん。
わたしは学校の教員をしています。
わたしは今日、自分の義務を果たすためにきました。わたしは教育公務員です。公務員は憲法を遵守する義務があります。明日学校で子どもたちに「義務を果たしてきたよ」って言うために、ここに来ました。
もうひとつあります。
最近、自分の心がパサパサになってきた気がするんです。パサパサになった心だと、現実もパサパサにしか見えません。やつらはそんなパサパサな心が大好物なんです。そのパサパサな心に、なんやろ、いらんもんを入れるんです。だから、今日はそんな自分の心に水やりに来ました。
うちの学校の子らは勉強苦手なんです。でもそんな子どもから、今日「先生、おんなも戦争行かなあかんの?」って質問されました。わたしは「そやなぁ。男女共同参画の時代やしなぁ」って答えました。他の子から「先生、わたしら攻撃されるの?」って聞かれました。「そやなぁ。日本には基地がいっぱいあるからなぁ」って答えました。
そしたらその子「イヤやー。なんでこんなことになってしもたんやろ」って泣きそうな顔をしてました。
ブルーハーツの「青空」の中にありますよね。「こんなはずじゃなかっただろ、歴史が僕を問い詰める」。わたしは「こんなはずじゃなかった」って言いたくないんです。
頼みます。うちの子らを助けるために、「こんなはずじゃなかった」って言わずにすむために、力を貸してください。

四条河原町でマイクを持ったのは2度目です。1度目は、「ふるさと」のメロディで
「キムチおーいし、あの店ー♪」
と歌って、そこにいた人の失笑を買いました(笑)。
今日はあの時よりもましだったかなぁ。でも、この内容考えるのに1時間かかりましたよ。
明日、子どもらに報告やな(^^)。

詩の持つ力

暗澹たる気持ちだった今朝、ひとつの詩が流れてきました。

明日戦争がはじまる  
          
             宮尾節子

まいにち
満員電車に乗って
人を人とも
思わなくなった

インターネットの
掲示板のカキコミで
心を心とも
思わなくなった

虐待死や
自殺のひんぱつに
命を命と
思わなくなった

じゅんび

ばっちりだ

戦争を戦争と
思わなくなるために
いよいよ
明日戦争がはじまる

思わず印刷して配ってしまいました^^;;。
心がパサパサになる前に、水やりを。
詩には人の心を生き返らせる力があるんだなぁ。

報道

夕方、なにげなくfacebookを見ていると、新宿南口で焼身自殺をはかった人がいるとの情報が流れてきました。
とうとうここまできちゃったのか。自分の命を賭して抗議しなくちゃならないところまで来ちゃったのか。胸が痛みました。
ことの是非ではない。とにかく心に痛みが走りました。
もうひとつ。報道されない。WHOにガイドラインがあるとか。そう言えば、前にもそんなことを聞いたことがありました。しかし、同じWHOのガイドラインがあるはずの海外のメディアでは報道されている。その差はいったいなんだ?
もしかしたらガイドラインの本質を見誤っていないか?だって、とうてい「こんな報道してええんか?」ってこともガイドラインがないゆえに報道している事例が散見されます。思考停止してないか?自分で考えているのか?あるいは、考えた結果、現政権への気配りで報道しなかった?
そしてもうひとつ。同時に「まとめ」にあった「無関心」なつぶやき。
感性の潤いは、気がつくとなくなる。パサパサに乾いた心は、現実をパサパサにしかとらえられなくなる。なぜ、感性がパサパサに乾いていくんだろう。

久しぶりに家にいた

なんか、朝、下の子どもが「ぎゃー」とか言っているので目が覚めましました。なんでも、ムカデが出たとか。最近よく出ます。そのムカデ騒動で、文化祭の練習に間に合わないとかで、学校まで送るはめになったりして。
まぁ、でも、のどかな朝です。
帰ってきたら、読まなきゃって思ってたを読んでみたりしたのですが、もういろんな意味で「おお!」の連続でした。いや、買ってよかったです。古本だけど^^;;*1
昼は久しぶりにお好み焼きをつくりました。さっくりつくるためにちょいと「生地」に工夫をこらしたのですが、もうひとつ。まだまだ奥深いお好みの道です。
で、ちょいと昼寝して、ブラジルvsチリのサッカーを見たりして。いや、これなら見たいと思いますね。なにより、いらん応援も入らんし、世界最高峰の試合を楽しめます。
てなことやってると、夜。
ま、こんな一日が、本来普通なんでしょうね^^;;。

*1:すんません、木村センセm(__)m

あれやこれや

今日の午前はうちの組合の定期大会です。なんか、毎年議長を頼まれていて、なんか今年も頼まれて…。イヤとは言えない正確なので、これまた引き受けるわけで(笑)。
でも、ふだん組合の「ために」何かができているわけでもないので、こんな時くらいはやらなきゃなと思うわけです。
で、会議の場所に行くと、今年はけっこうたくさん来ておられます。てか、来賓の人数多い(笑)。MさほさんとかH井さんとかが来てるのは地元だからわかるにしろ、F山さんが来たのはおどろきました。でもまぁ、あの人も地元か^^;;。
てのはおいといて。
今回、いろんな立場からいろんな問題提起がされてよかったです。それこそ、大規模小学校からの悲鳴のような意見とか、入試制度がどんどん変わる中で様変わりしていく高校からの意見とか。はたまた、「総合特別支援員」なる立場からの意見とか、大規模中学校からの意見とか。
そうそう。電子化されていく各種書類のすき間の問題とか。
この電子化の話。制度設計する人間の価値観が見事に反映されるんですね。いや、たぶんいろんなことを考えて複数の人間がやるんだろうけど、でも、そこから漏れ落ちるものがある。というか、「制度設計する人の中に入れてもらえないような人」の考えることは漏れ落ちる。でも、現実には「漏れ落ちたこと」は起こるわけで、そうすると少数の人間にとってメッチャ使いにくいものになってしまう。でも、少数だから「特例」とか言われてしまう。ちゃうねん。「特例」にすることは「排除」やねん。
ま、そんなことを考えたり。
なかなか有意義な討論でした。
でも、この論議の内容を「ある種の人々」が聞いたら「資質向上のために、研修を増やして」と、真逆のことを言うんだろうな(笑)。

で、終わってからは○ールを呑みながら交流会。でも、さっき悲鳴をあげてた人たちはいません。たぶん、仕事の現場にもどってるんでしょうね。土曜日の午後にですよ。
たぶん、これを聞いた「ある種の人々」は「自己責任」とか言って、「より効率よく仕事できるよう資質向上をはかるために研修を増やして」とか言うんだろうな(笑)。

で、交流会がすんだら、みんなは終わりだけど、わたしはそのまま同じ会場で「某在日外国人教育関係」の会議です。さすがに眠くて、途中寝ちゃったのはここだけの秘密にしたいけど、たぶんバレてるな(笑)。

会議のあとは、当然飲み会。んー、と思ったけど、とりあえずビール一杯だけ飲んで、そこを離脱。なんかどうしても肉が食べたかったので、肉を食べたい友だちと別の場所で肉を食べて、フラフラになって帰りました。
いや、中国のお酒は効きますわ^^;;。あれ、考えてみたら、メッチャ濃いミードみたいなもんだったなぁ…。

違和感

考えをまとめているときの「おべんきょ」はあきませんね。なんか、思考にノイズが混じります。なので、少し気は重かったのですが、行かなきゃならんものはならんので行ったわけですが…。

先週「ひさびさにおもろい!」と思ったおべんきょが「事例研究」でして、興ざめです。でもま、聞かせていただきましょう。
で、聞きはじめたのですが…。
なんだろう、この違和感。
いや、とても優秀な教員であることはわかるのです。でも、優秀すぎて、なんか違和感。
子どもを見る→分析する→方策を立てる→実行する→評価する→…。
みたいな。で、「一年間やりきりました。うまくいきました」。いや、学ぶべきことはたくさんあるんです。でも、直感的に「ここからは学びたくない」と思ってしまう違和感。
子どものありように名前をつけ、それを手がかりに分析し方策を立てる。自分の理想とする像があり、そこへいくためにさまざまな手立てをする。実際には違うのかもしれないけど、報告からはそういうふうに受けとめてしまうのはなぜなんでしょうかねぇ。
もしかしたら「あるべき像」みたいなものがあるという意味では、「四角」をめざすのか「雲」をめざすのかは、わたしには同じに見えているのかもしれません。では、わたしは?
たぶん、「ありたい像」はあるにしろ、現実にある「もの」からできるものは「それ」とは違うと考えているのかな。そして、できあがったものが「めざしてた像」とは違っても、「できたやん(^^)」って思っちゃう感覚。

うーん。
どうしようもないもやもやを抱えながらのいち日の終わりでした。

仕事仕事

やらなきゃならんのはわかってはいたのですが、ずっとほったらかしにしてしまってた仕事のしめきりが今日ってわけです。
なので、朝からカチャカチャデータ処理をしてたのですが、最後の最後でとつぜんcalcの画面が消えちゃいました。
「わたしの30分を返せー!」
と、つぶやきをぶつけたら、とある方から
「3TB飛んじゃって」
との悲鳴に似たつぶやきが聞こえてきて、それはたいへんだと(;_;)。
まぁ、そんなこんなで、午後から気を取り直してデータデータ。勤務時間終了間際に
「遅くなりました。こんなもんで」
「おつかれ」
みたいな会話で無事終了。あとは、自分の雑用を…。と思いきや、うがー!めんどくさい!これは校正というよりも訂正だよ!とにかくパソコンの画面にブツクサ文句を言いながら作業をしていると、うるさいと思ったのか、同僚の人が見に来たりして。まぁ、そんなこんなで、7時前に退勤。
まぁ、平和ではありますわ^^;;。

フラフラあけの日

フラフラになった翌日って、これなんなんでしょうねぇ。
いや、決して二日酔いではないんです。でも、ものすごくしんどい。寝不足と空腹とほのかな膨満感と。いろんなものが渾然一体となって、体の中に埋め込まれています。
とにかくしんどい。
しんどいなぁとは思うのですが、試験前やし、サクッと範囲を終わりたいし、なにより試験範囲の論議はリードしたいし。
まぁ、放課後になって、少しマシになったかなぁ。
今日はさっさと寝るぞ!
と思ったけど、「脱法ハーブ」も大切かもしれんけど「サッカーの負け」も大切かもしれんけど、なぜに「集団的自衛権」のこととか「金目発言のその後」とか「セクハラ発言のその後」とかの扱いがそんなに小さいんだ!と怒っているうちに日付が変わりそうになるわけで(;_;)。

で、打ち上げ。
こんな時いつも行く数人とBんちゃんの5人で、夕方明るい時間からビールです。うまいです。ついでなんで、Y姐に「来る?」ってメールすると「メキシコバーなら」という返事が返ってきました。ここで興味津々のBちゃん。
てことで、二次会はメキシコバーです。
今回はビールからはじめたのですが、やはりマルガリータに行くのは必然です。てことは、酔っ払うのはこれまた必然です。
10時半頃にはフラフラになって帰りましたとさ(笑)。

「Do the 在日」

今日は研究会で一日出張です。
午前は朝鮮中高級学校の見学です。研究会の参加者、みんな「あるのは知ってたけど、どこにあるのか知らなかった」「どこにあるのかは知ってたけど、来たのははじめて」と言っておられます。
まぁそうなんですよね。なかなか来る機会がない。でも、「それについて考える」ためには、さまざまなデータが必要だし、「見る」ってことはそんな必要なデータの中のうちのひとつだし、それもかなり大切なデータなんじゃないかと思うのです。
そしてもうひとつ大切なのは「聞く」っていうことかなぁ。朝鮮学校のソンセンニムの話をきちんと時間をとって聞く機会って、なかなかないです。もしかすると「ソンセンニムの話、バイアスがかかってるやろうし」なんてことを考える向きもあるかもしれません。でも、そう考えた時点で、そう考えたわたしもバイアスがかかってる。
であるならば、バイアスがかかっている「わたし」がバイアスがかかっている「ソンセンニム」の話を聞くことで、新たな発見がある可能性がある。
なんというか「理解する」っていう上から目線じゃなくて「(バイアスのぶつかりで)混乱する」っていうところからしかスタートしないんじゃないかなぁ。
まぁ、そんなことを考えていたのですが、終わってからいろんな人に感想を聞くと、「行ってよかった」との答えがいっぱい返ってきました。「見て聞いて知って」からしか「考える」ことはできないってことなんでしょうね。

午後は場所を変えて講演会。講師はBんちゃん。何年も前から話してほしいと思っていたのですが、ようやく実現しました。名前の話やサッカーの話からはじまり、カウンターや仲パレまで、あれほどふくらんでいくんやなぁ。それは、Bちゃんが経験を内側に蓄積しながら、常に社会の中で相対的にそれを評価し続けることをしてきたからなんだろうなぁ。というか、「在日」という存在が、いや「在日をする(Do the 在日)」という行為そのものが「それ」をするということなのかなぁ。でも、それは在日に限らず、トランスでもゲイでも部落でも障害でも、たぶん誰にでもあてはまるはずなんだろうなぁ。で、もしもそれをせずに生きることができるとしたら、それは「あらかじめ配慮されている」からこそなんだろうなぁ。
なんかそんなことを考えながらの、2時間弱のひとときでした。