最近、日本語がまだ堪能でない中国人に、わけあって数学の勉強を教えるというほどのものでもないけど、数学の相手をしています。
で、確率の勉強をしていた時のこと。
いろいろ説明をしながら
「あ、自分が伝えやすい方法で伝えているんだなぁ」
と、ふと思いました。
どういうことかというと、それは必ずしも「相手に伝わりやすい方法」ではないということなんです。
今、わたしが職場で相手にしている子ども達は、とりあえず日本語をある程度理解してくれます。まぁ、「ある程度」っていうのが悲しい現状なんですけどね*1。なので、内容が伝わっていなくても、言葉そのものはわかった気持ちになれるので、あまり「わからない」という表情をしません。ところが、日本語が通じない人を相手にしていると、わからない時、きちんと反応をしてくれるので、「あ、わかっていないな」ということが伝わってきます。で、
Aという方法→わかっていない
Bという方法→わかっていない
Cという方法→わかったみたい
となった時、自分が選んだA→B→Cという「伝える方法の順番」は、きっと「相手に伝わりやすい順番」じゃなくて、「わたしがやりやすい順番」なんだろうなぁというふうに思ったわけです。
まぁ、はじめから相手にとって最適の方法なんて選択できるわけないので、それでいいっちゃぁいいんですけど、相手が「わからない」と感じた時に、「次の方法」をやっぱり準備しておかなくちゃならないし、それが相手にとって伝わりやすいかどうかを常に考えてないといけないよなぁと痛感しました。
*1:とは言え、大学時代のわたしに対して、10年年上の人たちは同じ感覚を持っていただろうなぁ(笑)