感想文にまみれる

朝、猛烈に眠いです。でも、今日に夕方リハビリがあるので、その分仕事を詰めないと、あとがえらいことになります。
1時間目は空き時間。ここで2時間目の準備と作文読み。意外なほど「寝た子を起こすな」が少ないです。というか、小さい頃に親から言われたことを思い出して「あれが差別だったのか」という感想を書いてくる子がいたりして、なかなかおもしろいです。
2時間目は授業公開。と言っても、どうせふだんからフルオープンにしているので、特に何がどうということもありません。やる気のないだるい授業が変わるわけでもないです。なんか、支店長と副支店長もやってきて、どうなんねん。ただ、忘れ物のヒモと物差しを職員室に取りに行ったり、本当にふだん授業のことを考えていないことが丸わかりになったかな。
ここで授業は一息。なので、作文読みの再開です。一応質問も書いてもらっているけど、あまりにも多くて答えるのは不可能かな。ただ、おもしろいのがありました。
「センセイは部落差別はなくなると思いますか?」
定番の質問ですが、これは答えなきゃならないかな。「なくなる/なくならない」ではなく「なくし続ける」なんですよね。それは「いつきさんにとっての理想の社会ってなんですか?」と同じです。そんなもん、ないです。ただ「よりマシな社会」を追い求めて右往左往するだけのことです。
もうひとつ
「人権学習では部落差別について聞くけど、それ以外の時間には聞かない。現実にあるの?」
これはもう、わたしの授業を受けていたらあり得ない話です。だって、角打ちの話をしたら自動的に部落や在日の話になりますからね。わたしはそういう世界で生きている。だから、部落や在日やセクマイは日常会話です。でも、圧倒的多数の教員はそういう世界には生きていない。てか、生徒もそうですね。そういう世界に生きていない。だから日常会話の中には出てこない。ただ、出てくる時はある。でも、その時は「部落」という形をとらず「あそこ」という形で出てくる。だから、わからない。でもまぁ、考えようによっては、あからさまに「部落」という言葉を使えないところまでは押し込んできたってことでもあるかな。
作文読みが終わったら、生徒に許可をとりに行きます。もちろん全員ではないけど、プライベートなことを書いてくれた子には許可をとりに行かなきゃならんかなと。
い「あれ、載せてええやろ」
生「えー」
い「かまへんやん」
生「しゃーないは、載せさせたるわ」
い「ありがと」
これでOK(笑)。
さて、音声入力の開始です。早いし楽です。これがあるおかげで、子どもたちの感想文をその週のうちに担任さんに返せます。
で、午後の授業。猛烈に眠いです。でも、生徒も眠そうです。なので、授業の半分はプリントです。
授業が終わったら、そのままリハビリへ。今週はセルフリハビリやる時間がほとんどなかったからなぁ。作業療法士さん、相変わらず攻めてこられます。いてててて。でも、随分と動くようになりました。
帰りに実家に寄ってwifiのセッティング。APモードにしなきゃならないかと思いきや、あっさりとつながってしまい、戸惑うなど。二重ルーター問題はどこに行ったんだろう。てか、あれ、ルーターが入ってないのか?謎は深まるばかりですが、まぁつながったからよしとしましょう。
さぁ、長い1日が終わりました。あとはお風呂とビールを残すだけです。

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