いまだ降りず

文化祭と言えば、わたしはいつもの「役割」がありまして。教職員劇の台本書きだったりします。
これが、なかなか…。

というか、考えてみると、実にいろいろ文章を考え、書いているんですね。ブログだって文章だし、他にもいろいろあるし。で、アウトプットし続けていると、やっぱり内側が空っぽになっていく気がします。かといって、インプットがそう簡単にできるかというと、これができないんですね。
もちろん「本」もインプットですし、「テレビ」もインプットですし、「会話」もインプットです。「講演を聞く」というのもインプットか。それと「考える」ということもインプットかな。
やっぱりそういうことをしないと、「小ネタの神様」が降りてくる余地がないのかもしれません。

てことで、台本は一文字も書けず。タイムリミットは…。すぎてるな。

「豊かな人権教育の創造」実践交流会

今日は「全人教*1」の集会です。京都市内で実施ということで、わたしたちにも動員がかかりました。てか、別に動員がかからなくても行くつもりでしたがね(笑)。

午前中は神野ちどりさん@東大阪市立平岡東小学校長の講演「子どもの心を耕す人権教育をめざして −人権教育の指導方法等の在り方について(第3次とりまとめ)をどう活かすか−」。
はじめのうちは「説教かいな(;_;)」と思いながら聞いていたのですが、
「自分の話をさせていただきます」
と仁義を切ってからは、えらい勢いで自分が実践の中で出会ってきた生徒達、教員達について語りはじめられました。やっぱり、子どもの話は迫力があります。でも、それ以上に、神野さん自身が迫力ありすぎ^^;;。まぁ、東大阪で校長をやっておられるぐらいですから、「そーゆー人やろなぁ」とは思っていたのですが、やっぱり「そーゆー人」でした。
ただ、オチがなぁ…。
「「第3次とりまとめ」には、いままでの同和教育の流れにプラスして「社会づくりをしていく」という文言が明記されている」
みたいなことを言われていたけど、それ、いままでから言ってたし…。てか、うちのトランスジェンダー生徒交流会では
「身のまわりから社会を変えていく主体はお前らや」
と好き放題言いまくっていますし(笑)。

午後は3つの学校からの実践発表*2です。
京都の高校・大阪の中学校・長崎の小学校からそれぞれプレゼンがあったのですが、校種による違いみたいなものを実感しました。
地域と非常に密着した実践・他県の学校と交流をしている実践の紹介があった小学校。中学校では小学校との連携や異学年間の交流をうまくとりくんでおられます。こうしたとりくみと比較すると、やっぱり高校は地域・保護者から少し離れたところに実践があります。
高校の教員としては、小・中の実践の「ベタベタさ」をうらやましく思いながら、でも、高校として何ができるのかというあたりを考えなくちゃいけないなぁと思いました。具体的には、地域や保護者から一定卒業している子どもたち同士をどうつなぐのかというあたりかなぁ。

プレゼンの後はパネルディスカッション。なんか、高校だけかみあっていない気がしたのはしかたないかなぁ。
パネデの後、たまたま中学校の人を知っていたのであいさつをしに行ってみました。あちらも予想外だったのか「いつきさん!」と驚いていただけたのはうれしかったですね。
その後、文科省の人が「人権教育の指導方法等の在り方について(第3次とりまとめ)」についての解説。まぁあんなもんかなぁ…。

*1:全同教がこの7月に社団法人化して、さらに「同和」から「人権」に変わったそうな。

*2:プログラムには「プレゼンテーション」とか書いてありますよ。違和感があるなぁ…。

死のロード・5日目・お墓参り

宿毛に来たら、どうしても行きたいと思っていたところがありました。池上誠(いけのうえまこと)さんのお墓です。
池上さんの結婚差別事件については、結婚差別についての教材づくりをしたことがある人なら、必ずと言っていいほど出会うんじゃないかと思います。わたしも「宇治のモミジ谷」という地名と、震える手で書いた
「くやしいよ、お父さん」
という涙でにじんだ文字は、わたしも何回も見ました。
詳しいことについては、川口くんのブログに譲ることにしましょう。
今回宿毛に来ると決まった時から、絶対に行きたい。お墓の前で手をあわせたいと思っていました。
M越さん*1の紹介で、池上さんの出身の隣町の隣保館の館長さんに案内をしてもらいました。
宿毛市郊外の小高い丘の上にお墓はありました。

なんでも昔はもっと奥の方にあったのが、墓地の移転に伴って、最近こちらに移されたとか。
裏側にまわります。

一九七二年五月三日
差別への悲憤に自ら生命を
絶った若者ここに眠る

死の果てにやすらぎはない
生の闘いの彼方にこそ
部落の解放があり 自由が
ある
若人よ
ふたたび悔恨と挫折の道を
歩むな 起って 人の世の
熱と光を求め続けよ
一九七二年十月
部落解放同盟建立

とあります。

結婚差別についての授業資料をつくる時、よく
「そんなに古いのじゃなくて、最近の事件はありませんか?」
と聞かれることがあります。その言葉を聞くたびに、わたしは悲しさを通り越して怒りすら感じます。
死ぬのは一人でたくさんです。いや、一人の命もなくなってほしくない。にもかかわらず、これまでにどれほどたくさんの人が、結婚差別にあって、命を自ら絶ってきたことか。
池上さんのお墓の前で手をあわせながら、そんなことを思い出しました。
昨日の長浜のお墓のこと、今日の池上さんのお墓のこと。うちの子どもたちに、そして生徒達に伝えたいなぁと思いました。

*1:前のエントリの2番目の人で、いつも高知に行くとお世話になる人

死のロード・4日目・歴史を拓くよみがえりの家とか…

起床は6時。今日の午後のことを考えて、なんしかシャワーを浴びます。ロビーに降りるとT橋さん・M本さんはお待ちかね。3人で長浜へと向かいます。
去年長浜を案内してもらった時は、どちらかというと「教科書無償化の闘い」の足跡をたどる感じでしたが、今回は「歴史を拓くよみがえりの家」を見せていただくことにしました。
「よみがえりの家」は女性史研究者のもろさわようこさんが、長野の「はじめの家」、沖縄の「はじめの家うちなぁ」に続いて長浜につくられたものです。

「歴史を拓くはじめの家」は「愛に満ちて歴史を拓き、心華やぐ自立を生きる」をテーマに、「自然と出会い、歴史と出会い、自分自身と出会い、そして人びととの出会う場」としてもろさわようこがよびかけ、全国の人びとの自ずからなる拠金によって長野県に建設され、1982年8月1日「家開き」をしました。
無組織・無会費・無規則、かかわりたい人がそのかかわり方・参加のしかたを、自分で考え、自分の責任で物事を行い、営むことを原則として、歳月を重ねてきました。

と『あけもどろ』の扉にあります。
「よみがえりの家」の扉を開けます。正面には教科書無償化をエプロン姿で闘った田村智子さんの写真が、来る人を迎えてくれます。一歩中にはいると、ここがほんとうに人々に愛され、大切にされ、「場」として使われていることを実感します。
ここを訪れた人が記帳をするノートがあります。T橋さんに
「書いたら」
と言われ、名前を書きました。すると、その横にT橋さんが自分たちの名前を書かれ「仲間が一人増えました」と書かれます。「ええ?いいの?」と思うと同時に、なんか背筋が伸びる気がしました。

「よみがえりの家」を出て、近くのお墓へ。朝早くから地元のムラのおばさんたちがお墓の掃除をしておられます。そんな中のひとつに差別戒名が書かれた墓石がありました。生まれてはじめてみる「生の」差別戒名が刻まれた墓石です。そのお墓を、ムラのおばさんはていねいに掃除をしておられます。
差別戒名をつけられてもなお、その先祖のお墓を大切に扱われるおばさんの姿に、さまざまな思いが去来します。

死のロード(3日目)・闘いすんで…

全外教の大会も2日目。
分科会が始まる前、子どもたちが交流会でつくった班ごとの寄せ書きを壁に貼ります。参加者は寄せ書きを真剣な面持ちで読んでいます。中には写真をとっている人もいます。
寄せ書きの中には、子どもたちの生の声があり、2日間の成長の跡があります。その成長の場に自分も居あわせたことに、ちょっと誇らしい気がします。
さぁ、今日で今年の大会も終了だ。来年は三重。来年への準備がそのうちはじまるけど、それまでちょっとひと休み…。

全外教大会開始!

生徒達の交流会の終わりは、自動的に全国在日外国人教育研究集会のはじまりへと結びつきます。
今日は全体会。その最初は交流会の報告です。30分に渡って子どもたちが話しあった内容を報告します。その内容は、毎年、全体会に参加する教員・保護者達を圧倒します。わたしも報告を聞きながら、2日間の内容を思い出します。「ダメダメ」だった班も、自分たちの討論内容を、無事発表できました。ちょっと涙が出そうになります。
でも、実はダメダメなのはわたしです。
報告の後、子どもたちは解散して、それぞれの場所へともどっていきます。それを見送ったところでパワーが尽きました。

死のロード(2日目)・出会いは可能性へと続く

強烈な寝不足と二日酔い(笑)で交流会2日目がはじまりました。このダメージは、これからの日程を考えるとかなり残りそうです(;_;)
今日は午前に2時間の班別討論の時間があります。昨日の生徒実行委員会のミーティングで、班別討論の状態を聞いていたのですが、
「ぜんぜんダメ」
という班がひとつありました。どうやら話が出ないみたいです。
話が出ない時、その理由はおそらく3つぐらい考えられるんじゃないかと思います。

  1. ほんとうに話がない。
  2. 話はあるんだけど、それを「話」として認識できていない。
  3. 「話」として認識できているけど、それを表現できない。

交流会に来る生徒達は、基本的には2または3です。こうなると、子どもたちの生活実態を知っている引率にしか「掘り起こし」はできません。基本的には班討論の運営は生徒達に委ねていますが、どうしようもない時は当然介入をしていくわけです。「ぜんぜんダメ」と言っていた班のメンバーに、昨日の夜から今朝にかけて、引率教員達がそうとうアプローチをしています。
班別討論が終わった後、リーダーの生徒に
「どうやった?」
と聞くと、昨日の夜の落ち込んだ顔とはうってかわった顔で
「話ができた」
と返事をしてくれました。
どうやら「泣き」が入るほどの話し込みができたようです。
「自分の社会的立場」を認識しないと話ができない。でも、それを認識し、話ができるようになった時、互いの話を出会わせることができるようになります。その出会いは、さらに自分の社会的立場を深く認識することにつながります。そしてその認識の深化は、時として、自分の社会的立場の変革へとつながっていきます。この出会いこそが、交流会の持つ力なんだと思います。
さぁ、今年の交流会も、いよいよ大詰めだ。

死のロード(1日目)・今年もやってきた

夏休み、最後の一撃がいよいよはじまります。
まずは今日から明日まである「全国在日外国人生徒交流会」です。今年の開催地は広島。当然子どもたちを新幹線に乗せるようなお金はありません。てことで、関西からはバスで行くことになっています。京都駅に集合して、途中尼崎で兵庫の生徒が乗ってきて、バスは満杯。補助席まで使う状態です。にしても、これから広島までバスか…。
バスの中では、互いに自己紹介をしたり、会場に到着してから全国の参加者に向けて行うだしものを決めたり。
だしものを決める過程がおもしろかった。南米系の子どもたちが
「ダンスをしたい!」
と言い出します。さらに
「アジア系の人は?」
と質問してきます。アジア系か…。たしかにさっきわたしも「南米系」と書いているわけで、ヤツらから見たらわたしたちは「アジア系」なわけです。なるほど…。
で、アジア系の子どもたちは
「みんなで歌を歌おう」
と返します。で、どんな歌が歌えるか、おたがいに紹介しあいます。ところがこれまたすれ違います。南米系の子らは「踊れる」曲です。もう、曲を流しながらみんなノリノリです。それを聴いているアジア系の子らはぼうぜんとしています。で、アジア系の子どもたちは
「洋楽*1は歌えへん。みんなgreeenだったら知ってるよね」
と「キセキ」を流します。すると、南米系の子らは
「知らない」
その返事を聞いて、またまたアジア系の子らはぼうぜんです。
考えてみると、南米に限らず、日本語がよくわからない子らにとって、日本語の歌はわたしたちが「よくわからない言語」の歌を聴くのと同様なんでしょうね。そのうち、究極の一撃が南米の子らから打ち下ろされます。
「韓国人だったら、韓国語わかるでしょ?韓国語の歌は?」
「韓国人やけど、韓国語、わからへんねん」
交流会に来る子らですら、というか、だからこそ、こういう軋轢があるんですね。でも、ここから何をつくりだすかということの中にこそ、この交流会の意義があるんだと思います。引率教員も、頭ではわかりながらも、やはり具体的なこういう「場」にいあわせると「なぁるほどぉ」と再認識させられますね。

で、なんだかんだ言いながら会場に到着。ホッと一息です。
後はプログラム通り。わたしの出番はプログラムの最後の方に固まっているので、しばらくはレストです。

*1:今どき洋楽という言葉なんだなぁ、と。

『元気のもとはつながる仲間』

と、送られてきた一通の封書。中には『元気のもとはつながる仲間』という本が入っていました。そういえば、前に外川さんから
「出るよ」
という話を聞いていました。書籍に同封されていたメッセージを転載しちゃいます。

 各地の皆さん、やっと僅かな夏休みという方々もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。そんな時に、私的な宣伝と依頼で申し訳ありません。

 皆様の全面的なご協力を得て、四年間にわたり雑誌『解放教育』に連載させていただきました拙稿をこのたび1冊の書籍として刊行いたしました。
 書名は、『元気のもとはつながる仲間−解放教育の再生をめざして−』
 発行:解放出版社 定価1500円+税 A5版268頁

 ここに至るまで、様々な逡巡がありました。まず、月刊誌に連載したものは、その時点で完結したものという見方もありますし、一般書店に並び不特定多数の方々に読んでいただけることはありがたいものの、この時節、本連載にご協力いただいた皆様にご迷惑をおかけすることにはならないかという思いもありました。さらに、一般的なレイアウトで刊行すると実に300頁を越えるものとなり、価格もかなり高額となります。ですので、ご協力いただいた皆様にのみ一冊にまとめて、お届けしたいという気持ちから、当初は限定の自費出版を考えていました。
 しかしながら、まず転載許可のお問い合わせしたところ、全ての方々がご了解をくださいましたし、中には、「あの連載は、ほんとうに地道なところでコツコツと取り組まれておられる方々にスポットをあてられた、とても大切な記録だと思います。もしかしたら、日本の同和教育史というものが仮に何十年かあとにあるとするなら、そこに残るのは全同教と文科省の歴史だけになるかもしれない。そんな中で、貴重な資料になるのではないかという気がします」といった身に余るお言葉をいただき、さらに解放出版社のTさんの全面的なご協力を得て、私の自費出版を受け持つという形で、破格の価格で刊行していただけることになりました。
 その意味でも、この本は、私の著作ではなく皆様との共著であると思っており、ひとりでも多くの皆さんにお読みいただけたらと願っています。

 そこで、販売についてお知らせします。今回は、発行は解放出版社ですが、販売に関しては、京都部落問題研究資料センターが受け持ってくださいます。そこで、4通りの販売をさせていただきます。

1、個別に買われる方は、一般書店で注文して下さい。定価1500円+税で購入できます。

2、また、解放出版社からの直販は、申しこんでいただいたら定価1500円+税+送料で購入でき、ご指定の受け取り先まで郵送されます。

3、今回の本は、お世話になった皆さんにお返ししたいという趣旨ですので、10冊以上まとめて購入していただける場合は、特別価格として、税・送料込みで1冊1300円でおわけします。この場合は、販売代行を京都部落問題研究資料センターに依頼しておりますので、直接お申し込みください(ただし、発送は17日以降になります)。
 京都部落問題研究資料センター
  京都市北区小山下総町5−1 京都府部落解放センター内
  TEL・FAX 075-415-1032 E-mail qm8m-ndmt@asahi-net.or.jp

4、さらに、各地の団体・組織などで、販売代行をしてくださる場合は、特別価格からさらに割引して、1冊1000円でおわけします。
この場合は、1箱80冊単位で、送料着払いでお願いしたいと思いますので、私まで直接ご連絡ください。

 なお、3と4でご購入いただく場合は、とりまとめてくださる方で販売価格を決めてくださり、差額が出た場合は、手数料としてお納めください。

 以上ややこしいことですが、少しでも、お安く購入していただけたらという思いからですので、どうかご理解いただけたらありがたいです。

 この本を通して、「元気のもと」として、各地の皆様の互いのつながりが、さらに深まってくださったらと願っています。厚かましい依頼にもかかわらず長文失礼しました。 よろしくお願いします。

あらためて目次を読むと、4年間48回の連載の「分厚さ」を感じます。登場する人たちは、いずれも「無名の」人たちです。でも、無名であることとその人のとりくみがどうであるかということはまったく無関係です。いや、無名だからこそ、子どもたちや地域と密着したほんとうに地道なとりくみをされています。
外川さんからの手紙の中にあった、どなたかからのメッセージ

あの連載は、ほんとうに地道なところでコツコツと取り組まれておられる方々にスポットをあてられた、とても大切な記録だと思います。もしかしたら、日本の同和教育史というものが仮に何十年かあとにあるとするなら、そこに残るのは全同教と文科省の歴史だけになるかもしれない。そんな中で、貴重な資料になるのではないかという気がします

という言葉は、ほんとうにこの本を象徴的にあらわす言葉だなぁと思いました*1

*1:でも、このメッセージ、なんとなくわたしが書いたような気もするんですが…