これでできる→定型句か

今日は午後から出張です。なのでついでに休みをとって、免許の裏にハンコを押してもらおうかなと。そんなことを思ってたら、時間的にパートナーの母親を病院に連れていくことが可能みたいなんで、そんな用事もしようかと。
てことで、結局、起床はいつもと同じ時間になってしまいました。なんのための年休やねん(;_;)。でもま、ええかと。
そんなこんなで押してもらいました。

これでレンタカー屋さんに連絡できます。

午後は某人権教育研究会の、まぁ言ってみれば総会です。第1回の総会は、小中高から1本ずつレポートが出て研究協議です。わたしは不文律的に決められた役割があります。去年一昨年もやりました。
で、今日もレポートが終わると会長やってる友だちが後ろ振り返って「言え」とか合図してきます。なんでこの歳で鉄砲玉やねんと思いながら発言です。
小学校のレポートは、掘り下げるとおもしろかったかな。メッチャしんどい家庭の子がいて、担任の時も家庭訪問してそのしんどさをわかってたけど、加配になって家庭訪問したら、担任時代の「わかってた」は「わかったつもり」だってみたいな。いろいろ質問したけど、最後に質問したのは「せんせいの変わり目はわかったけど、子どもも変わっていってて、その中で記憶に残る言葉とかありますか?」ってこと。すると「覚えてない」と。「覚えてないけど、やたら握手してたのは覚えてます」と。「そういう子でした。とにかくおもしろい子でした」と。
おもしろかったんやろな(笑)。
わかるわ…。
中学校のレポートは…。不登校の子どもにかかわるレポートです。ていねいです。とにかく家庭との連携をしっかりとられてます。でも、何となくそこが気になる。あれだけ家庭訪問とかやってたら、家族や子どもにすごいプレッシャーがかかったんじゃないかな。そんなことを思って質問したら、その子は不登校を脱出したんだとか。きっかけは「絵」だったとか。まぁ、きっちりとしたとりくみがあったからこそ、そのきっかけがあるんだろうけど、「なにやってんだろ、あたしゃ」って気分になるだろうな。あと、どうやら家族の仲がいいことも原因なのかな。学校からのプレッシャーをうまくいなしながらやってたんじゃないかな。そうなると結局は「家庭の教育力」なわけで「なにやってんだろ、あたしゃ」になるんですよね。
高校のレポートは、障害のある子へのかかわりです。これもていねいなとりくみをしておられます。もちろん当該の子だけじゃなく、まわりの子にも働きかけてて、進路も保障できてて、満点です。が、気になる箇所が…。「消極的なところがこの子が克服すべき課題」って書いてある。もちろん、それはそうなんだろうけど、その「消極さ」は社会的に強いられたものっていう観点はあったのかってことです。なので、そんな話とともに、事例として、「部落出身の子の低学力の克服のために個別のとりくみはしてきたけど、常にその背景に社会的な問題があることを心に刻み、それそのものをなんとかしなきゃならないと思ってきた」って言ったんですけど、それが気にくわない人がいたらしい。
「部落問題はあってはならない差別。それに対して障害は歩み寄りが必要なこともある」
出た「あってはならない差別」。定型句です。てか、まったく論点が違うし、わけわからんことを言われてですね…。
わたしが言いたかったのは「社会モデル」と「病理モデル」の話なわけです。それに対して「手話しか使わないって人がいるけど、それだったら関係が成り立たないから、妥協が必要」とかいう話は論外だし「車イスに点字ブロックはジャマなので妥協が必要」って話は読み筋が違う。果ては「多数者にあわせることも、場合によっては必要」だと。いや、手話の話は、そういう「妥協を強いる多数者」へのカウンターなんだってば。
さらに部落問題を特権化してる。なんでそうなるかなぁ。
もちろん「いや、だから」と反撃だけはしておきましたが、めんどくさいな。
幸い、レポーターは意図をわかってくださったみたいでホッとしました。
まぁでも、個々の問題をバラバラに捉える人と、個々の問題の個別性を踏まえたうえで共通するところを探す人がいるのかな。わたしは明らかに後者なんですけどね。
ま、そんなこんなで出張も終了。

夜は定例の会議→飲み会。
会議の前の「赤いガソリン」も定例です。
こちらはホッとするなぁ。

やはりうれしい→やはり楽しい

何が悲しくて日曜日なのに5時に目が覚めるねんと思うのですが、飲んだ翌日ってこんなもんですね。ちなみに、6時に目覚ましをかけてるので、ほんの少しだけ睡眠。
で、7時前にスタート。向かうは第2のふるさとの近くの教習所です。この日に入所して、5時間乗って、今日が卒検です。もっとも前回がなかなかだったので、少々不安ではありますが…。
てことで、待合室で、頭の中でコースを走ります。9時10分から説明開始。その後、検定です。緊張します。ちょっと脚が震え気味です。まぁ緊張もあるけど、たぶんシートの位置がひとつ後ろなんだな。まぁしかたないです。とにかく左折の脱輪を気をつけることですね。それさえなんとかすれば、なんとかなるでしょう。
で、コースを最後までまわって、車を降りて、検定員から「合格です」とのお言葉をいただきました。よかった…。
ちなみに、もうひとりの人、メッチャクチャうまいんだけど、あとで「条件に「眼鏡等」って書いてあったけど、メガネしてなかったぞ…」と思い出すなど。どうなったんだろ…。
で、午後は関西インクルーシブ教育研究会です。はじめて参加したのが1年弱前です。そこから、できるだけ参加したいと思っているのですが、一度参加できなかったら「次回日程」の決定に参加できないので、なかなかやっかいです。今回はたまたまあいていたのでラッキーでした。
ただ、遅れての参加で、「たぶん文献購読には間にあわないだろう」とタカをくくっていたのですが、順番が文献購読があとになったみたいで、本を読まずに参加するという、最悪の参加のしかたになってしまいました。それでもここの論議はあちこちに飛んでいくので、それなりにからむことができるのがうれしいです。今回の文献は『ウェルビーイングを実現する学力保障―教育と福祉の橋渡しを考える』でしたが、「ウェルビーイング」と『「力のある学校」の探究』の関連性あたりなら論議に参加できるかな。
てことで、
「「力のある学校」って、2003年ぐらいから出してきはったけど、あれ、その前年の2002年の同和施策の法切れの中で「やってきたぞ!」「意味があるんだぞ!」ってことをアピールして、「同和教育から人権教育へ」という流れの中でも同和教育を位置づける、ひとつの方略だったんじゃないですか?」
みたいな発言をしてみるなど。
でも、これはけっこういいところをついたみたいでした。
そこから「アカウンタビリティ」のこととか、「人権教育の生き残りのさまざまな方法」とか、あちこちに話が飛びまくって、今回も終了。
あー、楽しかった。

回復擁護運動や公衆衛生から考える新しい薬物乱用防止教育

今日は、某人権教育研究会の総会です。事務局員なので、早めに会場に行って、机移動です。事務局って偉そうにふんぞり返ってるように見えるかもしれませんが、実態は肉体労働をやってます。要はパシリです。
午前は、まぁ総会です。大切なんですけど、こっちは会長とか副会長とか事務局長とか会計の出番です。わたしは特に役目もなく。
ただあれやな。まぁ人権教育「研究」会やからかもしれないけど、オチがなんとなく「心がけ」になりそうなのがモヤっとするな。でも、それでも、攻めてはいるんですよね。なんとなく「口だけ人権大切」な動きに必死で抗ってはいるんですよね。まぁ、そんかことを感じる午前。
午後は記念講演です。こちらがわたしの出番です。いや、もちろん講師じゃないです。来てもらう講師を考えるのがわたしの役割です。
今回は木津川ダルク加藤武士さんです。
加藤さんとのつきあいはどれくらいになるかなぁ。はじめてリビングライブラリをやったのが5年前ですね。でも、その時は、わたしは加藤さんのことをあまり知りませんでした。ただ、「書庫」の自己紹介の時にひっくり返りかかりましたけどね。でも、とにかく「ダルクの人に来てほしい」だけでした。その後、子どもに話しておられる内容を知ったり、それゆえに東九条マダンでお会いしたり、facebookでつながったりする中で「すごい人だな」と思いはじめました。一方、「薬物乱用防止教育をやれ」という声があちこちからかかってきて、まぁうちのガッコでもやるわけですが、なんだかなと。簡単に言えば
「薬やった人間は落伍者」「依存の人間は落伍者」
という扱いなわけです。そうすると、わたしの友だちが何人か否定されちゃう。
たぶん依存の話で大切なのは、「なぜ依存になるか」って話で、そこに人権の問題が絡んでくる。
そんなことを考えて加藤さんに来ていただいたんですが、おもしろかった!
もちろんある程度わかってはいたけど、そういう漠然とした感じじゃなくて確信を持たせていただいたことがいくつか。
まずは「依存」のとらえ方のリフレーミングは、障害の医療モデルから社会モデルへのパラダイムシフトと同じであるということ。なので、依存の問題を合理的配慮と結びつけて考えられるということ。そして、ダルクがやってることは当事者研究であるということ。てことはパラムの会ともつながるということ。
そして、ダルクがやってることの対局にあるのが「学校」だということ。間違いを許さず、間違えたら怒る。つながりではなく競争。もしかしたら学校が依存をつくるんじゃないかって思いました。
最後の質疑応答で、さらに加藤さん個人の話をしていただいて、たぶん聞いてた人は、いろんなことがつながったんじゃないかな。
うん、今回来てもらってよかった。てか、明日はうちのガッコに来ていただくんだわ。10月の終わりのリビングライブラリにも来てもらえるし、うちの子らは幸せだぞ(笑)!

で、帰りについ角打ちに寄ってしまいました。
もちろん、理由は玖伊屋明けの話をしに行くためなんですが、そんなことやってるヒマはあるのかと。でも、日程を考えると、今日しかないなと。

なごみます。今日も全力でとばしてるおっちゃんがいます。そのおっちゃんに文句を言うための愛犬「小鉄」とははじめての対面です。

つい頼んでしまった「スジ大根」。

うまいわ…。
幸せな午後に続いて幸せな夕方を過ごして、さあ帰っておべんきょだ!
と思ったけど、できるわけないよな(笑)。

泣いた

今日はウトロでタルオルムの芝居「ウトロ」の上演です。てか、その前に「ウトロ・家族の家」の上映があって、その前にフィールドワークがあるんですけどね。
で、もちろん「ウトロでイベントがある」となると、出番があるわけです。ということで、部員を3人引き連れて、放送機材を持ってウトロへ。と、すでにタルオルムのみなさん到着されています。えーと、あと25分でゲネプロ?マジか。
ということで、あわてて放送セット。今回は、会場案内用にハンドヘルドのワイヤレスを1台。タイピンマイクが4台必要とのことで、うちから3台、タルオルムの団長金民樹さんが1台借りてこられて、あとはiphone2台を接続します。
それにしても、タイピンマイクは癖がありますね。電波の飛がイマイチです。その割に感度が高かったりします。スピーカーからかなり離れているのにメッチャハウります。どうしたものか…。と、フォトグラファーの方が
「2階にスピーカーを設置したら?」
とのお言葉。ナイスです。
「行け-!」「急げ-!」
てことで、スピーカーを担ぎ上げました。ゲネプロの最初は放送が使えなかったけど、途中からは使えることになって、ホッと一息です。
芝居を見ていると、これ、前に聞いた。ちゃんへんさんのライフストーリーじゃないか。これはおもしろそうです。と、続々とフィールドワーク参加者がやってこられます。そんな中に久しぶりのN江さん。今日の部員の中にN江さんの教え子がいるので「ほらほら」とご対面。そんな中もゲネプロは進んでいます。ちゃんへんさんのライフストーリーから一度離れて、ウトロの闘いの話へ。ウトロ農楽隊のシーンで
「あれ、やってたよ」
と。てか、今日のわたしの服はこれですからね。

家をつぶされるシーンでは田川さんが泣いてたり。
「あかんわ、あれはあかん」
そりゃそうです。
まぁそんなこんなでゲネプロも無事終わり、タルオルムのみなさんはダメ出しされながらの昼食タイム。
わたしもしばしダラダラして、14時半から本番開始です。本番開始前、民樹さんが
「緊張してきた」
と笑われます。プロには遠く及ばないものの、わたしにも経験があります。
「わかります。わたしも教職員劇やっていて…」
「それはすばらしい!」
みたいな会話。
そして本番。うわ、主役のタイピンマイクが入ってない!直前のチェックでは音が出てたのに。いったいどうなってるんだ?とにかく、舞台からはけた瞬間スイッチのチェックをしに行ったけど、大丈夫です。謎や。でも、幸い、主役の方の声はメッチャ通ります。民樹さん
「このままいきます」
ときっぱり言われます。カッコイイ!
芝居「ウトロ」はマダン劇です。なので、途中、客も参加します。そんな最後のシーンは満月の夜のシーン。願い事を木にくくりつけたら願いが叶うっていうシーンです。いろんな人が、それぞれの願いを木にくくりつけています。もちろん、わたしのところには来られません。が、やっぱり願い事は考えてしまいます。ふと
「もう一回、みんなでチャンゴを叩きたい」
と思った瞬間、涙腺が決壊しました。時間を20年ぐらい巻き戻さなきゃならんですからね。
そんなこんなで、終演。いい芝居を見せてもらえました。
芝居の後は記念写真。マダンにウトロの人たちが呼ばれたのはいいんだけど、なぜかわたしも呼ばれてしまいました。うーん、まぁええか。「農楽隊」というアイデンティティはありますからね。

そして、もう一枚!

てことで、終了。さぁ、片づけだ。

片づけを終えて、機材をガッコに持って帰って、パートナーと合流。夜は組合の呑み会です。
楽しく呑んで、帰りに崇仁新町へ。ここでちょぼ焼きをつまんで、崇仁の中をプチフィールドワーク。パートナーは夜の崇仁を歩くのは初めてで、
「ここ、どうなんの?」
「芸大になるからなくなるよ」
みたいな会話。
それにしても、かなり呑んだわ。たぶん、家に帰ったら寝るな。

「変態が世界を変える」

今日は複素数の最初の授業です。最初の授業の中身は決まってます。

まだ人類が言葉を持たない頃のことを想像してほしい。もちろん本はない。校舎もない。あそこに見える家もない。まぁ、木や山はあるね。
でも、生きられるよね。なんか動くものがいたら「ガンッ」ってやってムシャムシャ食べればいい。「おいしい」って思うかどうかはわからない。だって「おいしい」って感情は「おいしい」って言葉がないとわからないからです。たまにムラッとしてセックスしたら子どもが生まれたりもする。セックスを「気持ちいい」って思ったかどうかはわからない。だって「気持ちいい」っていう感情は「気持ちいい」っていう言葉がないとわからないからです。
でも、それはそれで幸せだったんじゃないかと思う。いや、それもわからない。「幸せ」っていう感情は「幸せ」って言葉がないとわからないからです。
でも、生きてた。それでいいんです。
でも、そんな中で「この世界を表現したい」って思う変な人があらわれる。ある人は「絵画」という形で表現した。洞窟の中の壁画だね。ある人は「音楽」という形で表現した。例えば、何かを叩いてみたりね。ある人は「星」で表現し、ある人は「宗教」で表現し、ある人は「数」で表現した。
そんな人は変だよね。だって、そんなことをしなくても生きられるんだよ?でも、表現したいんだよね。いらんことしぃだよね。そんな人のことを「変態」っていうんだ。
例えば、そこに他の場所と違う膨らんだ場所がある。それを伝えようとする。「あー」とか「うー」とか「ぼこ」とかね。
そうこうするうちに「ぼこ」の数を数えたいと思う変態があらわれる。「ぼこ、ぼこ、ぼこ」でいいのにね。「いちぼこ、にぼこ、さんぼこ」ってやるんだよ。こうやって「自然数」が誕生した。そうこうするうちに、あっちの「さんぼこ」とこっちの「にぼこ」を足したいと思う変態が出てくる。「いちぼこ、にぼこ、さんぼこ、よんぼこ、ごぼこ」って数えたらいいのに、「いや、離れてるから別々で、それをあわせたい」って思うんだ。おかしいよね。変態だよね。
そうこうするうちに、「肉が5切れ、ここにいるのは3人。いくつ余る?」って考える変態があらわれる。そんなこと考えなくてもいいんだよ。ひとつずつ食べて、あまったのはケンカで勝ったヤツが食べたらいいんだ。でも、「いくつ余る?」って考える。そうこうするうちに、「肉が5切れ、ここにいるのは7人。いくつ足りない?」って考える変態があらわれる。いいんだよ、そんなことをしなくても。ケンカで勝ったヤツから食べていって、負けたヤツはガマンしていたんだ。でも、そんなことを考える変態があらわれる。こうやって「マイナス」が誕生したんだ。
そうこうするうちに「肉が5切れ、人は5人。なくなった。でも、「ない」ってことをあらわしたい」って変態が出てくる。ないものはないんだ。てか、みんなが食べられて「よかったね」なんだよ。でも「「ない」ってどうやったらあらわせる?」って考える。そして「0」が発見された。発見したのはどこの文化圏の人だと思う?それはインドなんだ。
みんなは、「西欧文化圏がすごい」って思ってるかもしれない。でも、西欧文化圏のものの考え方では「「ない」ものをあらわす」ってことはできなかったんだ。それができたのはインドの文化・宗教・哲学だったんだ。
こうやって、「整数」ができた。
そうこうするうちに、「肉が6切れ、3人いる。ひとり何切れ?」って考える変態が出てくる。そんなことを考えなくてもいいんだよ。だって、「みんなひと切れとって、またみんなひと切れ」ってやればわけられるんだ。でも、考えるんだよね。そして「肉が7切れ、人が3人。余ったひと切れをどうする?」って考える変態が出てくる。いいんだよ。これまではケンカで勝ったヤツが食べてた。それでいいんだよ。でも「これをさらに3つに切って」ってやるんだ。そうやって分数が誕生して「有理数」という概念ができる。
そして、みんな幸せだったんだ。「この世はすべて「整数の比」であらわされる。ありがとう神様!この美しい世界を!」っ思ってた。
そんな時、またいらんことをする変態が出てくる。柱の対角線を測ってみて「どうする?これ、分数にならないよ」ってやっちゃった。その人はどうされたか知ってる?殺されたんだ。分数であらわせない数は「悪魔の数」なんだ。だからそんな数を見つけたヤツは殺されたんだ。でも、変態は世界中のあちこちにいるんだ。あっちでもこっちでも「どうする?」ってやって、とうとう無視できなくなった。こうやって無理数が発見され、「実数」という概念ができた。「実数」という概念ができたおかげで「2次方程式」がとけるようになったんだ。
こうやって、世界は変態が変えていったんだ。変態こそが世界を変えるんだ。
そして、新たな問を変態が考えた。「でも、x^2=-4が解けないじゃん」。いいんだよ。そんなこと考えなくても。でも、どうしても解きたい。どうやったら解けるようになるか。それを考えるのが、ここからのテーマです。

で、今回はさらに追加。

こんなこと考えてるの、いつきちゃんだけだと思ってるだろ?実は違うんだ。このビデオを見せたいんだ。

で、見せたのは、もちろん「Think different
さらにこんなプリントをつくったり。

ただ、あまりにがんばりすぎて、52型の液晶テレビを倒してしまってガラス割っちまったけどね(笑)。

長い一日になってしまった

今日は組合の女性部長会議です。なので、朝から大阪へ。
女性部長会議、なにかネタを持って行かなきゃなりません。他府県のひとたちはきちんと活動しておられるので、なんなとネタがあるんですけど、わたしにはない。なので、いちおう昨日のうちにネタを仕込んでおきました。
で、会議に出てわかったことが多々ありました。
女性部長は今年で3年目です。初めて参加した時は、わけがわかりませんでした。なので、場違いにトランスの話をしてみたり。去年はひたすら他の人の話を聞いてたかな。で、今年はようやく情報発信をした気がします。
なぜ情報発信ができたか。
それは、うちの職場の子育て世代の女性教職員と話をしたからです。具体的に「こんな制度があったらいい」という話を聞いて、それがないことがわかって、それを組合を通して要求する。こんな当たり前のことが、わかっていなかったんですよね。で、なぜわたしがわからなかったかというと、わたしが制度の不足を感じなくてすむ立場にいたからなんですよね。
そんなことを考えながら情報発信をすると、みなさんから情報が返ってきます。その情報の意味がわかることに再び驚きがありました。
これまで会議の内容についていけなかったんですよね。でも、今年は
「なるほどー、他府県はそうなってるんだー」
って思いながら聞いている自分にビックリしました。
おかげさまで、2時間の会議があっという間に感じられました。

会議のあとは懇親会。シェラトン都ホテル大阪の中にある「四川」という中華料理屋さん。おいしい!そしてうつくしい!

でも、ビックリです。いや、なにがビックリかというと、ビールの値段です。なんと、中ジョッキが1200円!注文するの、ビビりました。
てことで、ゆっくりと食べて飲んでしゃべって、お店を出て、ハイハイタウンに行きました。ここで、1杯300円の焼酎を飲んで、普段の舌にもどすなど。

で、さらに本町に移動して、ヒューライツ大阪のイベントに参加。とはいえ、到着したのは第二部がはじまってから。A久○さんが話していますが、マイクがないから聞こえない。聞こえない中で必死で聞いてると、たぶん去年うちの職場で話してくださった内容と近い感じがして、まぁそれならそれでええかなと。
その後、なんとなく発言したかったけど、さすがに終了間際に参加して発言はアカン気がしたのでやんぺ。

それにしても、京都から知り合いが4人参加してたのがびっくりです。みんなマジメやな。

で、近くの居酒屋で飲み。メンバーは空港近くの人権センターの人とダメダメ先輩とわたしの3人です。ヤバイメンバーです。ここでかなりヤバメなトークをしたあと、あまりにもヤバイので、さらに梅田でカラオケボックスへ。ここで2時間歌って1日が終わりました。

やっぱ「かきおこ」→うれしい呑み会

今日は午前に交通の便が悪いところに出張なので、車出勤です。道、すいてます。職場には早く到着します。当然小部屋の中で一番です。もっとも大部屋の一番は5時台なので、何を考えてるねんという状態なんですがね。
で、ごちゃごちゃ雑事をしてると、あっという間に出張の時間になりました。やはりやりたいことはなかなかできません。
午後になってようやく「やるか」と。なにかというと、ビデオデータから音声を抜いたデータを使って「かきおこ」づくりです。
「かきおこ」というと、一般的にはこんな断面のものでしょうけど、そしてそれはとても魅力的かつ「そのとーり!」なわけですが、今のわたし的にはこちらが出てきてしまいます。ちなみに「自動かきおこ」は、おそらくすべての人々にとっての夢であり、いろいろあるのはありますが、今回は使えません。なにせ、登場人物が多いのと音が小さいのと。なので、音声入力ソフトを使ってボチボチやることにしました。
まぁしかし、みんな声が小さい。というか、個人間のしゃべりになる時があって、聞き返さないと聞き取れないこともしばしば。話はシェアしようよ。
そんなことをやっていると午後の出張の時間がやってきました。てことで、中断。

駅まで向かう道すがら、あらためてひどい町のつくりだってことを再認識しました。
例えば、道の手前を左右方向に横断するためには青信号でも歩道橋を渡らなきゃならないとか。

看板の「子ども」は「健常の子ども」としか思えない歩道のつくりとか。

てか、すでに歩道ないし。

で、会議。今回はふたつの研修会の感想を言いあいました。ひとつは進路保障関係の研修会。もうひとつはウトロのフィールドワークです。まぁ言いたいことを言わせていただきました。
で、来年度のことをほんの少しだけ話し合い。いずこも台所事情が厳しいわけで、来年から数年は台所を楽にさせてあげようかなと。
そんなこんなで、この会議も今日でいったん〆。
その後、飲み会です。

飲み会では、とある支援学校のセンセと隣あわせになりました。
そのセンセ、『にんげん』で育った方だとか。そして「『にんげん』の道徳、好きでした」と。
もう、なんというか、うれしい!そんな人がいたんだなぁ。大阪の解放教育の底力を垣間見た気がしました。そこからは、人権にまつわるさまざまな話。
飲み会で「あの人知ってますか?」みたいな話もいいのかもしれません。いわゆる「パーリートーク」ってやつですか。でも、わたしはあまり好きではない。やはり、その人の人となりや、その人となりをつくってきた歴史や、あるいはものの考え方、出会ってきたもの。そんなのを聞きたいですね。だから、共通の知人の話より、わたしが知らない人の話のほうがおもしろい。
そんな感じで、一次会終了。さらに二次会へ。こちらではビール→ホッピーです。で、ホッピーを飲みながら近未来の小学校の校長さんと話。この方は、もともとは中学校の教員されてて、支援学校に移ったときに「なかま」になっていただいた人です。その後中学校にもどられてからも、研修会に自校の教員を連れて来られたり、飲み会に参加されたり。
こうやって「会議のつながり」を楽しんでくれる人、人権でつながることを楽しんでくれる人がいることが、なによりうれしい。
そんな感じて飲んでたら飲み過ぎるわな(笑)。
10時くらいにさっくり飲み終えて駅まで走って急行乗って。目が覚めたら「きょうと」って書いてあって「乗り越した!」って焦ったけど、乗り越してないわ(笑)。
さぁ帰ろう。

久しぶりの交流会

朝、屍累々とはこのことです。なんだかあちこちで討ち死にした感じです。でも、それだけ昨日の夜が楽しかったってことです。でも、食欲はありません。
そうこうするうちに、10時半。そろそろこの状態をなんとかしないとやばいぞと思っていたら、交流会初参加の生徒と引率がやってきました。でもまぁ、この引率さん、前に玖伊屋に来たことがあるからまったくおどろいておられません。生徒に「何食べたい?」と聞くと「カレー」という答え。なるほど。それは違いない。でも、今日の主旨とは違うんですよね。
てことで、定番のチヂミと餃子、そして葱の卵炒めを初参加の生徒がつくってくれることになりました。
とりあえず買い出しです。その間、わたしはダラダラ休憩です。と、うちの生徒がやってくるわ、Aっちゃんの職場の生徒がやってくるわ。そしてそもそも前の晩から卒業生とオモニがいてくれてるわ。今日の交流会はかなりな盛況です。てか、これでこそ交流会です。
買い出し隊が帰ってきたので、わたしはぎょうざの皮づくり。一通りできたので皮をのばそうと思ったら、麺棒がない。まいったな。探してもまったく見つからないので、結局卒業生がヨドバシまで行ってくれました。
はからずも時間ができたので、まずは自己紹介第1弾。そんなことをやっていると、麺棒がやってきたので、餃子包みの開始です。今日は人が多いから早いわ。

さっさとできたので、みんなでわいわいごはんを食べて、自己紹介第2弾。今度はちょっと深めの自己紹介。もちろんはじめてだと深くしゃべるのは難しいから、あちこちから質問が飛んでいきます。なんだかんだで4時ぐらいまでだらだら交流会をやりました。
それにしても、久しぶりに京都の子どもたちが集まったな。ここ数年、参加者0もあったから、本当に素直にうれしいな。がんばって子どもたちを集めよう。

stn21のセミナー→卒業生の会

今日はイベント2連発です。
でも、午前中は家の中でゴロゴロ。昨日の食べすぎと飲みすぎをなんとかしなくちゃ。
で、昼前から行動開始。とりま同志社大学に行きます。イベントひとつめはセクシュアルマイノリティ教職員ネットワークのイベント「セクシュアルマイノリティとしても教職員vol.2\」です。それにしても資料が重い。
大学で今日のレポーターのKずみさん@千葉と合流。視聴覚器機の確認だけやって、すみやかにランチです。もちろん、向かうは心のふるさと天一です。うまいわ。

食べ終わって会場にもどると、当然のことながら参加者の方々が来ておられます。笑われました。
で、イベントスタート。まずは分科会。わたしは第1分科会、Kずみさんのレポートの司会です。
Kずみさんのレポート、なかなか興味深いです。もちろん総学を使った「LGBTQ研究」そのものもすごいです。でも、後半のおまけがまったくおまけになっていない。こちらが本論っぽいです。まぁそれはそうかもです。基本的に「LGBTQ研究」は実践だし、子どもたちが研究をするわけで、教員としてはいかに場をつくるかってことですからね。それに対して、後半はご自身のことやご自身が研究をされたことですから、厚さの方向性が違います。ところどころにきちんとネタをぶっこんでおられるのですが、みなさん笑っていいのかどうかとまどっておられたのが残念でした。てか、そこは司会の腕の見せ所だったはずだよな。
で、後半は全体会。東優子さんの講演「性と身体:自律とインテグレーションをめぐる議論」です。なんだかむずかしそうに見えるけど、性の健康と権利をめぐる歴史と現状ってあたりの話でした。こういうのを聞くと「知ってないといけないよね」ってあらためて思いますね。こういう話を踏まえた上で話をするのと、踏まえずに話をするのではまったく話の厚みが違います。終わったあとにほっしーが、ちょっと興奮気味に「話、すごくよかった。勉強になった」って言ってたけど、ほんとうにそんな講演でした。
で、速やかに懇親会へ。ここではカミングアウトするかどうしようか悩んでいる教員と同じテーブルになりました。なんか「わたしはこうだからこういう処遇で扱ってほしい」というカミングアウトにはどうもなじめないんですよね。ではなくて、社会を変えるカミングアウトが必要なんじゃないかと思うのです。でも、なかなかむずかしい。その点うちの組合はたいしたものですよね。わたしを女性部長にするわけですからね。まぁでも、社会を変えるっていうのは、そういうことを積み重ねた先にあるんだろうな。
まぁそんなことを話しているうちに懇親会終了。

ここからほっしーともうひとりで東九条に移動。卒業生の会です。
マダンセンターに到着すると、すでに鍋の準備がほぼできています。今日はいつになく人が多い。京都の卒業生が2人来ています。と、うちのガッコの卒業生が来て、さらにうじも来たりして、大盛況です。あかん、酒が進むやんか。

変わっていく町

今日はパタパタする日ってのを覚悟して朝がはじまります。
まず玄関を出てひょいと横を見たら、猫の額ほどの庭の屋根が崩壊してます。崩壊するのはいいんです。基本的には風や雪の対策のために簡単に崩壊するようにつくってます。チキチキマシン状態なんです。が、直すのはめんどくさいのはめんどくさい。ま、日が長くなってきたから、帰ってやりますか。
で、午前は巡回とカントク。その後はこないだ入稿した本ができあがってきたので、それを配布用に仕分けです。それにしても、よくぞ20日でつくってくれたなぁ。ほんとに助かります。
で、午後はウトロのフィールドワーク。今回は新採の人なんかも一緒です。
まずは金秀煥さんの講演です。このご時世、韓日関係にかなりピリピリしておられるのが伝わってきます。具体的には、歴史をどうとらえるのかってことです。なにせ、日本政府そのものが韓日の歴史を政治的な問題と位置づけて、それをもって韓日の関係をつくろうとしてますからね。でも、本質はそこではない。なので、それをどう伝えるかってあたりを随分と考えておられるみたいです。
でも、とても簡単です。「人の生きざま」なんですね。「1965年に政治決着したから、もうすべてなし」ではない。戦争と植民地支配が、人の人生にどういう影響を与えたかってことが大切なんですよね。まぁでも、日本政府はそういうことは捨てるだろうな。だって、日本の原子力政策の中で生まれた福島第一原発の事故が、人の人生にどういう影響を与えているかってことすら捨ててますからね。そういう政府だってことです。
ま、そんなことを考えながら、やがてウトロの歴史に話は入ります。出てくるスライドに、知ってる人がチョコチョコいます。懐かしいなぁ。わたしがウトロをウロウロしはじめたのは1992年です。もう27年もたつんだ。
で、フィールドワーク。うわぁ。ほんとに町がない。西半分は前のままですが、東半分は、ほんとになくなりました。「こっちおいで」って肉を食べさせてもらったガレージもありません。さびしいなぁ。でも、しかたないです。いつ立ち退きか、いつ洪水かって生活ではなくなったんですよね。だからこれからも細く長くつきあいは続けさせてほしいな。
そんなことを感じながらフィールドワーク終了。

家に帰って屋根を直して。家の中に入ると「辛子蓮根来てるよ」。

熊本のY本さんが誕生日のプレゼントとしてくれたものです。うれしいなぁ。
みんなでパクパクというかシャクシャクというかいただきました。