人権学習

てことで、今日は3学年一斉の人権学習です。1時間目と2時間目があいていたので、ここでいろいろ仕込みをします。で、3・4時間目に授業をして、ここから一気になだれこみます。特に2年生の1学期は部落問題についての講演。今年の講師は昨年と同じく谷川栄一さんです。
それにしても、うちの生徒たち、人権学習の講師については、ほんとうに幸せだと思います。1年生は具志アンデルソン飛雄馬さん、2年生は谷川栄一さんで、3年生は中倉茂樹さんです。かなり豪華としかいいようがないですよね。

谷川さんの講演は、ある意味とりとめがないんですよね。メインテーマがどこにあるか、あまりはっきりしていない。でも、それこそが魅力なんです。
つまり、ひとりの人間の生い立ちは一本の道であらわされるものではなくて、さまざまに寄り道をしながら、いろんなことが重なりあって、今に至るんじゃないかと思います。そして、その複合的な結果「今やっていること」にいたります。なんというか、「これがあったからこうなった」ではない。それがおもしろい。
だから、もしかしたら生徒たちにとってわかりにくいかもしれない。でも、それを越して谷川さんの話には魅力があります。その魅力を引き出すのは、実はわたしたちの仕事なんだと思います。
月曜日の授業で
「いやぁ、谷川さんの話聞いたけどなぁ、わたしは◯◯と思ったわぁ」
と生徒の前でふとした感想を言うことで、子どもたちになにかが伝わると思うんですよね。

講演が終わってから小部屋でふたりで話をしていると、やんちゃ坊主がやってきました。
坊「バイク、なに乗ってるんですか?」
谷「スカイウェーブ」
とたんにやんちゃ坊主の目が輝きます。
坊「やっぱり改造してるんですか」
谷「うん、◯万円ぐらいかかってるよ」
坊「チームとか入ってるんですか?」
谷「30過ぎてチームはいってたら恥ずかしいやんか。でも、ツーリングチームには入ってるよ」
坊「オレも将来スカイウェーブ乗りたいんです」

もう、やんちゃ坊主、キラキラしています。まぁそんなもんですわ(笑)。

企画側

うちの職場の人権学習、基本的には担任さんがそれぞれのクラスでやるスタイルです。わたしが着任した頃は
「話す内容に違いがあったらまずい」
という名目で、人権担当*1が体育館で講義をしていたみたいですが、わたしが担任をしはじめた頃に、「自分のクラスで自分が好きなようにやる」というスタイルに変わっていきました。というよりも、当時の先輩の「命」を受けて、わたしが切り込み隊長でそういうスタイルをやっていったんですけどね(笑)。で、その後20数年間、そのスタイルでやっているわけです。
ただ、わたしが担任をしていた頃と大きく変わったことがあります。それは、「好きなようにやる」人が減ったということです。

かつて自分が担任をしていた頃って、人権担当の人がいうのは
「自分を語れ」
のひとことでした。なので、必死で自分を掘り下げて、自分の中から言葉を見つけて、自分の言葉で生徒たちに語っていました。でも、それがわたしにとってはとてもよかったと思います。なぜなら、わたしのクラスでは、わたしにしかできない授業が展開できる。それは隣のクラスも同じ。そういうのが、実は大切なんだと思います。
昨日の講師の話を借りれば
「経験的に蓄積した差別観念に対して、知識で対応しようとするとミスマッチを起こす」
ということになるのでしょうか。
もちろんみんなでいろいろ探してきて「共通教材」を使ったりすることもあるんですが、その料理法はそれぞれにまかされていました。

ところが、現在は全クラスが同じ教材を使います。しかも、ワークシート。そして、解説・解答付きです。これはなぁ…。
でも、そういうふうにしてきたのもまた、わたしなんですよね。
自分が担任をしていたら、隣の担任とフラットな関係で情報交換できるのですが、「企画側」になると、そうはいかなくなるんですね。いろんな人がいろんなことを言ってくる。なので、リファレンスみたいなのを出してしまったんです。これがいけなかった。去年出したものは今年も使わざるを得ません。こうやって、膨大な量の印刷をしなくちゃならなくなってしまうという。

こういう状況を、「企画する側」としてはなんとかしたいと思うのですが、まわりはじめた歯車のまわり方は、そう簡単には変わりません。
てことで、「やる側」もしんどいけど、「企画する側」はかなり前から気が重いという話です。

*1:当時の同和部

やっと一息

考えてみると、先週中頃から中間試験。試験中は基本的にはヒマなはずなんですが、なぜか出張が山のように入っていました。ということは、当然採点ができない。しかも、土日が玖伊屋。採点なんてできるわけがない。
てことで、採点の祭典は金曜日の遅くにようやくやったという状況。
あけて月曜日はけっこう授業や会議が詰まっている日。あっという間に一日が過ぎます。てことで、雑務はできず。火曜日は本来出張日なので出張のない日は結構仕事ができる非難ですが、今週は遠足だったんで、これまた雑務はできず。昨日は教職員の人権教育研修会で、その事前準備とかなんとかで、あっという間に一日過ぎて、結局それにかかり切り。
今日は今日で、明日の全学年一斉人権学習の資料の印刷((1年・3年各8クラスに対して、A4の資料がそれぞれ7〜8枚あります。なので、合計5000枚近くの印刷をしました。これだけで2〜3時間かかるというものです。
てことで、今日の午後ちょい遅めになって、ようやく一息です。
さて、いろいろ気になっていたメールに返事をしたり、なんだかんだと優先順位を下げていたことを処理しようかな。
ふぅ…。

さて、あしたは人権学習か。

ある変化

今日の校門の立ち番。みなさん、なにやら手持ち無沙汰な感じです。というか、手のやり場に困っておられます。
なるほど、昨日の研修会で講師の方が言われた
「校門で おはよう言ってる 仁王立ち」
の影響やな(笑)。

人権教育研修会

今日はうちの職場の人権教育研修会です。講師は磯野雅治さんです。テーマは「人権教育をどうすすめるか」。
とかく「人権教育」というと、「人権についての教育」=「特設の人権学習」となってしまいがちです。でも、実際には学校教育*1全体に位置づけられるものだと、わたしは常々思っています。具体的には、それぞれの授業、行事、クラブ、掃除などはもちろん、カリキュラムのつくりかたなど、学校運営にかかわること。さらには、休み時間の子どもたちとの会話など、隠れたカリキュラムの中にも人権教育は存在すると思っています。それをどう意識化していくのか。このあたりがとても大切な気がしています。
で、今回磯野さんにはそういう話をしていただこうと思い、講演をしていただきました。
わずか1時間ほどの時間だったけど、かなり盛りだくさんな内容でした。
キーワードになる言葉もいくつかいただきました。「人権教育のベースは自尊感情を育てること」「自尊感情は教室で育つ(学級づくりの重要性)」「「知識の教え込み」型人権学習の変革」「否定語や「ねばならない」で語る人権教育を超える(肯定語で語る人権教育)」。
いずれも、「そうそうそう!」と納得できる言葉でした。

ところで、途中で「教師として自分のいいところを3つあげてみましょう」というお題が出されて、あてられてしまいました。で、わたしの答え。

  1. 笑顔
  2. 声が小さい
  3. 腕力がない

まぁそんなもんですわ。

*1:と、ここでは狭くくくります