情けなくってもいいじゃない…

さっきの話の続きに、どういうわけか「愛国心」についての話が出てきました。ここでもまたまた大きなギャップ。もちろん、学生さんとわたし(たち)の間のジェネレーションギャップなのか、単なる個人同士の見解の相違なのかはわかりませんが…。
学生さんの見解
「自分のまわりにいる家族や友だちは、やっぱり大切」→「(平たく言うなら、)その人たちを守ることが愛国心」→「守るためには国を守る必要がある*1」→「国を守るためにはパワーが必要」→「だから軍隊も必要だし、徴兵制もやむを得ない」
う〜ん。スタートはあまり変わらないんだけど、ゴールがぜんぜん違うのはなぜ?
わたしの見解
「自分のまわりにいる家族や友だちは、やっぱり大切」→「それを愛国心というなら愛国心というのかもしれないけど、別にそんな名前をつけなくてもいいやんか」→「別に国家がなくなっても、家族や友だちとの関係が変わるとは思えないし、国家を守るために命を落とすなら、それは本末転倒」→「ところで、現在の国家間のパワーバランスを考えると、いきなりひとつの国が他の国をかつてのような植民地化をするということは考えられない」→「てことは、別に「勝たなきゃ」と思う必要はないやんか」→「負けてもええやん、情けなくてもええやん」
こんなわたしに「非国民」という言葉が投げつけられたとしたら、それはわたしにとってのほめ言葉です。

*1:「国家」が自分たちの関係性を守ってくれているという解釈かな

距離と時間と密度

今日は、大阪市最南端にある、とある大学に昼から行って来ました。「1時間で自分のことを述べよ」というお題をもらっていたのですが、やっぱり無理でした。どうしたらええんやろ…。真剣に悩みます。それでも、けっこうウケたので、まぁよしとしましょうか*1
その後、しばし校内の学食*2で歓談。そこでだんだんわかってきたことが「最近の学生さんたちの人間関係って、すごく相対的」ということなんです。いや、あちこちでこういうことは言われていると思うんですけど、やっぱり感じました。
先生たちから「いつきさんの話がわかるのは、80年代に京都にいたという共通体験があって、しかも同じ空気を吸っていたというバックグラウンドがあるからだよ」という説明があったんです。ところが、学生さんから「年代が一緒だからって、僕にはわからないです」という返しがありました。で、わたしのほうから「だって、あの頃はバイクなんてなかった。地下鉄もなかった。移動手段は、自転車か徒歩。だから、みんな大学の半径1km以内に住んでいた。だれかの家で呑んでいて、誰かを誘おうと思ったら、当時は携帯なんかないし*3、じゃんけんで負けたヤツが歩いて呼びに行ったもんです」と解説。さらに「テレビがある学生が、下宿屋の中に1〜2人。だから、テレビを見たければ、そこに行ってみるしかない。まぁ街頭テレビの感覚やなぁ」。このあたりで、またまた先生たちは大ウケ。どうやらみなさんその通りだったようで。「で、テレビを一緒に見ていたら、やっぱりいろいろ話をしながら見るじゃない」。
考えてみると、こういう生活は、学生同士だけじゃなくて、家族もそうでした。家の中にテレビは一台。親と子のチャンネル争いもあったし、やっぱりどちらかがどちらかに譲るわけです。で、しゃーないからそのテレビにつきあったりします。そういう中で、「あ、この人はこういうことに興味があるんだ」とか「あ、この人はこのことに対してこういうふうに考えるんだ」みたいなことがわかっていった。友だちや親との会話っていうのは、こういうことをベースにして行われていたんですよね。
別に、「昔はよかった」という懐古趣味に走るつもりはないのですが、でも、よかったと思います。おそらく、いまはそういう「状況」がつくる「偶然性」に頼れない時代になった。だからこそ、意図的に距離と時間と密度の相関を考えながら、関係性をつくっていく必要があるし、そういう「場」をデザインする楽しさがあるとも思います。

*1:でも、一番ウケていたのは学生さんじゃなくて、同年代の先生たちだったりします。なかでも、わたしの話を聞くのが4回目の人が一番ウケていたのはどうよ。その先生に言わせると「最近は、「あ、来くるぞ来るぞ来るぞ、やっぱり来た(笑)」という感じ」なんだそうで、それは古典落語かプロレスの世界とちゃうんかいな…

*2:ちなみに、この学食、3時以降は「ビールセット」があるという、たいへんすばらしい学食です。

*3:ちなみに、加入電話もなかった。たいてい大家さんの家から取り次いでもらうんだけど、これがまたイヤミを言われるんですよ