夏休み最後の土曜日

パートナーからは「必ずいてね」と言われた土日です。もちろん、全力でこの土日はあけてあります。家の用事もしなくちゃならないだろうし、たまりにたまった子どもの宿題もあるし、寝坊もしたいし…。
もちろん最初にやることは「寝坊」です。朝、9時頃まで寝ていられたことって、いつ以来だろう(笑)。6時に目が覚めるのはしかたがないとして、ふだんは決してすることのない「2度寝」が出来るのもおどろきです。で、起きたらコーヒーを淹れて、窓を開け放して、新聞をゆっくり読みます。いま住んでいる京都市北部は、この時期になると朝晩は肌寒いくらいです。9月が近いのを実感します。
そうそう、昼間はそれでも暑いので、ちっちゃな庭によしずの屋根をつけようかな。新聞広告によると、いよいよシーズン最後なのでクーラーも安くなっているみたいだから買おうかな*1(笑)。
昼にお客さん。しばらくお話をして、その後犬の散歩。晩ご飯、お風呂なんてやっていると、あっという間に夜です。
いい一日だったのか、それとももったいないのか。

*1:ふた夏クーラーなしでした。

89年から92年の間にあったこと

あのアルバムの年号は、ちょっとややこしいんです。いちおう、あれは、表記の前年の4月から表記の年の3月までの間に撮った写真なんです。なので、「89年から92年の間」というのは、正確には「88年4月から92年3月の間」あるいは、「88年度から91年度の間」ということになります。わたしは、基本的に年度で考える方が楽なので、その時系列で考えると次のようになります。

1988年度
不当人事を蹴飛ばした関係で、校内人事で報復にあう(笑)。腹が立ったけど、上司がいい人で、土日がメインの仕事が担当になった。平日がヒマだったので、一生懸命走ってダイエット成功!QOLが著しく向上した(笑)。
1989年度
やけくそ人事の結果、念願の1年担任。これが、担任人生のスタート。すごく張り切って仕事をして、生徒にうっとうしがられる(笑)。でも、いまにいたる教員人生の基礎ができた頃。秋ごろに、いろいろ出会いがある(笑)。築100年と噂される家に引っ越しを決意する。
1990年度
「あの旗」とか「あの歌」とかの関係で、さっそく担任をはずされる(笑)。すねて一年仕事をしなかった。引っ越し決行。一方、昨年度の出会いの結果、この年度の最後の日に結婚する。
1991年度
他の担任さん達が、やいのやいの言ってくれてm(_ _)m、担任復帰。すぐに、子どもができたのがわかる(笑)。はりきって仕事をする。年明け早々、教室で生徒達に「早よ掃除せんかい!」と怒鳴っている最中、上の子どもがうまれる。初の卒業生を送り出す。

という感じですか。
いろいろあったなぁ…。

青年の定義はいつまで?

夜は、組合の会議。といっても、別に役を持っているわけじゃありません。まぁ、ハシゴをかけて登らせてしまった関係上、ハシゴをはずすわけにはいかんわなぁ、という義理人情の世界なわけで…。でも、「若い人たち」と一緒にいろんなことをやるのは、それはそれで楽しいです。
ところで、組合の青年部って、たいていは30歳までだったりするんですけど、うちの組合って、いったい何人いるんだろう。てか、うちの組合的には「若い方から10番目以内」とかいう定義の可能性が大です。ということは、永遠に青年部かも(涙)。

定例の家庭訪問とか

いつも夏休みの最後に行く家庭訪問ですが、今年は延び延びになっていました。
ちなみに、この家庭訪問、夏休みの最後に「もうすぐ2学期やなぁ…。元気でおいでや…」と学校の空気を入れに行くという、誠に生徒達にとって迷惑な家庭訪問です。でも、これが必要な子もいるわけで…。
で、今日、あまりにも天気がいいし、ちょうどバイクで学校に行ったので、行くことにしました。
今日の家庭訪問先は山の向こう側にある家です。ということは、途中山道。抜け道なので、地元の軽トラ以外はほとんど車は通りません。でも、その割にいい道で、上に方に行くと杉林の間を抜けていく気持ちのいい道です。
走りはじめると、エンジンが新しくなった関係で、すごく楽。いままでだったら6000回転以上をキープしなくちゃならなかったのが、下の方からトルクが発生するので、ミッションをいじらなくても普通に走れます。それでいて、確実にいままでよりも早く走れます。下り道がまた気持ちいいです。わたしは、アクセルオフにした時の「パパンパン」という音が好きなんですけど、これがまた気持ちよく鳴ります。いい気分転換でした。
あ、家庭訪問の方は、いい出会いもあったりして、見事に目的を達成でした。
午後は、一昨日途中までやって、昨日は投げてしまった雑事の続き。これもようやく完成。
と、そこに一通のメールです。7900字程度で、締切9月15日とか。たしか月末までの原稿もあったはずだし、もう一個9月15日〆のがあったような気が…。どうやらトドに追いかけられそうな希ガスorz。

パソコンの近況

ずっとしょっちゅう落ちまくっていたパソコン。MOをはずし、SCSIカードをはずしたのですが、全然効果なし。しゃーないので、8月はじめに寺町に行ってマザーボード交換の段取りをつけました。
ところが、今使っているマザーボードはsocket A。今日日のマザーボードと根本的に違うようです。何より違うのが、供給されている電源のようです。てことは、電源まで交換か?〆て…。お金がない…。
それでも「買おう!」と決心をしながら、久々にバイク屋によって近況報告。ついでにパソコンの話になりました。バイク屋おやっさん曰く「いまは買い時じゃない」。そら、生鮮家電だからいつだって買い時じゃないとは思いますが…。「ちゃうねん。いまは規格がころころ変わっている時だから、今買ったマザーボードは生存期間が短いで」。そういうことでしたか。
でも、動かないものはしゃーないです。通販で、今と同じマザーボードを探そうと思いながら、家に帰りました。
で、最後にもう一度試してみようと…。

  1. まずは、マザーボードから一度電源コネクタをぬく。
  2. 次に、ATAのコネクタもぬく。
  3. 「フッ」と息を吹きかけて(笑)、ふたたびさす。

で、スイッチオン!
普通に動きました。あとは、まったく落ちていません。
はたして、息を吹きかけたのがよかったのか、はたまた「このままじゃおシャカにされてしまう」と思ったマザーボードが気合いを見せたのか…。なんしか、よかったよかった。

恥ずかしいものつくっちまった…

本棚を見ていると、卒業アルバムがずらり。考えてみると、自分の人生の半分をこの職場で過ごしているわけですから、自分の人生の半分分の写真が、少なくとも1枚は一冊一冊の中にあるわけです。てことは、自分の変化の時系列があるはず…。
てことで、わたしのアルバムをつくってしまいました。あまりにもはずかしいので、直リンはしません。ここから行って下さいね。

なので、雑務

夏休みがはじまって、昨日までに学校で仕事ができた日が3日という、過去に経験のない出ずっぱりの日々も、とりあえず終わりました。で、3日しか学校で仕事をしなかったということは、残りの20日以上の雑務がたまっているということです。いったい何から手をつけたらいいんだろう…。
幸い、長期休業中は雑務が少ない期間なので、数日あったらなんとかなるかという程度でした。
まずは、30日にある人権教育研修会のレジュメの印刷。
先日講師の方がレジュメを送ってこられたのですが、それを見てびっくり。A3じゃん!しかも縮小コピーしたらウチの学校の教職員、読めなくなる人続出(笑)くらいの大きさの文字じゃん!う〜んとしばらくうなったあと、A4で11枚の印刷→紙取り→ホッチングに突入しました。まぁ、やればやったで2時間程度で終わる仕事なんですけどね。
午後からは、某グループの名簿の整理。これがまたややこしいです。参加履歴も考えなくちゃならないし、住所変更もある。思わず「ええかげんにせい!」といって投げたくなったのですが、投げても明るい明日は来ません。てか、投げると事態はよけい悪化するので、大人になりました(笑)。

とりあえず、一段落ついて外を見たら夕暮れ時です。時計を見ると6時半頃。陽が落ちるのも早くなりました。もうすぐ秋なんだなぁ…。

学校公開

眠い目をこすりながらも6時起き。いつものようにお弁当をつめて、7時過ぎには出発。なにせ、今日は学校公開です。この手の行事、とうぜん放送が必要です。なので、行かなくちゃならないです。
ここ数年、「生徒に選ばれる学校に」ということで、どこの学校もオープンキャンパスをしています。しかし、なんだかなぁと思うのですが。今日日京都の学校も塾にランクづけをされていて、そのランクに従って入試を受けてきます。まぁ、そういうふうになってまだ数年ですから、イレギュラーなことも多々ありますが、それでも、そうそう大きくはずれるわけではないです。
でも、今年の学校公開は少しよかったかもしれないです。いままでは、本当に教員が延々と話をするだけという、なんの芸もない内容だったのですが、今年はクラブ員が自分のクラブのアピールをするなど、少しは生徒が前に出る内容でした。実はこういうのが大切なんじゃないかなと思うのですが…。
で、半日そういうことをやっておしまい。あとは、たまりにたまった雑務を前にして、呆然としてのこりの半日が終わりました(笑)。

全国在日外国人教育研究集会神奈川大会・第2日目

今日は一日分科会の日です。でも、わたしは本売り。てか、実は分科会に出るのが、年々めんどくさくなっているんですよね。
かつては、分科会に参加して「あーだ」「こーだ」と言って、帰りの電車でも「あーだ」「こーだ」と言っていたのですが、最近は、なぜか血が騒がないんですよね(笑)。で、本を売ったり、知りあいが通ったら話をしたり*1するほうが性にあっている気がします。
ところで、本を売っていると「土地柄」というのがよくわかります。
関西では、集会中、常に人の往来があるし、あちこちで話をしている姿が見られます。ところが、関西以外では、休憩時間しか人が通らない。それ以外の時はものすごくヒマです。これは、分科会だけじゃなくて、全体会でも同様です。
おそらく、一般的には、集会とは「集会に参加する」ために行くのですが、関西でやると「集会に集まっている人に会いに行く」という感覚を持つ人がたくさん参加するのではないかという気がします。そういえば、この3月のG研の時なんか、ロビーにほとんど人がいなくて、わたしを含め数人のみがダラダラとしゃべっていたっけ(笑)。
そんなこんなで、無事一日が終わり、本も片づけて、後は帰るだけ。もともとの計画では、本を積んで車で帰ることになっていたのですが、幸いお友だちが本を載せて帰ってくれるということで、新幹線で帰れることになりました。あ〜、助かった…。
とにかく、これで宿泊をともなう移動はようやくおしまいです。

*1:というか、知りあいを待ち伏せして本を押しつける(笑)。

カムアウトのもうひとつの観点

自分の考えをまとめたり発展させるために、人と話をすることが有効なことが、わたしの場合はチョコチョコあります。
昨日の生徒交流会のことを話している最中に、ふと考えたことがありました。それは、「日本人からのカムアウト」ということです。
従来、どうしても当事者*1に対して、そうではない生徒*2は差別問題にかかわる時「随伴者的存在」あるいは、「支える人」というふうにしかとらえられてきませんでした*3。そうした、「マス」としてしかとらえられない「非当事者」というとらえかたはおかしいだろうと、先行研究などに触れながらずっと考えてきました。そのことに、昨日の「日本人交流会」がひとつのヒントを与えてくれたような気がしました。
つまり、「君のことを知っている」というカムアウトは「あり」だろう、ということです。いや、「なにをいまさら」という話なんですけど、これも「君との関係を変えていきたい」ということに他ならない態度表明なわけです。まさに、全朝教が「本名を呼び名のる」としてきた、それそのものです。そうなんだよなぁ…。まさに、原点だ!

*1:部落や在日外国人の生徒

*2:日本におけるWASP(笑)すなわち、「日本人」「男性」「部落外」ついでに「階層としてプチブルまたはブルジョア」かな?

*3:このあたりは、すでに先行研究があります。ね?こちゅかる子さん(笑)