ローテンションの原因

6月に入ってから、ずっとローテンションでした。そりゃ、1日(金)の夕方から3日(日)の夕方まで飲み続けとかあったけど、そういうのが原因ではありません。
たぶん、雑務が押し寄せてきて、書かなきゃならない原稿が押し寄せてきて、しかもおべんきょもしなくちゃならないのにそれが一番後回しになってるという危機感と、後回しになってるがゆえにおべんきょができないというフラストレーションがその原因らしいとわかってきました。
そんな折にセンセからのメール。
「進んでますか?」
進んでないです。はい。でも、そんな返事ができるわけもなく、どうしたものかと考えた末、今読んでる本を諦めることにしました。
で、知りたい内容が引っかかってきそうな単語で何度が検索をかけて、そこから上がってきた単語でまたまた検索をかけて、行き着いた先に出てきたのがこの方のペーパーだったという(笑)。まぁそりゃ当たり前です。掘ってるところが近いだけじゃなく、やってることも近いし、なによりわたしは「この方」の影響をかなり受けてますからね。
で、この方のペーパーはかなり読んでるので後回しにして、もう少し離れたところの人のペーパーから読むことにしました。
そんなふうにして読んでいたら、いつの間にかローテンションが随分浮上してきてました。
どんだけ単純やねんと思ったけど、かなり深刻だったんだな。

ということで、夕方少しランニング。めっちゃ蒸し暑いので、普段の半分でおしまいです。それでもメッチャ汗をかきました。
「顔、真っ赤ですよ(笑)」
「飲んだあとみたいなな(笑)」
なんていう会話をしながら帰りました。

生みの苦しみ

今日の夕方は入口にたどり着いたかもしれない話を深めるおべんきょ会です。2時間ほど早めに前のおべんきょ場所に行って、おべんきょ部屋に侵入していろいろ調べてみたり。
いま、わたしの頭の中は『この本』になってるので、ついそちらに引っ張られます。なので、いろいろ検索かけてみると、少ないながらもやっておられますね。これはおもしろい。ということで、「のおと」をつくっておべんきょ会に参加。みんなであーでもないこーでもないとウンウンやって、2時間弱で挫折。センセはひとこと。
「生みの苦しみやな」
てことで、暑気払いに行きました。今回の幹事はわたしです。まぁええかと久しぶりのおむら屋です。だって、野菜が食べたいんだもん。
ここでは、もっぱら沖縄修学旅行の話で盛り上がりました。が、わたし、長く修学旅行に行ってない。でも、沖縄には行ってます。行ってますが、なにせ野入さんプロデュースのディープなフィールドワークしか知りません。なので、話が微妙にズレます。まぁええか。泡盛飲んで話を聞こう。
ま、そんな感じで9時過ぎに飲み会終了。久しぶりの叡電を楽しんで、無事家に帰りましたとさ。

いろいろやらなきゃならんけど

明方、なんとなくPCひらいてメールを見たら、「おべんきょ結果」の評価結果が来てました。BCのC。はたしてこれがいかほどのものなのか、よくわかりません。でもま、DやEではなかったということなんでしょうね。なんしか、ここから「修正おべんきょ結果」へ向けた日々が3ヶ月続くわけですね(;_;)。

で、出勤途中はおべんきょしたりタスクリストをつくったり。いちおうやらなきゃならんことはあれこれあるけど、気がついてるのは一部で、潜在的にはもっとあるはずだし、あとから「これも」ってなるのはわかりきった話です。
で、職場に着いて「さて」と思ったら、案の定いろいろ連絡が来ててなんだかんだやっていると時間はどんどん過ぎていきます。まぁええか。
ふと若手教員とふたりになったとき、
「せんせいっていつから担任してないんですか?」
って聞かれたので
「もう20年やってないなぁ」
と。
「担任したいですか」
「もうすることはないだろうけど、したいよ」
そこから、担任談義とか教員談義とか生徒とのかかわり談義とか。
考えてみると、担任時代のわたしは、めっちゃ好きなようにやらしてもらえました。しんどい生徒ややんちゃな生徒を「預ける」ってさせてもらえました。だから、誰も手出しをしない。おかげさまで、その子ととことんつきあわせてくれました。
いま「チーム学校」とかいうけど、そしてそれそのものは大切だとは思うけど「まかせる」ってこともホントは大切なんじゃないかなぁ。
そんなことを思いながら話をしているうちに「安倍話」とか「トランプ話」とか(笑)。貴重な時間でした。
昼のおべんとを食べたら、眠くなって、おべんきょしているうちに爆睡です。
で、復活したので試験問題をつくってみるなど。で、つくった試験を自分で解いてましたが、めんどくさい。なんか嫌気がさしてきたところで、なにやら「ネットが不安定」とか同僚が言ってます。どれどれと見てみたら、LANケーブルの被覆がズタズタです。
てことで、急遽LANケーブルの空中配線工事開始です。脚立を使って、天井をケーブルをはわしたり、コネクタかしめてみたり。いや、楽しい。なんか、おべんきょよりもこっちが性に合ってるかもね。
そんなこんなで、一日が過ぎて行きました。

どこを掘るか

今日は生徒引率の出張です。とはいえ、子どもたちの研修会なんで、わたしはやることがないので、階段に座り込んでおべんきょです。
なんか、今読んでる本がなかなかおもしろくて、「へー」「ほー」と思いながら、いろいろ人を見る目が変わりそうです。おかげさまで、読みはじめると、一章は集中力がとぎれません。で、その章を読み終わったら、速攻メモづくりです。もっともこのメモはなぐり書きです。あとで清書をします。
まぁ、そんなふうに楽しんでるのですが、センセからメールが来ました。
「あなたはそこの研究をするわけじゃなくて、ヒントを探すために読んでるんだから、そればっかり読んでたらダメですよ」
ごもっとも。
掘るべきところはもっとたくさんあるんですね。でも、他のところを掘るにしても、スコップとツルハシとショベルがあったほうがいいし、もう少しここを掘らせてほしいなぁ。そのためにも、さっさと読了しなくちゃ。

ここでもできるのか

朝、早く帰ってきたとはいえ、しんどいものはしんどいです。それでも、1時間目に授業があるのでしかたないです。行かなくちゃ…。
てことで、WE ARE ONE Tシャツを着て(笑)出勤です。
で、子どもたちにこの土日の報告をするなど。とはいえ、年度当初だからか、いまひとつ反応が薄いです。にしても、TRP話とか、stn話とか、ほとんどcomingoutなんだけど、直接言わないからわかりませんよね(笑)。
あとは提出プリントのチェックをしたり、頼まれたDVDを作成したり。そんなこんなをしていたら、あっという間に定時です。

で、家に帰ってお風呂に入って、ごはんまで少しあるとのことなので、ここでおべんきょです。すると、案外できるもんだなと。
今読んでるのがこれです。まぁそのせいで

隣で話す3人の熟年おねえさまの話の回転の速さがおもしろすぎて、ゴッフマンが頭に入らない。てか、3人はゴッフマンを実証してるのか?

みたいなことをつぶやいてみたりするわけです。ちなみに、即座に反応してくださったT田さんとの会話
T「読んでるのは『集まりの構造』の関与のとこですか?(^_^)」
い「いや、まだ『行為と演技』です^^;」
T「『行為と演技』で、聞き耳たてる話って、何だったかなぁ。」
い「いや、話し手と聞き手が頻繁に変わるんですが、そこで話されてる「ネタ」を通して自分を相手に対してどう演出しようとしてるんだろうと…^^;」
T「ねーるーへーそー。どういう自分を呈示しようとしているのか、にするとカテゴリーの話にできるし、スティグマ社会学につながる気持ちがしますー。」
それにしても、こういう会話ができることそのものがうれしいです。
それまで漠然といろんな人を見ていたんだけど、そしてそれは例えば「個人のふるまい」として見ていて、時に「なにかを主張しているな」とは思ったけど、そうは思わないこともままありました。でも今は、ある集団の中で、あるシチュエーションの中で、そしてある属性をあらわす徴を身にまといながらおこなう「ふるまい」は「自己呈示」なんだっていうふうに思うわけで、すると例えばあるグループでの会話の声の大きさひとつとっても、それがそのシチュエーションの中でどの範囲まで自己呈示をするのかとか、そのことを通してみたいな「意図」が伝わってきたりして、メッチャおもしろいです。そう考えると、例えばインタビューひとつとっても、そこにいろんな情報がつまっていることがわかるし、自分の今までの「読み方」の不足がわかるというものです。そして
「そうか、だからストーリーなんだ」
と。
ま、こんなことは、実は『これ』書いてる時も、ほんとうは気づいていたはずなんだけど、それが明確な言葉にはなってなかったんですよね。
てことで、ごはんを食べてビールを飲んでからも、再びおべんきょ。で、一区切りついたところで報ステの時間が来たので、離脱。ちょこっとウィスキー飲んで、さて寝ましょう。

「トランスジェンダーの歴史」

なにが悲しくて、火曜日に引き続き今日も大阪なんだろと思うのですが、引き受けたものは仕方ないです。てことで、SEE主催のセミナー「トランスジェンダーの歴史」のコメンテーターをしに、今日も大阪まで来てしまいました。まぁ、コメンテーターさせてくれるのはHがしさんのエールなんでしょうね。ありがたいです。
なので、さっさと仕事を終えて、早めに行って会場準備をしようと思ったら、JRが架線の確認をしたとかで快速が「ウヤ」とかで、結局準備には間に合わず。
会場に到着して、いろいろな人とごあいさつ。ほどなくセミナーがはじまりました。

今回のセミナーはヴィクトリア大学のAaron Devorさんによる「The chair in transgender studies/transgender archives」です。当然のことながら英語です。なので、通訳は東優子さん。でも、とてもわかりやすかったです。まぁ、理論的な話というよりも、Aaronがやってる活動紹介でしたからね。内容的にはそんなにむずかしくはなかったです。あと、ゆっくり話してくれるのも助かりました。
それにしても、ヴィクトリア大学のすごさというか、Aaronのすごさを認める大学の度量というか、そんなことを思いました。
やってることはふたつです。
ひとつはconferenceを開いているということ。なんでも、あいさつは学長クラス・理事長クラスがしにくるとか。参加者はactivistやresearcherやartistなど幅広くて、まあ大学関係者(含む学生・職員)とそれ以外の人が半々くらいとのことです。で、講演やってるのはほとんどが当事者みたいです。今年はアメリカ初の黒人のトランス女性の市会議員も講演したとか。あと、おもしろいのはartがあること。人がすごく集まるみたいです。2018年には映画監督を呼んで上映会したらしいです。さらに、今年のconferenceではyouthとelderのpanelがあったんですって。あと、奨学金とか賞とか出してるみたいです。
もうひとつはtransgender archivesです。資料の一端を紹介されてたけど、すごいです。日本のものもあって、『FTM日本』はありがちだけど『QUEEN』もありました。あと、大切なのは、本じゃなくてニュースレターとかチラシとか書簡なんかもあるんですね。そんなのが膨大な量所蔵されてて、しかもいつでも誰でも行けば無料で閲覧できます。キーとなる資料は電子化されていてネットからもアクセス可能です。

で、後半の最初にコメンテーターの仕事をしました。
まずは、前半部分について。
そういや、わたし、awardとったなと。でも、賞金は出なかったなと。次の年からは出るようになったみたいだけどね。あと、映画にも出たなと。それから、2017年には「トランスジェンダーの過去・現在・未来」みたいなシンポにも出たし、2016年にはstnでも同じようなシンポしたなと。なんか、ひとりconference状態だなみたいな話(笑)。
で、後半について。
まずは、自分がトランスであることを知った1997年に、はじめてアクセスしたセクシュアリティについての情報は「キリストの風」というニュースレターだったということを思い出しました。なかでも「かじよしみ」という人がアメリカの事情を連載してたんだけど、すごく新鮮でした。たぶん、本と違って、その時の空気がリアルに伝わってくるんですね。だからこそ、archivesなんですね。そんな中で、例えばarchivesの中にはTudaだったかな、有名なヌードモデルさんがおられて、その方の写真もあるらしいんですが、トランスでヌードだと、意味あいは違うけど、藤村美沙さんのセルフヌードを思い出すんですよね。特例法前夜、完全施工のセルフヌードを公開して戸籍変更を要求した人がいたということを、たぶん知ってる人は、もうほとんどいないんじゃないかと思います。そういう歴史や人が「なかったこと」にされていくことに悲しさと怒りを感じるんですよね。
あと、これもarchivesにあったんだけど、1920年頃の新聞記事がたくさんあって、それは異性装して逮捕された記事です。でも、当時のトランスの人たち、そういう記事を読んで「ひとりじゃなかったんだ」って思ったって言っておられました。そして、トランスジェンダーの人たちは、その記事を切り抜いて保管してた、それがarchivesになっている。この話を聞いた時、泣きそうになりました。でも考えてみたら、わたしもいずみちゃんの記事を見て「自分にもできるかも」って思ったしね。
で、振り返って日本を見ると、こういうarchivesをつくっているのは三橋さんだけなんですよね。かたや大学がやり、かたや個人なんです。
で、わたしなりに考えた日本の課題は、ふたつの分断があるということでした。
ひとつの分断はelderとyouthの分断です。つまりarchivesの重要性を知らないということですね。歴史に学ばないということ。そしてもうひとつがactivistとresearcherの分断です。これもまた歴史や理論から学ばないということ。たぶん、このふたつの分断をどうしていくのかが問われてるということを、Aaronの話を聞いて感じたという、ま、そんなまとめをしました。
ちなみに、そのあとの質問で大河りりぃちゃんが「日本ではarchivesは三橋さんひとりがやり、conferenceはいつきさんひとりがやってる」とかいうネタをぶっこんでくれました。
ま、その後、質疑応答もおもしろかったけど、まぁそんなこんな。

で、当然のことながらの打ち上げに行くわけですが、すでに9時半をまわってます。大阪駅近辺はラストオーダーが10時で閉店が11時。したがって、入店は9時半までらしくどこにも入れません。しかたないので、北新地の庶民的なお店に行って、ビール→ワインといったところでタイムアップ。
Sーちゃんとふたりで新快速で帰りました。まぁ、ひとりじゃないから安心ですわ(笑)。

入り口にたどりついたかな?

今日は前のおべんきょ場所の共同おべんきょです。今日もいつもの時間のいつもの部屋にいつものメンバーが集まります。ま、他のメンバーが忙しすぎて、「いつもの時間」はセンセとわたしだけでしたがね^^;。
テーマは、先月スジがむずかしかった話です。さてさてどうなるか。
このメンバーで扱ってることは、とても簡単な内容です。だって、日常の学校教育にかかわることですからね。日常を掘り起こし、分析して理論化すればすむだけのことです。問題は、掘り起こすスジなんですよね。前回は、そのスジがむずかしかったんです。
センセのこだわりはよくわかります。前も書いたように「従来の授業観をくつがえす」です。いや、もう少し広いな。「従来の教育観」というか「従来の学校観」というか、そういうものに疑問を投げかけくつがえすことですね。でもそれは新しいことにとりくむんじゃなくて、これまで「ダメ」と言われたり「無視」されたり「ないこと」にされてきたことを、再評価したり光をあてたりする作業なんです。だから、わたしにとっては専門外ではあるけど(笑)、とても魅力的な内容なんです。
ちなみに、今回の内容も、わたしにとってはこの日解けた疑問を追求しているし、そもそもわたしが教員やってる意味である人権教育、とりわけ学力進路保障とも大きくかかわる内容なので、メッチャ興味があります。
なので、しばしセンセとふたりでブレーンストーミング。なんとなくなにがしたいのかぼんやり輪郭が出てきました。そうこうするうちに、他のメンバーも来られて、みんなで論議と言いたいところですが、一番弟子さんが首をひねっておられます。一方、わたしにとっては馴染み深い世界と直結しているのでイメージしやすくなってきました。なんか、いろいろインスピレーションがわいてきます。
そんなこんなで、従来尊重されてきた概念と「ないこと」にされてきた概念をどう図示するかなんてことをしながら、なんとか入り口にたどり着いた感が出てきました。
にしても、こんなことしてるヒマあるのかなぁ(;_;)。

来ると楽しい

今日は夜に大阪でおべんきょの会です。
すでに、ペーパーは送られてきているのですが、まだ本が読めてません。しかも「メモ」しながら読まなきゃならないから、すんごい時間がかかります。どうしたものか…。と、ふとひらめきました。
「2度読みすればいいじゃん!」
つまり、一度キリのいいところまでざっと読んで、もう一回元にもどってメモをしながら読む。時間はかかりそうだけど、かえってこちらのほうが早そうです。しかも、頭にも残る。
てことで、会議の合間をぬって、会議が終わったあとを使って、ひたすらおべんきょです。
仕事が終わったら大阪へ。某ビルに到着すると、すでにはじまっています。
速やかに自分の脳みそをおべんきょモードに変換。と、いろいろ考えや言葉が出てきます。
気持ちいいです。なんだろう、この感覚。やはり「考えること」「聞くこと」「話すこと」がとても心地いいんですよね。

おべんきょのあとは、しばし呑み会。これがまた楽しい。おべんきょ仲間とのひとときは格別です。
でも、帰らなきゃ。
生まれてはじめて「コトキンライナー」のお世話になりました。でも、駅からのバスはもうないよな…。

スジがむずかしいな

今年度はかなり胃が痛くなる日々を過ごしましたが、とりあえずそんなこんかも今日でおしまい。ケリがついたようです。
てことで、いつものようにジョギングしたりして、夕方職場を後にしました。向かったのは、前のおべんきょ場所です。今日は小山を登るための入り口探しのミーティングです。
いつもの部屋にいつものメンバーが集まって、まずはセンセの意図を聞くことに。いちおうあらかじめ送られてきたペーパーを読んではいるものの、よくわかりません。ちなみに、センセが席を外した合間を縫って、一番弟子の人が
「よーわからんねん」
と言ってはったので、たぶんみんなわかりません(笑)。
ここからはブレーンストーミングです。センセはそういう言葉は使われませんが、センセが方向性を出して、それに対してみんなで雑感を言いあって、そこから何が出てくるかを考える感じのようなので、まぁブレーンストーミングと言っていいんじゃないかな。
ところが今回はむずかしい。
1回目は高校教員としての役まわりで参加すればいいとはわかりました。少々気負い過ぎというか、「経験に基づいて」を誤解してたみたいで、センセの期待からはずれはしたみたいですが、次からも声をかけてもらってるので、それはいいのかな。
2回目は結論部を書かせてもらって、かなりな重圧でしたが、これもまぁなんとかなったかなと。
問題は、2回ともある程度「こういうことをしたのいのね」というのが理解できてたからよかったけど、今回はそれが飲み込めません。いろいろあっちからつつき、こっちからつつくのですが、なかなか「うん」と飲み込めない。それでも、約2時間半いろいろ出しあう中で、ようやく「このあたりかな」という線は見いだせた気がしました。
とりあえず、センセは従来の授業観をくつがえすのがライフワークみたいな人なので、基本的にはわたしとの相性はいいはずです。もっとも、わたしがくつがえす方向が少々おかしいので、いつもあきれられるのですがね(笑)。
さぁ、帰りましょう。さすがに脳みそが疲れました。

「みなす」「みなされる」

今日は第2のふるさとの人権教育研究会の総会です。記念講演は、「部落問題学習ネタをつくろう会代表の星野勇悟さんです。タイトルは「いま、自分が、ここで −部落問題学習をするということ−」。
実は、星野さんを紹介したのはわたしです。ちなみに、星野さんとはじめて出会ったのは14年前のことです。このお座敷の時に「とにかくいつきを呼びたい」と言ってくださった方です。ちなみにその時の事務局長が、S久間さん、のちのダースベイダー(by Tじさん)で、「そんなに呼びたいから理由を論文形式で提出せよ」と言ったらしく、必死で論文を書かれたとか。なので、今回はその意趣返しですね。てか、「部落問題学習ネタつくろう会」っていい感じですよね。きっと緩い感じを醸しながらガチでやってるんやろな。そんな星野さんと第2のふるさとのみなさんを出会わせたいと思ったんです。
で、会場に到着すると、さっそく呼び出しです。なんでも「講師接待をせよ」とのことです。なので、しばしグダグダ話。
で、時間が来たので、星野さんは演台へ。わたしは部屋の一番後ろの指定席へ。
星野さん、いきなり火起こしの話からスタートです。どこかで聞いたなと思っていたのですが、たぶんこれかなんかかな。でも、おもしろいです。社会の教科書の挿絵ひとつからここまでやるかということと、そこから「別火」へとつながっていく「伏線の張り方」はすごいです。
そして話はご自分の経験の話へ。そしてそこから「部落問題の本質は「みなす」「みなされる」というところにあると思う」と。なるほどね。そもそも「同対審答申」だったかにも、部落の定義として「まわりからそのようにみなされる地域」みたいなことが書いてあった気がします*1。でも、まさにそうですよね。住んでいる/いた場所や、親戚縁者が住んでいた/いる場所、さらには親族関係などで「みなされる」「みなす」わけです。ちなみに、現在部落の人と部落外の人の結婚が増えているので、部落関係者はかつてに比べて格段に増えているはずなんですけどね。
で、星野さんの話はとてもシンプルでした。「みなす人がいなくなればいい」。ただそれだけです。そのために部落問題学習をする。そして、「教員って、部落差別をなくすことができる仕事。とてもすごいことじゃないか」という、ものすごくポジティブなメッセージをわたしたちに伝えてくださいました。
話を聞かれたみなさん、元気をもらえたかなぁ…。

総会が終わったら、車で難波へ。今日は「おべんきょ仲間」と読書会です。テキストはフーコーの『知への意志』です。それぞれが章を分担して、自分の疑問や関心事を出して、それについてみんなで議論するというものです。今回は第1章から第3章まで。わたしが「担当します」と言ったのは第3章「性の科学」です。なんかももう「性」が精神病理化されていく歴史についてのフーコーの怒りみたいなものが奥底から伝わってきて、すごくおもしろい。やはり、こんな感じで深く読まないとダメなんですね。
第4章・第5章は来月です。楽しみですね。

読書会が終わったら、車で雪と氷の世界へ。到着したのは2時過ぎです。少しクールダウンのビールを呑んで、さてと寝ましょうか。今日は1日よく動きまわった。

*1:要、確認