ヤツらもわかってた→お返事書き

朝、京都は雪です。

でも、なんか気持ちいい。それはたぶんそれくらいの雪の量だからでしょうね。
てことで、事後合宿に参加すべくマダンセンターへ。
ちょうどみんな朝ごはんを食べたところだったらしく、わたしは残り物をいただいておなかいっぱいです。
で、話し合い。はじめにF知さんから問題提起。内容は「アピールは誰のために、何のためにするのか」です。それを考えてもらうために、久しぶりにこんな本を引っ張り出してきました。何回読んでもチョンミのアピールはすごいな。この文章を読んで、人に伝えるとはどういうことかということを感じてくれたらいいな。
論議の中で、子どもたちの中から「反抗期」という言葉が出てきました。ちゃんとわかってるな。それを制御できなかったんだな。そして、それが言えるということは、たぶんいまは制御できるようになってるんだな。それなら大丈夫。
そんな気持ちで事後合宿終了。

午後からは友だちから「そろそろよろしく」と言われてた「お返事書き」です。
うーん。量が多い。しかも、「それ書くか?」という質問もあります。なんとなく質問の垂れ流し感があります。が、そんな中にキラリと光る質問がある。なので、真剣に答えることにしました。
まぁ、質問項目が40ほどあるので、ひとつひとつに長い文字数を割くことはできないし、ていねいに書くこともできません。でも、自分なりにピンポイントで答えながらも、アサーティブな言葉を選択したつもりです。3時間くらいとっくんだところで終了。今日は出がらしやな。あとは飲んで一日を終わらせましょう。
それにしても、京都市北部はハンパない雪やな。

雪の中のお散歩からの合宿

今日はなんだかわけがわからない一日です。
まずは前半戦。午前から午後の早い時間は、徳島からの中高生のみなさん相手にお散歩とお座敷です。にしても、数年ぶりに来た大寒波の中、できるのか?
到着したみなさんを見ると、制服で来てる人もいます。なんも、こんなところまで制服で来なくてもと思うのですが、制服です。そもそも、全国一律に似たような服を着ることそのものがおかしいと思うのですが…。日本って狭いけど長いです。それも東西じゃなくて南北に長い。なので、それぞれの場所で気候がぜんぜん違います。なのに、服が同じって、絶対におかしい。そういえば、かつてスキー修学旅行の時に「制服着用」とかいう人がいて「それはおかしいやろ」って話があったな。誰が雪国でスカートに生足やねん。
てことで、スカートで来た生徒さん、寒そうです。しかもコートも首元があいてる。完全に冬のしかも大寒波の京都にミスマッチです。でも、お散歩がご要望とあらばしかたないです。雪のチラつく中を、まずは南コース。でも、あまり長い時間だとたいへんなので、サクサクとまわって、マダンセンターでひとやすみ。暖まったところで、北コース。今日は柳原銀行で終了にしましょう。
にしても、わたしのお散歩の解説、ほんとうにバラバラです。ストーリーがあるのかないのか。まぁ、もちろんバラバラのピースを集めたらひとつの絵柄ができるのですが、それはそれでむずかしい。というのは、一定の知識が必要です。それを中高生に求めるのは、やはり酷かもしれないなと思いながらも、まぁあとは引率の人がなんとかしてくれるでしょう(笑)。
昼ごはんのあとは、1時間半ほど新ネタです。まだ未整理なんですよね。K野さんは「それでいい」って言ってくれてたけど、やはり新ネタは混乱してます。が、その混乱は生きのよさでもあるのかな。この生きのよさを残しながら、少し育ててみたいなと思いますね。
そんなこんなで、約5時間のお散歩・お座敷は終了。バスに乗り込むみなさんを見送っている間に、次のみなさんが到着です(笑)。

今日の午後から明日の午前にかけて、全国在日外国人生徒交流会の事後合宿です。遠く、神奈川や広島からも来られます。
だいたいみなさんが集まってこられたところで、いきなり電話。H彦さんからの悩み相談。ほってはおけませんね。いろいろ励ましてみたりして。
で、わたしも話し合いに参加。
昨年度と今年度の交流会は、なんとなく転機というか、曲がり角というか。少しバタバタした感じです。子どもたちの持つパワーが、少しずれた方向に向いてる感じ。本来は内に向かいつつも、それを社会に向けていく必要があるのに、近いところにいる大人、すなわち交流会の世話人に向けることで満足してる感じかな。これをどう解きほぐしていい方向に持っていくかは、今回の合宿にかかってるような気もします。なので、そこへ向けての問題提起を今年の世話人のF知さんが仕組んでくれたのですが、うまく伝わったかどうかは、事前合宿まではわかりませんねぇ(笑)。でも、それでいいんだろな。
晩ごはんは、みんなで鍋。でも、わたしは一時離脱して、組合の旗開きに合流です。ここで、いろいろ画策しなくちゃならないことをやって、約一時間の飲み、終了。
その後、マダンセンターに引き返して、合宿に合流。ちょうどご飯を食べ終えて、お風呂タイムに突入みたいです。この時間は世話人のほっこりタイム。しばしお酒を飲みながら、今後のことについていろいろ話し合いました。
やがて子どもたちが銭湯から帰ってきたところで、わたしはセンターから離脱。ちょいとおふとんがたりなさそうだったので、最近できたお友だちのおうちに泊めてもらうことにしました。お友だちと少し飲んでいるうちに寝ちゃうのはお約束ですね^^;;。

できたかな?→次になにかがある悪寒(;_;)

エントリはおべんきょですが、あまりおべんきょじゃないです。
実は、2月の中ごろに「おべんきょタイム」があるのですが、まったく準備ができていません。というのは、12月の中ごろにひとつ「おべんきょネタ」を出して、そこから2月に向けておべんきょしようと思っていたのですが、クリスマス前に「1月6日までに書いてね」というメールが来て、それを書かざるを得ない状況になってしまいました。でも、6日なんて秋田にいたし、結局そのままずるずると来ていたのですが、ようやくここ2〜3日、先が見えてきた感じでした。
で、今日、いろいろとりくんでいたのですが、どうもすっきりとしないんです。前半のグダグダ感と中盤のダラダラ感と後半のモリモリ感が、どうにもすっきりしません。どうしたものかなと、ずっと考えていました。
で、突然降りてきました。
後半の一部を中盤に持って行ったら、中盤の一部が後半に行く。すると、中盤のダラダラ感が解消されて、後半のモリモリ感がマシになる!
で、やってみたら、なんとなくうまくはまりました。
結局、文章って、ユニットの移動なんだなと。
そんなことを考えていたら、Hがしさんから不穏なお誘いメールが…。もちろん「諾!」なんですが、もしかしたら、また文章書かなきゃならなくなるのか(;_;)?
おべんきょへの道は遠い…。

なんか、やたらせわしない

メールが来る日はとてつもなく来ます。
職場では当然のことながらキーボードとディスプレイを見ながら仕事をしていますが、なんか、すごい勢いでメールが来ます。その合間を縫うように、スマホの着信音が2種類から3種類なります。そいつらをチェックしたら「○○はどうなってますか?」「○○をお願いします」「○○についてご存知ですか?」と、処理するのに少し時間がかかるものばかり。ひとつひとつについて、調べたり探したり他の人に連絡とったり。するとreplyがある。それにまた返事を書いて。
そんなことをしてたら、あっという間に時間が過ぎていくのですが、当然のことながら職場の仕事は最優先でしているわけです。てか、そんなのすぐ終わるし(笑)。だって、職場の仕事はそこにあるものだけでできちゃいますからね。そんなもんです。
家に帰ると洗面所がえらいことになってました。こないだの鍋合宿の帰りに買った「あら」でつくった「ブリ大根」が、なぜか車の助手席に大量にかかってしまって、その影響で助手席をはずしてたんですけど、どうやらそれを洗ったらしく、ものすごく濡れて大量の水を含んだシートがあるわけです。これどうするよと。
とにかくあちこち見ていたのですが、あり?バラせそう。バラしたら楽だぞと。てことで、バラしました。問題は組めるかどうかだな(笑)。
そんな一日。

「〜たち」という言葉

この間行った「フェミニズム研究会第8回」の折に、ずっとほしいと思っていた「生存学研究センター報告書[24]」をもらいました。で、それを読んでいたのですが…。
やはりこの間の研究会でのわたしの発言は届かないだろうなということを、あらためて思い知らされたんですよね。
先の本の中で繰り返し論じられているのは「Personal is political」という言葉です。というか、おそらくは堀江さんのこの言葉へのこだわりがあの研究会を生み出し、あの本を生み出したんだろうなと思うのです。
まさに、この社会において、女性たちは私的領域を担うものとして疎外されてきた。そしてそれは「個人的なこと」とされることで(男性が担う)公的領域に持ち込むものではないとされてきた。しかしながら、まさにその構造そのものが「政治的なこと」である。つまり、「個人的なことは政治的なことである」。さらに、その公/私の線引きは男性によってなされている。これがやっかい。つまり女性たちは、公的領域にかかわろうとした時「あなたは男性と同じか?」と聞かれる。ちなみに、この問は、実は「あなたは人間か?」という意味を含むんですけどね。これに対するいかなる答えも「女性を「女性」であることから疎外する」。つまり「yes」と答えると「女性」ではなくなり、「no」と答えると「公的領域」に入れなくなる。まさに、この線引きそのものを問い、ずらす必要があるわけです。
こうして、「女たち」がこの社会にどう位置づけられ、なにを対象として闘う必要があるのかが明らかになっていった。このあたりがフェミニズムが明らかにしたことなのかな。まぁ、わたしはフェミニズムについて勉強してないからわかりませんが。
ところで、「女たち」の中で疑問が出される。それは「「女たち」の間でも差異があるではないか」ということです。それは例えばアフリカンアメリカンであったりヒスパニッシュやアジアンであったり、さらにはレズビアンであったり。こうしたダブルマイノリティがその差異を主張しようとした時、その差異を「個人的なこと」としようとすると、フェミニズム内において壮大なブーメランが飛んでくるわけです。先の本は、このあたりを問うているんですね。
まぁ、「そんなんアカンのあたりまえじゃん」と一般には思われるだろうけど、こんなことは日常的に山のようにあるわけです。つまり「マイノリティ内のマイノリティが声を上げると、「その問題提起を今するのはやめろ」「今は一致団結すべき時」と言われる」みたいなね。さらには、そういう空気を「読んで」、混乱させないように自主規制かけるとかね。
まさに、マイノリティが差異に敏感だし、ジレンマに陥るのはこのあたり。というか、マジョリティはこういうあたりは問われません。だって、線引きしてるのは権力を持っているマジョリティですからね。
というのはおいといて。
でも、堀江さんは、あの本の冒頭で「でも、フェミニズムは充分に闘う武器たりうる」とされています。まさにそんな本なんですよね。

で、読みながら、まだ全部は読んでないけど「うらやましい」と思いました。あるいは「自分はここじゃない」と言ってもいいかな。
それは、例えばレズビアンが「女たちの間の差異」であるとするなら、トランス女性であるわたしは、そもそもその「女たち」に入るのかどうかという決定的な差があるということです。わたしはずっとこのことにこだわってきたし、疑問に思ってきたし、混乱し続けています。フェミニズムに惹かれれば惹かれるほど、この壁にぶつかる。「フェミニズムはわたしの武器たりうるのか?」ということです。
まぁ、別に入れてもらわなくても、それはそれでいいんです。まさにパトリック・カリフィアの

もしトランスセクシュアリティのすべての痕跡を消し去ることができ、完全に男性として生活できるなら、わたしはそうするだろうか?多くのトランスセクシュアルがイエスと即答することをわたしは知っている。しかしわたしは、この<大いなるジェンダー分割線>にとどまり、苦くはあるが貴重な何かを見続ける。この眺めは、危険なほどの高みからではあるが、心躍る愉快なものだ。共感とは、常に孤独から生まれるものだ。

です。ちなみに、こないだの研究会で言ったのはこのことなんですけどね。

たぶんカリフィアは知ってます。カリフィアの辞書には「〜たち」という言葉はないってことを。そしてそのことを、わたしも知ってます。
そういうわたしが、フェミニズムの「女たち」という言葉を聞いた時、そしてその中の「差異」を見つめながら、それでもなおかつ「〜たち」という言葉を使う/使えるということ。そのことそのものがうらやましくもあるし、でも、きっとそこには自分は行けないし、たぶん行かない。まさにそこに「差異」を感じる。そして「差異」を感じているうちは、そこに行けないし、行かない。

「多様な性を生きる」ということに特化すると難しいですが、「ありのままに生きる」という意味では、私と同じ経験をしている人は誰もいないわけです。そういう意味で、私と接点のある人は誰もいないんですよ。そういう絶対的な孤独を引き受けたうえで、人とつながっていくということじゃないかと思っています。

わたしにとって「もどす」のか?

今年度の冬休みは、土日のタイミングがものすごくビミョーです。そんななか、秋田が入った関係で、ガッツリ休んでしまいました。そして三連休。その最終日が昨日の研究会です。頭の中がすっかりおべんきょモードです。そんなわたしにとって、逆に日常生活が非日常な気がします。
朝、職場に向かいながら、はたして自分の頭が切り替わるのかとても心配でした。で、やはり切り替わりませんでした(笑)。そりゃ無理だわ。たぶんもう「もどらない」。
そんな感じで午前が終了。午後からは出張です。統計のデータの読み合わせなんですけど、なんかイマイチ。数字をそのまま読んでる感じ。もちろん、わたしは質的も量的も素人ですからいろんなことが言えるはずもないのですが、そんなわたしでも、「もう少し深く読みたいなぁ」と思ってしまう。まぁでも、逆に深読みは危険なのかもしれませんね。
てことで、今日のお仕事終了です。さてと、家に帰ってカキでも焼こうかな(笑)。

性における差別と支配ーヴァルネラビリティをめぐってー

朝起きると…。目が覚めただけですね。今日は久々のオフなので、家でゴロゴロしながらゲンコを書こうと思うのですが、それすらもやる気が起こりません。どうしようかな…。でも、気になる研究会があります。なんといっても、江原由美子さんが来られるわけですから。
ということで、テンションあげて行くことにしました。
京都駅でダメダメ先輩と待ちあわせ。円町からタクシー飛ばして立命館大学へ。
会場に入るとほぼ満席です。「前の方、あいてますよ」って言われて見たら、一番前じゃん。どーする?ま、ええかと、一番前に座ることにしました。
まずは江原さんの話。「ジェンダー秩序と性支配」です。「差異があるから差別があるのではなく、差別を合理化するために差異がつくられる」って話は、部落の古老の「美しければ醜ければ、貧しければ豊かであれば、そこに「差別」という言辞がつく」という言葉と一致します。ただ、みょんすさんの話ほど緻密な感じがしないのはなぜなのかな。たぶん「ジェンダー」というもののわけのわからなさなのかな。それにしても、見田宗介さんへの根強い批判からここまで来ておられるというのが、とてもおもしろかったし、そこは「うんうんうん」と思いました。
続いて佐藤靜さんの話。「性差別としてのヘイトメッセージとヴァルネラビリティ――〈傷つき〉の経験をめぐって」です。佐藤さんはヘイトの対象として、身体と精神のふたつにわけ、身体へのヘイトをヘイトクライム、精神へのヘイトをヘイトメッセージと名づけて、ヘイトメッセージについてのみ分析を行うという手法をとられました。そして、精神の傷つきやすさをヴァルネラビリティとして、傷つきやすい人と傷つきにくい人の差はどこにあるのかというあたりを掘り下げようとされていました(たぶん)。んー、これ、ムズムズします。かつて書いたぐるぐるの根源の中の「共感」というのと結びつくんですよね。あとで発言しようかなぁと思ったけど、発言できるかな。
最後は堀田義太郎さんの話。「差別の範例としての性差別とその固有性 ――性差別と性支配をめぐって」です。この方、倫理学からのアプローチで差別論を考えられます。日本においては「差別論」は社会学的なアプローチがされるのですが、そこには「善悪の価値判断」はないと。つまり、社会的に分析をすることが主眼になると。に対して、倫理学は、まさに「善悪」を考える学問なので、「なぜ差別が起こるのか」だけではなく、そこの「善悪」についても考えられると。そんなあたりから、区別と差別の違いや、なぜ差別がいけないのかといった、あたかも当然のことのように思ってしまうところ、そして、いざ問われるとなかなか答えられないところについての分析をされてました。これはおもしろい。けど難しい(;_;)。
そんな3人からの提起を受けて、質疑応答&ディスカッションです。
まず、のっけからの質問。「みなさんは「性別」をどのように捉えておられるのですか?」と。うあー、どストライクの質問です。で、みなさんの回答を聞いていると、ますますムズムズしてきました。ということで、手をあげちゃいました。で、名前を言うと、いきなり佐藤さんが反応されました(笑)。なんでわたしを知ってるねん(笑)。
「わたしはトランスジェンダーの子どもたちと学校について研究をしています。わたし自身もトランスジェンダーなんですが、わたしの性別ってどこで考えたらいいのか、いつも混乱しています。IDで考えたらいいのか、身体の形状なのか、生理的なところで考えるのか、社会的な位置で考えるのか。社会的な位置にしても職場で考えるのか家庭で考えるのか。仮にそれぞれの要素がふたつしかないとしても、それらがバラバラなので、ある言説に出会った時に、わたしは「自分がそこにあてはまるのかあてはまらないのか」と考え、いつも混乱するのです。そのことは、わたし自身のヴァルネラビリティとも関係します。つまり、〈傷つく〉資格があるのかないのかということです。ある言説に出会った時に、たとえそのことで〈傷つく可能性〉があったとしても、「自分は〈傷つける〉側じゃないか」といつも考えるんです。そして、自分の要素のうちに、ほとんど必ずと言っていいほど〈傷つける側〉がある。そう考えた時に「〈傷つく〉資格はない」と考えるから、傷つきにくいんです」(だいたいこんな感じ。もっと混乱してたから、ここまできちんとは話してませんがね^^;;)。
それに対して、江原さんからは「あなたが話す性についての要素は、いま論議されている要素をほぼ網羅している。それらにズレがあるあなたは、あなたにしか見えない性についての観点を持つ可能性がある」と励ましてくださいました。なので「パトリック・カリフィアあたりが言ってることですね」と返しましたが、マニアックすぎたかな。
その後、傷つきやすさについての論議をもう少していねいにしたかったんだけど、「差別/被差別」という言葉を使っちゃって、混乱させてしまいました。あそこは「支配/非支配」を使うべきだったな。
でも、終わってから「すごくよくわかった」って人が来られて、なんとなくうれしかったです。

帰り道、ダメダメ先輩から「いつきさん、安田直人でしたね」と言われて、我ながら「なるほど」と。結局、そこなんだな。
ということで、すんごい刺激的でおもしろかったけど、脳みそ疲れました(笑)。

継いでくれたのかな?・はじめての同窓会

「鍋合宿(2日目)」を書こうと思ったけど、うどんを食べて片づけしただけなので、特に書くこともなく。
ということで、今日はうちの職場の第21期卒業生の同窓会でした。
この学年、わたしにとって2まわりめの担任時代の子どもたちです。わたしの年齢は30歳過ぎ。ある意味、一番脂がのっているというか、ブイブイいわしていたというか、そんな頃の子らです。たしか、年間100件ぐらい家庭訪問をしたのも、この学年かな。
ちなみに、同窓会に呼ばれたのははじめてです。というか、みんな同窓会してるのかな?あまりしてるようなことは聞かないですね。まぁ、担任には連絡せずに自分たちで楽しむとしたら、それはそれでかなり「あり」やなと思うのですがね。だって、担任がうまくフェードアウトしてくのが、わたしの理想ですからね。
まぁでも、「子ども」というのが失礼な40歳の節目の同窓会らしいです。ということで、3ヶ月ぐらい前に声をかけてもらって、旧担任団への連絡をおおせつかっていました。
集まってきたのは70人ぐらい。卒業生は全部で350人ぐらいいるので、5分の1です。たいしたものです。
みんな楽しそうに話をしています。たまーにしゃべりにきてくれる卒業生から「覚えてますか?」と聞かれて、瞬間「誰だっけ」と思うのですが、じわじわと思い出がわいてきて、今の顔と一致していきます。ただ、ちょっと寂しかったのが、一番会いたかった何人かと会えなかったことかな。まぁ、それぞれみんな忙しかったり、過去に重きを置く気がなかったり、会いたくなかったりしているんでしょうね。それもまた同窓会というものです。
同窓会の最後にプレゼントをもらってしまいました。コップでした。そこには「Itsuki」って書いてありました。そうか、今のわたしのことをちゃんと知ってくれているんだなぁ。

で、2次会。
なんか、こらえきれなくなってしゃべりにきてくれた感じの卒業生。
「えーと、先生って昔通りに接していいんですか?」
と声をかけてくれました。答は
「もちろんええよ」
です。こうやって、正面から話をしてくれるってうれしいですね。
「先生は変わったんですか?」
「いや、変わってないよ。変わったのは外見だけだよ。中身はずっと同じだよ」
たぶん、わたしにとってのトランスって、そういうことなんですよね。
すると、その卒業生は安心したように、かつてわたしが1年生で担任した時のことを話してくれました。
「おれが停学くらって、先生が家庭訪問に来てくれた時、「勉強なんて嫌いやし、学校、やめたい」って言ったら、「学校には勉強以外にいっぱいあるよ」って言ってくれた。そのおかげで「じゃ、クラブがんばろう」と思ってがんばったら、ベスト8までいけた。あれはなにものにも代えがたい経験だった。それで卒業できた。あのひとことのおかげや」
みたいな話。そして
「なんでみんな車いすバスケットのおもしろさを知らないのかな。伝えようとしないのかな。あのおもしろさがわかったら、障害者への見る目が変わるのにな」
みたいな話。わたしは
「そうやね。その気持ち、わたしや他の先生たちが部落問題や在日朝鮮人問題について「みんなに知ってほしい」と思った気持ちと一緒やねん。いまの君みたいな気持ちなんやわ。そんなわたしたちの気持ちを、そういう形で引き継いでくれるのが、すごくうれしい」
って返しました。

うん、この卒業生の気持ちを大切にしたいな。
なんとも言えないほんわかした気持ちで同窓会をあとにしました。

こたつづくり・鍋合宿(1日目)

去年、メッチャ寒った作戦会議ですが、やはりリベンジが必要でしょう。ということで、今日は鍋合宿がてらこたつづくりに挑戦です。
ということで、京都駅でKうさん・M木ちゃん・うちの子どもとわたしが集合して、とりあえず合宿場所の最寄りの駅に向かいます。駅に着いたらO田さん登場。まずは魚の買い出しです。
懐かしい事故現場。

すべてはここからはじまりました(笑)。
当然のことながら、買出しついでに昼ごはんです。もちろんKうさんとわたしはビール→日本酒と進んでいきます。てきとうにできあがったところで、野菜と飲み物をゲット。そして、ホームセンターです。ここで、コンパネなんかをゲットします。
合宿所に到着したところで、すぐにこたつづくりにとりかかります。
ヒーターユニットはすでに入手しています。あとはこれをとりつけるユニットをつくることと、テーブルをつくること。どうしたらいいかをこの間ずっと考えてましたが、一番簡単な方法でつくることにしましょう。ヒーターユニットって規格があって、それにあわせて木工をすればOKです。とにかく、センターを出して、それにあわせてパーツを置いて、タッピングでとめるだけ。位置さえきちんと決まれば、とても簡単です。一方、M木ちゃんと子どもはこたつの足づくり。できた足をサンドペーパーで磨くのはKうさんです。
で、できたのがこんなの。

あとはふとんを載せて、天板を乗せると完成です。

畳1畳サイズのこたつです。
中に入ると暖かい。これはいい感じです。と、O田さんが燻製を持ってきてくださって、酒盛り開始です。

メッチャおいしいブリとハゲが今日のメインです。ブリは炭で炙るもよし、ぶりシャブもよし、もちろん生でもおいしい。わいわい言いながらも足元は暖かい。これは完璧です。
そうこうするうちに、なんとなく横になると、うとうと。こたつ寝は最強です。

今日は帰るだけ

朝、さすがにしんどいです。でも、なんかおなかが減ってます。たぶん、あんまり食べてないな…。
とにかく、ホテルにいられるだけいて、すぐに空港に移動。ソファに座って少し仕事です。

あとは飛行機に乗って、一路伊丹へ。途中、空から見るアルプスは最高でした。
たぶん白馬。

たぶん御岳。

たぶん立山

伊丹で遅めの昼ごはんを食べて、おうちへ。
さてと。今日はゆっくりしましょう。明日がハードだ(笑)。