「みなす」「みなされる」

今日は第2のふるさとの人権教育研究会の総会です。記念講演は、「部落問題学習ネタをつくろう会代表の星野勇悟さんです。タイトルは「いま、自分が、ここで −部落問題学習をするということ−」。
実は、星野さんを紹介したのはわたしです。ちなみに、星野さんとはじめて出会ったのは14年前のことです。このお座敷の時に「とにかくいつきを呼びたい」と言ってくださった方です。ちなみにその時の事務局長が、S久間さん、のちのダースベイダー(by Tじさん)で、「そんなに呼びたいから理由を論文形式で提出せよ」と言ったらしく、必死で論文を書かれたとか。なので、今回はその意趣返しですね。てか、「部落問題学習ネタつくろう会」っていい感じですよね。きっと緩い感じを醸しながらガチでやってるんやろな。そんな星野さんと第2のふるさとのみなさんを出会わせたいと思ったんです。
で、会場に到着すると、さっそく呼び出しです。なんでも「講師接待をせよ」とのことです。なので、しばしグダグダ話。
で、時間が来たので、星野さんは演台へ。わたしは部屋の一番後ろの指定席へ。
星野さん、いきなり火起こしの話からスタートです。どこかで聞いたなと思っていたのですが、たぶんこれかなんかかな。でも、おもしろいです。社会の教科書の挿絵ひとつからここまでやるかということと、そこから「別火」へとつながっていく「伏線の張り方」はすごいです。
そして話はご自分の経験の話へ。そしてそこから「部落問題の本質は「みなす」「みなされる」というところにあると思う」と。なるほどね。そもそも「同対審答申」だったかにも、部落の定義として「まわりからそのようにみなされる地域」みたいなことが書いてあった気がします*1。でも、まさにそうですよね。住んでいる/いた場所や、親戚縁者が住んでいた/いる場所、さらには親族関係などで「みなされる」「みなす」わけです。ちなみに、現在部落の人と部落外の人の結婚が増えているので、部落関係者はかつてに比べて格段に増えているはずなんですけどね。
で、星野さんの話はとてもシンプルでした。「みなす人がいなくなればいい」。ただそれだけです。そのために部落問題学習をする。そして、「教員って、部落差別をなくすことができる仕事。とてもすごいことじゃないか」という、ものすごくポジティブなメッセージをわたしたちに伝えてくださいました。
話を聞かれたみなさん、元気をもらえたかなぁ…。

総会が終わったら、車で難波へ。今日は「おべんきょ仲間」と読書会です。テキストはフーコーの『知への意志』です。それぞれが章を分担して、自分の疑問や関心事を出して、それについてみんなで議論するというものです。今回は第1章から第3章まで。わたしが「担当します」と言ったのは第3章「性の科学」です。なんかももう「性」が精神病理化されていく歴史についてのフーコーの怒りみたいなものが奥底から伝わってきて、すごくおもしろい。やはり、こんな感じで深く読まないとダメなんですね。
第4章・第5章は来月です。楽しみですね。

読書会が終わったら、車で雪と氷の世界へ。到着したのは2時過ぎです。少しクールダウンのビールを呑んで、さてと寝ましょうか。今日は1日よく動きまわった。

*1:要、確認

親の思いを聞く

今日はトランスジェンダー生徒交流会です。交流会で一番大変で、一番大切なのは、実はメニュー決めと買い出しだったりします。なので、ここ数日、ひたすらそんな話がネット上を駆けめぐりました。で、結論は「キンパと鍋」になりました。妥当ですねo(^^)o。
で、いつもの時間にいつもの集合場所へ。すでに何人か来ておられます。今日もにぎやかなことになりそうです。
とりあえず、買い出し第一陣が到着。飲み物は確保です。そして、第二陣が帰ってきたところで調理スタートです。参加者のみんなはひたすら野菜きり。厨房では鍋のダシとキンパの具材づくりです。そしてわたしはひたすらビールを呑む(笑)。たまに厨房に入ってそこにあるものをつまむ、単なるジャマ者です。
子どもたちは公園で遊んでます。少し大きな参加者は、気がつくとあちこちで輪をつくって話しあってます。こんなのが自然発生的にできるのがいいですね。
そうこうするうちに、鍋の準備もでき、キンパの準備もできました。
公園から帰ってきた子どもたちはキンパづくりです。

メッチャ楽しそう!そしてひとくちほおばるとうまい!
鍋も豪勢です。

ひと通り食べ終わったところで、いつもの自己紹介です。今日はYーきがいないので、Rくに仕切りを頼みました。こういう感じで仕切りを頼める人がたくさんいてくれるのもうれしいです。
今回は年度末ということもあって、上の学校に行くにあたってのいろんなことがあります。小さな子どもの場合は、保護者が交渉しますから、子どもにはわからないこともたくさんあります。なので、保護者にも話をしてもらうことにしました。するとまた、これがすごいです。親の思いや子どもの思いが本当に出てます。
「子どもはここに来るのがほんとうに楽しみなんです。ほんとうに楽しんでるんです。でも、自己紹介でしんどい聞いたり話をしたりすると、普段の自分のしんどいことがフラッシュバックして、よけいしんどくなるんです。だから、話したくないんです」
なるほどなぁ。しんどいことを話すってことは、子どもにとってはそういうことなんだなぁ。でも、だからこそ話さなきゃならないこともあるんだけどなぁ。まぁ、それはもう少し先でもいいかな。いまは楽しんでもらえばいいのかもしれません。きっとそのうち話してくれる日が来るでしょう。
それにしても、ほんとうにきつい経験をしてますね。学校は精一杯配慮しています。いや、たぶんできる限りのことをしています。が、それは「できる限りのこと」であって、できないこともある。それは、今の枠組みを保持しているからという側面もあるし、生徒たちの心にまで踏み込めないということもあります。そんな中で、精一杯「自分」を生きている子どもたちは、本当にすごいなと思います。
で、ひと通り自己紹介が終わったところで、片づけです。でもわたしはマッサージタイム(笑)。いや、腰痛が^^;。

で、全部の片づけが終わったところで打ち上げです。交流会も大切だけど、打ち上げも大切です。まぁ、こちらは大人の交流会てすか(笑)。
向かうは「幸楽」です。ここはS輔の家のお店です。なんかもう、大人たちでワイワイと楽しく呑んで食べてなんですが、お酒もお惣菜もおいしい。すごすぎます。
結局12時くらいまで遊んでました。てか、終電じゃん^^;。

まさか同じ分科会?・近ブロ母女

今日は、近畿ブロックの「母と女性教職員の会」です。いちおうわたしは女性部長なので、行かなきゃなりません。が、ほんとうは9時に行かなくちゃならないんですけど、他の人にお願いして昼頃に行きました。
わたしの役割は、午後の分科会でレポートです。ネタは「リビングライブラリ」とか「シンポジウム」とかです。ちなみに、もうひとりのレポーターは前田良さん。えーと、いったいなんなんだ^^;;
てことで、昼ごはんを食べながら打ち合わせをして、その後分科会開始です。
まずは前田さんの話。話を聞きながら、いろんなことを思い出しました。わたしも第2のふるさとでトランスをはじめた頃は、まわりの人からいろいろ言われたよなぁとか、子どもが小学生の頃はいろいろあったよなぁとか、トランスしようと思った最初期に、まわりの人から「子どもがかわいそう」と言われたよなぁとか。なので、せっかくですから、ふだんはしゃべらない、そういう話を重ねてみました。
で、お次はわたしのレポートです。20分しかありませんから、フルスロットルです。しかも、なぜかマイクの調子が悪いから、けっこう広い会場だけどマイクなしです。いろいろたいへんだ。でも、一番言いたかった「被差別経験談のインフレーション」についてはきちんと話ができたからよかったかな。
質疑応答の後、最後にレポーターからのひとことの時間があったので、ここは一発stn21の宣伝です。宣伝した限りはきちんと活動しなくちゃなりません。そういう自分へのプレッシャーがなかったらダメなんですよね。

その後、懇親会。なにやら京都から出し物を出さなきゃならないらしいので、おとついの話とか昨日の話とかでごまかしました。まぁ、ネタには困りませんね。

短い!・日教組教研(2日目)

今朝は7時に目覚ましをかけたおかげで、シャワーも浴びたし朝ごはんのカレーもゆっくり食べたし。しかし、我ながら汚い朝ごはんだな。おいしいんですけどね。
で、電車に乗って分科会の会場へ。なんかユニフォーム着た一群がいるので「高校生の部活かな」と思ったら「静岡県警」とか書いてあって、なるほどなと。
で、分科会開始。今日のお題は「見直す 動く あきらめない」です。これをテーマに意見を求められるのですが、今日もひとり2分30秒ですか。しかたないですね。
わたしの最初の発言は「SOGIという言葉をめぐって」です。よくある説明は「SOGIの頭文字はこれこれで」でおしまいかな。少していねいになると「誰かを指す言葉から要素を指す言葉へと変化することで、誰もが当事者であるということを主張するパラダイムの変換が起こっている」という説明が出てきます。でも、わたしはそれでは不十分だと思っています。それは、さまざまな言葉が出てくるにはその背景があって、それは歴史的であるということを抜いちゃいけないかなと思っているからです。「SOGI」の前には「LGBT〜」がある。先の説明は、そこでのパラダイムの変換についてのものなんですよね。でも、「LGBT」の前は「sexual minority」であって、そこにもパラダイムシフトがあるし、「sexual minority」が出てきた時もパラダイムシフトがある。また、「SOGI→SOGIE→SOGIESC」にも意味があるし、「GSRM/GSRD」という言葉が出てくる時も、そこには背景がある。そのあたりをていねいに説明することを通して、セクシュアリティのダイナミズムとか当事者の「pride」と当事者性のpoliticsみたいなものが伝わると思っているんですよね。逆に言うと、それ抜きの説明は、その言葉をつくってきた当事者性を奪うことにつながると思っています。
ま、そんなことを2分30秒でしゃべれと(笑)。無理ですね。
その後、グループディスカッション。あまりしゃべらなかった人や、しゃべる機会のなかった人の話を聞かなきゃなと。にしても、小貫さん@東海大学、おもしろい!けど、話しはじめると長い(笑)。まぁ、おもしろいからいいんですけどね(^^)。
で、最後の総括討論。
言いたいことが、まだふたつあるけど、どうしたものか。にしても、東京高のKわら田さん、ええこというな。「もっと歴史を学ばなきゃならない」。その通りですよね。言葉の変遷史もそうだし、運動史や思想史もそうです。いや、もっともっとミクロな生活史からもたくさん学ばなきゃなりませんね。まぁ、Kわら田さんは教材作成チームに入ってるらしいからがんばれ(笑)。ちなみに、わたしはそういう「正規の話」にはたいてい入れてもらえません。けっこう深く長くかかわってるつもりなんだけど、たぶんズレてるんでしょうね(笑)。
で、わたしの発言は「被差別体験のインフレーション」です。「わたしはこんなしんどい障害を抱えて苦しんで、死にそうな手術を受けて、壮絶な闘病生活をして、でもその苦難を乗り越えて戸籍変更して、いま愛する人と結ばれて幸せです」みたいな話ってどうよってことです。
まぁ、わたしも死にかけたけど(笑)、これは自業自得か。でも、けっこう壮絶ではあったし、今もけっこうな生活を続けてるし。ついでに言うと、戸籍変更する気もないし。てか、先にあげたような語りをする人って戸籍変更を可能にするために闘ってきた人のこととか、そこであった論議とか、そこで死を選ばざるを得なかった人のこととか知ってるのかなぁ。
で、問題は、先にあげたような話って、実は人権にかかわる社会的な構造を問うという作業とはなんの関係もない、というか、逆にそれをジャマすらしてしまう。なぜなら、個人のライフストーリーに落としこむことで、「個人の努力」へと転化して、医療モデルへと流していくからです。さらに、ある強烈な被差別体験は、人の「共感力(笑)」をマヒさせて、さらに強い被差別体験を聞きたくさせてします。これがインフレーションです。そして、そんな話を聞いて自分の共感力を満足させて「いい話が聞けた」となる。そして、話を聞き終えたら忘れちゃう(笑)。そういうのは、もうやめようよということです。
実際のマイノリティは、そんな壮絶な被差別体験なんてそんなになくて、でも、引っかき傷のような小さな傷つきをしていて、そのことで「痛!」と思ったり、あるいは自分が傷を負っていることすら気づかない。ほんとうは、そういう話を聞かせなきゃならないと思っているということです。それは、隣りにいる子がそうかもしれないし、自分自身がそうかもしれないからです。だからこそ「ジブンゴト」になる。
そのための試みが、リビングライブラリであり、シンポジウムだったということです。
それから、言いたかったことのもうひとつがstnのことです。
つまり、教室と同様に職員室にもいるよということです。そして、時として職員室の中のほうが教室よりもカミングアウトのハードルが高いということです。つからこそ、子どもたちが交流会を必要とするのと同じくらいにstnの存在が必要だということです。そして、ぜひstnにつながってほしいし、つないでほしい。
そんな話をして、わたしの討論はおしまい。
それにしても、小貫さんの「セックスはドキドキしたり、気持ちよかったり。心が震えるもの。それを奪っちゃいけない」はよかったなぁ。思わずうるっときてしまいました。

なんか空回り・日教組教研(1日目)

朝起きると7時45分です。よく起きられたなと思いながら、バスの運行表を見ると、すでに間に合いません。でも、分科会開始は9時です。早すぎます。
なので、朝ごはんをさっくり食べようと思ってレストランに入って食べてると、一木さんが入ってこられました。マジか^^;。
てことで、ふたりでのんびりご飯を食べて、一緒に電車で移動開始。わたしはひと駅で降りちゃいました。東静岡駅の構内、メッチャ広い。駅前も広大です。なんか、人が歩いて移動すること、考えてないだろうというレイアウトです。うーん。
でも、駅前の分科会場に到着。いろいろあいさつしてるうちに、分科会スタートです。
昨日のうちに「意識・慣習」は終わっていて、今日の午前は「労働・家族」です。うーん。おもしろいんだけど、なんかピントがパシッとあう感じがないんですよね。大分の小学校とか、いつものことですけど、すんごい分厚いです。でも、unpaid workだけをとりあげるのは違う気がするんですよね。小学校1年生であっても、paid workとセットにして、その比率にジェンダー差があることを明らかにしないとアカンのではないかと思うのです。佐賀のレポートもおもしろいんだけど、なにかが足りないんですよね。栄養教諭の立場で食生活の自立を伝えるレポートで、その中には車いすユーザーの子も出てきて、すごいなと思うのですが、でも、「自立」のとらえ方が、ほんの少しずれている気がするのです。つまり「自立とは依存できる先を増やすこと」をも含み込んで考える必要があるんじゃないかと。新潟のレポートも教科の中にある平和やジェンダーにかかわる内容をとりあげて返すという、おもしろいレポートなんだけど、なんか平板な感じがします。なにかが足りないんですよね。もやもやしたまま午前の討論へ。討論は発言しなきゃ損なので(笑)、ガンガンいきましょう。
まずは新潟のレポートに対して「今の価値観で過去を断罪するのはやめよう」です。つまり、過去の人にとっては「「それ」が当たり前」だったわけです。それを断罪することは、未来から現在を断罪することにしかならない。ではなくて、過去の事実から現在の当たり前を問いなおすことが必要なんじゃないかということです。
次に、大分のレポートに対して「子どもの感想の中に、すでにpaid workへの題材が潜んでるのではないか」です。「お父さんが家事をしないのは、仕事で疲れているから」という子どもの感想に対して「それは言い訳」とはねるのではなく、その感想の中に、すでに「paid workとunpaid work」の評価の違いが潜んでいます。なぜその評価の違いが出てくるのかということと、それらを担う人のジェンダーの問題は、子どもたちはすでに「知っている」わけですし、それを使わない手はないと思うのです。まぁそんなこと。
最後に佐賀のレポートに対しては、「異性愛がわたしたちの価値観の中に無意識のうちに忍び込んでいないか」です。「〇〇さんと一緒に食べる朝ごはんを考えよう」というレポーターの方の問いかけについて、レポーターの人がどう考えているかはわかりませんが「一緒に食べたい人がいる」ことを前提にした問いかけにもやっと感が起こるのですよ。なので、ここはあえてぶっこんでおこうかなと。
そんなこんなで、「労働・家族」の柱はおしまい。ちなみに、午後まで食い込んでしまっていました。もちろん昼ごはんはラーメンを食べて燃料補給もしましたとも。
で、「性の教育」です。
東京高のレポートは、まぁ「ようやるわ」と。やはりなんでもありの社会科はええなと思いますね。大阪のデートDVのレポートは、見習わなきゃなと。まぁ、わたしのレポートもデートDVについてのものですが、「子どもを放ったらかしにしてもやりよった」というだけのレポートですからねぇ。で、兵庫のレポート。セクシュアルマイノリティについての学校ぐるみのとりくみです。これまた学校ぐるみってのがすごいです。
さて、ここで何を話せばいいのか。言いたいことは山のようにあるけど、午前の柱が食い込んで、ひとり2分30秒しかありません。しかたないので、「性別違和の所在」がとてもむずかしいことを、交流会参加者のメールを通して問いかけました。まぁ、カテゴリーを与えたら、自らを安易にcategoriseしちゃうので、与えるなら多様なカテゴリーを提示したうえで、フラットに選択できる環境をどうつくるかってことと、今の状況ではフラットな選択は難しいけど、そこにロールモデルがいることが大切っていう話です。
そんなこんなで、わたしにとっての1日目は無事終了。
さぁ、夜の分科会だな(笑)。

学校体育におけるジェンダーポリティクス

今日は、とある人権教育研究会の総会です。
なので、朝は少しのんびり。その後、会場に移動です。なんとか間に合いました。
午前は単なる総会です。なので、ボーとしてました(笑)。
午後は記念講演。今回の講師さんは井谷惠子さん。前から来ていただきたいと思ってました。
学校の中のジェンダーって、何がネックになってるからというと、そりゃすべてにおいてネックになっていますが、中でも体育にそのウェイトがかなりかかってるんじゃないかなと思います。てか、スポーツそのものがジェンダーに立脚して成り立っている。それは、女子選手が増えたとかどうとかいう話じゃなくて、性を「差」として認識することで成立しているがゆえに、性による「差」を生じさせるということです。特にそれは「競技スポーツ」において顕著にあらわれるわけですが、その競技スポーツをやってきた人が多くいる学校体育では、ジェンダーを所与のこととしてとらえる傾向がどうしても強くなります。だからこそ、学校におけるジェンダーのネックが体育になりうる。
で、そのあたりのシステムを、単に主張として聞くのではなく、学術的に聞きたいとずっと思っていました。それができるのは、おそらくたくさんおられるわけではない。なぜなら、学校体育にかかわる人でそんなことをする人って、ある意味、自分の靴紐を自分でつかんで宙を浮くような行為だからです。そのような中、井谷さんはそれをされているので、ぜひとも聞きたいなと思っていました。
で、お話を聞いて思ったのは、「ドラスティックだな」ということです。わたしたちが、常にすでにジェンダーにとらわれているんですよね。なので、なにかを考える時に、その枠の中で考えることに終始してしまいがちです。その枠の存在そのものは問わない。しかも、その枠の存在を意識すらしない。従って、枠組みそのものを変えるというよりも、つい枠組みの中で「小手先だけ」の変更でものごとを考えてしまう。でも、それではダメだということです。
まぁ、トランスのことであっても学校体育のジェンダーであっても、そのあたりは同じってことですね。そんなことをひしひしと感じながら、出てくる質問に「うーん」となったひとときでした(笑)。

ゆんたく→すごい喫茶店→泡盛

で、「ふくろうの会」の「三丁目」です。
これ、名桜大学の学生が主体になってやっているゆんたくの会です。ただ、手法はなぜかp4cのを使っていて、コミュニティボールをまわします。まぁ、「なほ」さんがからまっているからこうなったんでしょうね。でも、たしかに話をしやすいです。
今日は、珍しくテーマがあります。テーマは「名の変更」です。なんでも、名桜大学では名の変更を可能にするための検討をしておられるとか。で、名の変更のためのルールを検討しておられるとか。で、今日はそのルールを当事者の学生はどう考えるかという話しあいでした。
結論から言うならK城さんのひとことですよね。「忖度の必要はない」です。
ルールを厳密にすればするほど使いにくくなります。そもそも、名前を変えるのにルールが必要なのか?という話です。「1回変えたら2度と変えない」とかいうのは無理です。トランスにとっての名前なんて「出世魚」みたいなものです。自分が変わるにつれて変わっていくし、その試行錯誤そのものが大切だったりします。
そんなこんなの話をしたあと、呑み会までしばらく時間があるので、本部町へ。ここにおもしろい喫茶店があるとか。で、向かったのはみちくさという喫茶店です。

これ、公営市場の中にありますが、今日は日曜日で市場は休みです。でも、そこのコミュニティスペースを使って、街の人々かコンサートをしていたり。で、その隣でおいしいコーヒーをいただいたり。
この「みちくさ」を拠点にしながら、町おこしをしておられるようです。もちろん、それだけじゃなくて、反基地活動というか平和運動というか、そんなのもしておられるわけです。なので、「本」を一冊寄付してしまいました。読んで下さるかなあ。
ちなみに、K城・N山ペアはここの常連さんらしく、マスターがあまりにも忙しそうにしておられるので、K城さん厨房に入って皿洗いの手伝いをしたりされています。まぁ、のんきな感じです。
でも、あんまりゆっくりもできません。コーヒーを飲んだらおいとま。
再び名護に帰って呑み会です。
でも、このあたりでそろそろパワーが切れかかってきました。実は、本部町にいく途中も車の中で寝ていたのですが、呑み会でもなんとなくおねむです。なので、泡盛を飲んでパワーアップと生きたかったけど、そうもいかないので、ゆるゆるとしゃべっていたけど、なんかメッチャ世話になったK城・N山ペアに「話がおもろない」とかからんでいたな。すんませんすんません。
で、11時頃に解散です。

メースBの発射台跡

今日は昼から名桜大学でゆんたくの会があります。なので、名護に移動です。でも、その途中で寄ってくださるところがあります。まずは「道の駅 嘉手納」です。

キャンプハンセンの滑走路を見ながら、オスプレイの話。なんでも飛行機の専門家のN山さん曰く「オスプレイは軽トラにプロペラつけて電子制御で浮かせてるだけ」とのことです。そら落ちるわ。それにしても、専門家の話は明確でわかりやすいです。すごいな。
続いて行ったのは、創価学会の沖縄研修道場です。ここに、メースBの発射台跡があるとのことです。
メースBが一躍有名になったのは、「沖縄と核」でしょうね。わたしもあれをみて衝撃を受けました。で、それの発射台跡があるって、すごい話です。たしかにガイドブックには載っていません
で、向かったのは小高い山の上。いきなりゲートが米軍っぽいです。あらかじめK城さんが電話をしておいて下さったので、詰め所でサクサクと話が進んで、問題の資料館に入ることができました。中は撮影禁止なので、写真はありません。が、確かにここがメースBの発射台だったんだなというのはわかります。

これを残そうとした創価学会は、確かに「平和」を考えているってよくわかります。ちなみにキリスト教も平和は考えるけど、お金がないからこういう土地は買えませんね。
で、ゲートでもうひとつ教えてもらったのは、コントロール・ルームの跡もあるとのことです。こちらはあまり知られていないみたいです。ちょうど発射台跡の下あたるところに、やはり扉があります。開けると、ムッとする空気がやってきます。こちらも撮影禁止なので、いちおう写真はありません。

「気」がわかるK城・N山ペアは、どこか「あてられた」感じです。でも、中に入ります。コンクリートの廊下にはいろんな計測器や張り紙が貼ってあったあとがあります。さらに、奥の方には機材があったあともあったりします。なんかもう…。どっと疲れる感じです。
ここに配備されていたメースBは中国を向いていたとのこと。これ、発射されていたら、沖縄はもちろん、日本はこの世界からなくなっていたやろうな。
ということで、名護に向かいました。途中、おもしろい看板を発見!

間違いないわ。

微妙にかする・インフルエンザ(5日目)

おとつい副支店長から「来られたら来てもええよ」という、イマイチどうよという回答は得ていたので、今日は出勤です。
出勤すると、みなさん「大丈夫ですか?」と心配してくださるのは、あたりまえのことなんですが、やはりうれしいです。担当しているクラスにノート提出箱を持って行くと、子どもたちが「おー」と歓声をあげてくれたりもします。そんなたいそうなもんではないのですが、これもまたうれしいものです。もうひとつのクラスに行くと、こっそり「平均点が下がったら」とかつぶやく子もいて、これもまたうれしい。それだけ子どもたちが頼りにしてくれてるってことですからね。
そんなこんなで、昼ごろまで雑務をして、午後の出張先へ向けてスタートです。
午後の出張は、某人権教育研究会の総会的なものです。内容はレポートと新保さんの講演です。
まずはレポート。めっちゃしんどい家庭環境のめっちゃきつくこもってる子とのかかわりのレポートです。中2で担任して、中3でもかかわって、卒業してからもかかわって、こないだ高校を卒業したそうな。マジメやしていねいやし、わたしにはできないかかわりですけど、たぶんやらないかかわりですね。
なんなんだろう。あのわけのわからなさ。
ふと思った疑問は「あの子が変わったのか、あの子を変えたのか」です。たぶん、子どもが変わったんやろな。でも、その変化がよくわからない。さらに、その子は自分や自分をとりまく環境をどうとらえてるんだろうか。具体的には社会化したんだろうか。そして、そこにアプローチしてるんだろうか。
もうひとつの疑問は、レポートの最後に出てきた「本人の特性」ってひとことです。発達障害と言いたい?よくわからなくなります。
たぶん、レポーターが、何を課題と感じ、それに対してどうアプローチしたかがとてもわかりにくいのかな。とにかくひたすら疑問が残るレポートでした。
で、お次は新保さんの講演です。期待!です。
話は…。
とにかくわかりやすい。ご自分の教職経験や、大学で出会った学生さんのことや、識字のことや、とにかくわかりやすい。しかもLGBT関連もとりいれておられるから、まぁ最新情報も押さえておられます。たぶん、聞いてる人は「おお!」とか「なるほどなー」って思ったんじゃないかなぁ。
ただ、わたしはひねくれてるから、そんなところに「ん?」と思ってしまう瞬間があります。ちょいとLGBTの件は大雑把すぎないかな?例えば、使ってるデータが電通ラボだったり、特例法を人権関係の法律の中に位置づけたり。まぁ、トランスギョーカイの最先端を追っかける必要があるかないかはわかりませんが、でも例えば、わたしは部落解放ギョーカイや在日外国人ギョーカイ、あるいは障害者解放ギョーカイの最先端で自分が活動しているわけではないけど、情報が入るようにはしてるし、課題も一定わかるようにはしています。さらに、そこでの論議も、まぁ少しくらいは知っている。となると、ある事柄への評価もさまざまであるとかいう話もわかるわけで、すると、話の内容も微妙に修正かけながらやるわけです。
そんなあたりが、とてもすっきりとまとまってしまってるのが、なんだかなと。とりあげる限りは、そこまですっきりさせたらアカンかなと。
そんなあたりがもやもやしながら、出張先をあとにしたり。

家に帰って、お風呂に入って、ようやくビールの解禁です。うまい。久しぶりだと、味がよくわかります。
さてと、報道ステーションを見て寝…。
そうか、野中広務、死んだか…。

今日は午後に仕事を切り上げて移動です。新幹線に乗って、特急に乗って、到着したのはなぜか別府。いつも全同教でお世話になっているHし本さんプロデュースの「懇親会」です。でも、今回の目的は従来のものとは少し違います。どういうわけか、某在日外国人教育関係の事務局として、大分のみなさんに「お願い」をするために行きました。お願いの中身は、「某グループを一緒に運営してくださいな」です。
大分は、かつて某グループの運営を一緒にやっていました。が、ものすごく熱心な人が個人として参加しておられたんですが、やはり「持続可能」ではありません。なので、数年前にグループから抜けられることになってしまいました。でも、大分は豊かなとりくみをしている県でもありますし、やはり一緒にやりたいなと思うのです。なので、無理を言って、外国人教育に携わっておられる方々に集まっていただいたということです。
てことで、到着したのは別府市内にある「いづつ」というお店。別府では有名な海鮮料理のお店とのことです。ちなみに、やっておられるのは中国人とのこと。なるほど。
とりあえず乾杯ののち、出てきたお刺身はコリッコリです。こんなに新鮮なのが出てるのかと。さすがは大分です。京都ではあり得ません。
というのはおいといて…。
集まってこられたのは、進路ガイダンスをしている人や日本語指導をしている人たち。いずれも原則的にはボランティアでしておられますが、みなさんガチです。ただ、おそらく全国の情報が入っていない。例えば、大分の外国人の国籍で多いのは、中国とフィリピンだとか。まぁありがちです。となると、在留資格は中国人は「技能」だろうし、フィリピン人は「配偶者等」です。となると、中国人の子どもの在留資格は「家族滞在」です。となると、今関東で一番ホットなテーマです。でも、その情報が入っていない。あるいは、日本語指導の人たちも、とても深いとりくみをしておられますが、蓄積が少ない。それはしかたないです。例えば10年やったとして、その人ひとりなら10年分の蓄積しかない。でも、他に20年とりくんだ人と情報が共有できたら、20年分の蓄積をもつことができる。
わたしはほんとになにもしていないけど、でも情報は入ってくるんですね。情報があれば、いざという時の対処の幅が広がります。なので、そんなあたりの話をチラチラとしたりしてました。
で、トイレに行こうと外に出たら、バックヤードに子どもがいます。どうやらここのお店の子どもらしいです。上の子どもは小学生。その子が2人の小さい子の面倒をみています。すでに時間は21時です。でも、たぶん閉店までここにいるんだろうな。かつての部落の子どもの姿とダブります。ダメダメ先輩曰く「バックドアから入った子どもはバックヤードで育つ」。なるほど。きびしい生活がつきつけられました。でも、日本語指導の方曰く「きっと小学校の先生、この状況を知らないだろうな」。もしもそうだったら、それは厳しいわ。
そんなことを感じながらも、メッチャおいしいとり天とか、メッチャおいしいお鍋をいただいて、お腹いっぱいになって1次会終了。2次会は近くのバーみたいなところですが、バーではないな。なにせ、呑んでるのは焼酎です。ここでグダグダと呑んで、お友だちのM原さんのおうちへ。別府だから温泉に入りたいけど、個人宅に泊めてもらうんだから無理だなと諦めていたら、なんと個人宅なのに温泉を引いておられる。これはびっくりです。てことで温泉に入ってのんびりしたあと、なぜか犬の散歩。夜の知らない街の散歩はおもしろいですね。
そんなこんなで、就寝は2時ぐらい。えーと、明日は…。9時過ぎスタートか…。