某外国人教育関係のセミナー

「10時京都駅集合」とあったので、京都駅でしばし待ち。
と、友だちからメールがあって、ここしばらくのもやもやした気持ちがようやくすっきり!
なんとなく「時間と場所をまちがえたんじゃ…」と不安になった頃*1、相手が到着。
喫煙車両(;_;)に乗って、東の方向へ。
今日は、某在日外国人教育研究団体某セミナーがあります。
パネリストは、関東からは信愛塾カラカサンの人。関西からは滋賀のお友だち。
テーマは「在日外国人の子どもたちの不就学問題」です。
関東からの話は、まさに「実態」です。なんというかもう…。一言で言うならば「お腹いっぱい」。
学校の中だけしか知らない人にはわからない世界が、学校の外には繰り広げられているということがひしひしと伝わってきます。関東のパネリストのお二人は、まさに「学校からはじき飛ばされた子どもたち」と日々つきあっておられる方々です。
にしても、個人的な感想としては、「そりゃもう、学校の枠を超えているわ」という感じ。
もちろん、放置しておいていいという問題ではありません。
でも、おそらくは「学校の中」だけでいっぱいいっぱいの教員たちに「外にはこんな問題がある」と提起しても、「どこまでやらなあかんねん」という感想しか返ってこないんじゃないかということなんです。
もちろん、「学校からはじき飛ばされている子どもたち」が学校に来ることができるようにすること。そしてその学校で受容感を感じながら生きることができるような学校づくり。もちろん、学校が自らその子どもたちをはじき飛ばすなんてことはない。それはもちろん、「あたかも自分から出て行ったように見え」ても、実はそういう選択を子どもたちに強いることも含みます。
そんなものが必要だということはわかっています。
でも、そのために、まずどこからはじめるのか?それを、学校の教員が主体的にとりくむのか?そう考えた時、「そりゃ無理だわ」としか思えない。どこまで学校はその仕事を膨張させなくちゃならないんだろう。

でも、「知る」ことは大切。「関心を持ち続ける」ことは大切。そして、そういう子どもたちがいるということを意識し続けることが大切。そして、「つながれる時につながれる」わたしであることが大切。わたしにとっては、そのためのセミナーだったし、そういう意味では大きな意味を持っていました。

*1:なんの連絡もない場合、5分が目安(笑)。てか、次の電車の時間が迫っていたのが大

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