Be the 当事者、Do the 当事者

今日は午前と午後に会議が一本ずつあります。
午前の会議は「第二の故郷」の人権教育連絡会。今日は今年度はじめての会議なので、それぞれの参加者が今年度の方向性について話をしてみたり。そんな中、ムラの子が自分がムラの子かどうか知ってるのか知らないのかみたいな話が出てきました。
これ、新しくて古い話ですね。
自分が当事者かどうかわからない当事者って、かなり珍しいんじゃないかなぁ。まぁ、日本国籍を取得した外国人の子どもとかは同じ問題があるかもしれませんが、他にはあまり思いつきません。もちろん「自分の持たされている課題が当事者性を持つことを知らない」から「気づいてない」みたいなことはあり得ることではありますが、それとは違う気がします。なぜなら「親が隠す」ことが原因だからです。
でもこれ、差別があるからそういうことがあるんですよね。つまり、差別があるから親が伝えない。そして、伝えるかどうかの決定権を親が持ってるとまわりは思うから、まわりも伝えない。そうやって伝えられない≒隠さなきゃならないから暴く人がいる。なぜ暴くかというと、差別があるからです。
このサイクルをどうすればいいのかな。かつて「解放奨学金」があるときは、それをテコに伝えてきました。でも、今はそういう形としてわかる「徴」はない。でも、「徴」はある。

そんなふうにモヤモヤしながら、午後の会議。
こちらは半分強は去年からの継続メンバーですから、まぁ気は楽です。今回はsscの方が来てくださって、新たな観点をもらえました。

で、帰りに前のおべんきょ場所に行って、センセのところに遊びに行きました。
大学生になると、向こうから「自分はムラの出身で」って言いに来てくれるケースが出てきます。これ、別にもともと知ってるわけじゃないです。でも、気づくんです。
それは「徴」があるからです。例えば、「自分の町の特産品・産業は○○なんだぁ」と思っていて、やがていろんな知識を獲得する中で「あー、その特産品・産業って、ムラのものなんだ」って気づくとか。つまり「徴」と「ムラ」をつなげるヒントがあるからつながる。そして、当事者性をみずから獲得する。そうやって獲得した当事者って、かなり肯定的な感じです。そういう肯定的な感覚を身につけるとりくみって、かつては小学校くらいからやってたけど、今だとやはり大学生くらいにならないとムリなのかな。

戦後の解放運動のいい面でもあり悪い面でもあったのは「個人的なことにしない」ことだったのかもしれません。もちろん「The personal is politics」ですから、それはそれでいいのですが、でも結果的にそれが「隠す」ことにつながり「人が不在」のとりあげられかた/あつかいにつながっていったのかな。だって、人権啓発なんかの重点課題を見ると、他はすべて「人」だけど、部落だけは「同和問題」ってなってる。もちろん一方で、いや、だからこそpoliticsとpersonalをつなぐものとして「部落民宣言」というとても大切な営みがあるわけです。
「BeからDoへ」。今こそこのことが問われてる気がします。

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