打ち合わせのあとは呑むんだけど

今日は2月にある某研究会の総会の講師さんと打ち合わせ。てか、この時点では「講師を依頼している人」ですね。まだOKもらってませんから^^;;。
とにかく、依頼するわたしたちの側の意図と、お願いしている松永さんの考えておられることのすりあわせというか、そういうものをしなくちゃなりません。
で…。
かなりなかなかおもしろいひとときでした。
例えば「身体障害は受け入れられるけど、知的障害は…」みたいな話は、おそらくはどこにでもあるんじゃないかと。それに対して「ほんまに受け入れてるのか?」という問いかけが必要である。というのは、「健常者ペース」にあわせることのできる人だから受け入れられるだけのことで、それは「健常者ペース」という枠組みそのものを問うていないじゃないかという話。
そういう「健常者ペース」にあわせることがなまじできてしまう自分をずっと問うてきたという話。
あるいは「障害」の「害」にこだわる健常者に対して、そこにこだわる以前に、じぶんの「健常」という言葉にこだわる必要があるんじゃないかという話。
ひとつひとつの言葉をゆっくりと選びながら、出される話題は、わたし自身に返ってきます。

なんか、でも、ふと思ったのが…。
「枠組みそのものを問わない」という人って、小学生にも高校生にも教員にもいる。で、例え教員に対して話をするとしても、「枠組みそのものを問わない人」に対する話は小学生に対する話と同じになってしまうんじゃないかな。で、そのことを「失礼」ともしも言うなら、それはそのことのほうが「失礼」なのかもしれない。

てことで、あとは呑み。
天王寺はいい街です(笑)。

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