明日は「仲パレ」です。
当然のことながら、ひとつのイベントをするには各種直前準備があるわけです。で、その準備には「場所」が必要になります。てことで、今回は大阪市内の某所にお願いして、準備をさせてもらうことにしました。
で、今日は前日。はっきり言って鉄火場です。泊まり込みの準備をせざるを得ない。必然的に合宿です(笑)。
となると…。
誰かがスタッフ合宿のスタッフをせざるを得ない。誰がやるかというと、まぁ、場所を貸してもらった人間がやるわけです。もちろん、一人でできるわけはないので、加勢を頼むわけですが、そんな時に頼む相手は、M木ちゃんとかYき姐えとかK田さんだったりするわけです。
てことで、なんか、昼は焼きうどんつくったり、夜はビュッフェ形式の焼肉をつくったり。
そうこうするうちに、近所の人から「うるさい」って怒られて、そんな時の「怒られ役」こそ、わたしの仕事だったりするわけです。
なんか、そんな感じであわあわしているうちに、一日が過ぎて、椅子に足をかけて寝転んでいるうちに気を失ったみたいです。
年: 2014年
学ぶ場所に正しいところはあるのか?
今日のおべんきょは事例研究でした。
んー
話を聞いていると、出口のないしんどさを感じます。なんか、泥沼に入り込んでいく感じかなぁ。なにがきっかけというわけでは、きっとないんですね。流れが「そちら」へと流れ込んでいく。あがいてもしかたない感じ。
そういう状態で
「みんなで話し合って」
とか言われて、どうしようかと。
「学校」で起こったトラブルに対する責任を「学校」はどこまでとれるのかなぁ。でも、例えば「友達関係」は「学校」を媒介にすることが多い。となると、「友達関係内のトラブル」も学校が責任をとるのかなぁ。でも、それって不可能なんじゃないかなぁ。だって、学齢期の子どもの生活はほとんどが学校にからまっているんだから、子どもの生活のほとんどに責任をとらなきゃならないことになってしまいます。
そんなことを考え、で、それぞれのグループごとにどんな話が出たかを紹介したあと「後日談」が話されたのですが…。
「学校とつながる」=「学びとつながる」
と、つい教員も保護者も考えてしまいます。しかし、ほんとはそうじゃない。
いや、「学校」がもっと「責任」から解放されれば「学び」とつながることも可能かもしれない。でも、「生活丸抱え」の「学校」である限り、子どもにとっての「学校」の持つ意味はあまりにも多くなりすぎ、それは「学び」以外のことを契機に「学校」から子どもが出ていく可能性が高まることを意味する気がします。
であるなら、純粋な「学び」を求めるために「学校」から「逃げる」という選択肢もありなんじゃないかなぁ。
「後日談」は、そんな「逃げ」の選択をした姿のような気がして、なんとなくホッとしました。
仕事を終えて…。というか、仕事を最後人にまかせて、とりあえず職場をあとにします。今日は久々のセンセとサシのおべんきょです。
でも、わたしのおべんきょ計画の話はあっというまにおしまい。あとは延々と「部落をどう伝えるのか」についての話が続きます。
端的に言うならば「部落ってなんだろう」っていう、今さらではあるけど、今も続く問いについて考える時間です。
ここで、どうもセンセとわたしの間にあるビミョーなすれ違いが明らかになります。まぁ、センセは部落問題のプロパーだし、わたしはしょせんはそんなプロパーの人たちから聞いた話で考えた人間なので、まぁレベルが違います。でも、そんなところで「まいりました」とかいうのもおもしろくないので、果敢に攻めるわけです。
センセは、わたしよりほんの少し上の世代です。でも、その少しの時期が問題で、大学時代を80年代に過ごしたか70年代に過ごしたかは、時間的には少しの違いだけど、社会的には大きな違いのようです。やはりセンセは、「マルクス主義的発想」でものを考えられます。に対してわたしは…。「マルクスを読んでない世代」というか、「マルクスを読むのをサボった人」なんで、そりゃズレますわ(笑)。
ただ、マルクス主義の影響をさほど受けなかったことは、それはそれで意味があるかなと。そこへもってきて、いわゆる同和対策の各種法律がどんどん切れていく過程を、見つめることしかしなかったけど、そこからなにをしていくのかを考えなきゃならない立場なわけで、そこから考える「こと」もあるわけです。
昨日のズレにひきよせるなら。
センセは、「部落であるメルクマールはなんだ」ということを考えられる。に対して、わたしは「メルクマールなんてあとづけじゃん」みたいな発想になるわけです。
「かつては川の向こうとこっちというメルクマールがあった。でも今はそういうものがない、あるいは希薄になっている」
「でも、その「川の向こうとこっち」というメルクマールは絶対的に存在していたわけじゃなくて、非被差別の側が恣意的につくったもので、根拠はないじゃないですか。だから、もとから希薄なものなんですよ。で、それを互いにつくりだしあい、維持しあう関係がある。メルクマールって、そういうもんじゃないんですか?」
みたいな。
たぶん、わたしは「かつての部落」をさほど知りません。なので、「絶対的な差がある」とは感じない。逆に「かつて絶対的な差」とされていたものも「川の向こうとこっちとで共同作業で維持されていたもの」と考えてしまう。
もちろん、これは個々の事例や個人の経験の語りには、表面上はあらわれてこないかもしれない。でも、たぶんそういう構造になっている。で、その「川」はあくまでも象徴であって、「川」は両者の「(表面上はあらわれてこない)ネゴシエーション」によって、その位置を変える。
そんな感覚があるんですよね。
つまり、「絶対的なメルクマールはない」あるいは「メルクマールはネゴシエーションの結果あらわれるもの」みたいな。
で、お互いに「ズレ」を残したビミョーな感覚を感じながら、おべんきょの時間は終わるわけです(笑)。
眠気の飛ばし方
今日はどうしようもなく一日恐ろしいほどの眠気と一緒にいました。でも、仕事は無情にも(笑)やってくるわけで…。
このどうしようもない眠気をどうしたものかとずっと思っていたのですが、ふと「かりん糖」を口に入れてみました。すると、見事に眠気が吹き飛びました。ただし、5分だけ^^;;。
血糖値を上げると、とりあえずなんとかなるのかなぁ…。
しかし、カロリーが(;_;)。
カミングアウトの壁
最近、考えが深く潜ってしまって、なかなか世間の話題についていけないのですが…。でも、いろいろ考えることはあるのです。
例えば「カミングアウト」について。
「カミングアウト」ってなんだろう。単なる告白?それとも、互いの関係を揺るがすもの?
「周囲の人にカミングアウトしたけど、みんな変わらず接してくれた」
とか
「周囲の人にカミングアウトしたけど、みんな受け入れてくれた」
みたいな話を聞くことがあります。
「ほんとかなぁ」と思う一方、そんな人には悪いけど「そういう周囲なんだろなぁ」とも思うのです。
ひとりの人間の性別が変わるってことは、その人を取り巻く人間関係が変化するってことだと思います。その影響って、そんなに小さくはないんじゃないかと思うのです。つまり、必然的に「変化」せざるを得ない。あるいは、受け入れにものすごく時間がかからざるを得ない。にもかかわらず「変わらず」とか「受け入れ」ってどういうことなんだろう。
まぁ、例えば10歳の周囲との関係と30歳の周囲との関係は厚みが違うにもかかわらず、それを同レベルで考えてるのかなぁ。
それとも…。
あの「カミングアウト」のくだり、時代とともに変化してきてるんじゃないかなぁ。だって、周囲との関係が希薄であればあるほど「受け入れ」は容易だと思うんですよね。
それとも…。
あ…。
もしかしたら「カミングアウトの成功」のテンプレが「変わらず接してくれた」なのかなぁ。うーん。
まぁなんしか、どうやら「カミングアウトの壁」は、すごく低くなってきているような感覚はあります。その低さは、社会の理解が進んだ結果なのか、人間関係が希薄になってきたことのあらわれなのか。
わわわわーと過ぎていく
もう、めっちゃくちゃしんどい朝ですが、やらなきゃならない仕事がいくつかあります。それをこなさないと、あとがえらいことになってしまいます。
なので、しかたなく出勤して、さて仕事をしようと思ったら、いきなり代講が入ってきたりして、もう頭の中で立てていたスケジュールがぐっちゃになってしまいましました(;_;)。
それでも一日の中でも緊急度の高い仕事からこなしていくわけですが、頭の中はぼーとしています。これはダメだな。
ま、最終的にはやらなきゃならないことはすべて終えたので、これで一段落。
家に帰って、お風呂入ってビールを飲んで、子どものつくったゴルゴンゾーラを食べて、テレビを見て、一日は静かに終わっていきました。
フィニッシュ
で、当然のことながら呑みです。
なんか、「元気ハイボール」などというぁゃιぃ飲み物があって、それをピッチャーで頼む人がいて、当然のことながらわたしもそこに乗ってしまうわけで(笑)。
そんなこんなでわさわさ呑むのですが、話の方はものすごくハードでした。
なんというか、ある属性でくくった時、その属性では把握できない「個々の経験」があるわけです。その「個々の経験」は、「属性のくくり」の集まりでも共有できない。で、共有できないことがはっきりした時、それは、おそろしいほどの孤独を感じさせるんじゃないかなぁ。
ちなみに、「大人」はそんなことはあまり必死になって言ったりはしないのですが、人間誰しも「反抗期」があって、それは年齢の問題じゃなくて、「気づき」や「違和感」や「疎外感」なんかとの兼ね合いなんでしょうね。でも、その「反抗期」と自分自身が向きあうことや、その「反抗期」とケンカをしてくれる人がいることが大切なんじゃないかな。
そんなことを考えながら、激しく呑んだ3日間の最後のひとときが過ぎていきました。
人と会ったとか、「いよいよ来週か」とか、ひとつしでかしとか
先日、とある○HKのI村さんから久しぶりに電話があって、なんか、「一時間ほど時間をくれないか」とかいう話があったので、会うことになりました。なぜか新大阪で合流して、お互いのその後の話をしたり、現在の関心事の話をしたり。
なんか、いろいろ難しいことをしようとされているみたいで、なんか、聞くからにたいへんそうです。でも、「報道人」の本能というかエゴというか、そんなものと、「出会った人を大切にしたい」という、これもおそらくは「報道人」の矜持みたいなもののせめぎあいの中におられるんだなぁということを、なんとなく感じました。
で、そのまま「仲パレ」のミーティングです。
ほんとになーんにも手伝えていないわたしですが、それでもなんとなく「輪」に入れてもらっている気がして、それならできる限りのことはしたいなと思うのが、当然の気持ちです。
てことで、微力ながら、やれることをやるべく、スタッフの勧誘なんかもしたりしちゃいました^^;;。
で、またまた今度は豊中に移動です。
京都府中部のある町で図書館の館長しておられる友だちがいて、なんか
「日本語を母語としない子どもたちの交流の場を図書館としてつくりたいので相談に乗ってくれ」
とかいう無茶振りをされて、いろいろ考えて、
「これは「てーげー部」だな」
と直感をしたわけです。
で、今日はその顔あわせ。
お互い刺激的なキャラをしている人たちなので、相通じるものはあるだろうとは思っていましたが、やはりあったのは、まぁ笑ってしまうところです。
たぶん、9月か10月あたりになるのかなぁ…。
いろいろ教わったり
で、六甲まで降りて、聞いてくださった方と、そのおつれあいさんとわたしの3人で呑み。
おつれあいさん、ご自分の中に「他の人との違い」に、数年前に気づかれたとか。その「気づきいた時のこと」とか「気づいてからのこと」とか話してもらっていると、なんか、自分の「あの頃」を思い出して「あぁ!それそれ!」みたいに大盛りあがりしました。
なんか、「他のマイノリティ」から学ぶことがすごくありますねぇ。
で、まだ明るいけど、とりあえず一次会は終了。
続いて「大人の遠足」の二次会の会場へ移動です(笑)。なんでまた昨日飲んだ駅に降りてるねんとは思いながらも、昨日のワークショップに来てくださった方の中に今日の「大人の遠足」の企画をされた方がおられて、これがまためっちゃおもしろそうな企画だったのでその話を聞きたいなとか、久しぶりにPクKネさんと会いたいなと思ったりして行ったわけですが。
正直言って、おもしろい飲み会でした^^;;。なんか、めっちゃおもしろい高校生もいるし。キャッキャと話をしながら今夜も更けていくわけです。
ヒルクライムの先
今日は午後からK大学でお座敷です。
今を去ること…。10年くらい前ですかねぇ。朴木佳緒留さんにジェンダーについての講演に来ていただいたことがありました。その時、たまたまわたしが最寄りの駅まで送迎することになって、その車内でいろいろ話をしたのがきっかけで、なんだかほとんど毎年のように呼んでいただいています。
とりあえず六甲まで行って、ここから歩いてキャンパスまでいくのが常ですが、これがなかなかの坂です。しかも、発達科学部は一番上にあるので、なかなかのヒルクライムです。
ちなみに、朴木さん、今年度いっぱいでやめられるので、もしかしたらこの坂を登るのもこれが最後かなとか思うと、ちょっと大切に登ろうかなという気持ちになりますね。
坂を登りきって、街をパチリ。で、校門の横のフェンスに登って、昼ごはんのおにぎりをもぐもぐ。ジャスミンティーがおいしいです。いや、かつてはここでビールを飲んだこともあるのですが、ここ数年はやめてます。だって、終わってからがね^^;;。
で、今回ははじめての新ネタです。はたしてウケるのか?
うん、おおむね楽しんでもらえたかな。まぁ、関心がなかったり、逆に「身につまされる人」にとってはこの手の話はきついだろうから、ばん人にウケるのは不可能です。
しかし、毎回少しずつスライドを改良しているつもりなんですが、ビミョーにバージョンが錯綜していて、やってる最中に「あれ?スライドがない」とか「あ、これ、いらん」とかあるのは準備不足ってやつですね。
それでもなんとかかんとか終了。
やれやれ^^;;。