本番(笑)その6・反省会その3

で、京都駅に降り立ったのは、わたしとHさん。
なんとなく
「もう一杯行きましょうか」
ということになって、京都駅下のバーへ。ここで、もうひとくさり雑談。大学時代の話とか、なんだかんだと話をするうちに、あっという間に時間が過ぎていきます。楽しいひとときはこんなものでしょう。
さて、最終電車も出てしまったことだし、そろそろ帰りましょうか。
家に帰ったら1時半。まぁ、毎日2時間ずつ帰る時間が早くなっているからまじめになっていったということで(笑)。

本番(笑)その5・反省会その2

新幹線のメンバーは、関西GIDネットワークのみなさん+わたしの合計7人。3人掛けをくるりとまわしたところには、Kさん、O島さん、Y田さん、わたし。その後ろの3人掛けにはNわさんとO田さんに挟まれてHさん@O阪医科大学がおられます。Hさん、ひたすら
「暑い、この場所、暑い」
と叫んでおられます。それに輪をかけるように、両側からNわだんとO田さんが、時たま
「よいしょ」
と押します。なにせおふたりはラグビー部出身。
「おまえら、えーかげんにせい!」
とHさんはさけびます。
でも、3人仲良くたばこを吸いに行かれます。
「ほんとうに仲がいいんですね」
とKさんに聞くと
「仲ええよ、あいつら」
とKさんも答えます。
結局こういうことなんですね。だから、ネットワークができたんです。
とりあえず、品川から京都までの2時間半限定の宴会は、ゲラゲラ笑いながら終了です。

本番(笑)その4・反省会その1

さて、閉会式に出るかどうか。やっぱりここまで参加したんですから、せっかくなので山口さんのあいさつは聞きましょう。というか、ほんとうに苦労されたことだと思いますから、あいさつを聞くのは「ねぎらいの気持ち」だと思います。
で、関西組で仲良く新幹線で帰りましょう…。
と思いきや、なんでも「エキスパートミーティング」があるそうな。どうしよう…。と、O島さん曰く。
「じゃぁ、パスタ屋さんで呑みながら待ちましょう」
ということで、パスタ屋さんへ。なんか気がついたら、東京組も入れて総勢15人で押しかけました。店員さん、露骨にいやな顔をしています。それ、2日で3回も行ったからなのか、単に仕事が増えるからイヤなのか。いずれにしても、ダメじゃん。
もう、あとはワインをガンガンのみながら、パスタとピザを食べます。なんか、あんな話やこんな話をダラダラとしながら、気がつくとKさんから
「エキスパートミーティング、終わりました」
の連絡が。なので
「パスタ屋さんで呑んでます」
と返事。すると、
「エキスパートミーティングの打ち上げ、そこなんです」
との返事。どないやねん。
どうやら関西組、
「早く帰らないといけないので、打ち上げは遠慮します」
と言って出てきたらしいです。そらまずいわな。
てことで、しかたがないのでエキスパートミーティングの打ち上げ組と、前から呑んでいた組が、とりあえず小合流。しばしクールダウンです。でも、7時半になったところで、さすがに帰らなくちゃなりません。てことで、エキスパートミーティングのみなさんとお別れ。
さて、新幹線で宴会だ。

で、GID学会・2日目

昨晩ホテルに着いたのは3時半。一昨日よりはまじめです(笑)。目覚ましは8時にセット。きちんと起きられました。
なんしかシャワーを浴びて荷づくりをしてホテルをチェックアウト。途中のコンビニで朝ご飯を買って会場に着くと余裕の時間です。ちょうどそこにH間さんがおられたので、しばし話。と、
「あの、いつきさんですね」
と見知らぬ方の声。あ、打ちあわせか。忘れてた^^;;。
てことで打ちあわせ会場へ。
みなさんの自己紹介を聞きながら、アウェイ感が募ります。なにせ、みなさんガチです。さて、どうするか…。
で、いよいよ「児童・思春期のGIDへの対応 ―教育と医療の現場から―」のスタートです。
考えてみると、わたし、GID学会の壇上には何回かあがったのですが、すべて司会とか座長ばかり。きちんと時間をもらって発表をするのははじめてです。しかも10分。これはかなりきちんと考えなくちゃなりません。てことで、他の人の話を聞きながらも、自分の話の最後のまとめをします。
で、まとめをしながらその一方で、なんとなく違和感を感じるんですね。たとえば兵庫県の子の事例なんかが報告されているのですが、うちの交流会の連中って、そんなに守られた経験をしたヤツっていないです。まぁ雑草みたいな子らですわ。でも、たぶんそれでよかったんじゃないかな。そんなことを思いながら…。
で、「トランスジェンダー生徒交流会からの発信」です。

京都で公立高校の教員をしているいつきです。
わたしはいままでクラスの中で自分の話をした、何人かの部落や在日の子と出会ってきました。そうした子どもたちは、自分一人の力でそれができたのではなく、なんらかの「出会い」の中でエンパワーされて、カムアウトができたのです。その一つが交流会です。
交流会というのは、単に仲間と出会えるだけではなく、先輩と出会え、当事者外の信頼できる大人と出会える場でもあります。
わたしが自分がトランスジェンダーであることがわかった時、自分の後輩たちのための交流会をしたいと思いました。それは2003年頃のことだと思います。そして、きっかけがあり、2006年から「トランスジェンダー生徒交流会」をおこなっています。資料には「年4回」とありますが、実際には「2年で7回」ぐらいです。
あ、ウケませんでしたね。
わたしたちの交流会の最大の特徴は、世話人のほとんどが教員であるという点です。中には自分の学校の生徒を引率してくる教員もいます。そういう時は出張で参加されます。つまり、その学校ではトランスジェンダー生徒のことが教育課題として認められていることを意味します。また、ある学校で「どう対応したらいいだろうか」という時、別の学校の先行事例に学ぶことができます。交流会は、教員同士をつなぎます。

交流会といっても、なにをやっているかというと、単に昼ご飯をみんなでつくって食べているだけです。
よく交流会といわれると、最初にアイスブレーキングとか言ってゲームをしたりしますが、あれ、めんどくさいじゃないですか。だから、みんなで昼ご飯をつくります。ボヤボヤしている子がいたら「ご飯つくらんと昼飯くえへんぞ!」とか言って、とにかくご飯をつくります。そして食べながらダベリます。そしてようやく2時頃から自己紹介をします。逆に言うと、11時からはじまりますから、3時間かけてアイスブレーキングをしているわけです。
自己紹介といっても、言いっぱなし聞きっぱなしではありません。関西ですから「ツッコミ」ありです。
そこに、参加者の感想文があります。
「めちゃくちゃ緊張した分、あまりにも自由であっけにとられた、皆料理夢中やし、いつきさんはビール飲んでるし(笑)。初めて多くの同じ人に出会えて、しかも話できて、あんときはホンマに新たな一歩を踏み出した気がした。話、聞いて理解してくれた時に、うれしくて必死で涙堪えてたりしたよ。恥ずかしい話ですが(笑)」
たまたまわたしたちの交流会が取材されたビデオがあるので、それを3分ぐらいに編集しました。ごらんください。

ここに出てきたA子ちゃんにわたしがなにをしたか。なにもしていません。やったことと言えば、知りあいの教員から
「あんたみたいな子がいるで」
と言われたので、その学校に遊びに行っただけのことです。ただ、後にその時のことをA子ちゃんはこう言っていました。
「それまでの人は、つらかった過去について聞いてくれた。でも、先生は未来について聞いてくれた」
わたしは
「きみ、進路どうすんねん」
と聞いただけなんです。
A子ちゃんは高校卒業後しばらく水商売をして、その後看護学校に行き、現在は女性として看護助手をしています。すべて自分一人の力でやってきました。
映像の中で
「望みの性別で歯科技工士をしている」
という話がありました。
この子は、ノンホル・ノンオペです。もちろん性別変更はしていません。でも、望みの性別で働いています。自分の後輩がオペをしたという話を聞くと、思わずやりたくなるけど
「ちょっと待て、熱くなるな」
と自分をおさえると言います。

どうも学校の教員や支援者は子どもたちの前の道を掃き清めたくなります。でも、それではダメなんじゃないかと思います。わたしはおそらくは「小石」です。この「小石」。動きます。子どもの前に行きます。そして子どもを蹴躓かせます。でも、それはこかすためではありません。「オットット」なんです。そして、ほんの少しだけ進む先が変わります。変わった時に新しい出会いがあります。その出会いは次の出会いをつくります。
子どもたちはいつまでもわたしたちの守りの中にいるわけではありません。いつかは外の世界で一人で生きていかなくてはなりません。その時のための力をつける「場」として、交流会を考えています。

それと、もうひとつ。
マイノリティの支援については、さまざまな先行するとりくみがあります。そこから学ぶことがたくさんあると思います。と同時に、GIDの子どもたちへの支援も「GIDの特殊性」として考えるのではなく、その支援が持つ普遍性みたいなものを考える必要があるように思います。そうすることで、単にトランスジェンダー生徒のみを対象にするのではない、広がりができます。
ということで、11秒オーバーしましたが、以上で終わります。

まぁおおむねこんな感じでした。

その後、シンポジウム。といっても、ごく短時間なので、ほとんどしゃべれません。しかもわたしのところには質問はまわってこないし。まぁアウェイ感満載ですね(笑)。
で、せっかくなのでついでの一言。

さまざまなとりくみをしておられて、そこから対応マニュアルをつくっていくというのは、ある意味大切だと思います。なぜなら、いろいろな人がそのマニュアルに従ってとりくみをすすめられるからです。
でも一方、マニュアルでがちがちにしてしまうのはどうかとも思います。
先ほどのビデオでA子ちゃんは、交流会に出会った時になにと出会えたかというコメントで
「逃げ道とか」
と言っていました。
実は「逃げ道」とか「抜け道」を知ることって、とっても大切なんじゃないかと思います。そして残念ながら「マニュアル」には「逃げ道」や「抜け道」は書かれません。
コメントです。

まぁこんな感じでした。

この時点で、すでにシンポの時間は満杯だったみたいで、即終了。
とりあえず会場の外へ避難してクールダウンです。何人かの人が来られたので、しばし話をしているうちに、なんか昼休み直前の時間になってしまいました。まぁ混雑する前に昼ご飯を食べに行こうということで、結局昨日行ったパスタ屋さんに行くことになりました。

順子姐さんやO島さんたちと雑談しながら、Bール→Wインといきながら、パスタとピザをつつきます。おなかも一杯になったあたりで、ちょうど総会の時間が来ました。なので、みなさん店を出られますが、まだワインが残っているわたしとT村さんはもう少し雑談。久しぶりやなぁ。

で、Wインをやっつけたところでふたたび会場にもどります。
とりあえずA会場で「地方のGID診療の現場から」を聞きます。なんといっても、関西GIDネットワークの話が出てきますからね。と思ってプログラムを見たら、しまった、B会場にも聞きたいのがあったんだ。う〜ん。でもこんなところで出るわけにはいかないからなぁ。
そうそう、「関西GIDネットワーク」がなぜ実現できたかという話。
O田さんは
「関西には実は長い歴史がある」
と言っておられて、それをうけてみなさん同じことを言っておられましたが、たぶん違うと思います。単に「ノリがいい」だけだと思います。確認のために近くにおられたNわさん@ナグモ大阪に
「実はノリがいいだけちゃいますのん」
と聞くと
「そうです」
という答えが返ってきました。
シンポジウムが終わったあと、Hさん@O阪医科大学とかO田さんとかKさんとか、関係者に聞いたのですが、全員同じ答えでした(笑)。
なんでも、K新地でたばことボトルにまみれながら、なんとなく
「やろや」
「やろ」
となったらしいです。
もちろん、さまざまな偶然はあったみたいです。でも、それ以上に、みんな仲がいいんでしょうね。だって、とってもしんどいだろうに、顔を見たらすごく楽しそうですもん。

てなことをしゃべりながらモニタを見ると、血まみれ映像が流れています。なので、B会場へ移動。「広汎性発達障害の特徴をもった性同一性障害2症例の報告」の最中です。う〜ん。もう、わけがわからないです。だって、わたしがガイドラインを読んで理解している限りでは、GIDっていうのは、「他のすべての精神疾患を取り除いて、それでも最後に残るもの」という認識があるんですけどね。
で、最後に「FTMの”彼女”へのアンケート調査」。
なんというか、今回のGID学会を締めくくるにふさわしい、なんとも言えないほんわかした発表でした。もちろん順子姐さんやH間さんが競うように手をあげます。負けじとO島さんも手をあげます。和やかな空気の中で、B会場のすべての発表は終了です。