3年生は学年末試験中。でも、1・2年生は中間試験は終了。
試験が終わった解放感に満ちあふれている連中と、卒業をかけて必死で試験問題を解いている連中を隣同士の教室に入れたらどうなるか…。2年生の授業担当のわたしに、かなり苦情が来ましたよ。
特別教室に移動したらよかったかなぁ*1
*1:違う気がする(笑)
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「生産点の闘い」というのは、かつて学生だった頃に、先輩から言われた言葉。結局「学生」にとっての生産点がどこなのかは、とうとうわかりませんでした。
今はさすがにちょっとはわかります。
イベントを打つのもよし。イベントではねるのもよし。イベントに呼ばれるのもよし。マッチポンプは戦略的にはありだと思うけど、あんまりスキじゃない。まぁいいか。
でも、そんなものは闘いでもなんでもないと、わたしは思っています。いや、それは言い過ぎか。闘いの一端でしかないという感じですか。
じゃぁ、闘いはどこにあるのか。それは、生活の中にあるんだと思います。日々の淡々とした営みの中に、小さな小さな闘いがある。勢いなんてよくないし、とりたててなにがどうということもない、たいした闘いじゃないけど、その積み重ねが大切なんだと思います。そういう闘いをしている「ピン」と「ピン」がつながった時、少し世界が広がりを持つ。
そこにある言葉は、きっと静かな、もしかしたら一見「情けなく」聞こえるかもしれない、でも力のある言葉なんだろうな。
午前中はひたすら試験監督。
真剣に試験問題を解いている「連中」の姿を見ていると、なんかちょっとうれしくなりました。
そして、午後はひたすら採点。今回の分野は図形。これが時間がかかります。子どもたちがどういう思考の軌跡をたどったのか、丹念に読みながら、◯×△を決めていきます。まぁたまにはこういう採点もいいでしょう。でも、5時間ほどぶっ続けでやったら、さすがに疲れましたよ。
出没情報には書いてないことも、たまにあったりする今日この頃。
今日はあまりウケなかったのが…。でも、最後になんとなく「当事者性」を匂わす人が話しかけてくれたのがうれしかったかな。
夕方、血液検査。
地元のお医者さんも慣れたもので、「凝固系とホルモン系だけでいいですね」とのこと。ここ、小児科なんだけど、なんでもありなんですよね。
採血してもらいながら、インフルエンザ談義をしばし。「家に閉じこもっているのが一番いいんです」とのことですが、「うちの場合は、子どもも親もウィルスの渦巻く学校に行かなくちゃならないんですよね」と愚痴をこぼします。
なんでも、お医者さんのギョーカイでは、新型インフルエンザにかなり警戒心が高まっているそうな。で、「いよいよヤバイ」となったら、個人医では対応できないので、逆に閉店する可能性も大とか。じゃないと、働いている人はもちろん、お医者さん本人も安全が確保されませんから。
てなこと、ここの人たちはわかってるのかなぁ。あ、中の人はわかってるかな。
さて、晩ご飯後に冷蔵庫を開けてみると、お総菜がな〜んにもないです。てことは、あしたの弁当やばいやんか。てなことで、晩ご飯後にお総菜づくり大会。といっても、冷蔵庫をあさりながら、適当に思いついたのをつくるだけです。
つくったのは、「ぜんまいの炒め煮」「きんぴらゴボウ」「こんにゃくの炊いたん」「かぼちゃの炊いたん」「ほうれん草のおしたし」の5品です。さぁ、これで今週のお弁当は大船に乗った気持ちでいけるぞっと。
現在、出るあてもないAMDのCPU搭載のnetbookの待ち状態です(笑)。
ちなみに、電源スイッチがあやしかったLOOXは「待ち状態」になったら元気になりました(笑)。
で、単にダラダラ待っていてもしょうがないので、ここはLinuxのどのディストリビューションを入れるか検討をしていきましょう。
その一環が、Ubuntuだったのですが、これはいいです。で、さらに軽いのは…。てことで、試してみたのが、puppyです。
Live CDをつくって起動してみると、これがなかなか軽いです。いいかも…。で、virtual box上でハードディスクにインストールしてみました。
ところが、起動しない…。
なんか「grubが第2ステージに入った」みたいなダンジョンみたいなコメントは出てくるのですが、そこでとまっています。どうやらなんかを書きかえなくちゃならないみたいだなぁ…。
まぁ、時間のある時にのんびりやってみましょう。
昼食(笑)後、急いでウィングス京都へ。
ここで、組合の女性部の学習会があります。今回のテーマは「こころと身体を大切にする教育 〜性の健康教育〜」。講師は、徳永桂子さんです。実は、この方には11月23日にお世話になっていたですけどね。
で、お話は極めて明快!豊富な知識と、生徒たちとの豊富な出会いに裏打ちされた実戦的な話でした。中でも、「安全」をキーワードにしながら話をされた前半*1は、「なるほど、そういう切れ込み方を…」という感じです。「性」というものを、まさに「生きる」ということ結びつけてこられているご自分の生き方・考え方がビンビン伝わってきました。
あっという間の2時間半が終わって、近くのホテルでお茶会。まぁ、わたし以外にもう一人「お茶はいやだ」という人がいたので、2人はビールですけどね。
ここでまたまた1時間半ほどおしゃべりをして、学習会も終了。
その後呑みに行こうと思っていたけど、さすがにしんどくなって帰ることにしました。
長い長い、でも豊かな2日間だったなぁ…。
*1:というより、全体か…
今日〜明日、某人権教育研究協議会の会議に参加です。
それにしても、我ながら「いろんなところに顔を出しているなぁ」とあきれるばかりなのですが…。でも、わたしのスタンスとしては、しかたないんだと思います。基本的には「自分からは切らない*1」という感じなんですよね。
ただ、この協議会はそれ以上の重みを持っているんです。
某在日外国人教育研究協議会*2がわたしの「現場」であるとするならば、この協議会は、わたしの「ふるさと」なんだと思います。
わたしが、はじめて「いつき」として「じんけんギョーカイ」に顔出しをしたのは、1999年に大阪で開催された全国セミナーでした。驚くべきことに、この協議会の人たちは、その日を境に、わたしを「いつき」として受け入れてくれました。いや、もしかしたら逆だったかもしれません。わたしが「いつき」になったからこそ受け入れてくれたのかもしれない。
いまでも忘れられないのは、ある人のポツリと漏らした言葉でした。
「やっぱりそうやったん。いつきさんが、なぜあんなに男だったのか、ようやくわかった」
その時は「なんで「やっぱり」やねん!」と思いながら、そして「別に無理して男してたわけじゃないよ」とも思いながら、その言葉を聞いていました。でも、その人にとっては、わたしが「いつき」になることで、わたしの「姿」を見ることができるようになったんでしょうね。
この協議会の人たちは、わたしを「連続した変化」の中で受けとめながら、「変化の中の転換点」もまたプラスに受けとめてくれているんです。
でも、もしかしたら、そこには長い「つきあいの歴史」があるんでしょうね。
わたしがこの協議会の交流集会にはじめて参加したのは、第1回が開催された1990年です。そこから20年間。その間には、「昔の名前」で部落の子や在日のこのことをレポートしたこともあります。一緒の部屋で雑魚寝をしながら熱い議論を闘わせたこともあります。そういう積み重ねがあったからこそ、今のわたしをまるっぽ受け入れてくれているんでしょうね。
でも、そういう「ふるさと」だから、縛りが少ないんですよね。「万難を排して来い!」という強制感がないんです。だから、つい甘えてしまう。で、「ゴメン、今回パス」みたいになっちゃうんですね。
と、長々書いてきたけど、会議の長さは相変わらずやなぁ…。まぁ、今回は夕食の後の会議がなかったからええけど(笑)。
あ、そのせいかどうか知りませんが、ダラダラ部屋で呑んでしゃべっているうちに寝てしまい、結局宿泊の予定がなかったのに泊まることになってしまいました*3。あ〜あ…。
長い長い間考えた「読書感想文」ようやく脱稿です。
最後に悩んだのが「タイトル」でした。
かつては、タイトルを考えてから文章を書きはじめていたのですが、最近はそれができなくなってしまったんですよね。特に今回は、「しばり」からはじめて、そこからテーマを探り出し、興味を持った点を絞り込んで文章化していったということで、いままでとはまったく違うアプローチだったんです。それだけに、タイトルは完全に後回しでした。
で、最終的に決めたタイトルが
「運命論を越えるとりくみ −選択する主体となるために−」
です。
もちろん、元ネタは西成高校のとりくみです。西成高校が「学校としてのとりくみ」であるならば、今回の読書感想文の内容は「地域・運動・施策としてのとりくみ」という感じなんですね。でも、その根本は「生まれに生き方を決められる」というのをどう乗り越えていくのかということだと思っています。
てことで、内容は、また某所にアップされると思いますので、そこへのリンクをはりますね。
にしても、H野さん、ここ読んでたのかぁ…(笑)。