考えてみると、全同教の閉会全体会って、出るのは初めてなんです。なので、どんなんかなぁと思いながら出てみました。さすがに開会全体会よりは全然少ないのですが、それでも体育館にいっぱい。どれくらいの人がいたんだろう。
それぞれの分科会の報告や大会総括、次年度開催地の挨拶などが続いて、あっというまに閉会。長かった3日間の大会が済みました。きっと、実行委員の皆さんもホッとされたことだろうなぁと思います。ご苦労様でした。
でも、事務方ってこれで終わらないのが悲しいんですよね。ここからおそらく延々と事後処理が続くんじゃないかと思います。
で、宴会
宮崎に来たら必ず行く割烹「ほんだ」で交流会。はじめは京都の参加者だけだったんですが、半日のうちに鳥取・佐賀、そして地元宮崎の人達も来てくれることになりました。なによりも、特別分科会で話をされた溝辺さんや地元実行委員会の人達も来て下さいました。一緒においしい地鶏を食べながら、おいしいお酒を飲みながら、溝辺さんのお話のさらに裏側のお話を聞くことができたのは、本当に大きな喜びでした。また、地元実行委員会の人たちのこの大会にかける思いもたっぷりと聞かせていただきました。なんというか、わたしにとっての今回の全同教の「総括」という感じだったなぁ。そして、これから宮崎の人たちの新しいつながりがはじまるのかなという気もしました。
午後は交流会
午後は宮崎にもどってセクシュアルマイノリティ高校生の交流会でした。県同教の呼びかけでこの湯尾名当事者交流会がおこなわれたというのは、本当に驚きです。たぶん、全国ではじめてです。宮崎の人たちがつくってきた「つながり」の「豊かさと深さ」を思わされました。子どもたちが自分の話をし、それをまわりにいる大人達が受けとめるという交流会ができました。そこに大人達は「こういう交流の場が、これからもほしい」という子どもたちの言葉、「保護者は誰にもいえない、保護者の交流の場も必要だ」保護者の言葉を、しっかりと受けとめられたんじゃないかと思います。
全同教3日目・盛岡延岡にて
早朝、盛岡延岡へ。全同教特別分科会盛岡延岡会場に参加のためです。
全同教で特別分科会が3会場で開催されるというのは、おそらく異例のことです。でも、ここには宮崎「県」の要請や、宮崎ならではの事情など複雑な要素がからんでいます。また、開催した宮崎県同教の「思い」もいっぱいつまっています。そんな、特別分科会で発表をする機会をもらえました。
発表前、わたしが発表をすることを聞いた、地元の当事者の人が会いに来てくれました。一目見て「かわい〜!くそっ(笑)」と声が出てしまいました。ほんとにめちゃくちゃかわいい。でも、「レジ打ちの仕事、ネクタイをしてやっているんです」。思わず「それ、無理があるやろう…」。やっぱり、お客さんはその人を見て「えっ?」という顔をしたり、「男?女?どっち?」と失礼なことを聞いたりするみたいです。そのたびに、すごくしんどい思いをするとのこと。そりゃそうだわ。わたしだってきっとしんどい。でも、切り返さなくっちゃ。わたしの答は「じろじろ見られたら、Vサイン出したらええねん。『なんでネクタイしてんの?』って言われたら、『男装趣味です』って胸張ってゆうたらええねん!せっかくこんな生きかたしてるんやし、それをネタにせな!」わたしからの精一杯のエールです。「そうですね!」と笑ってくれた顔がかわいかった。くそぉ(笑)。
で、そのあと1時間半ほど話。はじめのうちは、互いに「間合い」をはかっていたのですが、だんだんとわたしのペースを理解していただけるようになったのか、徐々に笑いが出てきました。それにしてもまじめな人がいます。一番前でメモをとっている人、すごかったです。「あのね、わたしがつくった言葉がありまして『あこがれの9号、妥協の11号』っていうのがあるんですよ」とネタをふると、そこまでメモしておられます。思わず前に言って「いまの、メモしてはるんですかいな」とやっちゃいました。ええ感じの人です。最後は、暖かい拍手をもらえました。ホッ。
ちなみに、次に話をされたのは、露の新治さん。もう、ホール全体が轟くような笑いです。「ワハハ」じゃないです。「ドカン」です。さすがプロです。思わずお昼に「笑いの質が違いますね」と露のさんに話しかけると「芸人ですから」と優しく笑われてしまいました。失礼しました。あたりまえでした。
夜は交流会→ハプニング
夜は全同教恒例の「ぁゃιぃ交流会」。総勢160人。どんなんやねん、という感じ。熱く濃く語りあう「仲間」の存在に押しつぶされそうになりながらも、そんな仲間の存在に妙な心地よさを感じるのは、そういう空気の中に自分もまたいるからなんだろうなぁ。
で、あまりにも熱い交流会だったためか、交流会が終わって2次会に向かおうというその瞬間、突然身体に震えが来ました。「あれあれあれ?」と思ったのですが、なんか突然寒くなりました。みんなに「今日、寒いね」といったのですが、みんなは「そう?」という答え。え〜、と思ったのですが、震えがとまりません。2次会の席に座ったのですが、やっぱり寒い。みんなが服をどんどん掛けてくれるのですが、ダメです。「まだ寒いの?」と隣にいた人がくっついてくれたのですが*1、やっぱりダメです。どうも発熱したみたいです。「ゴメン、ちょっと帰るわ」とビールを1杯、お茶を2杯飲んでその場を失礼することにしました。帰り際、M口さん@徳島と握手したのですが、その手の熱いこと熱いこと。思わず、「熱のあるわたしより、なんであなたの手のひらの方が熱いの?!」としょーもないネタをふるのは忘れませんでしたけどね(笑)。
ホテルに帰って熱を測ると、37.9℃。えらいこってす。あしたはいろんな意味で「本番」の日です。とにかく、熱いお風呂に入って、暖房をガンガンに効かせて、ふとんをかぶって寝ることにしました。
*1:結局これについては単にふたりでネコのマネをしただけになりました(笑)
なぜ語るのか
話を聞いたあと、Hさんから「なぜ語らなければならないんですか?」という質問を受けました。「んじゃ、昼ご飯を食べに行きましょうか」と誘って少し話をしました。
いや、隠してもいいんです。でも、「なぜ語るのか」という問うならば、同時に「なぜ隠すのか」「なぜ隠さなきゃならないのか」という問いも成立するはずです。でも、こちらの問いについては、なぜかあまり真剣に論議がなされていないというか、自明のこととして放っておかれてきたんじゃないかと思ったりします。
実は「隠す」ことと「語る」ことはコインの裏表(まぁそのまんまですが)かなぁという気がします。いずれにしろ、大切なこと。「隠す必要のないこと」って、たぶんそんなに大切なことじゃないです。大切なことだからこそ、「隠さなきゃならない」。でも、そここそを理解してほしいからこそ「語りたい」。そして、その間で葛藤するんだと思うのです。
あぁ、そう考えると「語ることのできる社会」ができたら「葛藤」もまたなくなるのか。でも、葛藤が「今ある自分からの脱皮」をつくりだすんじゃないかなぁ。とすると…。
う〜ん、続く…。
全同教2日目・特別報告
今回の全同教のわたし的な最大の目玉は全体会での特別報告です。実は、Hさんも教員ではないのですが、特別報告を聞きに来られていたんです。
宮崎県同教は、いまから4年前、わたしにはじめて「語る」機会を与えてくれた組織です。報告者は、その宮崎県同教の前会長。この方は、その集まりのあいさつの時、「いつきさんが自分を語るなら、自分もきちんと自分のことを語らなくてはいかん」と、ご自分の出身について語られた方です。それまで、オフィシャルな場ではそういう話は滅多とされず、ご自分の実践を背景にした話をされていたそうです。そういう意味でははじめてだったそうな。
とにかく、今回この方の話を聞きたいと思っていました。
この方、41歳の時にたまたま参加したムラの忘年会への道を歩きながら、自分の記憶の中にこの「道」があることに気づかれます。そして、ムラのおばちゃんにそのことを告げ、自分の出身のムラの子とを話した時「あんたもわたしらと同じや」と告げられます。そこから、自分の過去の中にあったさまざまな経験の中にある、部落出身の「徴」を掘り起こしていかれます。と同時に、まわりの人間が自分に告げなかった「41年間の無言」という重みを感じられます。しかし、ご自分が自分のことを掘り起こされた時、決してまわりの人々は「隠し」はしませんでした。こうして、まさに41年目にしてご自分を取りもどしていかれます。
やがて、話は識字のおばあちゃん・おじいちゃんへと移っていきます。そして、宮崎の高校生たちの話。1996年に宮崎で行われた全奨*1の中で起こった一人の高校生の変容。わたしは、この全奨に自分のクラスの生徒をつれて参加していました。そして、やっぱりその子もこの全奨で元気をもらって、2学期に自分のことをクラスで語ったことを思い出しました。
そして、ご自分の子どもに伝えきれていなかったこと。でも、子どもたち自身が、大きくなるにつれて、自ら変わっていった姿。そして、お孫さんの名前のこと。語られる言葉の端々に「世代をつなぎ、思いをつなぐ」という思いがあふれていました。
思わず泣いちゃいました。
*1:全国高校奨学生集会
全同教2日目・同窓会ですな
いよいよ今年も全同教がはじまりました。
まずは全体会場へ。受付をしようとした時、向こうから「柔道系」が歩いてきました。「おぉ!」「久しぶり!」。東京都同教の友だちでした。それにしもて、そら1年に1回しか会わんのやから久しぶりやわな(笑)。でも、2万人の参加者の中からきっちり会うわけやからたいしたもんです。で、しばらく歩くと、「うわぁ〜!」「久しぶり〜!」。今度は熊本の友だちでした。この間用事でメールのやりとりはしたんだけど、ここでも会うかなぁ。で、その友だちとしばらく歩いていると「おっ!」「おう」「ハーイ!」「あぁ!」みたいな感じで次から次へと知りあいが歩いてきます。まぁこんなもんです。
で、全体会会場にはいると、広い体育館が満席。まぁ、いつものことなんで、通路出たって話を聞いていました。すると、向こうから人影が…。うちの子どもが前に通っていた小学校の教員でした。さらにしばらく話を聞いていると、うしろから「いつきさんですか?」「はい?」「Hです」「あぁ〜!」宮崎に来た時必ずと言っていいほど行く料理屋さんのお子さんです。今回は無理っぽかったので、「残念〜」と思っていたのですが、思いがけず会えたので、さっそく明日の晩の予約を入れてしまいました。
しかしこの広い会場なのに、互いが互いを呼びあうように人が集まってくる。「縁」を感じます。
宮崎と言えば…
なんでも飛行機の計器類の調子が悪かったそうで、出発時間が10分ほど遅れ。出発直前の機長のアナウンス。「ですがみなさん、バッチリ調子を取りもどしましたので、いまから出発します」そうなんや。客室から笑い声があがります。それにしても、関西人満載の飛行機で笑いがとれるとは、この機長、なかなかやりますな。で、快適な空の旅のあといよいよ着陸。またまた機長のアナウンス。「本来は◯◯フィートを飛ばなければならないのですが、管制塔の許可を得て、◯◯のルートを飛行いたしました」時計を見ると、着陸予定の時間より早いですがな。近くのお客さんがつぶやいています。「つまり、ショートカットして飛ばしたわけやな」やるな、この機長。
ということで、この機長のおかげで予定通り8時半にホテルに到着。京都からの他の人たちとわかれて*1大分・大阪の友だちと合流。目指すは軍鶏です。そう、宮崎と言えば「地鶏」です。
もも肉の炭火焼き・刺身・鶏肉の南蛮*2・テールetcおいしゅうございました。焼酎のお湯割りを頼むと、一合徳利に入った焼酎とお湯が別々に出てきます。好みの濃さで飲めるのはうれしいです。これまたおいしゅうございました。最後は梅酒のロック。これまたこれまたおいしゅうございました。気がつくと閉店の12時。おいしい鶏を食べながら、オヤジ@権力持ちのセクハラの愚痴とか、トランスのこととか、ディープで楽しい話が咲きました。
大満足してホテルへ。お風呂に入って爆睡です。
全同教1日目・「死のロード」へ出発
午前中は、ちょこちょこと仕事。2年生が研修旅行に行っているので、本当に静かです。午後は、一コマ授業。おそらく組合せの問題の中でも生徒にとって最も理解心くいであろう「組みわけ*1」の問題。やり方さえマスターすれば*2、それなりに簡単なんですけどね。でも、「しくみ」を理解するのがたいへんみたい。なぜ2!で割るのかというところですね。これをとりあえずやっつけて、続いて「同じものを含む順列*3」へ。こちらは一見ややこしそうだけど、「なーんだ」という感じの問題です*4。まぁ「並べるやから…」と言うと「P!」と答が返ってくる反応のよさは、本当に心地いいですね。それがな、ちゃうねん。C使うねん」と説明を開始。まぁまぁかな。「マンホールを工事していて通れない問題」なんかを宿題にして終了。
で、速攻学校を出て伊丹空港へ。いよいよ宮崎での「ロード」がはじまります。
待ち合わせ場所は、伊丹空港の団体案内◯番カウンター。ところが集合時間を30分すぎても誰も来ません。しかも、携帯電話に電話をかけても受けてくれない。どないなってんにゃろうと重い、何度か電話をかけけるとようやく出てくれました。「いまどこ?」「◯番カウンターの前にいますよ」「わたしもいるんやけど…」話をしながら向こうの方を見渡すと…、いました。搭乗手続き◯番カウンターの前に。いきなり不安やなぁ…。