生徒の指摘

今年のウチの学校、まだ授業があります。いつまであるんだろう…。しかも、今日は授業の振り替えがあるのでほとんど出ずっぱりです。まいった…。
で、ある授業に行って生徒の質問に答えている時のことです。
生徒が質問する時って、たいてい生徒は座っていて、わたしは立って机の横にいます。高さが違うので、当然身体を少し曲げて話をします。
そんなわたしを見ていたある生徒が、いきなり言いました。「先生、アカンで」。「なにが?」「ポロシャツのボタン、とめんと」「は?あ、ごめん」。
みっともないもの(涙)が見えてたみたいです。「先生な、キャミとか中に着たらええのに」。それもそうやな…。

うれしくなんてねーよ!

朝、通勤途中。渋滞を右から追い越していると、いきなり人が目の前に!あぶね〜!と思ったら、さらにバラバラっと人が飛び出してきます。よく見ると、右手に赤旗!これは逃げるしかないと瞬間思ったのですが、やめました。で、切られました。青切符(涙)。
確かに、ポリパスはしましたよ(笑)。でも、うれしくね〜よ!

出した…

昨日書いた「退会届」出しました。
なんというか…。Y◯CAには小学校の頃から行っていました。途中、高校時代はスキーしか関係していなかったけど、大学時代にはキャンプリーダーをやっていたし、卒業してからもずっとかかわってきました。ある意味、わたしのキャンパーとしての基礎をつくってくれたし、キャンプに対するものの考え方を育ててくれた場所なんです。また、グループワークというものもここで学んだし、そのことが教員としてのスキルにずいぶんと反映されています。まぁ、「わたし」という人間の一部分なわけですね。
そのY◯CAと決別するということですから、一方ではものすごく悲しいわけです。今までだったら、ひょいと事務所によってダラダラと話することもできたし、リーダーたちと雑談もできた。でも、もうそういうこともないだろうし、もしかしたら、京都におけるキャンプ関係とも、ほとんどおさらばです*1
おそらく、「退会しよう」と思ってから、退会届を受けとってから、ずいぶんと時間がたってしまったのも、どっかで踏ん切れない自分がいたからだと思うんです。
でも、もう割り切った。てか、出すことによって割り切ろう、と。

*1:もっとも、いまでもおさらば状態ですけどね

やっと見つけた、やっと書いた

かれこれ20年くらい「正会員」だった某キリスト教系青少年育成団体ですが、退会しようと。で、退会届をもらっていたのですが、あまりにも大切にしまい込みすぎて、その束が家中を駆けめぐってしまって、どこに行ったかわからなくなっていました。なんでも、会員委員会とやらが9月にあるそうな。ここで審議の対象になるそうなので、それまでに書かなくちゃならないということで、少々あせっていました。
今日、晩ご飯の後必死で探して、応接室の中にある段ボールの中から発掘できました。
退会届には、たいてい「理由」を書かなくちゃならないですね*1。たいていの場合は、「一身上の理由」などという濁した書き方をするのですが、今回はそういうのは絶対にイヤです。このままわたしがやめた理由が闇に葬られるのは絶対にしたくありません。とりわけ、会員委員会の人たちにはとりあえずは伝えておきたいですね。てことで、書きました。

(理由)
トランスジェンダー性同一性障害*2)であることを理由に、スキーキャンプへの指導者としての参加を拒否された。自分の人格の否定と感じ、会員活動へのモチベーションは著しく低下した。その後、スキー専門委員会の委嘱も一切の連絡なく、なくなった。そのため、Y◯CAとしては、自分は不必要な存在であると判断した。

京都Y◯CAのサイトを見ると「ミッション(使命)」として、以下のようなことが書いてあるんですよね。

  • イエス・キリストによって示された愛と奉仕の精神にもとづき、 青少年と共に精神・知性・身体の全人的な成長を促す運動をすすめます。
  • 人々との出会いを通じ、互いの人権を尊重し*3、生涯にわたって共に学び合う学習活動を展開します。
  • 地球的な視点から、望ましい環境の実現につとめつつ、いのちあるすべてのものが共に生きる平和な世界を築く運動を展開します。

わたしの首を切った理由が経営上の問題だったわけで、ミッションと照らしあわせても、「なんだかなぁ」という感じですよね。いっそ「Y◯A」にしたらすっきりすると思うんだけど(笑)。
もっとも、特に第2項あたりについては、よく知っている人は、「まぁそんなもんだよ」とか「お金出すんだったら*4Y◯CA*5のほうがぜったいに生きると思うよ」などという意見をよく出されます。
まぁそれはそれとしても、しかし、アホやなぁと思いますよ。
だって、最近でいうと各種新聞にわたしという存在は完全に公表されていて、なかでも「京都新聞」などという、まぁY◯CAがターゲットにしている人たちが最も読むであろう新聞に出ちゃっているわけです。こんなん、完全に「ウリ」にできる話ですわな*6。「わたしのところの事業には昔からかかわってくれていて、トランス後も変わりなくかかわってくれています」なんていうの、「ウリ」になるって、3月に提言したんだけどなぁ。
まぁいいよ、Y◯CAさん。「カネのある」「ヘテロ」で「健全」な人々を対象にボランティアを集め、事業を打っていってください。まぁ、レズビアン・ゲイの親やトランスの親を持つ子どもって(たぶん)少ないから、そんなに影響はないでしょ、当面はね。
でも、これからは本気でたたくからね(笑)。

*1:「退学届」にも理由欄があるなぁ。

*2:これを入れるあたりが情けない

*3:太線はわたし

*4:年、一口25000円!

*5:◯の中の文字が、天地逆のヤツね

*6:現に、ウチの学校の某副(ry(笑)

教え子の結婚式

うちの放送部の卒業生が、長い長い交際の後、今日結婚式を挙げるとか。で、2次会に呼ばれたので行きました。
こういうフォーマルな場所が、わたしのようなノンパスフルタイムには一番めんどくさいです。男装することも考えたのですが、やっぱりかなり精神的に(笑)無理がある。かといって、完全女装も精神的・金銭的(笑)に無理があります。なので、いつものリクルートみたいな服を着ていくことにしました。でもまぁ、せっかくですからかつて某国営放送局からもらったネックレスなんぞしてみました。鏡を見ると、「まぁ見ることができないわけでもないなぁ」という程度です。
で、会場に行くと…。「おぉ、だれかと思ったら」と卒業した部員たちからビックリされてしまいました。そりゃそうです。ヤツらはジーンズ姿か山登り*1の私しか知りませんからね。
で、わたしの役割は「乾杯の音頭」とのこと。まぁ主賓か誰かがしゃべってからやし…。と思って、卒業生たちといろんな話*2をしながらのんびりしていたら、ふたりの入場の後、いきなり乾杯です。いや、ひさしぶりに足が震えました。てか、あがりましたよ。
あとは、ビンゴとか*3を楽しみながら、いい時間を過ごさせてもらいました。
2次会が終了して、ふたたび卒業生と話をしていると、「実は、みんなでどんな服を着てくるか話してたんや」「もっとヒラヒラ着てくるかと思てたわ」などと、いらん期待をしていたことが判明しました。まぁ、君たちの結婚式の時は耳をつけていってあげよう(笑)。

*1:なぜか自衛隊の服なんだな、これが

*2:卒業生から「2chでスレを立てられてたやん!」とほめてもらいました(笑)。しゃーないから、その後変態認定されて「おめでとうございます」と言われた話とかいろいろ返しておきました。

*3:あたるわけがない

大阪へ

今日は、夕方からestoの大阪交流会です。コンタクト屋さんを出て、そのまま大阪へ。会場に行くと、すでに真剣な話しあいがはじまっていました。わたし、遅れて入って、そんな空気を完全におちゃらけさせてしまいました。すんません。さらに、遅れてこられた◯島さんも、わたしと同じ路線ですね。ふたりでどうやら破壊してしまったみたいです。
それでも、「中解決」へ向けた作戦会議も練れたし、それはそれで収穫は大きかったように思います。
交流会のあとは、近くのネパール料理屋さんへ。おいしい料理とおいしいビール・ワイン。やっぱり、交流会はこれに限ります。
帰りは、すんごく若いFTMさんと一緒。いろいろ紆余曲折しながらも、自分の道を模索しているなぁ、と。やはり、若年層のトランスの人と話をすると、いろいろと触発されます。それにしても、アドバイス口調になりがちなのは、やっぱり歳のせいかなぁ(涙)。

コンタクト屋さんにて

最近コンタクトに傷がついて調子が悪くなってきたので、新しく買うことにしました。
コンタクトって、大義名分としては、医者が処方をすることになっているんですね。なので、単なるメガネ屋さんだけじゃなくて、必ず眼科医がその近く(笑)にあります。で、いちおう眼科医の診察を受けるわけですから、「保険証」がいるわけです。
で、受付で保険証を出すと、やっぱり保険証をひっくり返して悩んでおられます。「あの、どちらの方でしょうか?」。せっかくですから新ネタを出すことにしました。「これです」と指したのは、下の子どもの欄です。でも、すぐ弱気になって「つっても信じてもらえないですよね(笑)」と続けてしまいました。さすがに、8歳パスはできなかったです(笑)。そのあとは、定番通りです。助手の方がカルテを見ながら「あの、いつき、さん、ですよ、ね?」。わたしは「そうですよ」とニッコリ。まぁ、年甲斐もなくタンクトップ着てたからなぁ。

玖伊屋の朝

ふと目が覚めると、まだ7時台。まりあさんは帰ったみたいです。あと、若手MTFは、なにやらゴソゴソ戦闘準備に入っています。でも、他の人たちは爆睡。わたしは一度起きてしまうと2度寝ができないタイプなので、あきらめてコーヒーを淹れて、朝の準備です。昨日お寿司にしたご飯が残っているので、炒り卵とゴマの入ったおにぎりなんぞをつくってみました。
そうこうするうちに、みなさんもゴソゴソ起きてきました。で、なんとなく落ちついたのが、なんと9時過ぎ。今回は早じまいをしようと思っていたけど、あまりにも早すぎます。わたしは個人的には次の用事とのタイミングがよくないんです。ほかのお客さんもけっこう時間があったみたいで、あとはテレビをダラダラと見たりして、昼前に解散です。
それにしてもびっくりしたわ。

忘れた頃にやってくる

さらに教頭からひとこと。「M新聞から電話があってな…」
あのね…。どうも副校長は取材に応じてほしいオーラを発しまくっているのですが、さすがにお腹イパーイという感じです。とりあえず「部員に聞いてみます」ということで、昼休み生徒と話し。「どないする?」「わたしら先生にまかすって言うたんやけど」「いや、わたしは君らにまかすって言った」決定権のなすりつけあいですわ。すでに自分で決めるのがめんどくさくなっています。で、最終的には「わかりました」ということで…。
いや、ありがたいことではあるんですが、話のネタが尽きてしまっているのと、なにより写真がねぇ。

わたしはわたしをどう呼ぶのか?

って、たいそうなタイトルをつけましたが、ほんとうにたいしたことないです。
朝、職場に着くと副校長から声をかけられました。「あのな、こないだの家庭訪問の出張伺い、名前ちごたで」「へ?」「いや、前の名前やったわ」「は?」机の上に「名前が違う」というメモと一緒に出張伺いが置いてありました。ちなみに、出張伺いを見た事務室の人たち、みんなで爆笑していたらしいです。
どうやら、まだ「いつき」という名前に慣れていないようです(笑)。