朝、目が覚めると6時。すごく眠りが浅かったはずなのに、身体はそれなりに動きそうです。なんかこういうの、あぶないです。
母親もそんな感じみたい。寝室から降りてきて、朝ご飯の準備をしています。「ごはんを食べる?」と聞かれたけど、昨日の夕食がすごく遅かったので、ぜんぜん食欲がわきません。すると、母親は、「お父さんに持っていってあげよう」と、これまたなんともいえないことを言います。
そうこうしているうちに、ようやく8時。今日とらなくちゃならない連絡先に連絡ができる時間にさしかかってきました。まずは、わたしの職場に連絡。続いて、司式をして下さる牧師さんや会場になる教会に連絡。9時をまわったところで、今度は動ける時間にさしかかってきます。まずは、警察医のところへ。「死体検案書」なるものを受けとりに行きます。続いて警察へ。署長のハンコがいるらしいです。検案書の半分は「死亡届」なので、いったん家に帰って書くことにします。が、ついビールを呑んでしまったので、区役所に届けるのは明日ということで^^;;
午後からは納棺式。
式そのものはあっという間にすみましたが、その後、前夜式と葬式のうちあわせ。ところが、全体像がイマイチつかめていないです。「ハァ、ハァ、ハア、そうですね。そうですね」といっているうちに終了した気がします。
その後、家に帰ってお風呂にはいることにしました。考えてみると、30日から入っていません。しかも、30日の夕食は焼肉でした。あぁ、さっぱりした。
で、お医者さんへ。無事血を抜いてもらって、実家へ。パートナーと弟の合作の夕食を食べて、ビールを呑んでるうちにどんどんおねむになります。耐えられなくなったところで布団を敷いて爆睡。
31日から3日までの日記、いろいろなことを思いながら、一気に読みました。お父様のこと、直接は存じ上げませんが(うちのオヤは聴講生として「教え子」だったと思ふ)、人となりがありありと浮かび上がってくるようだす。(Yu.さんのブログとか読むとよけいに。)
日常の延長線上に、ひょいと旅立ってしまわはったんですね。ご冥福・・・という表現とは違いますが、お父様のことを「覚えて、祈り」たいと思ひました。
「馬槽の中に」はオヤも大好きだったなぁ・・・(だから葬式で歌った)。
いつきさん、今はスーパーハイテンションで案外元気だと思いますが、周囲が静かになった頃に、どどーーんと寂しさやら何やらがやってくるかもしれませぬよ。体力温存してくださいね。(しなくても何とかなると思いますが)