カテゴリ

ちなみにセクシュアリティについての話ですが…。
一緒に呑んだ方に
性自認ってどうやったらわかるんですか?」
とか聞かれたので、
「そんなんわかるわけないですよ」
と、いつもながら適当な答えを発してしまいました。まぁそれはそれでいいのですが、セクシュアルオリエンテーションの話になって
「わたし、MTFレズビアンでネコです」
という話をすると、大うけ。
「え〜、わたしタチですよ〜」
「それは珍しい。わたしのまわりはネコばっかりでねぇ」
「え〜、すごい!わたしのまわり、タチばっかりなんです!」
どうやら、ネコのまわりにはネコが集まり、タチのまわりにはタチが集まるらしいです。で、結論は
「合コンしましょう!」
って、どんな会話やねん(笑)。

てな大切な会話もあったわけですが、そのうち
「自分自身のセクシュアリティがよくわからない」
みたいな話になるわけで。
でも、わからなくて当たり前なんじゃないかと思うんですよね。いや、わかる人ももちろんいるんだろうけど…。
自分のセクシュアリティと向かいあって、それについて考えれば考えるほど、自分をある特定のカテゴリにあてはめるのが難しくなるんじゃないかと思うのです。そもそもカテゴリ・ラベルっていうのは、物事を単純化した上で、それに「えいや!」と貼るものなんじゃないかなぁと思います。で、そこに自分をあてはめようとすると、単純化した「器」には入りきらないところが当然出てくる。すると、「このカテゴリには入らない」となり、別のカテゴリを探す。でも、そこでも同じことが起こる。こうして、カテゴリ探しの旅は永遠に続いてしまう。
逆なんだと思うのです。自分の中には「こういうカテゴリとこういうカテゴリとこういうカテゴリがあって、それぞれがこれこれこういうふうに絡みあっていて…」みたいな感じなんじゃないかなぁと思うのです。
例えば、わたしは、基本的には女性に性的指向が向くけど、まったく男性にむかないかというと、そういうわけではない。じゃぁバイセクシュアルかというと、それも違う。おそらくは、バイセクシュアルというよりは、「レズビアン、ごくたまぁにヘテロ」みたいな感じ?
カテゴリとカテゴリは、概念としては排他的かもしれないけど、実際にはそれらをオーバーラップしながらわたしたちは生きていると考えてもいいんじゃないかなぁと思うのですが…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です