毎年11月になると、4月からの疲れがどっと出てきます。すると、例えば授業中の生徒のほんのすこしの私語が気になったり、なにかと余裕がなくなってきます。昨年度もそうでした。そのうち生徒に当たり散らしてしまうなんていう、情けないことにもなったりするんです。
今年度は、どういうわけか、10月も中ごろにさしかかっているのに、まだ大丈夫です。とはいえ、これからが進級かどうかがわかれる2学期中間試験。そして、鬼のように忙しくなる11月です。かな〜りアブナイかもしれない…。
年: 2005年
なんの因果で…
その後、お客さん
みんなで「なぜ在日外国人教育にかかわったか」というあたりの深い話をしていたのですが、わたしは東京からのお客さんが来る時間になってしまい、またまた途中で失礼。京都駅に向かいました。お客さんは3人。えらい荷物です。で、わたしの家までタクシーで行くことになったのですが*1、あまりの荷物だったので、大型に乗ることになりました。初体験です。どんな車かな〜と思っていたら、なんと、ベンツ!初体験でした。もう、ベンツの力がいかにすごいか、よくわかりました。なにせ、道が割れていきますから(笑)。なので、結構混んでいるはずなのに、意外と早く家に着きました。ちなみに、家までの料金は普通の3倍くらいかな。すげ〜。
で、昼からはお客さんと一緒にいろいろ用事。詳細はめんどくさいのでパス。
*1:つーか、途中で失礼したのは、タクシーに便乗するため
昼はもちろんカス入りマンボ
で、総括合宿の続き
朝、朦朧とした頭の中に「ピピピ」という音が響きます。今日もいらない目覚ましのおかげで6時に起きてしまいました。くそ〜。でも、根性で、布団の中でしばらく寝返りをうっていました。そうこうするうちに、だんだんと起き出してきて、やがて朝食*1。8時半から総括会議の続きです。
よもやま話をしている時は、「高校生やなぁ〜」と思うのですが、会議の時はぴしっとしている姿に「すんげぇ〜」と思ったのは、わたしばっかりじゃなかったと思います。いや、ほんとうにみんな今年の交流会の総括を真剣にし、来年の交流会へ向けて、成果と課題をきちんとまとめていました。約3時間の白熱した会議。ウチの学校の職員会議よりよっぽど中身がありました(笑)。
お昼に解散ですが、急がない人たち相手に、軽〜く東九条フィールドワーク。今回は、「パッチギ!」の撮影後なんかも案内したりして、1時間ほどの散歩でした。
*1:おにぎりを1人2個
寄り道
で、ふたたび祭
帰ったら、夜店もたけなわ。さっそく、たこ揚げ屋さんになりました。揚がったたこ焼きを、パックに5個入れて、ソースを塗って、青のり・粉鰹をかけて、楊枝をさして、ふたをして、輪ゴムでとめたらおしまい。これを延々と3時間ほどやりました。でも、てきとうにビールを飲んでつまみながらやっていると、けっこう楽しかったりします。やっぱり、夜店は客より店側が楽しいな。
老人会用のカラオケは10時までやるとかいう話だったけど、店の方はほぼ完売ということで、お役御免になりました。まだ最後の一盛りあがりがあったけど、家が遠いので、お先に失礼しました。
それにしても、区の区長さん。引っ越しても祭の手伝いに行ったのが、よほどうれしかったのかなぁ。帰りにビールを持たせてくれて、しかも見送りにまで来て下さいました。恐縮です。
女人禁制のシンポ
詳細はあまりよくおぼえていないのでパス(笑)。
途中、すごく事細かな質問があって、これへの回答として、コーディネーターの方から「ケガレ意識」あたりの話が出てきて、なかなか興味深い展開になりました。
ここで話された「ケガレ意識」って、たぶん「延喜式」あたりから出てくる話なんでしょうけど、この価値観のおよぶ範囲って、しょせんは京都を中心とした当時の都近辺だけですよね。となると、その勢力の外側にある地域では「女人禁制」ってあったのかなかったのか。あったとしても、「延喜式」を元にした「ケガレ意識」というわけにはいかないだろうと思うのですよね。にもかかわらずあったとしたら、もう少し普遍的に「女性を排除する」という文化があったというふうに考えなくちゃならないだろうし、それってどうとらえたらいいんだろう…。
それ以外にも、いろいろ話がありましたが、まぁ、これもここではパス。というか、「祭」のために帰らなくちゃならないので、途中で失礼したという…。
まつり
在日外国人の卒業生のうちにお呼ばれ
で、たまたま1年生の時に知りあって、そのまま4年越しのつきあいをしている在日外国人の元生徒の家にお呼ばれで行ってきました。
家に着くと、お母さんが満面の笑みで迎えて下さります。テーブルの上には山のような料理。お母さんのふるさと*1の料理である「エンパナーダ」とか、日本の食材が使えるようにアレンジした魚料理や豆料理など、すごいごちそうです。お母さんがお気に入りのスパークリングワインを飲みながら、話がどんどんはずみます。と、そこへ、南の島で大学教員をしておられる方とそのお弟子さん(?)も到着。いよいよ話はダブルの子どものアイデンティティの持ちようとかの核心をつく話に移行していきました。そんなところに、さらに在日コリアンの高校生やアメラジアンの高校生もやってきて、いきなりえらい感じになってしまいました。話は佳境にいきそうだったのですが、帰りの時間もあるのでお開き。
いや、けっこう身体は疲れていたけど、来てよかったなぁと。