はじめから第2部でええんちゃうん

今日は2ヶ月に一度の滝井参りの日です。
てことで、午前にガシガシ雑務をして授業をします。考えてみると、今週はひどいです。月曜日は授業にまみれる日だし、火曜日は午後から出張。水曜日は人権学習で、木曜日は午後から受診。ほとんどあきがありません。まぁ、自業自得ですけどね。
そんな中、今日ちょっとよかったのが、いつも寝てる子が起きてたことかな。授業が終わった時「今日は起きててくれてうれしかった」って言ったら変な顔されました(笑)。
昼のおべんとは昨日食べそこねたもの。いちおう冷蔵庫に入れておいたけど、ビミョーな味がしました(笑)。
で、生徒と面談を済ませたらスタート。

診察室に入ると
O「久しぶりですねぇ」
と言われました。たしかに…。前回会ったのは…。1ヶ月前か…。
い「そういやKうさんにもずいぶん会ってない気がします」
もちろんこちらも1ヶ月。てか、1ヶ月会わなかったらずいぶん昔な気がする生活もおかしいかも。
そこからは「喪失」をめぐる考察をふたりで進めてみるなど。まぁ診察室での会話はだいたいこんなもんです。
O「それにしても、15年前にはこんなことになるとは思いませんでしたねぇ」
ほんとです。15年前と言えば2003年。滝井に来はじめた頃です。そりゃ、まさか死にかかったり(笑)、海外の賞をとったり、ましてや「おべんきょ」するなんて考えませんでしたよ。でも、後悔はしてないです。

で、買い出しをすませて「まんまるの会」です。
が、人が来ない。待っても待っても来ない。なので、そこにいた3人で「もう食べよう」ということになって、わたしひとりが飲む宴会に突入。でもせっかくなので今日のお題の「傘にまつわるあれこれ」を話しあってみるなど。
そんな中で、「正義の味方よりも悪役の方が努力している」という話を持ち出してみたり。そんな中から「いつきさんはなにと闘ってるのか」みたいな話になって
「いつきさんは正義と闘ってる」
と言われて、一度大爆笑。でもそうか。正義と闘っていたんだ。だから仲間を募って努力してアクティブに闘わなくちゃならないのか。ストンと落ちました。
そんなことをしてると、それでも人が集まりはじめて、半田そうめんを茹でてみたり、なんか最近来た人にダラダラ語ってみたりしているうちに、あっという間に9時半です。
「はい、撤収撤収!」
ということで、無事10時におひらき。さてと帰りましょう。なにせ、家まで2時間弱かかりますよ(;_;)。

ヌルヌルと過ぎる1日

朝、当然のことながらしんどいわけで、ふとんの中でもがいてましたが、それでもなんとか起きだして出勤です。
図書室学習では、質問に来るクラスと質問に来ないクラスがクッキリわかれて、とても今度のテストの結果がこわかったりしますが、結果が出ないとなんとも言えないので、とりあえずこの間の人権学習の感想文を読んでました。去年授業を担当した子らには評判よかったみたいです(笑)。でも、うれしいな。
夕方、ここしばらくサボってたランニング。1kmを5分30秒で少し長めに走るのが目標でしたが、いい調子で走ると1kmが5分になってしまってました。おかげさまで、4km走ったところでペースダウン。6kmもたずに走るのやんぺ。あとは補強です。まぁまだ走りはじめて3ヶ月弱ですから、こんなもんなのかなぁ。

家に帰ってお風呂に入って、ビールを飲んで、わたしのと下の子どものとおべんと詰めたら8時をまわってることに気づきました。いかんいかん。
ということで、ネット経由のグループ会議に参加。小一時間、あーでもないこーでもないと議論しました。まぁ有意義だったかな。新しいことをはじめるのは楽しいけど、わたしがどこまでできるかだよなぁ。
グループ会議の最中に、スマホもoreoにアッブデートできたみたいです。人柱がいろいろたってるけど、どうなるかわかりません。
さてと。あとは録画してある鉄腕ダッシュ見て寝ますか。

ウケたらしい→玖伊屋

今日は「子どもの権利条約総合研究所」の公開シンポジウム「多様な背景を持つ子どもの権利」です。わたし以外に話をされるのがDPI日本会議崔さん桜本保育園の朴さん、弁護士の佐藤さんです。中でも崔さんとは年に一回は飲み屋でバッタリ会うけど、シラフで会うのははじめてです。どんな話をされるのか期待です。ちなみに、朴さんのおられる桜本保育園にも大学時代の友だちがいます。佐藤さんの「外国人の子ども」にかんしても某在日外国人教育関係の関係でからんでます。なんか、東京なのにホーム感が感じられます。
てことで、新幹線に乗って、とりま東京へ。ここで、なぜかシゲせんせーと合流。こないだ忘れたワインオープナーをピックアップしてもらっての受け渡しでした。ありがとーo(^^)o
で、向かうは早稲田です。
まずは昼ごはんのお弁当を食べさせてもらって、その後、軽く打ち合わせ。そしてシンポです。
トップバッターは崔さん。ところどころに小ネタをはさみながら、がっつりと社会モデルやインクルーシブ教育あたりについて話をされました。それにしても、障害者権利条約の(安易な)批准を阻止するって、すごい話やな。なんか、みにつまされる気分です。
お次はわたしの番。わたしのテーマは「性的マイノリティの子ども」らしいです。広いです。あまりにも広いです。なので、いつものように、LGBは「専門外」とことわって話をして、Tについてはここ数年考えてることを話をしました。にしても、25分で130枚のスライドはアホです。まぁ、使い方知らないからムダなスライドがたくさんあるんだろうけど、それでもアホです。てか、たぶんプレゼンの使い方を根本的に間違えてるんだろうな。本来はデータをじっくり見てもらうためのものなんだろうけど、わたしのはネタのために使ってますからね。それでも笑いがとれたからよしとしましょうか。
そして朴さんです。まずは「名前」の話です。「本名を呼び名のる」という言葉が出てきます。そして「ヘイトスピーチ」のこと。なんか、自分の原点を思い出させてもらう話でした。
最後は佐藤さん。こちらは打って変わって、最近急激に顕在化してきた在留資格をめぐる話です。もちろん「顕在化」なので、潜在的にはずっと前からある話ではあるんですけどね。ちなみに、わたしも去年パネラーやりました。
そんなこんなで、約2時間の問題提起のあとは、質疑応答と意見交流です。「アイデンティティ」をめぐる話や「合理的配慮」という訳語の問題など、けっこういろいろおもしろい話があった気がします。そういや「インクルーシブ」を「包容」と訳すのはアカンやろ。なんかズレるんですよね。というか、ずらして訳すことで骨を抜こうとしてるのかな。
まぁ、そんなこんなでシンポ終了。その後、懇親会に出て、崔さんやMうらさんなんかとダラダラ飲んだくれました。そうそう、日体大の学生さんが来ておられて、シンポの最後に新学習指導要領についての質問をされたんですが、そんな話をしたり。
で、帰りの新幹線の時間が来たので崔さんとMうらさんと3人でとっとと会場を離脱。
新幹線では、なぜかいずみちゃんと合流。

ここからは酒処のぞみです。ふたりで2時間ちょいうぇーいして、向かうは東九条です。なにせ、今日は玖伊屋です。
到着したのは11時くらい。すでに第一弾の食べ物は終わってますが、第二弾の食べ物が出てきたりして、なかなか幸せです。が、ほどなく気を失ってしまいました。

駅前の駐輪場にて

今日は朝は少しゆっくりできるので、とりあえず雑務をしたり、机のまわりを整理したり。なにせ、昨日一日で、机のまわりの山が2層ほど高くなってます。
授業はどうせ図書室学習。
そうそう、大切なインフォメーションをしておかなくちゃ。
「わたし、試験前の補習とかせえへんしな。試験前に「教えて」って来ても却下するしな。5時になったら帰るしな。だって、帰ってビール呑みたいもん。だから、この時間を有効に使うんやで」
すると、子どもたち、けっこう質問に来てくれました。よしよしo(^^)o。
放課後は早めに職場を出て、昨日の人権学習で使ったDVDの返却のために本店に行きました。行きの途中はずっと交流会の連絡です。たぶんBCCで送ってるけど、たぶん100人くらいに送ると、さすがに疲れます。そんなこんなで本店でDVDを返してると、そこになぜか知り合いが…。DVDの感想言ったりして、ひとしきりみなさんの仕事をじゃましてしまいました。

で、北摂地方のとある都市へ移動。ここで、高校教員と保護者(母)と生徒と合流です。5人で謀議はいいのですが、なぜか場所はサイゼリア。理由は「安い」「キリン」「ワイン」です。ちなみに飲んだのは保護者とわたしだけ。
カンパーイ
とやって、すぐに話しかけようとした教員を手で制止して、心ゆくまでビールを流し込んで、ひとこと
「うまい」
とつぶやくこの保護者、好きですo(^^)o。てか、トランスジェンダー生徒交流会の保護者、こんなんばっかりやけどね。
で、ひとしきり謀議がすんだら子どもは家に帰して大人の時間です。さて、どこで呑むか。
「めんどくさいし、コンビニで買いましょか」
ということで、思い思いの飲み物を買って、乾きものも買って、ちょっとした小径の地べたに座って呑み再開です。いやぁ、これぞ呑みです。なにをしゃべったかわからないけど、なんしか10時くらいまで飲んだところでお開きです。
ほんとにサンクチュアリだなと。

あとはあれこれ

その後、本店に行って、明日使うDVDを借りてみたり、わたしのセクションのトップを表敬訪問して、「風向きを変えてくれた」お礼を言いに行ったり。
午後は某人権教育関係の会議です。今年度も立ち上がってきたけど、まだまだなところもあるので、あーだこーだと話しあい。
夜は恒例の会議ですが、その前にけっこう長く使ってきたリュックを入院させました。なんせ、ファスナーがもうダメになってるので。そして、ほんの少しだけおべんきょしましょうか。

味にご不満はありませんとも。
さて、会議に行こうと思ったら、会議のメンバーのHりさんがやってこられました。
「ヒョイとのぞいたら、いつきさん、いたし」
とのこと。わたしはワインの残りを、Hりさんはビールを一杯引っかけて、会議の場所へ。
恒例の会議では、いらんことを言ってしまうテンションで「今日も絶好調やな」とつぶやいてしまうなど。
この会議、基本的には仲よしに入れてもらってますが、ものすごいアウェイなんですよね。それを突きつけられることはよくあります。今日もありました。が、それこそがわたしが求められている役割だし、そういう発言をしないとここにいる意味がありません。
なので、今日もそんな話をして、恒例の飲み会へ。
今日もおいしいお酒とおいしい料理を食べて、クールダウンです。

まぁまぁかな

今日はヤクゲトの日です。
まずは先週の検査結果を受け取って、その後、いつものお医者さんへ。ホルモンの結果はこんなんです。

測定日 E2(pg/ml) T(ng/dl) 薬(錠/日) ビールの本数 ビールの味
2006/08/10 67.3 0.05(ng/ml)     4 1本弱
2007/02/08 1430.0    5 1本弱
2007/04/10 1386.0     4 1本弱
2007/06/14 587.2   3 1本
2007/08/16 104.1   2 1本
2008/02/14 681.1   2 1本
2008/04/10 418.0   1.5 1本+α
2008/06/04 65.0   1 1本では足りない
2009/01/27 69.0   1.5 1本
2009/09/17 88.8 603.9   1.5 1本
2009/12/8 174.9 33.6   2 1本
2010/04/26 97.5   5/3 1本
2010/08/09 10以下 0.4 12.9 43.3 0 1本
2011/02/16 43 0.3 13.7 35.3 0.5 1本(無敵)
2011/09/21 24 0.2 14.3 36.3 0.5 1本
2012/07/24 10以下 0.1以下 17.8 63.0 0.5 1本
2012/11/17 30 0.2 9.9 25.1 1 1本
2013/11/11 42 0.1 4.7 19.2 1 1本
2014/03/04 50 0.1 10.2 22.1 1/2 1本
2014/11/06 20 0.1 8.2 17.3 1/2 1本
2015/04/18 42 0.2 4.6 11.9 1/2 1本
2015/11/10 72 0.3 4.3 15.2 1/2 1本
2017/02/13 41 0.2 5.4 14.7 1/2 1本
2017/07/01 18 0.2 10.1 28.2 1/5 1本
2017/10/31 118 0.2 8.5 21.5 1/3 1本
2018/02/13 13 0.2 15.3 43.3 1/3 1本
2018/05/05 105 0.3 7.7 24.7 2/7 1本

※2013/11/27よりエストラーナを1/2
※2017/03よりエストラーナを1/5
※2017/07よりエストラーナを1/3
※2017/10よりエストラーナ0.360mmを1/3
※2018/02よりエストラーナ0.720mmを火・金
狙う値はE2が50〜100

ちなみに、基準値は以下の通り。

ホルモン 男性 女性
E2(pg/ml) 19〜51 19〜226(卵胞期)・49〜487(排卵期)・78〜252(黄体期)・39以下(閉経後)
テストステロン血清(ng/dl) 225〜1039 3〜67
望ましいT値(ng/dl) 100

医「うーん、まぁいい値かな。50〜100をキープしたいのよね」
たぶん、わたしの身体はそれやるの、すごく難しいんだと思います。
まぁ、言ってみれば、RZ250で2000回転をキープみたいな。気を抜くとボボボとかいって回転数下がるし、少しアクセル開けるといきなり6000突破するしみたいな。しかもそれ、アクセル開度をいつも同一でいけるかというとそうではなくて、路面や気温や気圧や湿度で変わります。なので、タコメーター見ながら、アクセル開度の細かな調整が必要です。
例えば悪いけど、とにかく検査結果見ながら調整をするしかないです。でも、さすがに2017年7月から立て続けなので疲れてきました。そろそろ「これくらいにしといたるわ」といきたいものですね。
てことで、次は4ヶ月後ってことにしました。

で、ホルモンよりも問題なのはγGTP関係です(笑)。

測定日 γGTP ALT
基準値 1-80 5-45
2010/08/24 107 36
2011/08/23 223 82
2011/09/21 184 57
2012/07/24 100 29
2012/11/17 72 26
2013/11/11 118 34
2014/03/04 100 22
2014/11/06 118 23
2015/04/18 90 26
2015/11/10 94 39
2017/02/13 115 26
2017/07/01 124 34
2017/10/31 129 28
2018/02/13 86 25
2018/05/08 100 32

前回よりあがったけど、まぁこんなもんですね。てか、最近、家ではウィスキーとか泡盛とか呑んでるし(笑)。

謀議の果て

今日は午後からK厶МョンスさんとSんい・じゅごんさんと3人で謀議です。ちなみにМョンスさんから「コーヒー飲めるところ知ってる?」と聞かれたので、「ビール飲みながらじゃないんですね」と返したのは、ここだけの話です。てか、それへの返答が「話が終わったら水月亭」とかいうのだったんですけどね(笑)。
てことで、午前は時間があるので、久しぶりにジョギング&筋トレして、部屋の片づけして、おべんきょなんぞをしました。
で、京都駅へ。ここで、3人で謀議です。それにしても、人のつながりってすごいなと思います。なんだか、わけのわからんところでみんながつながっていて、わたしがやることは詰まったパイプの掃除くらいです。
で、4時前にコーヒー屋さんを脱出。水月亭に行ったら、あまりにも当たり前ですが休みです。さてどうするか…。まぁここで「わかば」に足が向くのは当たり前といえば当たり前です。
「久しぶりやな」
と歓迎してくださって飲み開始。なるほど、マッコリとメッチュを混ぜるとおいしいわ。なんでも「メッコリ」というそうな。
でも、速やかに
ハイボールください」
と移行。と、オモニ、
ハイボールやな、わかった!」
とめっちゃうれしそうです。なにかがおかしい。
そうこうするうちに、お客さんも集まってくるわ、娘さんも来られるわ。えらいことになりはじめました。МョンスさんもSんいさんもすでにハイボール濃いめです。
「色がおかしい」
とか騒いでます。はい、ここのハイボール濃い目は色がおかしいです。
てことで、9時過ぎまで呑んで、フラフラになって帰りましたとさ。
でも、話はメッチャおもしろかった!

うまくいけたかな

今日はトランスジェンダー生徒交流会です。が、いつも使ってる集会所が使えないので、はじめて近くの障害者会館を使うことになりました。はじめてのところは使い勝手がわかりません。てことは、メニューが組めないということです。みんなでいろいろ論議をしたけど、最終的にはバーベキューということになりました。
みんなで集合場所に集まって、三々五々会場に向かいます。わたしは最終組で会場へ。と、1期生のKょうこちゃん登場!あいかわらずのオーラです。
でも、買い出し組がもどって来ないと作業が開始できません。ところが、今日は急がなきゃなりません。なにせ、地元の老人会のみなさんとの交流もありますからね。てか、12時半に来られるのに、12時の時点でなにもできてません。どうする?と、ここで、買い出し組がもどってきて、さらき大量の机とイスと屋根が運ばれてきました。地元のNPOの財産です。すごいです。ここから突貫工事で作業開始です。
てことで、なんとか老人会の方々を迎えることができました。やばいやばい。まずはいっしょにごはんを食べて、その後自己紹介。
い「自己紹介、みんなのぶんやったらメッチャ時間がかかりますけど」
老「それはしんどいな」
てことで、何人かの代表者を急遽つくって、その子らに話してもらうことにしました。でも、子どもたちの経験は過酷です。そんな過酷な状況をひとりでサバイブしています。そんな話が老人会の方々に届かないはずがないです。だって、老人会の方々も過酷な部落差別と闘ってこられたからです。
そんなこんなで、いい交流ができて、老人会の方々は帰って行かれました。ホッとしたところで力が抜けました。それでも、昨日の今日なので、ネンミョンを食べるのは忘れません。みんなでシェアしたので、少しずつですがね。

と、なんか気がついたら、車いすに乗せられてました(笑)。たしかに楽だし気持ちいいけど、なんか申し訳ないです。
その後、いつもの集会所にもどって、公式の自己紹介開始です。すでに時間は6時をまわってます。あまりに遅いと、せっかく老人会の方々に好印象をもってもらったのに水の泡です。でも、子どもたちは自己紹介をやめようとしない(笑)。結局、7時に強制的に終了させて、とりあえず解散です。
その後、大人と子どもにわかれて、それぞれが打ち上げに行きました。大人はいつもの「幸楽」です。が、ここで楽しく論議しながら飲んでましたが、ふと気がつくと、赤ワインをメッチャこぼしてました。そういや、パートナーから
「ワインこぼすなよ」
って言われてたからなぁ^^;

実はまだ続いてる

今日は夜に大阪で注射です。
打つのはケナコルト。ケロイドの治療です。前にも書きましたが、ゴニョゴニョってテクマクマヤコンではありません。もちろん、人によってはテクマクマヤコンかもしれないけど、それは「ひとによって」でしかなくて、逆に言うなら人によってはテクマクマヤコンにはならない。そして、それはやってみないとわからないってことです。
わたしのケロイドは3年弱たって、かなりマシになりました。でも、完全に落ち着いたわけじゃないので、そこまでは落ち着けるための処置が必要です。
てことで、N羽さん、患部を一目見て
「このかさぶたチックなのはなんですかねぇ」
と。
かさぶた…。
そういや、最近たまに下着がよごれてるな。直視したくない現実をつきつけられた感じです。でも、現実と向きあうのは大切です。やはり、少し盛り上がったところがすれてるのかな。でも、それだったらいいです。
「確率は低いけど皮膚がんの可能性もありますからねぇ」
マジか…。
でも、こうやって定期的に見てもらっていれば、それはそれで安心といえば安心です。
そして、メッチャ痛い注射を打ってもらいました。もちろん今回もナースさんの手を握りしめてましたとも(笑)。
帰りのエレベーターでナースさんと一緒になったので、ちょっと話。
「保湿成分のあるものを塗ったほうがいいかもしれませんね」
なるほどー。できることをやろうかな。

でもま、こうやってまだ続いていることをブログに書くこともまた、継承なのかもしれません。

「トランスジェンダーの歴史」

なにが悲しくて、火曜日に引き続き今日も大阪なんだろと思うのですが、引き受けたものは仕方ないです。てことで、SEE主催のセミナー「トランスジェンダーの歴史」のコメンテーターをしに、今日も大阪まで来てしまいました。まぁ、コメンテーターさせてくれるのはHがしさんのエールなんでしょうね。ありがたいです。
なので、さっさと仕事を終えて、早めに行って会場準備をしようと思ったら、JRが架線の確認をしたとかで快速が「ウヤ」とかで、結局準備には間に合わず。
会場に到着して、いろいろな人とごあいさつ。ほどなくセミナーがはじまりました。

今回のセミナーはヴィクトリア大学のAaron Devorさんによる「The chair in transgender studies/transgender archives」です。当然のことながら英語です。なので、通訳は東優子さん。でも、とてもわかりやすかったです。まぁ、理論的な話というよりも、Aaronがやってる活動紹介でしたからね。内容的にはそんなにむずかしくはなかったです。あと、ゆっくり話してくれるのも助かりました。
それにしても、ヴィクトリア大学のすごさというか、Aaronのすごさを認める大学の度量というか、そんなことを思いました。
やってることはふたつです。
ひとつはconferenceを開いているということ。なんでも、あいさつは学長クラス・理事長クラスがしにくるとか。参加者はactivistやresearcherやartistなど幅広くて、まあ大学関係者(含む学生・職員)とそれ以外の人が半々くらいとのことです。で、講演やってるのはほとんどが当事者みたいです。今年はアメリカ初の黒人のトランス女性の市会議員も講演したとか。あと、おもしろいのはartがあること。人がすごく集まるみたいです。2018年には映画監督を呼んで上映会したらしいです。さらに、今年のconferenceではyouthとelderのpanelがあったんですって。あと、奨学金とか賞とか出してるみたいです。
もうひとつはtransgender archivesです。資料の一端を紹介されてたけど、すごいです。日本のものもあって、『FTM日本』はありがちだけど『QUEEN』もありました。あと、大切なのは、本じゃなくてニュースレターとかチラシとか書簡なんかもあるんですね。そんなのが膨大な量所蔵されてて、しかもいつでも誰でも行けば無料で閲覧できます。キーとなる資料は電子化されていてネットからもアクセス可能です。

で、後半の最初にコメンテーターの仕事をしました。
まずは、前半部分について。
そういや、わたし、awardとったなと。でも、賞金は出なかったなと。次の年からは出るようになったみたいだけどね。あと、映画にも出たなと。それから、2017年には「トランスジェンダーの過去・現在・未来」みたいなシンポにも出たし、2016年にはstnでも同じようなシンポしたなと。なんか、ひとりconference状態だなみたいな話(笑)。
で、後半について。
まずは、自分がトランスであることを知った1997年に、はじめてアクセスしたセクシュアリティについての情報は「キリストの風」というニュースレターだったということを思い出しました。なかでも「かじよしみ」という人がアメリカの事情を連載してたんだけど、すごく新鮮でした。たぶん、本と違って、その時の空気がリアルに伝わってくるんですね。だからこそ、archivesなんですね。そんな中で、例えばarchivesの中にはTudaだったかな、有名なヌードモデルさんがおられて、その方の写真もあるらしいんですが、トランスでヌードだと、意味あいは違うけど、藤村美沙さんのセルフヌードを思い出すんですよね。特例法前夜、完全施工のセルフヌードを公開して戸籍変更を要求した人がいたということを、たぶん知ってる人は、もうほとんどいないんじゃないかと思います。そういう歴史や人が「なかったこと」にされていくことに悲しさと怒りを感じるんですよね。
あと、これもarchivesにあったんだけど、1920年頃の新聞記事がたくさんあって、それは異性装して逮捕された記事です。でも、当時のトランスの人たち、そういう記事を読んで「ひとりじゃなかったんだ」って思ったって言っておられました。そして、トランスジェンダーの人たちは、その記事を切り抜いて保管してた、それがarchivesになっている。この話を聞いた時、泣きそうになりました。でも考えてみたら、わたしもいずみちゃんの記事を見て「自分にもできるかも」って思ったしね。
で、振り返って日本を見ると、こういうarchivesをつくっているのは三橋さんだけなんですよね。かたや大学がやり、かたや個人なんです。
で、わたしなりに考えた日本の課題は、ふたつの分断があるということでした。
ひとつの分断はelderとyouthの分断です。つまりarchivesの重要性を知らないということですね。歴史に学ばないということ。そしてもうひとつがactivistとresearcherの分断です。これもまた歴史や理論から学ばないということ。たぶん、このふたつの分断をどうしていくのかが問われてるということを、Aaronの話を聞いて感じたという、ま、そんなまとめをしました。
ちなみに、そのあとの質問で大河りりぃちゃんが「日本ではarchivesは三橋さんひとりがやり、conferenceはいつきさんひとりがやってる」とかいうネタをぶっこんでくれました。
ま、その後、質疑応答もおもしろかったけど、まぁそんなこんな。

で、当然のことながらの打ち上げに行くわけですが、すでに9時半をまわってます。大阪駅近辺はラストオーダーが10時で閉店が11時。したがって、入店は9時半までらしくどこにも入れません。しかたないので、北新地の庶民的なお店に行って、ビール→ワインといったところでタイムアップ。
Sーちゃんとふたりで新快速で帰りました。まぁ、ひとりじゃないから安心ですわ(笑)。