さぁ、今日は後は何もない。
お風呂に入って、ビールを呑んで、「行ってQ」でも見て寝ることにしますか。
カテゴリー: 日常
考察・御苑通りと関西の話
フィールドワークが終わってから水道橋へもどり、三橋さんと居酒屋で軽くビールを呑みながらよもやま話をします。
なかでも、強烈だったことがふたつありました。
- 御苑通り
ひとつは「境界線の移動」の話です。
そもそも新宿がなぜ「つくられた街」になり得たかというと、4丁目と2丁目の歴史に起因するように思いました。
4丁目はもともとは天竜寺の寺社町として発展しますが、その後「木賃宿」の指定地として貧民窟へと変化していきます。また、2丁目はもともとは赤線地帯です。こうした街は、ともに行政による強制的な介入がしやすい街になります。
で、御苑通りですが、これはもともとの2丁目の中に後からつくられた通りです。この道ができたために、本来末広亭のあたりにあった2丁目の境界が御苑通りに移動してしまったようです。
では、なぜ新たに境界を引き直したのか。
そこに、なんとなく「2丁目を分断しようとする意図」を感じてしまったのですが…。実は、三橋さんがつくられたコース図には商業ビルを色わけがしてあります。これが御苑通りを境目にしてはっきりと密度が違います。「土地価格に差はありそうですか?」という質問をしてみたのですが、「はっきりとはわからないけど、おそらくは違うだろう」という答えでした。
それ以上の結論があるかというと、実はないのですが、新宿駅から続く3丁目の雰囲気と御苑通りの向こう側のそれとは、単にゲイタウンであるというだけではない、「違い」を感じてしまいます。あたかも御苑通りの「向こう側」へと「性の街」を追いやったかのような気がしたのですが…
- 関西の話
もうひとつ驚いたのは、男娼の組織化の時期の話でした。
三橋さんの言われるところによると、男娼の組織化は「明らかに関西の方が早い」ということです。組織化された場所は釜ヶ崎。当時は、美輪明宏さんもカルーセル麻紀さんも、釜ヶ崎の「元締め」のところにあいさつに行かなければ興業ができなかったとか。で、それを証拠づけるのが「記念撮影」とのことです。
たしかに記念撮影ができるということは、それだけのグループがあり、それが一定の秩序の元に動いていたということです。それは水平社運動にかかわる史料で記念撮影の写真がよく使われることにもあらわれます。
釜ヶ崎と言えば、その隣には飛田新地があり、反対側には西成〜浪速と続く部落があります。まさに、大阪における最大のアジールです。
ところで、三橋さんの「公式の人権」のとらえ方への批判点は、こうしたアジールへの評価のあり方にあらわれます。
具体的には、例えばリバティ大阪の展示では、釜ヶ崎は「労働者の街」としてはとらえられていますが、男娼の街としてはとらえられていない。あるいは「女性の人権」の中で飛田新地はあらわれてこない。これらの街は浪速のほんの目と鼻の先にあるにもかかわらずです。
こうした方針は、たとえば女性やセクシュアルマイノリティの展示内容が、80年あるいは90年以降のみであるところにもあらわれるとされます。まさに「公的に認められた*1運動史」としてしかとらえられていない。
そこに「性」を直視できない「人権」のありようがあるのかなとふと思いました。
*1:あるいはその直前からの
これが日常なんだよな
朝
お弁当を持って出勤。職場についてメールチェックを一通りすませ、書類作成。その後、肉体労働。外回りをする。
昼
パソコンに向かいワーク。上司から「◯◯、検討しておいて」と頼まれる。方法が思いつかない。
ふと原稿を抱えていることの気づく。M村さん@奈良にメール。
I「〆切いつでしたっけ?」
M「月末ですよ。原稿出してすっきりした体で広島に行きましょう」
I「やばいです。一文字も書いていません。ネタも思いつきません」
M「わたしもです」
I「o(^-^)o」
安心した。←違
生徒が放送関係で相談に来る。めんどくさいので一緒に作業。「とろけそう」とかいう女子高生のセリフを録音しているけど、終わった後でみんなで笑う。
突然S井さんから写真付きのメール。
「新大阪で、偶然Oさんと会いました」
気がついたら呑み会の話に発展している。なんでだろう…。
放送室に行くと、生徒達はUNOをやっている。
「忙しいところすまんけど、今度の合宿のな…」
まぁそんなもんだ。
帰り道にビールを買う。もちろん◯ビス。財布がドッと軽くなる。さらに帰り道出張のチケットを受けとる。もちろん◯ーカイだけど。
夜
ご飯を食べて、パートナーと一緒に後かたづけ。
下の子どもと一緒に「123」を見る。眠くなったので睡眠。
これが日常なんだと思う。やっぱり…。
ハプニング!
とうとう買った
ここ数日、我が家のテレビは見ている最中に突然電源が落ちるという怪現象に見舞われています。インジケーターを見ると、「オンタイマー」というのがピコピコしているのですが、んなもんセットしたおぼえはありません。
いままでは、スイッチを入れるとたまに「うつらへん」となっていたのですが、昨日は10分おきにスイッチが切れて、しかも一度切れるとなかなか電源が入らないという状態。
このテレビ、もうかれこれ10年近く使っている代物です。25型のブラウン管、しかもフラットパネルじゃありません。地上波デジタルはもちろん、BSチューナーもついていないという代物です。まぁ、ほどんどディスプレイとして使っているので、アナログチューナーもあってもなくてもいいようなもんですが…。でも、そのディスプレイとしての役割をなさなくなったら、まぁしかたないですね。
てことで、早朝一発、電気屋巡りをして、とうとう買っちゃいました。32型の液晶テレビ。地上波デジタルのチューナーもついています。
夕方設置されたテレビを見て、子どもたち、喜んでいました。ずいぶんと我慢していたんだろうなぁ…。けなげな子どもたちですよ。
寄り道
やっと日常
午後から職場で仕事仕事仕事。ふぅ。
仕事が終わって家に帰って、お風呂に入って、晩ご飯のビールを呑んで(笑)子どもに録画しておいてもらったF1とモトGPを見て。
日常だ…。
でも、なにごともなくわたしを迎えてくれる家族がうれしいな。感謝…。
寄り道・その2
大阪市南部に来たら、当然遊びに行くのはここ。なんしか仕事をしている友だちのところに行って
「さっさと終わってビールのみに行こ〜」
と邪魔をするのがわたしの趣味です(笑)。
てことで、定時まで仕事をしたMさんとちかくの立ち飲みへ。ちなみにこの友だち、この日に「あひゃひゃ!」と笑ったヤツです(笑)。
中にはいると、K田さん@元府立人研事務局とK村さん@高校教員が呑んでおられます。さっそく合流してみんなでワイワイしゃべります。と、もうひとりの友だちKさんも入ってきてみんなでワイワイ。Mさんとはオネェネタでひと盛りあがり。
んなことをやっていると、あっという間に次の用事の時間が近づいています。あわててお勘定をして店を出ます。
寄り道・その1
今日は急いで帰らなくちゃならないので、朝早くにおいとま。それでも久住の山を見ながらデッキでコーヒーを飲む時間はありました。なんと贅沢な時間…。
大分駅でおにぎりとお茶を買って、帰りの電車の中でちびちび食べます。さすがに3日連続の宴会で、ちょっと疲れているみたいです。
小倉からは新幹線。自分の席は…。ゲッ、となりはおじさま…。弁当を広げてワンカップを呑んでおられます。イヤな予感。
案の定、非武装中立地帯を平気で侵略してこられます。狭い…。
やがてワンカップを飲み干されました。ホッ。と思いきや、ごそごそとビニール袋を探ってもう一本。おいおい…。2本目を開けたところでお弁当はまだ少し残っています。イヤな予感がした次の瞬間、3本目が(笑)。よー呑むなぁ。
切符は京都までですが、新大阪で下車。今日は寄り道をしなくちゃなりません。
ウォーミングアップ
朝方、ちょっとクーラーが効き過ぎかなと思ったら、隣にいたSちゃんが
「寒くない?」
と聞いてきます。
「ちょっと」
と答えると、タオルケットを掛けてくれました。優しいなぁ。
てか、昨日の夜はHボンの家で4人で雑魚寝。まぁそんなもんです。
7時頃にフラフラと起きあがって、とりあえずメールチェックをしたり、ダラダラしたり。やがて、Hボン特製のソーメンチャンプル&ゴーヤのおしたしをいただいて*1、O分市に向けて出発。
山道をワイワイ言いながら*2爆走。
と、途中でHボンの家に忘れ物をしたことに気づきました。
「どうしよう…」
「あ、後で取りに帰りますよ」
「へ?往復3時間やで?」
「ドライブ好きなんで、な〜」
こいつらネジが切れかかってるな…。
O分に到着したのがちょうどお昼時。知りあいにメールをして昼ご飯に最適な店を教えてもらいます。向かったのは「大納言」という店。3人で鶏天・焼きソバ・親子丼を仲よく食べました*3。にしても、鶏天の量が半端じゃないです。みんなで汗をかきながら食べました。あ、もちろんわたしは飲み物もね…。そうそう、ヘパの補給もしなくちゃ…。