出ない…→出た…

なんか、このご時世なので、放送部も方向転換しなくちゃならんかなと。なので、.ATEM MINIを買ったのですが、なにやらオープンスクールでライブ配信をしたいとかいう話が出てきて、使いたいとか言いはじめています。まぁ、こうなることを予想しての話ですけどね。
zoomについてはすでにテスト済なので問題はないです。が、ハイブリッドなので、リアルの方との整合性をどうつけるかですね。モニター出力から出せばいいのかな。
てことで、モニター出力のところに液晶ディスプレイを接続。さてと。
出ない…。
どうやらリフレッシュレートが違うらしいです。えーと…。今日はこれくらいにしといたるわ!
てことで、あとはビデオづくり。しかし、素材が揃ってないからつくりようがないです。なんでも、素材は印刷屋にあるんだとか。えーかげんにしてほしい。
それでもストーリーを考えるだけでもしなくちゃね。でないと、素材が来てもつくれない。
いろんなテーマを並べていって、うーんうーんと考えた瞬間…。
出た…。
そうか、それでいけばいいのか。
さっそく若い衆に「この観点で、再度素材を集めて」ってリクエスト。ついでにひとつお題も出しました。さぁ、どんな素材を集めてくれるかな…。

やはりお風呂やな

さすがに朝は絶不調です。とにかくあまりにもしんどすぎます。寝不足&二日酔いです。なのに、朝イチから3連続授業です。しんどい…。
それでもなんとか授業を終えて、ホッと一息。
なんかやる気が起こらないけど、ビデオの編集をしましょうか。なんかうまくつながらない。そうか、もっと引いて撮らなきゃならないんだ。
そうだ、明日のプリントもつくらなきゃ。
そんなことをやってるうちに、なんとなく時間は進んでいきます。定時になったので帰りましょう。

家に帰って、晩ごはんの準備をしながら、悩むことひとしきり。7時からあるオンラインの前に、なにをどこまでやるか。まぁ、肉を焼くのは途中で退座してやればいいか。他のはつくってしまいましょう。それはそれとして、やはりシャワーを浴びておきたいな。てことで、シャワーを出したところで、「違う」と思いました。「ここはお風呂だ」。
てことでお風呂に入ると、やはり気持ちいいです。あのデロデロの体調が少しマシになります。
お風呂からあがったらTeamsのインストール。あー、めんどくさい。microsoftアカウントとか知るかいな。one driveも使ってないし。どうやらskypeのアカウントでいいらしいので、そいつでログイン。ふと設定を見ると、勝手にそいつになってるみたいです。いらんことしぃやなぁ。なぜこうやってすべてを囲い込みたがるんだろう。もちろん、それが楽な人がいるのはわかるけど、いろんなPCを使ってたり、いろんなアカウントを使ってたら、それらを使い分けたいわけだし、その時にいろんなのが紐付けられるとメチャメチャめんどくさいんだけどなぁ。
それでも無事インストール&ログイン終了。1時間ちょっとオンラインでおしゃべり。ちなみに、うちひとりは昨日も一緒だったGっさんです。ふたりとも今はけっこうすっきりした顔をしています。よかったよかった。
オンラインのおしゃべりが終わったところで、ようやくビール。食後しばらくダラダラして、さてと寝ようかと思ったけど、ふと「もっかいお風呂につかろうか」と。体内温度を少し上げて、表面温度を少し下げたら、よい睡眠になるらしい。
てことで、ぬるーいお風呂にザブン。ふう、気持ちいい。これで明日は少しマシな1日になるかな…。

やばい予感

今日は午前も午後も出張です。なので、朝はほんの少しのんびり。
それにしても、下り方面は快速が全然走っていません。どうなってるねん。まぁでも複線化されたら…。変わらんか…。てか、その頃は別の仕事をしてるかも。できたらいいなぁ…。
てことで、電車に乗っていると、ひとつおいて隣のガッコの生徒がわんさか乗ってきました。そうか、時差登校か。
まぁそんなこんなで山間にある小さな町の小学校へ。ここでいろいろ情報交換です。やはり、保育園・小学校・中学校って「地域のガッコ」ですね。ほんとうに子どもたちのことをよく知っておられれます。尊敬やなぁ。
ただ、高校のアドバンテージは「学校から少し離れられること」かな。例えば、結婚差別のことが話題に出たけど、かつてだったら池上誠さんのことを扱ったりしていたと思うけど、それはあまりにもマイナスのメッセージを伝えてしまいます。もちろん事実は事実ですから隠すわけじゃないですけどね。でも、伝え方としては、わたしなら『被差別部落の大学卒業者の進路と結婚』を使いたい。つまり差別をするかどうかで選別する。この伝え方の大切なことは、部落外の人間が選ばれる側になるってことです。
で、そういうさまざまな情報に近いところにいるのが高校教員かなと思うわけです。でもまぁ、みんながみんなじゃないか(笑)。
そんな感じで午前の出張終了。
ここから今度は京都府中部の町まで電車で移動です。おべんとはもちろん電車の中で。

午後の出張はハイブリッドです。今回はとある支店長が持ってきてくださったオンライン会議用のスピーカー&マイクのブツのおかげで快適にできました。
そして再び京都駅へ。30分ほど時間があったので、ヨドバシに行きますか。
スマホ、ちょっと見てみようと思ったけど、店員さんがやってきてプランがどうのあれがこうのとうるさい。わたしは単にoppoのスマホが触りたいだけなんですよ。ほっといてほしいな。用事があれば、こちらから行くのに。
てことで、待ち合わせの時間になったので脱出。藤尾さんと合流して、とあるお店へ。そこにおられたのはN嶋さんとGっさん。ここでなにやら、いろいろ謀議。はいいけど、なんでわたしがここにいるんだ?藤尾さんだけでええんちゃうん?
で、2時間ほど過ごして、藤尾さんとはバイバイ。またねー。残る3人でもう一軒。ここでM下さんと合流。この時点で、かなりグダグダになってます。これはヤバイな。明日はどうなるんだろ。

これも出張

今日はある人と会うべく、朝から連絡。でも、さすがは中学校教員です。どうやらメッチャ忙しそうです。朝、電話したら、「すでに授業に行きました」とのこと。「昼ならおられますか?」と聞くと「給食指導がありますから」とのこと。給食指導が終わった頃を狙って電話したら「授業に行きました」とのこと。「6時間目が終わるのは何時ですか?」と聞くと「そのあと掃除の指導がありますから」とのこと。結局放課後まで連絡がとれませんでした。
放課後、会いたい旨伝えると、幸か不幸かクラブの練習がないので会えるとのことでした。てことで、さっそく出張を出して学校へ行きました。
ちなみに、なんで出張かというと、人権教育関連の中高連携です。まぁ、副支店長が「ごくろうさん」って言ったから、それでいいんでしょう。
ちなみに、その教員の方、ゆきみちゃんと友だちとのことで、どんだけ世界は狭いねんってことですね。でも、おかげさまで話は早いです。いろいろなことを教えてもらいました。
なかなかしんどい環境の中におられるようで、
「うちの学校の人権学習、ぜんぜんなんですよ」
って言われたので
「うちの学校、こんなことやってます」
って伝えました。そしたら
「うちの子ら、高校に行ったらこんな学習に出会えるんですね。よかった」
って言ってくださって、うれしかったな。うちのガッコの人権学習をそんなふうに言ってもらえるって幸せだし、がんばろうとも思えます。そしてなにより、それをその教員の方の教え子たちに伝えられる。
ほんとに会えてよかったです。

と思って、そのまま直帰しようと思ったら、明日の出張の準備をするのを忘れてました。ヤバい。ガッコに帰らなきゃ。
退勤ミュージックが鳴るなか
「おはようございます」
と部屋に入ると
「おはようございます!あれ?」
とボケてくれる同僚がいるわたしは、きっと幸せなのかな。

かかわることにしようか…

今日の午後はウトロの火事の跡の整理です。ちなみに「かじのあと」って打ったら、「カジノ跡」って出てきたのでびびりました。
てのはおいといて。
久しぶりにウトロに顔を出すと、いつもの面々が「久しぶり-」と声をかけてくださって、やはりうれしいです。ただ、「いつもの面々」が少しずつ変わっていっているのがおもしろいです。東九条もだけど、ウトロもまた、世代交代を少しずつしていますね。それがうまくいっている場所のうちのひとつじゃないかな。ちなみに、わたしは「ウトロ守る会」の、ほぼ第1世代です。1988年に守る会が結成されて、わたしがウトロに入り浸りはじめたのが1992年です。ニューヨークタイムスに意見広告を出すって話は、守る会の会議で聞いていました。守る会の立ちあげメンバーではないという意味では1.5世代かな。第2世代ではないですね。ただ、ウトロの運動をやってきたというよりも、「ウトロ農楽隊」でチャンゴを叩いていただけです。年表には書いてないけど、1993年から1998年の5年間に、京都会館での集会なんかもあって、そのあたりの頃は農楽隊の練習で毎週のようにウトロに行っていました。たまに生徒をつれていったりもしてて、そんなのが新聞にもとりあげられました。

ただ、居住権の話とか、なかなか難しい話が出はじめるとともに、農楽隊の活動が減っていって、それにともなって、イベントの放送を手伝う程度になってしまって、さらに、交流会がどんどん増えていくなかで忙しくなって、だんだん行かなくなってきたってのが、ここ15年くらいの話ですかねぇ。そんなわたしですが、それでもウトロの会議の情報をずっと送り続けてもらっていて、今日は時間がある&力仕事なので、せっかくだから行こうかなと。
火事の跡はやはり痛々しいですね。そこから看板救出作戦です。「これはオモニの歌のやつや!」「おっ、セウォル号のが出てきた!」。ひとつひとつの看板に思い入れがあるだけに、ほとんど文字が見えなくても、なかなか捨てられません。そんなこんなで、そうとうな枚数が、とりあえず保管されることになりました。
その後、ボランティアの要請の時間です。さてさて、わたしはボランティアできるのか?時間があるのか?なにができるのか?悶々としながらその時間を過ごして、「ウトロ平和祈念館」予定地へ。なんか、ほんとうにウトロの「奥の方」の町並みが変わっています。かなりショックです。でも、祈念館の前には「焼肉スペース」をつくることは決定しているそうです。なんでも、祈念館をつくる時のウトロのみなさんの第一声が「焼肉やる場所はあるのか?」だったんだとか。だから、焼肉スペースはマストです。そんな話を聞くと、「町並みが変わっても、やっぱりウトロはウトロやなぁ」という気持ちになってきます。
てことで、今日の作業は終了。会館にもどって、帰ろうかな。帰らないでおこうかな。そんなふうに逡巡しながら、なんとなく居残って、展示パネルの話をしていたら、おもしろい歴史の話を聞かせてもらって、おもしろいなと。そんなふうにしていると、やはりかかわらなきゃなという気持ちになってきます。
てことで、気がついたらライングループに入れてもらっていました。まぁええか。もう1回ウトロで遊ばせてもらおう。

見つからない

とある事情で、原付を廃車にすることにしました。まぁしかたないです。所有者は天国でおべんきょしてますからね。
で、廃車の書類を書かなきゃならんのですが、これがめんどくさい。なにせ、ものがスクーターです。車台番号とかどこに刻印してあるのかわかりません。てか、フレームが表に出てないから見ようがない。まぁこれについては、自賠責の書類があったのでなんとかなりました。てことは、型式もわかります。問題は、原動機型式です。これは型式とは別です。わからん。どこを見てもわからない。さらに認定番号も探さなきゃなりません。
とにかく地面に這いつくばってひたすら探します。
そうこうするうちに、認定番号はなんとか見つけました。が、原動機型式はさっぱりわからない。
4L3とかはぱっと見たら、すべてが露わですから、すぐにわかります。が、スクーターはどうしようもないですね。
最後の最後で断念。まぁなんとかなるか。

そういや今日は9.11か。
まさか21世紀が20世紀に引き続き戦争の世紀になるとは思わなかったな。でもまぁ、史上はじめて「本土」が外部から攻撃を受けたわけで、そのショックの反動なんだろうな。「痛み」を引き受ければよかったのに…。

早く来い

朝起きて、相変わらず「仕事行きたくない!」ってなったけど、今日はなんとなくバイクで行くことにしました。少しモチベーションがあがりました。やはり7時前のバイクは気持ちいいです。
朝イチ授業は2発です。
「今日もふとんの中でもがきかかったけど、バイクで来たから気持ちよかったよ。もう今は帰りのことを考えてるねん。早く5時来いって思ってる。まぁみんなも「早く放課後来い」って思ってるやろ。おんなじね」
みたいな。で、授業を終えて、ひと息ついて。
午後は昨日の作業の続きです。
新採の同僚さんにカメラ撮りしてもらって、それとエンコードした画像をミックスする。
完成品を副支店長に見せたら、メッチャ喜んでました。理由はこれ。

「スバル360や!」
そこじゃない(笑)。
帰り道、ガソリン入れておきましょう。燃費は…。10km/lか。悪いなぁ。たぶんアクセルワークがダメなんだろうな。
それでも少しまわり道をして、少しだけクネクネ。
ふと思い立ってバイク屋さんへ。2stオイルの補給&ギアオイルの交換です。
この感じ、久しぶりやなぁ。

1日遊ぶ

朝、ふとんから出たものの、マジで行きたくないと、そのまま畳の上でゴロゴロ。結局7時までゴロゴロ。年休1時間とろうかと思ったけど、ふと「車で行くか」と思い直して出発したら、なぜか間にあいました。
よーわからん。
で、ふと思い立って、こいつをいじろうかと。

オープンリールのビデオデッキです。
なんでこんなものを触らなきゃならんかというと、支店長から「50周年記念行事で流す10分くらいビデオをつくってほしい」と言われたのが発端です。なんでわたしがと思いはするんだけど、たぶんビデオをつくれる人で時間がある人はあまりいない。たぶんそれが理由です。で、今年新採の人と一緒につくるハメになりました。
新採の人は卒アルを漁ってくださっているのですが、わたしは元視聴覚担当ということで、今は倉庫になってる映写室でホコリをかぶってるオープンリールのビデオを復活させようかなと。
どうすりゃいいかな…。
そういやPCA-DAV2なんての持ってたな。幸い放送部にwindows7のマシンがあるので、これにデバドラをつっこんでやったらいけるかなと。さらにソフトを探していたらNCHというところが無料で使わせてくれるらしいです。
てことで、午前いっぱいかけて環境をつくりました。まぁ、こんなことをやるヒマがある教員は、他にはあまりいないから、わたしのところに来るんだな。
で、放課後試しにやってみるかと。

こんな感じで接続しました。で、録画しようと思ったら「ffmpeg24.exeが足りないぞ」と言われてしまったので、またまたそれを探しに職員室へ。で、ダウンロードして、またまた倉庫へ。
で、いろいろやってたら、できました!

いやぁ、感無量です。
副支店長に見せたらメッチャ喜んでました。なにがって、走ってる車がなつかしいらしい(笑)。

なんか、出だしとは違う充実した1日になりました。

ハンセン病をめぐってグルグル

この間、ずっと「ハンセン病」のことが気になってます。わたしはかつて1回だけ「邑久光明園」に行ったことがあります。あとは、2年前の夏のフィールドワークかな。それくらいです。まだまだ足りません。この間見た動画もその一環です。その中で竪山勲さんという方がよく出てきたので調べてみると…。
「違憲国賠訴訟を闘いぬいて : あるハンセン病回復者聞き取り」という論文が出てきたので「おぉ!」と思って著者を見ると、福岡さんと黒坂さんでした(笑)。てことで、さっそくダウンロードして読みました。
いやぁ、すごい人ですね。なんか読んでて涙が出てきました。そんなことを太田さんにメッセージすると、「勲が飛んだ!」というメッセージとともに、このリンクが返ってきました。こ、これは!「人間として」というドキュメンタリーです。いや、助かりました。

ただ、やはり落ちてこない。もちろん「病気に対する偏見」とかはわかっています。でも、それなら、わざわざハンセン病をやらなくてもいい。ハンセン病をやるためには、ハンセン病でないとダメという必然があります。もちろん、隔離政策とか断種手術とかがあることはわかってるけど、それと今をどうつなぐか。高校生の現在とどうつなぐか。きっとカギはこの間見た動画の中の言葉。
「ハンセン病の隔離政策に加担したという意味では加害者。しかし加担させられたという意味では被害者。だから当事者であるという意識を持つ」
なんだろうと思います。たぶんその言葉が、まだ身体に染み込んでいないから落ちてこないんだろな。
竪山さんと会いたいなぁ。

やっつける

今日は出張のない出張日です。よほど休もうかと思ったけど、職場に行かなきゃできないことをやっつけようかなと。
てことで出勤。職場に着いたところで階段を上がる同僚から質問されました。
「あのGTR、誰のか知ってます?」
知らんがな。職員室に入ると同僚から質問されました。
「あのGTR、せんせいの?」
違うがな。まぁ、「湾岸ミッドナイト」の世界を知ってる人が、この職場にもいるってことですね。ちなみにわたしが知ってる世界はどちらかというと『ケンタウロスの伝説』です(笑)。
てことで、事務室から預かったGV-HUVCの動作テスト。ふむ、いい感じです。続いて放送部で買ったATEM MINIの動作テスト。なるほど。たぶん、ソフトで操作したら、もっとええんでしょうね。まぁ機材が足りないから、今日はこれくらいにしておいてあげましょう。ちなみに、数人の教員に見せたところ「なるほど」って言ってたので、たぶん活用するんじゃないかな。
これで昼前の少し前。ここからはこの間の研修会のときに出てきた川崎さんへの質問を川崎さんに送ってみたり。まぁ調べたらわかることとか、それではわからんにしても、わたしでもわかる事実関係のことはおいといて、「これは川崎さんからコメントしてほしいな」というのを選んでみました。どんなコメントが返ってくるか、楽しみです。
さてと、お次は…。
18日の「おべんきょ会」のことを少し考えましょうか。このあたりはほんとうは家のほうがはかどりそうなものですが、まぁよしとしましょう。なかなか家ではできないです。これもすぐに煮詰まります。なので、ペーパーへのコメントかな。なになに、「総評」を書けと。そんなのあったっけと思って、自分に対してきたコメントを見たら、書いてありました。続いて「コメント」を書けと。とにかく専門外ですからね。まぁただ、この手の仕事は専門と専門外のふたりでやるらしいので、素人の意見を書かせていただきましょう。
そんなこんなをしていたら、定時です。

これ、仕事なのかなぁと思われるかもしれないけど、教員の仕事って授業だけじゃなくて、その「だけじゃない」ところは定義しにくいんですよね。ペーパーを読むことと、それへのコメントを書くことも、内容がないようなだけに「教育をつかさどる」ことへとつながっていきます。「おべんきょ会」もそうです。なので、その定義はそれぞれの教員の裁量にまかされる。もちろん明らかにはずれた場合はアカンでしょうけど、そうではない場合はOKになったりします。なので、その裁量をどこまで広げるかですね。わたしはそうとう広げてきました。それを専門性というんだろうな。