チャレンジふたつ

昨日久しぶりに「ほっとけ」と言われたけど(笑)、翌日も授業があるのは世の常です。で、「ほっとけ」って言った子も、たぶん「しもた」って思ってます。なので、そこは触れない(笑)。
てか、今日はがっつりやらなきゃなりません。
今日のテーマは直線です。こいつをどう教えるか。いろいろ考えたけど、バラバラに教えるんじゃなくて、「一本の線」にしたがって教えようかと。
基本的に教科書の並びって、あるものごとをやって、そこにこだわってから次に行きます。その「こだわる」ところがしつこさを招きます。あと「こだわる」ところは少しレベルが上がるので、苦手な子にとってはしんどい。
なので、今日は徹底的に直線の方程式をつくることにこだわった授業をしようかと。
まず、「傾きと1点が与えられた直線」です。これをベースに「2点を通る直線」「ある直線と平行で1点を通る直線」「ある直線と垂直で1点を通る直線」を一気にやろうかと。なんでかというと、はじめのがベースで、あとの3つは「傾きを求めるバリエーション」でしかないからです。しかもこれらは図形の問題なのに、図形を書く必要がない。なので、図形が苦手な子も「ベースの公式を覚えればいいんだ」ってなります。
ただし、50分の授業で4項目はかなり厳しいです。テーマの提示・公式の導入・例・問・答えのワンセットをひとつあたり10分でこなさなきゃなりません。
てことで「今日はやります」と宣言して、いつもの通り小さな声でガンガン進みました。
さすがにみんな倒れていきます。でも、注意するヒマなんてありません。てか、いいんです。やりさえすれば、月曜日のプリントでフォローができます。
最終的に生き残ったのはクラスの1/3くらいです。でも、その子らの集中力のすごさが伝わってきたし、残り5分残って雑談してる時の「やりきった感」あふれる爽やかな表情は、見ているこちらもすごくうれしい。なにより、中間試験まで倒れてた子が、今日の授業を集中して聞いてくれてたのがうれしかった、思わずお礼を言いに行きました。
さぁ、月曜日は「余計なこだわり」をササッとやって、プリント30分やな。目標は、直線の単元を3時間ですませること!

で、夜は鳥取西部の人権啓発担当者の飲み会です。なんでわたしが呼ばれるのかはわからんような、わかるような。場所は水月亭です。久しぶりやな。
てことで、お店に入ると「久しぶりやな」と声をかられるなど。とりま、持ち帰り用の豚足を注文して、あとは呑みです。
が、ふと思いついて、聞いてみました。
「トランスジェンダー生徒交流会のキャンプがあるんですが、鳥取でできますか?」
こう言われると
「できる」
しか答えはありませんよね。でも、それだけじゃありません。
「えーと、高知ではかつおの差し入れがありました。島根ではたぶん鮎かな。鳥取は?」
暴投もここまでいくとひどいもんですが、こんなこと言われたら「ある」としか答えられません。
「大山鷄とヱビスでいい?」
やったね!ということで、来年は鳥取に行くことになりそうです。

ほっとけ→いっぱい会った

今までは試験前に図書館学習をしていました。が、そんなのではおっつかないなと。なので、やり方を変えて、ひとつのクラスでは、単元が終わるごとに復習プリントをさせることにしたのですが、昨日の授業で、もうひとつのクラスもやばい子がゴロゴロいることを感じました。なので、こちらのクラスも単元復習プリントで攻めることにしました。
ちなみに、「質問に来い」と言っても来る子らじゃないので、ずっと教室をまわって、とにかく教えまくることにしました。
ところが、みんながみんなやるわけじゃない。なので、「やりなさい」となるわけです。ところがやらない。なのに「やってるやろ!」と。久しぶりのリアクションです。やってる子は「やってるやろ!」とは言いません(笑)。そしてとうとう「ほっとけ」と。
いやぁ、久しぶりに聞きました。何年聞いてなかっただろう。もしかしたら、1992年以来かもです(笑)。
しかし、「やってるやろ!」「ほっとけ」って、今時は中学生でも使わないんじゃないかな。まぁでも、ほっとけないので「ほっときません」と中学校か小学校の教員みたいな返事をしておきました。

で、夜はとある大学のセンセと飲み。めっちゃ久しぶりです。
待ち合わせをしたあと場所を決めようと思って、
「ニューエビスノはこないだ行ったしな」
と思って、向かったのは「まつ新」です。開店が6時なので、前で待ってたら、前を通る方があいさつされました。見たことあるけど、誰だっただろう思いながら軽く会釈したら、その方「へんこつ」に入っていかれました。へんこつのお母ちゃんか!にしても、あいさつされるとは^^;。
ちなみに、まつ新は6時になっても開かないというか、電話しても誰も出ないというか。そういやこないだも閉まってたし、つぶれたんかなぁ。いやだなぁ。
てことで、次の選択は「いろどり」です。ここは生がサッポロなのでOKです。ここで、インタビューという名目の飲み会開始。当然、話の内容は日本のトランスジェンダーをめぐる状況や、トランスジェンダー・スタディーズをめぐる状況へと進んでいきます。まぁ、飲み会という名目のインタビューですね。そんなこんなで、楽しい3時間半くらいを過ごしてたのですが、なにやら奥の方から団体客が帰ろうとしていて、そのトッブに車いすが。そこに座ってる人を見たら…。
「Kさちゃん!」
毎年リビングライブラリに来てくれてる人でした。
さらに店員さんが
「せんせい」
と声をかけてくれました。
「おぼえてますか?」
と。顔は覚えてます(笑)。名札を見せてくれたら「あー」と。数年前に授業を担当した子でした。なつかしいなぁ。とてもいい子だったんですよね。数学が得意だったわけじゃないけど。
「ほっとけ」って言われた夜は、いろんな人と会えた夜でした。きっと、みんなほっといてくれない人たちなんですね(笑)。

何をする気も起こらない

去年の6月はじめのブログを見たら、やはり「ローテンション」って書いてあったので、この季節はローテンションらしいです。ただ、去年のローテンションは雑務と焦りだったみたいですが、今年のローテンションは、明らかに「体調不良」です。
そういう時期なのは、どうやらわたしだけじゃないらしい。子どもたちもローテンションというか、寝てるよ。しかし君たち、寝てて点がとれるほど数学は簡単じゃないよ。てか、その失敗をすでに一度してるよね?まぁ、そんな中、一生懸命やってる子も数人いるので、そんな子らに救いを感じたり。
放課後も何をする気も起こりません。どうしたものかなぁ。まぁでも、そんなことを言っててもはじまらないので、思いついた雑務をしてみたり。これ、後々自分の首を絞めるパターンやな。

定時になったので、さぁ帰ろうと。で、駅まで行くと子どもがたくさん。そうか、今日は地元の祭りか。と、JRは安定の遅延です。車内アナウンスを聞くと「酔客が女子高校生に暴力をふるい、警察を呼んだので云々」とのこと。このアナウンスを繰り返しやるんだけど、なんなんだろ…。
なんしか、遅延てことは、いつも帰るスケジュールが崩壊してるわけで、まぁええかとハーブティーを買うなど。この季節は冷やしたペパーミントティーがおいしいんですよね。
それにしても、駅の中で走れないのがつらいなぁ(;_;)。

体調が悪化

なんか、恒例なんですが、とある場所が張ってきました。鬱血した感じです。
原因はわかってます。金曜日から昨日までの連続飲み会と、ランをはじめたことです。身体に負担がかかりまくってます。
それにしても、まだ身体の中が完治してないんだなと、あらためて驚きます。それでも、少しずつは治まってきてるんだろうとは思います。というのは「張り」の面積が少なくなってきてるからです。
でも、張りはじめると、痛くて歩くのがしんどくなります。ランなどもってのほかです。てか、すべてがしんどくてイヤになってきます。
てことで、早めに家に帰って、少しのんびり。
でも、トイレに行ったら出血してました。半年ちょいぶりです。ただ、前回の出血でわかったことがあります。鬱血してて、突破口が見つかったら、そこから出るってことです。で、突破口がどのへんにあるかもわかってます。さらに突破口から出血したら張りが減るから楽になるのもわかってます。
基本的な仕組みは5年前と同じです。ただ、あの時は鬱血の量が半端なくて、突破口も広々してて、だから大量に出た。しかも突破口を再度閉じなきゃならなかった。今はそんな感じじゃないですし、突破口も自分の力で閉じます。
こんなのを繰り返しながら、それでも何年もかけて落ち着いていくんだろな。
それでもやっぱりメンタルは下がるなぁ。

足りないもの

今日は午後から京都府中部に出張です。ここが遠いんだ。京都府中部そのものが遠いんですけど、それはしかたないです。京都は南北に長いんです。問題は駅からが遠い。駅からいきなり峠道を歩き、その先は畑の中を突っ切って行かなきゃなりません。でもま、子どもたちはここを毎朝歩いてるんだろうからしかたないか。

で、夜はまたまたNH○の人と話です。前に会った時はイノダコーヒーでした。
「今回はどうしますか?」
とたずねると
「芸がないけどイノダコーヒーで」
と返ってきたので
「はじめから呑み屋でってのはいかが?」
と返すと
「望むところです」
とのお答え。ひでぇo(^^)o
てことで、安定のニューエビスノにしました。
お店に到着すると
バズフィード、読みました。「あ!ここだ!」って思いました」
とのこと。そのとおりです。
てことで、話。
その後、ふたりほど話を聞かれたとのこと。そんな中で、今の報道に足りないことを感じはじめておられるとのこと。
今までの報道は「辛かった過去」についての話に焦点があてられてたけど、実際に話を聞いてみると、過去の話はどんどん薄れていってると。それよりも切実なのは、「今」と「これから」なんだと。なるほどね。そりゃそうです。わたしもとある映画(笑)で「夢が現実になると辛くなる。なまじ夢を見てしまうから」って言いました。まぁそういうことです。
で、わたしに「足りないものは?」って聞かれたので
「歴史ですね」
って返事しました。
もちろんここで言う「歴史」は、いわゆる「性同一性障害の治療が公的に行われるようになった歴史」なんかじゃないです。性を変えて生きようとしたさまざまな人たち、それもスポットがあたらないところで行ってきた営みです。そのあたりは、やはり三橋さんですね。もうひとつの「歴史」は脱病理へ向けた世界的な流れです。ここはやはり、とまとさんか。
もうひとつ足りないのは、日常を生きている人々の姿かな。
「わたしカミングアウトしました!今日から女として生きます!」
みたいな話が、今でもニュースでとりあげられるけど、「女として生きるってどういうことですか?」なわけです。カミングアウトなんてしなくても、自認する性で生きる人はいるわけです。そういう人にスポットをあてるわけにはいかないんだけど、でも、そういう人の話を聞くことはとても大切だと思うのです。
そしてもうひとつ足りないのが、都市部以外で生きる人です。
これ、端的に言うと、今までの報道は、都市部でカミングアウトしてる人の話を聞いてきたわけですから、すんごくお手軽なところでやってきたってことですね。まぁ、しかたないっちゃしかたないんですけどね。
そんな話から、いつの間にやら話は放送部の話へと。気がつくと合宿に誘ってました(笑)。
ほんとに来てくれるかな。
てことで、3杯目の日本酒と、〆のチキンラーデンと、さらに〆のレモンチューハイを飲んで、おひらきです。
やれやれ。

自然なこととしておこなわれている

今日は組合の女性部委員会なる会議です。東京に来ているのはそのためです。ちなみに、各県の代表者が参加してるんですが、基本的には女性部長が出席してます。
てことで、朝7時に起きて、とりま25分のラン。し、しんどい。だいたい走りはじめて一週間を過ぎたあたりに「しんどいなぁ」と思う日が来ます。走りはじめは「走りはじめた」っていう気持ちが、ちょっとうれしかったりするんですが、一週間もたつと「なんでこんなことやってるんだろ」ってなってきます。でも、それだけじゃなくだ、一週間たつと、自然とペースがあがってきます。実際、走りはじめた5月24日は1km8分でしたが、今日は6分30秒です。しんどいに決まってます。でも、そのうちこれがコンスタントになっていって、やがて6分を切るようになるんですよね。
で、帰ってきて、シャワーを浴びて、朝ごはん。食べ過ぎた。

そんなこんなで、会場の「日本教育会館」へ。
全国から続々と人が集まって来られます。中には何人も知り合いがいるのが不思議です。てか「いつきさんだ」みたいな反応があって、それもうれしいです。
やがて開会。開会あいさつで
「今回は男性に見える方がひとりおられて、○○」
というのがあって、ずっこけました。というのは、男性に見える方がひとりおられたからです。つまり、わたしは「そちら」にはカウントされてないってことです。
さらに昼ごはんは近畿ブロックの人たちと行ったのですが、ここでも
「男の人、いたよね。いままであった?」「さぁ」
みたいな会話がされていて、ここでもわたしは男カウントされてないというか、自然に女カウントされています。
ちなみに、会議が終わったあとに
「女性部長をされてるんですね。ありがとうございます」
とか言われて、思わず
「そうなんです。すみません」
って答えたら
「なぜ謝るんですか?」
って笑われました。
なんか、ここでは「トランス女性は女性」ということが、自然に行われているんだなって、あらためて思いました。

で、会議の方はというと、女性部の総会です。昨年度の総括と今年度の方針の確認です。ただ、質疑もあるし討論もあるし。なので、わたしも
「原案に賛成だけど、問題提起を」
って前置きをして
「教室の中にセクシュアルマイノリティの子どもがいるのと同じように、職員室の中にもいます」
ってことを話しました。ちなみに、わたしが入っている「きょうと教組」では、10年以上前から性別欄の代わりに「性自認欄」を使ってます。そんなことの紹介とか、「選択的夫婦別姓」のことに触れられていたので「同性婚」のことや、法的に同性婚がない状態でも、制度的に同様の扱いがなされるように文科省や教育委員会にもとめていくことなんかの重要性を伝えておきました。
そうそう、stn21の宣伝もちゃっかりしておきました。

ま、そんなこんなで、初参加の女性部委員会も終了。あとは大阪のHらさんと軽く打ち合わせをして、品川のピザ屋さんに行って、ワインをクイッと飲んで、新幹線の中の人になりました。
さてと。帰ろうかな。

みんなどこへ行った

今日は明日の会議のために東京です。
ひとつ用事を終えて、さて、誰か友だちを呼び出して飲もうかと。
てことで、まずは「子どもの人権連」のFく澤さんにメール。と、「今は福岡」との返事。あかんやん。続いて、Nっ教組の書記次長やってるN松さんにメール。と、「帰りの飛行機が8時発」との返事。これまたあかんやん。よし、次はとAさ日新聞のI田さんに電話。すると呼び出し音が変。どうしたんだろうと思ったら、出られたのは出られたんですが「今、出張でイギリスなんです」とのこと。これ、国際電話かよ!
それにしても、みんな東京在住なのに、どこにおんねん(笑)。

てことで、やり方を変える

個人的な感覚として、わたし(たち)がはじめた習熟度授業は「数学の問題を解く力」でわけてました。しかし、いつの頃からか、テストの点数でわけてるものの、その根底にあるのは「意欲」に変わっていった気がします。
そのターニングポイントは、ある年、習熟度の基礎講座を持った時のできごとでした。チャイムが鳴って、「座ろうか」と言っても、自分たちの気がすむまで座らない5人くらいの集団ができた時でした。
ちなみに、40人のうちの5人なら、たぶん座ります。が、基礎講座は20人くらいに設定されていて、その中の5人となると、すでにマジョリティです。さらにそういう状況になったのは2学期後半です。つまり、試験の点でメンバーの入れ替えを繰り返す中で、「意欲のない子」が集まり、かつ母数が少ないクラスなので、簡単にパーセンテージがあがってしまう。そういう中で学級崩壊に近い状態が起こってしまった。
わたしはずっと基礎講座を持ってきたけど、こういう事態ははじめてでした。その時に「習熟度」の闇を垣間見たってことです。そしてそれは、いまや都道府県をあげて習熟度にしてる高校という制度において、「意欲別」の学校ができている。
てことで、基礎講座を担当した時に必要なのは、数学を教える能力ではなく、数学へのモチベーションを高める能力になるんですよね。
ちなみに、習熟度ではない場合は、意欲の高い子がいるから、高校の場合、学級崩壊は起こりにくい。なので、全体としての「問題を解くスキル」はあがりやすい。さらに、習熟度で「上」は「雑味」が減るのでやりやすいように思われがちだけど、実は「意欲の高さ」から置いていかける子ができるので、習熟度ではない時には力が発揮できても、なまじ習熟度で「上」に入れられて期待されるがゆえにドロップしてしまう子が出てくるってこともあるわけです。
簡単に言えば、進学校に行ったがゆえに、学力的についていけずにやめちゃう子がいるって話です。そんな子、うちのガッコにくればトッブなのにね(笑)。

ただまぁ、そんなことも言ってられないので、やらなきゃならんわけです。
てことで、やり方を変える決意をしました。
その根底にあるのは「怒り」です。もちろん点数が低い子への怒りとか、意欲の低い子への怒りではありません。「習熟度」で切り捨てることを決めた「大人」への怒りです。
まさに「負けてたまるか」です。
ちなみに、新自由主義では、競争原理の中「能力」の高いところにリソースが集まるみたいですが、わたしは福祉主義をとるので、低学力層にリソースを集めることになんの躊躇もありません。なぜなら、意欲の高い子は、お金をかけなくても本人がやるからです。まぁ、世間では反対の方向みたいですけどね。それは違います。簡単に言えば、深い穴にはたくさんの土を入れないと平坦にならんってことです。
こんなことからもわかるだろうけど、新自由主義は教育とは真反対だってことです。
てことで、こっそりお金をかけることにしました。ちなみに、「公的」に数千万かけることには誰も文句を言いませんが、「私的」に数百円かけることには文句を言われる可能性がある。でも「数百円」の悪いことをするのは楽しい!これを子どもたちと共有したい。これらは、すべては習熟度で切られた子らのためです。
さぁ。年度末への長い闘いがはじまりました。

でもね。
こうやって闘って、全員数学をパスしたら、「ほら、やっぱりこの方がよかったでしょ」ってなるんですよね。ちゃうねん。どんな状況でもベストパフォーマンスは出すさ。それは制度とは無関係なんですよ。そして、よりよい制度の模索は、子どもを実験台にしないことからはじまるんです。

そして、いまの日本の学校制度がさまざまな改革を繰り返してきた壮大な実験が、結局トータルとして失敗に終わってることは、すでにわかってるんです。それでもなお、子どもたちを実験台につかってることへの怒りは、「われわれを「ガーベイジ」コレクターにするな!」という言葉とともに、ガチで「実験してるヤツ」につきつけなきゃな。
「一寸の虫にも五分の魂」ってヤツです。

一周まわってここにきたか

かつて、京都府立高校でもっとも早く「習熟度授業」を導入したのは、Y田高校でした。そこで習熟度授業を導入した教員がうちのガッコに転勤してきて、うちのガッコでも導入したので、うちのガッコはその次くらいかな。
当時、習熟度授業は「差別選別の授業」と批判されていました。それに対して、「反差別」を旗印にしている人たち(わたしたち(笑))は「そもそも学校制度が差別的で、そこで差別されてる子に力をつける」と主張して、習熟度授業を導入していきました。
ところが、習熟度授業が効果?をあげるにつれ、高校現場に習熟度授業が受け入れられるようになり、いまや教育委員会も積極的に習熟度授業を推進するようになっています。というよりも、京都府全体で習熟度授業をやってる(笑)。つまり、入試制度を変え、学校間格差をつくってるってことです。
それだけじゃなくて、「習熟度神話」は学校間格差によって輪切りされたそれぞれの学校でも習熟度を導入するところまで来ています。
で、わたしはというと、20年くらい前から「習熟度に反対」の立場をとってます。習熟度を導入したわたしがです。「習熟度をしろ」という管理職に対して「イヤ!」といい、「少人数ならいいけどね」と言い続けてきました。
なぜそう考えるのか。
それは簡単です。「差別選別の授業」だからです(笑)。
かつてわたしたちが導入した習熟度は「差別選別の学校」の中で置いてきぼりにされた子どもたちに焦点化していました。でも、今はまったく違います。
「個々の力にあった指導をするのが子どものため」
ってなってます。でも、それはほんとうに子どものためか。たぶん違います。ほんとうは
「個々の力にあった指導をするためには学力で子どもをわけるほうが効率的である」
という理屈です。だから同質集団をつくろうとする。
で、この発想はどこから来ているのかというと、競技スポーツから来ているように思われてしかたない。つまり「勝つ」ためです。では、なにに勝つのか。それは他の高校です。その時の指標は大学進学率と国公立大学への進学者数です。
でも、高校で必要なのはそれなのか?わたしたちは試合やコンクールのあるクラブ指導をしているんじゃないです。授業をしています。そこで必要なのは、「生涯スポーツ」の観点だと思ってます。学ぶことの楽しさを知り、生涯にわたって学ぶことを楽しむ、そのきっかけづくりです。そのために必要なのが、今の時流にならっていうなら
「主体的で対話的な深い学び」
です。そこにあるのは「学び」であって「指導」ではない。
つまり
「個々の力にあった指導をするのが子どものため」
は、授業のあり方や学校のあり方、さらには学校制度のあり方として根本的に間違ってるってことです。
同質集団の中には「対話」なんてない。だって「対話しなくてもわかりあえる」のが同質集団だからです。多様な人間がいるからこそ、そしてそこに「暴力による支配」を許さないからこそ、対話が生まれると思ってます。
だから、習熟度に反対しているんです。
が、どうやら、習熟度神話は学校の隅々まで浸透しているようです。そんな中、かつてわたしたちが導入した習熟度授業を知らずに習熟度神話に触れた若い世代の教員は、「それでいい」と思ってしまうでしょうね。

「多様な学校」をつくって「その子のニーズにあった選択」が叫ばれる昨今です。普通科高校を変えていこうという論議もなされています。それは「同質集団」をつくることに他ならない。そこには「主体的で対話的な深い学び」はない。そこにあるのは「効率的な指導」です。
なぜそんなこともわからんのかと思います。なぜわからんのかさっぱりわからない。
でもまぁ、たぶんこういう考え方は、ほんとに少数なんだろうな。
それにしても「差別選別の学校」に抗して「習熟度授業」を導入したわたしが、「習熟度学校体制」を「差別選別の学校体制」と批判する日が来るとはなぁ。

タイトやな

昨日、担当クラスの試験があったけど、「会議と会議と、後に呑み」だったので、答案には指一本も触れられませんでした。なので、今日やるしかないなと。
でも、その前にやらなきゃならんのは、提出されたノートのチェックです。これがけっこうめんどくさくて時間がかかります。でも、返さなきゃ今日の授業が受けられません。
で、答案に指一本触れることなく2時間目の授業です。3・4時間目はあいてるので、ここで採点です。2クラスの採点は3時間くらいあればできます。あと1時間だなと思ったけど、昼休みは会議があって、5時間目は授業。6時間目は生徒総会で、放課後は職員会議。会議が終わると定時です。その1時間がとれない。
まぁ、こんな勤務形態でも「45分の休憩」はとってるらしくて、その時間は「勝手に働いてる」ことになってるんですけどね。
で、駅まで走ってなんとかいつもの電車に乗って、無事予約してある美容室に入れました。前に切ったのがGID学会の前だったので、2ヶ月ほったらかしだったわけですね。さっぱりしました。
家に帰ったら、とりまおふろ。そのあとは、こないだの玖伊屋でつくった「鳥焼き」です。やはりうまいな。
そんなこんなで、最後は静かに終わる一日でした。