もやっと感

今日の午前は手術跡の消毒です。なぜか1時間待ったけど、やはり早く行かなきゃならんみたいですね。ちなみに、傷口の方はというと、「すごい、皮が張ってる」とのことでした。まぁ再生能力は高いですからね。

で、午後から前のおべんきょ場所で「伊藤悦子門下生研究発表会」です。
今回のテーマは「人権意識調査から見える学校が果たすべき役割について」とのこと。なんでも、高校生にアンケートをとられたという話は聞いていましたが、それの分析とのことです。
前半は同和教育の継承とかの話で、簡単に言うと半年間の勉強の発表です。なんというか…。これほどまでも知らないんだなということを知って、ショックというか、さもありなんというか。こうなった責任の一端は、当然同和教育を推進してきた「わたし(たち)」にありますが、責任の大半は教育委員会や、高校においては管理職にありますね。
わたしが教員になった頃は、組合の組織率がほぼ100%でした。まぁ当時の京都の組合は同和教育推進反対の立場だったので、ほとんど役には立ちませんでした。が、教育委員会は徹底的に組合潰しをしました。そのかいあって、組織率はがた落ちでした。そこに日教組を割る形で全教ができて、京都については日教組系の組合がなくなった。なので、再建した。わたしはその時のメンバーなわけです。その後、教育委員会と同和教育推進の教員は「呉越同舟」という形できたけど、同和教育推進系の教員は圧倒的少数派なわけです。で、その圧倒的少数の人間で「同和教育の継承」ができるかというと、それはムリですね。
同和教育って、無色透明なものではないです。まぁ言うならば「教育運動」なわけです。運動である限り、一定程度の政治性を持っている。というか、無色透明な教育があるかどうか、誰かに聞いてみたいものではありますが、まぁそれはおいといて。で、教育委員会がやった組合潰しは、「組合=運動」とラベリングして、運動に関与することを避けるような研修を行ってきた。そこから「運動に関与しないという政治性」を持つ教員を大量に生み出してしまった。そういうところに「教育運動」である同和教育が根づくかというと、これはまったくムリなわけです。
で、それに気づいた教育委員会は、ようやく「呉越同舟」ではありながら同和教育の継承をいいはじめた。なぜなら、それをしないと「教育内容」がスッカラカンになるからです。でも、それを中心的に担ってきたごく少数の教員はみんな定年退職をし、絶滅危惧種が一匹だけ残っているというのが、今の状況なわけです。この状況で「継承どうする?」って言われても、これは「知らんがな」という返事しかできない。
そんなことを考えながら発表を聞いていました。
で、うーんとなったのが、子どもの貧困対策とか自己有用感とか自尊感情なんかとからめて社会関係資本を出して、その例に部活動・ボランティア・地域社会をあげたあたりですね。いずれも相当程度のタテ社会ですね。しかも部活動とか、学校の延長でしかないし、価値感があまりにも共有化されている。というか、部活動って囲い込みをする傾向があるから、それが他の資源との結びつきをジャマしてしまうことがあるんですよね。というのと、そもそも自己有用感の高い子が部活を続けるとか、あるいは部活って自己有用感を高めやすいしくみだから簡単に高まるとか、まぁいろいろモヤモヤします。なにより、社会関係資本を学校がつくりだすのは悪くないけど、結局学校が囲い込んでしまったらまずいだろうなとか。
まぁでもクラブを熱心にしておられる方みたいなので、そうなるのかなぁ。
てことで、5時過ぎまでワイワイディスカッションをして終了。今年も呑めないから、おとなしく帰りましょう。

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