そういうふうに見えてるのか

今日は午前に始業式、午後に入学式のダブルヘッダーです。久しぶりに放送室がにぎわいました。
ちなみに、今年は他校で放送部の顧問してた人が顧問になってくれたので、もしかしたら引き継ぎができるかもしれません。だとしたらラッキーです。ただ、うちの放送部の活動は変やしなぁ(笑)。
てことで、放送セットやったけど、なんか動きが鈍いですね。みんな忘れてるのかなぁ。まぁ忘れるやろなぁ。PCから音が出ないと思ったら、ピンジャックを標準ジャックに入れてるというか置いてるというか。やれやれ。
でもまぁ、なんとかつつがなく両方とも終えて、片づけでのこと。
今日はクラブやってる子がいないので、教員だけで片づけなきゃなりません。まぁ放送部は手伝いますがね。で、ゴチャゴチャやってると、その場で指示をしてるある教員が
「男の先生〇〇やって。女の先生〇〇やって」
と言ってるのが聞こえました。瞬間、我が耳を疑いました。いや、こういう人がいるってうわさには聞いてたけど、目の前でこういう発言が出てくるとびっくりしますね。しかも、みんなそれに従ってるから、これまたびっくりします。
でも、たぶんあの教員には、生徒も教員もそう見えてるんでしょうね。すべては男女にわかれていて、しかもそれは絶対的な「違い」なんでしょうね。そうやって育ち、それを疑わない環境におり、そういう価値を内在化し、それを自分の価値観の原点に据える。
もちろんわたしも、なんらかの内面した価値観は持っているだろうと思います。が、幸いなことに、これまでいろんな人から修正をかけてもらったことで、そうした価値観は常に揺らぎ、絶対化してこなかった。もちろん今のわたしは価値観の原点はあるけど、それはおそらくそういう揺らぎののちに獲得したものだし、それはこれからも変わりうるとも思っています。
ちなみに、わたしは別の用事をしていて、一緒に用事をしていた副支店長に
「聞いた?」
って言ったら苦笑いしてたから、この副支店長に見えている風景は、けっこうわたしと近いのかな。
たぶんあの教員はよほどのことがなければ変わることはないだろうな。その「よほど」を起こすために必要なのは、あの出来事を他の教職員と話し合うことかなぁ。

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