偶然だらけのおさんぽ

今日から明日にかけて、四日市の皆さんの迎撃作戦です。
そもそも決まったのは昨年末のことでした。その時は、新年度あけてあまり遅くなると暑くなるよねということで今日にしたのですが、どうやら今日は真夏並みみたいです。やれやれ。
てことで、昼前に京都駅に集合して、とりあえず昼ごはんを食べようかと。ところが、京都駅は人が多い。とにかくここを脱出しないとなにもできません。「とにかくあっち」とだけ話して、スタスタ歩きました。なんでもみなさん「これから全コースこのスピードか?」と思ったらしいですが、そんなはずもないです。
さて、昼ごはんはどこで食べようと思っていたのですが、偶然にも今日は「東九条の春祭り」です。じゃ、昼ごはんはここだな。幸い小さいクーラーバックもあるからビールも買ってこられるし。てことで、豊かな昼食をいただいて、とりまマダンセンターへ。
まずは南コースです。パッチギゆかりの地から40番地跡、エルファ前を通って「わざわざ公園」を経由してマダンセンターにいったん帰ります。が、ここで異変です。「看板」が変わってます。まぁいずれ変わるだろうとは思ってましたが、やはり変わったか。ショックですね。
マダンセンターでは昔の写真を見てもらいながら、40番地のこととか、マダンセンター近辺の歴史的な背景をつかんでもらいました。
そして北コースから延々と続くおさんぽのはじまりです。まずは北岩本公園で「マンモス団地」をめぐる話。そして八条通りの「線引き」を見てもらって、オールロマンス事件ゆかりの地の「ひかり公園」です。そこから崇仁に入ります。まずは崇仁小学校の前で崇仁教育についてひとくさり。石碑を見てもらったあと向かうのは「柳原銀行記念資料館」です。と、ここでも偶然が!事務局長の山内さんがおられました。ラッキーです。「ちょっとだけ」とお願いして、資料館にまつわる話をしてもらいました。あいかわらずぶっ飛んでおられます。おもしろい!その後、七条河原町藤田敬一さんにまつわる話など。
お次は五条です。ここでは働く女性の話です。と同時に、もともと崇仁は「六条村」だったので、移転の話もほんの少し。なんというか、町のつくりって、いろんなことがまざって町ができるんだなと、あらためて思います。
そして、松原通りです。もともとここは「物吉村」だったので、そんな話。それにしても「物吉村」でググると3番目がわたしのブログかよ(笑)。その後、幽霊アメ本舗の前でひとくさり話をして、「清圓寺跡」を遠くから見て宮川町に突入です。
四条まで北上したところで、寺町に向かいます。「四若」が「四」であることの所以がここにあります。てことで、大雲寺の跡地のあたりでまたまたひとくさり。そして向かうは最終地点のひとつ手前、「八坂女紅場」です。ちなみに、ここに来るまでに「五條會館」「東山女子学園」と来てるので、その流れというものです。そして白川の風景で京都を堪能してもらって、タイムトンネルをくぐったところが「おたふく」です。
でも、おたふくはちょっとだけおあずけ。その前に「天部」の境界を確認しに行きます。そしてようやくおたふくへ。と、予定していた時間より早かったのでオープンテラスになりました。警ら中のポリスさん3人に「いいですね」と声をかけられるなど。のどかです。
お店に入るとまたまた偶然。かっくんです。偶然じゃないか(笑)。でも、かっくんがいてくれたおかげで、みなさんに「おたふく」を感じてもらえたんじゃないかな。でも、おたふくは1時間ほどで撤収。そのままうちの組合に向かいます。今日は偶然、組合の春の集いです。ここでタダ酒とタダ飯にありつきながら組合同士の交流を行うなど。
そんなこんなで、7時過ぎに終了。日帰りの人と京都駅で別れて、泊まり組とAっちゃんとでマダンセンターにもどって宴会の続きです。今回の首謀者Tにさんが持ってこられたお酒がうまい!「作」と「鈴鹿川」です。そんなのを飲んでるうちに寝てしまいました。

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