「むずかしいこと」を「むずかしいまま」で

今日は京教のe-projectの一環でお座敷です。仕掛け人はTじさん。京教の後輩で、この間よくつるんでる人です。そういや、Iわ城さん、元気かな^^;;。
今日のお座敷のテーマは「セクシュアリティ概論」+「アライ」です。えーと…。これをわたしか?という話です。が、最近いろいろ考えることもあるし、弘前大学での財産もあるし。てことで引き受けることにしました。
なんか、ここ数年、誰でもセクシュアリティについての講演ができる感じになっているんですけど、なんとなく危ないなって思います。それは、あまりにも「お手軽」な感じがするからです。それこそ、どこかで誰かが言ってる「セクシュアリティの基礎知識」を孫引きか曾孫引きで引っ張ってきて、さも「新しいこと」であるかのように話すなんてことがおこなわれてるんじゃないかと。でも、その「基礎知識」がどのようにつくられてきたのかとか、そんな話はなーんにも知らない。そのことを痛感するのは、やはり東さんや池上さんの話を聞くと、深さがあまりにも違いすぎるからです。
本来「わかりにくいこと」を「わかりやすく」伝えようとすると、必ずどこかに切り捨てるところが出てくる。それを意識的にやるならまだしも、無意識に、あるいは無知故に「まぁここはややこしいから切り捨てよう」としちゃうと、結局その情報は「ウソ」になる。元来「わかりにくいこと」を「わかりやすく」教えるには膨大な知識と経験が必要なのは、教員ならわかることです。で、それだけの知識と経験がないなら、その「わかりにくさ」へのリスペクトは「わかりにくいまま」伝えることであらわすしかないだろうと思うのです。
ということで、今日のテーマは「わかりにくいことは、きちんと「わかりにくいこと」として伝える」です。なので、セクシュアリティだけで小一時間しゃべりました。ここでさらに「多様性」までもっていくと、簡単に2時間は突破します。でも、今日はそちらは要求されていません。なので、もうひとつのテーマ「アライ」について話をしました。
これも、賛否両論いろいろあるのですが、その賛否両論を踏まえた上で、さらに他の被差別解放運動の流れも踏まえながら、「いろいろありまんねんけど、わたしはこう思いまんねん」というあたりを話しました。
で、あとはグループ討論とか質疑応答とか。
そういえば、かつて「質疑応答がメインなので、経験があまりない人でもかまわない」なんて話をされて「オイオイ!」と思ったことがありますが、質疑応答はほんとに難しいです。特に今日みたいに、普段とは違うネタで話をすると、ほんとにむずかしい。でもその代わり、自分が経験したり考えたり学んだりしたことを総動員して応答するのはとてもスリリングで楽しいです。
てことで、2時間の予定だったのが3時間で終了。ちなみに、これはわたしのせいではなくて、Tじさんが「どこまでも伸びる設定」でいて、チラシの2時間はダミーだったという。

セミナーのあとは、しばしダラダラ話をしながら時間つぶし。そして、いつもの「なかま」です。京教生の心のふるさとです(笑)。
ここで、飲んで食べてしゃべって。担当の井谷さんも来てくださったおかげで、話は深く広く盛りあがって、メッチャクチャ楽しい呑み会です。でも、あまりにも楽しすぎて、ちょっと調子に乗ってしゃべりすぎたかなぁ…。さてと帰ろうと思ったけど、奈良線、電車、なさすぎ(;_;)。

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