同和教育の継承

先週、ある子どものことについて、とある相談を受けました。で、そこから動こうかと思ったのですが、少し大人の判断をしちゃいました。で、動きがストップして、でもまぁ、近日中になんてことになったわけですが…。その後、大人の事情でそのあたりのことは無期延期になったみたいです。まぁ、実質「なし」ってことですね。
で、この話を聞いた瞬間、わたしの中の瞬間湯沸器が沸騰しました。
まぁ、詳細はどうでもいいことなんです。
とても簡単に言うと、優先順位の問題なんです。
わたしは「困ってる子どもがいた時、その子をなんとかしたいと思うのは教員の本能である」と思っています。だからこそ、子どもを中心においてものを考える。少なくとも、わたしは同和教育の先輩たちからそう教わってきました。というよりも、一緒に無茶をする中で、そんな「動き」を身につけてきました。少なくとも、そこに「大人の事情」なんてものはどーでもよかった。
だ、今回「子どもの事情」よりも「大人の事情」を優先した。わたしにはそう感じられました。そう感じた瞬間、わたしの中の瞬間湯沸器が沸騰したわけです。
あとはもう、ほえまくりです(笑)。

まぁ、わたし、子どもなんです。大人の事情なんて、どーでもいいんです。腹がたったら腹がたつ。うれしかったらうれしい。悲しかったら悲しい。しんどかったらしんどい。それだけです。
でも、そういう自分を正直に出すことを、わたしは同和教育の先輩たちから学んできました。

今の「wiseな若い教員」たちに、こんな子どもっぽいことを継承できるのかなぁ(;_;)。

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