ポテサラサンドに見る具のあり方について一考察

今日は昼過ぎから、ずっと職場をウロウロしていました。なにがあるわけでもないのにウロウロ。でも、ウロウロしていると声をかけられて相談に乗ったり、突然「スポットライトがつかない」とか言われたり。はたまたやり残していた仕事に気づいたり、次の作業の段取りをしてみたり。座っているだけでは気づかないたくさんのことがあります。
座って気づくことと、ウロウロして気づくことです。
たぶん、傍から見たら何をしてるかわからない、というかヒマそうに見えるでしょうし、本人も何をしてるか分からないし、やった実感もありません。でも、どうやらなにかをしているみたいです。

こういう役割ってなんなのかなぁと思います。
例えば、板と板をぴったりあわせようとした時、板にささくれやザラツキがあるとぴったりあいません。そんな時、二つの方法があるように思います。ひとつは板の表面をきれいにやすりがけをする。もうひとつは不整合面に薄くパテみたいなものを塗って、ふたつをくっつきやすくする。
それぞれにメリットデメリットは、もちろんあります。そして、板の場合はその用途に応じた方法をとればいい。
じゃ、行事なんかの時はどうするか。二つの主張の不整合面、あるいは運営上の不整合面、さらには施設上の不整合面。たぶん、さまざまな不整合面がありうる。それらの不整合面をうまくつなげるためにはどうするか。
もちろんサンダーで削ったほうがきれいになるのはわかっています。でも、それはものごとの本質を変えることで整合させているような気がしてならないのです。できるならわたしは「パテ」でありたいなぁと思うのです。

と思った時…。
ポテサラサンドのポテサラは、はたして主役なのか脇役なのか?もしかしたら、ふたつのパンを整合させるためにポテサラは存在しているのか?とすると、ポテサラサンドの主役はパン?だからポテサラは、パンとパンをつなぐために薄く塗ればいい?
そういえば、コンビニのポテサラサンドのポテサラは薄いです。それがじつは正しい?釈然としないけど^^;;。
ま、わたしはオープンサンドが好きなので関係ないですけどね^^;;。

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