「普通」であること

で、午後から人権教育研修会。
今回は、地元の教育委員会石浦さんに来ていただきました。
「なぜに教育委員会?」
ということなんですが、石浦さんは長く地元の中学校で加配をしておられた方です。なので、教育委員会というよりも、中学校の教員としての実践を話をしてほしいと思ったのです。
石浦さん、その願い通り、自分の中学校教員としての実践を語って下さいました。ご本人は
「高校の先生にはわかりにくいかもしれませんが…」
と前置きされた部分もあるのですが、実は高校教員とて一枚岩ではないわけです。なかには半端なくしんどい学校を経験した人もいれば、高校教員になる前に中学校の経験をもっている人もいます。そんな人たちにビンビン伝わった感じがしました。
理論もいいけど、実践話もいいもんかもしれませんねぇ。てか、最近そういう話ばっかりですね。
そうそう。石浦さんの話の中で共感したところ。それは
「普通の教員でもここまでできる」
ということです。そんな、毎晩毎晩夜まわりしたりすることって、普通の教員にできることではないです*1。あるいは、ヤ◯ザ一歩手前とか、死ぬ一歩手前とか、要は,波瀾万丈の人生を送ってきた人が、それを盾に「すごい先生」ともてはやされる。
「それってどうよ」
と前々からわたしも思っていました。だって、圧倒的多数の教員は「普通の教員」なんです。そんな「スーパーパーソン」じゃない。でも、その「普通の教員」が発信する内容こそが「普通の教員」ができることなんです。で、一番大切なのは、それをどう広げていくかなんですよね。
うん、今回来てもらってよかったです。

*1:除く、「夜遊び」(笑)

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