「感じる」ことと「考える」ことと

「aとbか3の倍数⇒a+bは3の倍数」
「⇒って、見たことあるな?」
「ならばや」
「そう。これ、命題や。命題は、偽であることを示す時は反例が必要だった。では、真を示す時はなにが必要とおもう?」
「…」
「証明や」
「えー(T_T)。証明ー(T_T)」
「あのな」
てことで語ってしまいました。

証明って、ほんとうはやらなきゃならないことなんや。
君たちが話す時「なんとなく」とか「〜と感じる」とか「〜と思う」って言うやろ。でも、それは人との対話にはならんのや。なぜなら、「なぜ」に答えられないからや。
それに対して「〜と考える」は違う。これは「これこれこうだから、こう考えた」と言うことができる。だから対話が成り立つ。
つまり、「感じる」「思う」と「考える」には大きな違いがある。そして「考える」ことが対話を成り立たせるために必要なんだ。そしてその中にある「なぜこう考えたか」というところのことを「証明」というんだ。証明するためには、いくら実例を並べてもダメなんだ。でもその代わり、一般化したものをひとつ示せばいい。
そして、それが「感じる」「思う」と「考える」の違いなんだ。
いいかい、「証明」を学ぶことは、人との対話の手法を学ぶことなんだ。
じゃあやるよ。

もちろん元本はこの本です。ありがと!K田さん!

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