幾度めだろう

授業のはじめに…。
わたしが代表するわけではないんだけど、一有権者として君たちに謝らないといけないことがある。
昨日をもって、日本は本当に戦前になった。これからは「戦争のできる国づくり」が着々と進んでいくだろう。それは例えば徴兵制というかたちで出てくるかもしれない。わたしは年齢的に徴兵されることはないだろうけど、多分君たちは兵隊にならなければならないかもしれない。銃で人を殺すとはどういうことか。友だちの友だちにイラク帰還兵がいる。その人は、今も戦場のことがフラッシュバックするという。戦争というのは、一人の個人の人生をそういう形で変えてしまう。
では、どうすればいいのか。「best」の選択をしないこと。なぜなら、もしも「best」が誤りであった時、すべてをご破算しなくてはならないから。だから「better」の選択をすること。「better」ならやり直しが効く。
今回の選挙はみんなが「best」を求めようとした。でも、そんなものはあるわけがない。なぜそうなったか。
そもそも議会制民主主義とはとてもまわりくどいものだ。選挙で人を選び、その人たちが議論を戦わせ、それぞれが考える「best」から妥協することで「better」を選択する。なぜそういう制度になったのか。それは「そう簡単に変わらない」ことが安全を担保するということを戦争の経験から学んだからだ。
だから、選挙は大切なんだ。友だちのお父さんが「民主党は期待に応えなかった。お灸を据えないといけない」と言ったらしい。その発想はまちがっている。選挙はファン投票ではないんだ。
「平和をつくる一票」はとても難しいかもしれない。でも、「戦争を避ける一票」ならありうるかもしれない。そして、その一票をどう選ぶのか。それは、時代を見て、社会を見て、考えること。それ以外に方法はない。
このクラスの子は全員日本国籍を持っているはずだ。だから、数年後に選挙権を持つ。一枚の投票用紙を目の前にした時、できれば「なんか言ってたな」と思い出してもらえたらうれしい。

じゃぁ授業をはじめましょう。

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