とある研修会にて、わたしが古い人間であることに気づいた

今日は試験最終日だというのに、なぜか研修会がありました。いや、「なぜか」というのは、うちの職場では基本的には定期テスト中には緊急時以外には会議を入れない「約束事」があります。これ、研修を企画する側にとっては確かに厳しいんですが、採点する側にとってはありがたい。で、わたしたちの職種の特性として「状況によって立場が変わるはずなのに、常にその立場から文句を言う」というのがありました、まぁ状況依存的絶対主義(笑)とでもいう感じなわけです。
で、この「文句」を押さえるベターな方法は「より文句が出ないように約束事を決める」という、正しさとは無縁な約束事をつくるわけです。
てことで、定期テスト中には研修が入らないはずなのに、今日はあったと。
で、こういうときの対処法はみっつにわかれていて、「1、何も言わずにサボる」「2、文句を言って参加する」「3、ニコニコ参加をする」となります。で、わたしは2の立場をとります(笑)。
いや、たとえ「約束事」を破っていようと、研修を企画する側としては、「企画内容への文句は言わない」「研修に参加する」は、仁義だと思っているんです。
まぁ、それはおいといて。

今日の研修内容は「hyper-QU」なるものについてでした。
これ、生徒が20問ばっかの質問に答えることで、その時点でのその生徒のクラスでの位置がわかるらしいです。具体的には満足度が縦軸に、いじめられ度が横軸にあらわれてきます。で、子どもたちの場所を座標平面にプロットすると、クラス全体の傾向がわかるというものです。
で、クラス全体を第1象限(笑)に集めると「いいクラス」になる。そのために、全体にどういう指導をすればいいか、あるいは第2~4象限にプロットされた個々の子どもたちにどのような指導をすればいいか。後者については個人の折れ線グラフまであり、なにに不満があったりしんどさを感じているかがわかるというものです。

う~ん。
まぁ、おもしろいっちゃぁおもしろい。便利といえば便利。でもなぁ…。
これ、わたしらが担任の時、こんな心理テストを使わずにやってきたことです。どうやったらわかるかというと、生徒たちと、さまざまな隙間の時間にムダ話をしたり、ヒマがあったら教室にいりびたって子どもたちの動きをそれとなく観察したり。
まぁ、そんな時間をかけずに同じことが効率的にできるなら、それは確かに助かることではあるかもしれません。みんな忙しいし…。
でも、「人を知る」ために「人としゃべらない・人を観察しない」で、どうするねんというふうに思うわたしは、古い人間なんでしょうねぇ。

研修はさらに続きます。
子どもたちと話をするためには「oneness」「weness」「I-ness」だそうです。まぁ「傾聴・共感・自己開示」ってことでしょうか。そのために「傾聴」のロールプレイです。
わたし、ロールプレイは苦手です。というより、キライです。
無視されながら聞かれてどうだった?「フンフン」と聞かれてどうだった?
いやぁ、「フンフン」といって共感的な芝居をされたら、恥ずかしくてよそを向いちゃいますよ。
ちなみに、とあるニューフェイスの教員は
「これ、今年にはいって4回目ですよ」
と笑ってました。

検査によって知るのはいい。マニュアルで対処できるのもいい。でも、そこになにかが欠落している気がします。
というより、生徒たちと過ごすムダな時間のなかからしかできないことがあるような気がするわたしは、やはり時代遅れなのかなぁ…。

とある研修会にて、わたしが古い人間であることに気づいた” に4件のコメントがあります

  1. 昔も似たようなコメントを書いた記憶がありますが。どの世界でも、上のヒトって、「なんとかメソッド」とか「カントカ方式」とかが大好きですよねー。この点って、保守(企業や政府側とか)もリベラル(組合や運動団体とか)も変わりない。私はアチコチで見ました。たぶんいつきさまも既視感がおありなのでは?

    ホントは、現場の地道な取り組み、地味な改良、小さなことを真面目に一つずつ積み上げていくことが一番だったりするのに。それじゃ、上の手柄になんないからなんでしょうね。あるいは、抜本的なナニカ?が無いとイヤだ、という(前者は保守系の"上"に多く、後者はリベラル系の"上"に多いような)。

    まぁナニかヒントはあるかもしれないし、何らかの事情でいつきさん的なことが出来ないケースもあるんでしょうから、まるっきり無意味ではないんでしょうケド。ちょっとやってみて、軽く参考にして後はスルー、ですよね。。。

  2. んー。
    「伝承」の方法がどんどん廃れていってるんじゃないかなぁなどと思います。ある意味「伝承」って、かなり封建的です。これは、右も左もありません。人権教育の世界での「伝承」なんて(ry。
    でも、そういう形でしか伝わらないと思うのです。そして、わたしはそうやって伝えてもらえた最後の世代にあたります。
    いま、いろんな方法で、わたしたちは分断されています。なので、伝承できない。おそらく「つなぐ」のはいやだけど「伝承」できないと困る。そこで「なんとかメソッド」とか「カントカ方式」を導入せざるを得ないんじゃないかなぁという気がします。

  3. > 「伝承」の方法がどんどん廃れていってる

     うん、それは分かります。なので、マニュアル化するんですよね、マクドナルドの接客みたいに。

     お書きになっているように、「伝承」って封建的にやらないと伝わりませんからね。高級料理店の職人(板前とかシェフとか)の世界を見ても分かりますが、口では説明出来ないようなことが多いので、「理由は聞くな、黙って従えっ!」みたくなっちゃう。

     私の仕事だった分野(科学技術や開発・製造・ソフト)はまだ、言語化出来るノウハウが多かったけど。それでも言語化出来ないものも少なからずありました。人間相手だと、言語化出来るものがさらに少なそう。

    > 導入せざるを得ないんじゃないかなぁ

     ただ、こうマニュアル化してしまうと、それで満足しスッポリ抜け落ちるものもありそうで恐ろしいですよね。上記のように、言語化しづらいことなのに無理に言語化しマニュアル化するわけですから。

     いつきさんのようなベテラン・中堅ドコロの方は当然大丈夫なんでしょうが、そうでない若手の方は、「本当はこれはイントロ、基本中の基本に過ぎず、そこから先が大切」ということを強く意識しないと拙そう。

     また、この手の「方式」や「メソッド」って、業界が異なると、あるいは地域が異なると、全然通用しないものも多いのに。そこを考えず降ってくることが、私の関わっていた分野では多かったです。教育分野ではどうか分かりませんが。。。

  4. そうなんですよ。大切なところがすっぽり抜け落ちる。だから、樹村さんのおっしゃるように「抜けてるよ」ということを明示しないと行けないと思うんですよね。
    あと、「地域が異なると」っていうのは、その通りです。これは、教育に限らず、例えば「グループづくり」なんかも同じかなと。
    だいたいメソッドは「中央」がつくりますもんね。それが、ローカルにあてはまらないことが多々ある。というか、ほとんどかも。でも、「ローカルのことを考えて中央がメソッドをつくる」のは、たぶん不可能。であるからこそ、ローカルの活性化が大切なんじゃないかなぁと思う、今日この頃です。

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