トランスジェンダー生徒交流会とか、在日外国人生徒交流会とか、玖伊屋とか

  • 全国在日外国人生徒交流会・卒業生の会

日時 5月26日〜27日
場所 東九条マダン文庫センター
内容 宴会&ミーティング
連絡先 いつきまで

  • 京都・在日外国人生徒交流会

日時 6月3日11時〜16時
場所 東九条マダン文庫センター
連絡先 いつきまで

日時 6月16日(土)11時〜16時
場所 新大阪駅近く
内容 昼ご飯をつくって食べて話す
連絡先 いつきまで

  • カフェ玖伊屋

日時 6月23日〜24日
場所 東九条マダン文庫センター
内容 宴会
http://kweeya.jp

トランスジェンダー生徒交流会とか、在日外国人生徒交流会とか、玖伊屋とか” に5件のコメントがあります

  1. サンタは「いない」とわかっていながらも、
    >「サンタさんはいるよ。12月25日の朝、いまでもわたしの枕元にプレゼントあるもん」と実感して、満足できるような心があるといいですよね。
    約5年前に押入れを開けプレゼントを見つけてしまったとき、サンタは「いない」とわかってしまいましたが、(2年前までですが)プレゼントがもらえる嬉しさを感じています。

  2. サンタさんは、子どもに丁寧にかかわってあげられる保護者のいる子や、経済力のある家庭にしかやってきません。
    小学校低学年の担任をしていた時は、2学期の終業式の朝はとてもつらい時間でした。リトマス試験紙みたいな・・・

    私の考えは、
    サンタがこない子こそがサンタさんであり、
    サンタがこない子を幸せにするのが教育だと思います。
    勿論低学年の子にはそれはストレートには伝えられませんでした。

  3. > ニーハオさん
    なんか、肉体が存在するかどうかに、さほどの意味がないような気がしています。

    > 参考までにさん
    あぁ!
    ほんとうにその通りですね。
    心にしみてきました…。ありがとうございます。

  4. -> 参考までに さま。

     そういや、私が小学校2〜3年の時でしたか。クリスマスイブに弟と一緒に枕元に靴下つるして寝たら。翌朝、母親から「あんたら、いい歳してまだサンタなんか信じてるの(大笑)」と笑い飛ばされたことを思い出します。

     私は、親がやってると知ってた(けど、靴下さげるのが親に対する礼儀かと思っていた)のでなおさら悔しく、幼い弟(3歳下)は知らなかったっぽいのでショックを受けていましたっけ。

     さんざ笑われた後、お菓子はくれたので、貧乏(当時の我が家は就学補助世帯になるかならないか、くらいの経済力)ばかりが原因じゃないとは思うんですけどね…

  5. 汚らしい100円玉が5枚とか、チロルチョコに煎餅だとか、それだけでも目が醒めて靴下に入っていたら「クリスマス」の喜びがありました。
    ケーキが買えなくてホットケーキと溶かした板チョコで迎えても、磨り減ったVHSを兄弟で観て笑えたら素敵な夜になりました。
    昼夜親が居なくても、どん底の貧乏でも、幸か不幸かは別のところに因るものの方が大きい気がします。うまく言えませんが・・・

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