ムラ巡り

K中学で対応されていた方は仕事があるので、ここからはI岡さんにお世話になります。
まずは「宇奈月」というラーメン屋さんで軽く腹ごしらえ。その後、定番のムラ巡りです。
滋賀県の村の中にも、どうやら「街道筋系」と「荘園系」があるらしいです。「街道筋系」は、どちらかというと後発のムラで、やっぱり「荘園系」が老舗みたいです。
まずは、そんな「荘園系」のうちのひとつのムラに案内してもらいました。最初に見せてもらったのが川の堤防。一般地区には石垣があり、ムラの側にはありません。高さもぜんぜん違います。なんでも伊勢湾台風の時に、ムラの側は水に浸かりそうで避難しなくちゃならなかったとか。一方一般地区の方は誰も避難しなかったとか。で、ムラの人たちが避難した公民館は畳が全部あげてあって、土間で寝なくちゃならなかったとか。そんな話を聞きながら小さなムラを案内してもらいました。
続いていったのも「荘園系」のムラです。まずはムラ墓から。なんでもやっぱり伊勢湾台風の時にお墓が流されて、ようやく集めることができた遺体を埋葬した「新墓」です。となりには一般地区のお墓があって、場所が違う。そんな墓石の中に、「◯◯改△△」というものがありました。水平社ができる前から「改姓運動」をしていたひとつの証左とか。
で、つれていってもらったムラ。もともとあったところは、今は銀杏の大木が一本あるだけの河原になっています。ふたつの川の合流するところにあるその河原。よくよく見てみると、先ほどのムラと同様、堤防の高さが明らかに違います。目を閉じるとその河川敷に所狭しと並ぶムラの営みがなんとなく見えてきます。ここも洪水の危険性からやがて移転をしたということです。
最後につれていってもらったのは、「街道筋系」のムラ。ここはムラ全体で「地区指定」を返上したとのことです。そこから移転した人々が近くに新たにムラを形成しておられて、こちらの方は改善事業が行き届いています。どちらがいいのか、なんか複雑な思いでふたつのムラを車の中から見せてもらいました。

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