玖伊屋のあけた日

目が覚めると9時過ぎ。久しぶりの寝坊です。でも、寝たのが5時頃だったらしいので、睡眠不足もいいところです。まぁなんとかなるか。
まずは参鶏湯で使った残りのもち米を使っておかゆづくり。たっぷりの水でグツグツ煮て、だし・塩・玉ねぎを入れて味付け。さらに、しあげにごま油をひとたらし。溶き卵を入れてふんわり混ぜたらできあがりです。
あとはいつもの通り、ダラダラと片づけて、今回の玖伊屋も終了。

で、いつもの場所へ移動。もちろん、約1時間の散歩つきです。今回は人数が多いので、途中電話で「行きます」と予約を入れておきました。
昼前に到着。すでにMりあさんとMすみさんが店の前で待っておられます。すみません、遅くなって。
で、まずはビールでカムパーイ→速やかにバクダンに移行→「おばちゃんおたふくスペシャル濃いめ」へ突入といういつものパターンがはじまります。
と、「こんにちは」と顔を出されたのが◯久Zさん。
もう、あとは飲んだくれモード全開です。M木ちゃんはストーブの上に座って「うふふ」と笑いはじめるは、S水委員長は「ごちゃ*1」を一口食べて「いままで食べた中でいちばんおいしい!」と力強く言い切られるわ。
時間が2時をまわったあたりから、ひとり、またひとりと帰りはじめられます。が、断固としてうごかない3人*2がいます(笑)。
途中、事件が起こって、それをめぐって、涙あり告白あり和解ありの激しい会話が続きます。
そうこうするうちに、カラオケタイムがはじまります。ってことは、7時やんか!でも、3人は動きません。どころか、歌い始めます。
そうそう、A◯澤さんがタガログ語で「ANAK」を歌っておられたんですが、あれ、もともとフィリピンの曲だったんですね。知らなかった。せっかくですから、わたしは日本語で*3
てなことやっているうちに、8時前。さすがにここらで解散です。

家に帰ったら、突然こみあげてくるものがあります(笑)。パートナーが「もう!あんたはここに寝とき!」と敷いてくれたふとんに倒れ込むように寝て、長い一日が終了です。

*1:ホルモン煮

*2:いずみちゃん・阿K◯さん・わたし

*3:杉田二郎ですよ

玖伊屋のあけた日” に5件のコメントがあります

  1. なんというか、ある意味、複雑な思いで読みました。

    悲しい「慣れ」
    のあたりの話は、女子としてはあまりにも「よくある話」です。

    で、あるからこそ、抑圧を内面化して黙り続けてきたからこそ、
    一度気づく(エンパワメントされる)と黙っていること自体が再び自分自身を抑圧することになりかねないので、声をあげようとするのです。

    そういう過程をたどってきた私にとって、ずっといつきさんの「笑いをとる当事者語り」は、なんというかいたたまれない思いがするのです。
    「こういうふうに笑ってわかりやすく話す人もいるのに、あなたのようにすぐ怒るのはやり方がまずい」
    というようなことを言うアホもいたりするのが、またなんとも切ないものですね。
    抑圧されてきた感情が爆発することで、また人が離れていくというのは、まったくもって闘う武器としてアサーションを身につける必要性を感じる今日この頃です。

    少し話がそれたようですが。

    私はどちらかというと「闘いたい!」と内心叫んでいるような者ですが、
    こちらをとことん踏みにじる(悪意というより鈍感とか無知が原因かなという場合が多いと思いますが)相手がいるということも骨身に沁みていますので、
    経験が、「ここに居続ける」ことは危険だと信号を発するときもあります。

    この辺りがもしかして、その場にいた3人の方の「立場性や生い立ち・体験の違い」と重なる部分なのかもしれませんね。
    (ただ、次の日の日記の「権力を放棄し」というのは、ちょっと話の焦点がズレたように感じました。)

  2. > ともくりさん
    まぁまさにそういうことですわ。
    ただ、それが「女子」に特有のものなのか、それとも、ステージを変えると他のパターンでもありうるのかということについては、やはり考えないといけないと思います。

    「権力を放棄し」というのは、読みスジは他のところにあるのですが、まぁそれはそれで…。とお茶をにごしておきます。

  3. > 「処し方」の対立は、わたしたち3人を分断しはじめます

     その日の気分や体調、場の雰囲気や相手が怖そうかどうか(^_^;)とかでも私の場合「処し方」は違ってきますね… 私の場合、平均的な対処は「思いっきりイヤそうな顔でにらみながら、その場に居続ける」くらいでしょうか。

     声に出して抗議すると、女性だとヒステリー扱い、私みたいなノンパスMTFだとキチガイ扱いされて終わりになりそうなのが、悲しく悔しいトコロ。

  4. 女を45年もやっていると、おびただしい数のハラスメントは、数えきれないものになっています。
    「なれ」というより、「このケースはdissentを表明したほうがいい」「これは必要ない」と見分けて行動する…ほどまでに、わたしはなってます。
    上司とか、同僚とか、利害関係が深ければ、ぜったいモノいいます。でもね、その場限りの人がよぱらってやったことなら、私のエネルギーをそこまで向けるには至らない…ということなのです。
    ハラスメントはしんどいし、つらい。自分が二級市民であることを痛感させられる。でも、そのことは自分の中にも内面化されていて、そうやって自分を納得させてたたかいを避けてしまいそうになる…

    また、こんなひどいめにあってんのに、「ここに残って戦え」といわれるより、「一緒に逃げよう」とか「まずは逃げていいよ」言ってもらうことを、なんだか求めてしまってるんだろうか・・・この私の心理って、何かしら。説明がうまくできません。

  5. > とうじしゃです、さん
    まさに、そういう「慣れ」を強いてしまう状況がしんどいというか、悲しいんですよね。
    わたしは、例えば「レインボートイレ」みたいなものが必要だと思ったり、あるいは、「混浴の大浴場」みたいなものがもっと増えればいいと思っているんですが、これとて、「そこにはいるのは結局はトランスのみ」となってしまったら、レインボーでも混浴でもないと思っているんです。さまざまな人がさまざまな思いでそこで「混じる」ということがおもしろいんじゃないかと思うんです。
    では、それをなにが担保するかというと「安全」であると思っています。
    でないと、疑い・疑われからしかスタートしないし、それはおもしろくない。

    って書いたけど、なにが言いたかったんだろう…。ま、そんな感じ…。

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