語る手法

今日は、職場の人権学習で具志アンデルソン飛雄馬さんの講演がありました。
この人がどういう人かということは、サイトを見ていただくとして^^;;。
わたし、基本的には自分の高座ではプレゼンテーションソフトとかビデオは使わない主義なんです。というのは、「教員たるもの、口先三寸で人をだまくらかすのが商売」と考えているからなんです。落語家の場合は「カゼとマンダラ」が必要なんですか。そのかわりに、チョークと黒板は使いますけどね。
で、具志さんの場合、プレゼンテーションソフトを使いまくりなんです。でも、この人はほんとうにうまい。そして、プレゼンテーションソフトを使う意味がはっきりとあります。納得です。
もちろん話の内容もすごいので、生徒たち、ピタリと静かになって、ものすごく集中して話を聞いていました。
それにしても、ああいう話を聞いてしまうと、また「教員の話はしょぼいなぁ」と思われてしまうんですよね。やれやれ…。

語る手法” に3件のコメントがあります

  1. 私は昨日、朝鮮学校を撮ったドキュメント映画を観ました(「裏」でね)。事実を淡々と映してるだけなのにグイグイ引き込まれる。なんか「参った〜」って思いましたよ。

  2.  具志アンデルソン飛雄馬さんの話、二度拝聴(拝見?)したことがあります。二度目、さらにバージョンアップしていて驚き。たしかにインパクトありますね。(ちらっと、「それ、誇張してへんか?」とか、小さいツッコミを入れたくなるところもありますが、それを言っちゃあおしめえよ、な気もして。)

  3. おそらく、事実を淡々と伝えることが大切なんだと思うんですよね。ただ、朝鮮学校にしろ具志さんにしろ、その「事実」がすごいのでなぁ…。
    刺激っていうのは慣れてくるんですよね。でも、実際には自分の身のまわりに起こっている小さな出来事に思いをいたらせることって大切なんだと思うのです。なので、人権学習における講演とか映画とかって諸刃の剣だなぁと思う今日この頃ですわ。

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