人権学習

1年生のテーマは「障碍者」。2年生のテーマは「ジェンダー」。3年生のテーマは「就職差別」。いずれの学習で使うワークシートも、そうとう苦しみながらつくったものです。でも、しょせんは「いつきバージョン」です。わたしも人のつくったワークシートが使いにくいのと同様、きっと実施される担任さんも使いにくいだろうなあとは思うのですが、なかなか意見が出てきません。胃が痛くなるような日々でした。でも、それも今日までですわ…。

3 thoughts to “人権学習”

  1. 学校に勤務していた時に、「人権学習で同和問題以外の問題を扱っている地域があるのはけしからん」と言っている人達がいました。地域によっては切実な問題が同和問題とはかぎらんでしょうと思って言うと「お前のような奴がいるから同和教育が必要なんだ」と怒鳴られました。アイヌ差別問題・障害者問題・在日問題・ジェンダー問題・セクシャルマイノリティ差別問題とか色々ありますが、と言うと「そんなモンはどうでも良い」と言われた。歪んでるなぁと思いましたねぇ。まぁ結局同和問題以外の人権問題を扱っていたら露骨に教育委員会や校長が嫌がらせをしてきて、鬱になったんで退職しましたが、こういう連中が差別を野放しにするんやと思いましたねぇ。

  2. 数冊本を読んだだけで、よく分かってないのでコメント付けるのを躊躇していましたが。イイカゲンなことでも書いておくと、こちらはお詳しい方が多いので、訂正やご教示を戴けるかしら?と思い、書いてみることにしました。あと、不適切なことを書いているようでしたら、削除願います→いつきさま。

     と言うわけで、以下は素人が数冊本を読んだだけのコメントなので、あまり信じない(^_^;)ようにお願いします。お詳しい方、訂正して下さると幸いです。

    > 現代においては「ホームレス」の人たちに近い

     江戸の非人について本を読んだ時も、そういうイメージを持ちました。

    > 家族はどう受けとめたか

     どうなんでしょうねぇ。江戸のだと、原因によって様々なように感じましたけど…
     例えば勘当されたり破産?してホームレス化し、非人ないし芸能民化するようなケースなら、そもそも家族とは断絶してるでしょうし。ある種の犯罪(心中未遂とか)で罰として非人にされるような場合も、たぶん同様。
     ところが、故郷の村が飢饉で、食べていけないので次男坊三男坊… が江戸に物乞い・門付に出るようなケースだと。差別意識や断絶は無いんじゃないかしら。こういうケースだと、故郷の村が復興すると迎えが来て
      「吾作(仮名(^_^;))どん、村が復興して食べていけるように
       戻ったし、人手も足りないから戻って来いや」
      「ンだか?ンなら、そうすべぇか。じゃ非人の頭、戻りますンで、
       足抜けをお願いします」
     頭「そうかぃ、百姓に戻るかぃ、達者でな」
    みたいなこともあったみたい(ただし、穢れ仕事をし始めて10年以内に限る)。
     で、自己実現で芸能民になった場合… どうなんでしょうねぇ。落語家さんの話なんか聞くと「昔は、芸人になるなんて言うと、即刻親に勘当されたモンだった。古い芸人はたいてい親に勘当されてる」ということなので、やっぱあまりイメージ良いものじゃなかったのかも。

     ただ、私の印象では、江戸の非人って
      ・一般人、あるいは侍であっても場合によってはなりうる、明日
       は我が身な存在
      ・穢れ仕事をやらされているから穢れている、近寄りたくないけ
       ど、その本質自体が穢れているワケではない。穢れが”しみる”
       10年以内なら、足抜けも可能。禊ぎ(平たく言うと、きれいな
       水で身体を洗う)すれば穢れは落ちる
      ・幕府が、急拡大した江戸に大量流入してきたホームレス、これ
       を放置し犯罪に走ったりするとイケナイので、エタの職業上の
       縄張りを一部ホームレスに譲らせ、職を与え組織化を図ったの
       が制度としての非人(なので、非人頭はエタ頭に上納金を支払
       う)。他に組織化されてない野非人もいる
    という存在だったような?気がしています。

     関係ないけど、昔「男組」っていうコミックに、非人村っぽいのが出て来てたような… あれがそうかしらん?

  3. 昨日の連続講座に辻さんが来ておられたので、「芸能なんかに自らの意思で従事しようとしていた人たちに、タブー意識なんかは内在していたのでしょうか?」という質問をしたのですが、「それはありません」ときっぱりと言われてしまいました^^;;。
    「このあたりについては、中世〜近世の流れをよく考えないといけない」とも言われたのですが、たぶん、芸能に限らず「非人」へのまなざしは、中世〜近世の間にずいぶんと変わっていったんでしょうね。そのあたりが、「制度」として被差別「身分」に置かれたカワタの人たちとずいぶんと違うんだろうなぁ。
    あと、樹村さんが最後に書いておられるように、非人の中でも「制度的に身分として保障(?)された」非人と野非人とでは、また全然違うみたいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。