1.5世代

今日は、大阪の某市で漫談。なんでこんなに高座の声がかかるのか、どうにかしてるなぁと思いながら行ってきました。ちなみに、ふだんよりまじめな場所なので、今日は珍しくスーツを着ました。で、会場に行くと…。みなさんすごくまじめです。なにせ、みなさんちゃんと前を向いておられる(笑)。新鮮ですね。
で、漫談が終わって一息ついたのですが、なんか気持ちが高ぶったままです。クールダウンをしないといけないので、ついでなんでヨドバシカメラに行って、iPod関連でほしかったものをゲット。
で、京都に帰って、Yちゃんと合流。
行こうと思っていた「スタンド」が定休日*1だったので、結局いつもの「たつみ」へ。ちょっと一杯のつもりが、結局閉店まで居座ってしまいました。
で、話の方はというと…。
相も変わらず黒いところで盛りあがったのですが、残念ながらほとんど伏せ字…というか、おぼえていないです。で、その中でおぼえていること。
杏野丈さんのところで前にあったけど、今って「2.0世代」なんだなということ。一方、今メディアで活躍されている方々*2は、やっぱり「1.0世代」。いや、どっちがいいかという問題じゃないです。でも、それこそ特例法以前の世代、あるいはガイドライン以前の世代と今の世代にはものすごいギャップがあるわけです。そして、なによりも問題なのが、そのギャップを埋めるための営みを、双方がしていない、あるいはしているとしてもそれが希薄であるということです。
たしかに、ガイドラインや特例法によって「性同一性障害*3」をめぐる状況は激変しました。でも、歴史っていうのは重層的です。それまでにどういう論議があり、いま何が問題として残されているのかということを学ばないと、これからを展望することはできないんじゃないかっていうこと。もちろん、「負の部分」もあるし「受け継ぐべきこと」もたくさんあります。そういうものをどうやって伝えていくのかということを、真剣に考えないといけないんじゃないかなぁと。
そんな話をY子ちゃんとヘラヘラと話しあいながら、わたしは密かに自分は1.5世代なのかなぁとか、だからこそできることがあるかもしれないなぁなどと考えていました。。
もしかしたら、そんなことをするための「なにか」をするかもしれません。そんなときは、ぜひともよろしくね!できないかもしれないけど(笑)。

*1:_| ̄|◯

*2:人ごとや(笑)

*3:あくまでも性同一性障害だけどね。

1.5世代” に2件のコメントがあります

  1. >それまでにどういう論議があり、いま何が問題として残されているのかということを学ばないと、これからを展望することはできないんじゃないかっていうこと。

    そう思って、今まで自分のできることをしてきましたけど、もうあきらめました。
    過去も未来も関係なく、今しか見えないということ、性同一性障害の特徴的な病態のひとつのように思えます。

    どんどんSRSして、どんどん戸籍の性別変更して、それで皆さん、今が幸せなら、よろしいのではないでしょうか。

  2. 「過去も未来も関係なく、今しか見えない」っていうのは、GIDの人たちに限らないような気もするんです。どちらかというと、閉塞した「今」の中で、そういう価値観に陥れられているというか…。
    そんな「今」に対する危機感を持つからこそ、やっぱりあきらめることなくやらにゃぁならんかなぁと思います。

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