教材づくり

来週の人権学習に向けた教材、ようやく先週末にできたんですが、どうも不満らしいです。なにが不満なのか、やっとわかりました。
実は、先週、生徒たちには映画を見せたんですが、わたしの教材にはそんなもの一切入っていません。どちらかというと、「それはそれとして…」という形で組んだんです。ところが、みなさんが持たれた不満は「映画を踏まえてほしい」ということだったんです。
そうか、ぜんぜん違うんだ…。
わたしにとっては、映画は「ネタ」なんですよね。あってもなくても関係ない。じゃぁ、「ネタ」だからそんなものはいらないかというと、それは違うんです。たくさんの「ネタ」を振ることで、中身が豊かになっていく。つまり、網の目をどれだけたくさんにしていくか。わたしはそう考えているんです。
ところが、不満を持たれた方は、すべてがひとつの「線」である必要があると考えられているようです。なので、その線の上に教材を準備していき、ひとつの結論を導き出していくことが「指導」であるということのようです。
根本的に、わたしの考え方と違うなぁ。
わたしのテーマは「気づき」。いつだってそうです。なにに気づくのかは、その子の関心によるし、でも、そういうものを喚起していくのがわたしの役目だと思っています。だから、すべては「ネタ」。
こういうのって、はやらないのかなぁ…。
でも、しゃーないです。そういう教材をつくろうか…。

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